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Kate の経験・意味・実践

1 節 はじめに

本章では、州立Z小学校で教えるKateの事例を検討する。Kateはスコットランドで生 まれ育った、30代後半の女性である。Kateは、四年間の日本在住経験を経て、1996年か ら小学校教師としてオーストラリアで働いている。日本語を教えた経験は十年間である。

Kateは優れたLOTE教師として州の表彰を受けたこともあり、その力量を買われて、他の LOTE 教師の研修を行う職務に就いた経歴を持つ。州でも評判の高い日本語教師であった にも関わらず、Kateは、2006年に日本語教師を辞め、Z小学校の学級担任教師に転向した。

本章では、Kateのライフストーリーと、日本語教師時代の授業観察記録、およびインタ ビューから、次の二点を明らかにする。(1)日本語教育に関するKateの意味世界と実践はど のようなものか。(2)個人史を通してKateの意味世界はどのように形成され変容してきたの か。この分析を踏まえ、次の二点を考察する。(1)Kateの経験・意味・実践はどのような関 係にあるのか。(2)Kateの実践と意味世界は、言語教育政策、言語教育理論の変遷とどのよ うな関係にあるのか。

2 節 研究の手続き

1.Z小学校の概要

Kateが勤務するZ小学校は、クイーンズランド州のある都市に位置する州立小学校であ る。生徒数は、就学前(Prep)から7年生まで約 760名である。大学の近くに位置するこ ともあり、生徒の両親には大学教授や学生、研究者なども多い。このことも影響してか、Z 小学校は学業に力を入れ、理科などの分野でクイーンズランド州の研究校に指定されるほ どである。また、Z小学校の生徒の背景は多様で、英語を母語としない子どもも多数在籍す る。そのため、ESLクラスが設けられ複数のESL教師が指導にあたっている(2004年現在)。

日本語教育対象学年は、2004年には3学年から7学年までであったが、2005年には4 学年から7学年までとなっていた。2008年には日本語教育は6、7学年のみとなり、幼稚 園から4学年までは、言語を伴わない日本文化が教えられている。2004年時点では、常勤 教師のKateと非常勤講師Uが、それぞれ日本語と日本文化を担当していた。Kateが日本 語担当を外れた現在は、一名の常勤講師と一名の非常勤講師が、それぞれ日本語と日本文 化を担当している。日本語の授業時間数は、6、7学年では週90分が必須であるが、2004 年度前半は、Kateが教師研修などに関わる学校外での仕事を兼任していたため、「日本語」

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の授業は60分、文化の授業が30分行われていた。また、2004年第四学期(10~12月)

は、学校外での仕事が常勤となったため、臨時講師Rが日本語の授業を担当した。

Z小学校には日本語専用の教室はなく、日本語担当の教師は、その日の時間割に従って生 徒たちの教室へ移動する。Z小学校では、モーニング・ティーと昼休み以外に、授業の間の 休みがないため、日本語担当のKateは、大きな荷物を抱えて教室から教室へと移動するの である。しかし、Z 小学校の日本語教育は、予算、リソースの面で非常に恵まれている。

Kateは学校長の信頼も厚い。学校長に対するKate の熱心な働きかけの結果、赴任した当 初、1000ドル程度であった日本語の予算は、2004年には年間3500ドルまでに増加した。

Kateのオフィスには、日本語の辞書や本、教材をはじめ、Kate自身が日本を訪問したとき に手に入れた日本人形や置物、写真などが飾られている。また、Z小学校は、日本に複数の 姉妹校を持っており、隔年でお互いの学校を訪問し合っている。そのため、日本の姉妹校 から送られてきた写真や作品なども、オフィスには飾られている。さらに、Z小学校の図書 館には、日本の姉妹校や日本人の保護者などから寄贈された、日本語の本や絵本などが、

多数置かれている。

Z小学校の日本語教育は、人的リソースの面でも恵まれている。大学の近くに位置すると いう立地条件と、日本人生徒が多く通うことから、日本人留学生や日本人保護者、あるい は日本語が尐し話せるオーストラリア人の保護者などが、しばしばボランティアで日本語 のアシスタントを務める。筆者がボランティアを行っていた2004 年 には、筆者の他に、

もう一名の日本語母語話者が、週2~3日、日本語アシスタントをしていた。また、Z小学 校での多文化フェスティバルや、日本の姉妹校の受け入れなどの際には、日本人の保護者 らが協力していた。

2.調査の目的と方法

本章で使用するデータは、三つの調査によって収集された。第一次調査は、2004年5月 から2004年9月まで行った授業観察である。筆者は2004年5月から11月まで、週一日、

Z小学校で日本語授業のアシスタントを行っていた。その時に参与観察したKateの授業に ついて、フィールドノーツに記録した。また、Kateが学校外で勤務していた時期にあたる 2004年11月15日、日本語教育実践やシラバスに関する考えを、約一時間インタビューし た。これらが第一次調査によるデータである。第二次調査は、2005年2月から3月にかけ て行った、授業観察の記録である。この時期、Kateは、ILTと学校全体アプローチを柱と

