要旨
小児の肺高血圧症のガイドライン作成において根拠とな るエビデンスは不足しており,小児特発性
/
遺伝性肺動脈 性肺高血圧症(IPAH/HPAH
)の診断・治療に関する事項 も,多くが専門家の意見の合意,または小規模ないし後ろ 向きの研究に基づくもので,エビデンスレベルは高くない(ほとんどがレベル
C
)のが実情である26).2018
年2
月時 点で,わが国で小児肺動脈性肺高血圧(PAH
)治療薬とし て承認されているのは,承認順にボセンタン(トラクリア 小児用分散錠®),エポプロステノール(エポプロステノー ル「ACT
」®)と,シルデナフィル(レバチオ錠®・OD
フィルム®・懸濁用ドライシロップ®)のみで,ほとんどの薬剤 は小児での適応が取れていないため,保険適応外薬として 投与され,用法・用量や安全性が確立していない.最近で は日本も国際共同臨床試験に参加し,また国内でも小児の 臨床試験が実施されるようになったことから,今後,小児 への適応拡大が進むことが期待される.小児
IPAH/HPAH
に対する肺血管拡張薬の推奨(重症度別)を表28に,ま た,一般的対応ならびに支持療法について表29と表30 に示す.6.1.1 疫学・成因
日本の小児肺高血圧症の疫学情報は少ないが,佐地らの 小児期原発性肺高血圧症(現在の
IPAH/HPAH
)の全国 調査499)では,年間の発症頻度はおおよそ1
人/100
万人 で,成人を含む全肺高血圧症患者の約25%
を小児が占め ていると推定される.英国の疫学研究500)では,16
歳未満 におけるIPAH
の発症率は年間0.48
人/100
万人,有病率 は2.1
人/100
万人で,オランダでの年間発症率はIPAH
が0.7
人/100
万人,先天性心疾患に伴うPAH
の年間発症率 が2.2
人/100
万人,先天性心疾患に伴うPAH
の有病率が15.6
人/100
万人と報告されている501).日本を含む19
ヵ 国31
施設における18
歳未満の小児肺高血圧症の疫学研 究(TOPP Registry
)502)で は,原 因 別 に み るとIPAH/
HPAH
(57%
)と先天性心疾患に伴う肺高血圧症(36%
) が大半を占めており,次いで気管支肺異型性(BPD
)に伴 う肺高血圧症が多かった.また全体の13%
が,21
トリソ表28 小児IPAH/HPAHにおける肺血管拡張薬(重症度別)に関する推奨とエビデンスレベル 推奨
クラス
エビデンス レベル
NYHA / WHO機能分類 I/II度
NYHA / WHO機能分類 III度
NYHA / WHO機能分類 IV度
I B
ボセンタン poシルデナフィル po ボセンタン poシルデナフィル poエポプロステノール iv
エポプロステノール iv
IIa C
アンブリセンタン po タダラフィル poアンブリセンタン po タダラフィル po トレプロスティニル sc
IIb C
ベラプロスト poベラプロスト po イロプロスト吸入 トレプロスティニル iv 初期併用療法
ERA po PDE5阻害薬po イロプロスト吸入 トレプロスティニル sc/ iv 初期併用療法
ERA:アンブリセンタン,ボセンタン PDE5阻害薬:タダラフィル,シルデナフィル po:経口,iv:静注,sc:皮下注
ミーをはじめとする染色体異常例であった.
近年の分子細胞学的研究の進歩によって,
PAH
の発症 には遺伝的素因と危険因子が相互に関連しており,肺小動 脈の炎症
変性
増殖を軸とした内皮細胞機能障害,平滑 筋細胞のアポトーシス抵抗性と無秩序な細胞増殖による血 管壁の肥厚性変化とリモデリングが主たる病因であること が 判明している.さらにIPAH / HPAH
では,BMPR2
,ALK1
,ALK6
,Endoglin
や細胞内シグナルSmad8
の遺伝 子変異が家族例の75%
,および孤発例(特発性)の20
〜25%
に認められる.常染色体優性遺伝の形式をとるが,浸 透率は10
〜20%
と低い.全般的に,これらの遺伝子変 異陽性のPAH
症例は,陰性の症例にくらべて発症年齢が 若く,血行動態が重症で,予後も悪いことが報告されてい る503).6.1.2 診断
小児
IPAH/HPAH
は,成人にくらべて•
肺動脈圧や肺/
体血圧比は高いものの心係数は良好に保 たれ,右房圧は低い•
静脈の伸展性に富んでいるため,中等症以下では顔面や 下腿の浮腫が出現しにくい•
過度な運動に伴って酸素の需要と供給のバランスが破綻 し,著しい呼吸困難や失神をきたしやすいなどの特徴がある504).
小児肺高血圧症の診断方法は成人とほぼ同様で,肺高血 圧症診断アルゴリズム(
p. 19
の図1参照)に準拠する.ここには低年齢の小児では実施困難な検査(肺機能検査や
6
分間歩行試験,運動負荷試験など)が含まれるが,可能 なかぎり治療開始前に実施し,評価しておくことが望まし い.肺高血圧症の確定診断のゴールドスタンダードは心臓 カテーテル検査であるが,幼少児では年長児や成人にくら べてカテーテル検査に起因する重篤な合併症