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した教師研修に参加していた。研修参加者は自分の学校で、他教科と協力しながら教科横 断プロジェクトを行うこと、ILTを実践することが求められていた。筆者が観察した授業は、

この研修の一環として行われていたものだった。第三次調査は2008年2月28日に行った ライフストーリー・インタビューである。インタビューは、Kateの自宅で、約二時間かけ て行った。

第一次調査および第二次調査の目的は、Kateの日本語教育実践の実態と、言語教育観を 捉えることだった。第一次調査および第二次調査では、Kateの日本語教育実践の特徴を、

筆者の視点から捉え、記録した。一方、第三次調査では、Kate自身の視点から Kateの意 味世界と実践の工夫を捉えることを目的とした。また、その意味世界がどのように形成さ れ変容してきたかを、ライフストーリーから捉えることを目的とした。

3.調査が行われた文脈

筆者がKateと初めて出会ったのは、2004年3月である。早稲田大学大学院日本語教育 研究科川上郁雄研究室の研修旅行に参加した際、Kateの授業を見学させてもらったのであ る。その後、Kateのアシスタントをしながら参与観察をさせてもらえるよう筆者が依頼し、

受け入れてもらったのである。そして、ブルーカード31が発行された5月から、Z小学校に 通い始めた。この時の筆者とKateの関係は、日本人留学生のアシスタントと日本語教師と いうものであった。2004年度、Kateは学校外での仕事や、日本の姉妹校の受け入れなどで 忙しく、予定されていた日本語授業が行われないことや、代理教員が授業を行うことが多 かった。そのため、Kateの授業を集中的に観察することは、なかなかできなかった。また、

Kateは、休み時間中や日本語授業がない時、自分のオフィスで一人仕事をすることが多か ったため、筆者は Kate との関係を深めるには至らなかった。11月にインタビューを行っ て初めて、Kateの考えを知ることができたのである。

第二次調査を行った時、筆者は ILTの理論と実践に関心を持っていた。第一次調査のイ ンタビューで、KateがILTの研修に参加していることを知り、その実践を観察させてもら えるよう依頼したのであった。Kateは、この時の実践を、優れた実践事例として発表する ことになっていた。筆者が参与観察した時、研修の一環としてKateが行っていたILTの実 践は、終りに近づいていた。筆者は、生徒たちの発表準備と、保護者たちに向けた発表の

31 オーストラリアの小学校でボランティアなどを行う際必要な書類で、犯罪歴がないこと を証明するものである。ボランティアを行う学校を通して申請し、1か月ほどで発行される。

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様子を観察することができた。この時、Z小学校には関西のある大学の研究室が訪問してお り、Kate は対忚に当たらなければならなかったため、学校もKateもあわただしい雰囲気 だった。そのため、Kateの話をゆっくり聞くことはなかなかできず、第二次調査では授業 観察のみを行った。

第三次調査を行った時、Kateは既に日本語教師を辞め、学級担任教師に転向していた。

また、2008年度から、Kateは勤務形態をパートタイムに変えており、Z小学校では週三日 のみ教えていた。インタビューを行ったのはKateが勤務しない日だったため、自宅でリラ ックスした雰囲気の中、十分な時間をかけてライフストーリーを聞くことができた。第二 次調査の後、三年ぶりの再会であった。その間にKateは結婚し、新しい生活を始めていた。

日本語教師から学級担任への転向、常勤からパートタイムへの変更など、Kateの生活は公 私ともに大きく変化していたのである。

一方、筆者自身のKateに対するまなざしも変化した。第一次調査および第二次調査では、

筆者はクイーンズランド州の日本語シラバスがどのように実践されているか、ILTがどのよ うに実践されているかといった点に関心を持っていた。また、Kateの実践を観察する時、

授業中に実際に行われていることや、教室の中で起こるKateと生徒の相互行為に関心を払 っていた。しかし、なぜそのような授業や相互行為を行ったのかというKateの意図につい て、Kate自身の話を十分に聞くことができなかった。このような反省から、第三次調査を 行った。第三次調査で行ったライフストーリー・インタビューでは、Kateの経験や実践を、

Kate 自身がどのように意味づけているかに関心を払った。そのため、インタビューでは、

「あなたにとってオーストラリアの子どもに日本語を教える意味とは何ですか」などのよ うな、開かれた質問を投げかけ、Kateが自由に語りを構成できるよう配慮した。

4.分析の方法

第一次調査および第二次調査と、第三次調査では、Kateが置かれた状況も、筆者の研究 関心も異なっている。そのため本章では、第一次調査および第二次調査と、第三次調査を、

次のように、異なる観点から分析する。第一次調査と第二次調査は、ILTを取り入れた授業 実践事例とインタビューをもとに、Kateの日本語教育実践の特徴を抽出する。授業実践事 例は、Kateが提供した資料と、参与観察の中で筆者が記録したフィールドノーツに基づい て記述する。フィールドノーツを作成する際、客観性を保つことに配慮したが、何をどの ように記録するかには必然的に筆者自身の問題関心が反映される。さらにフィールドノー

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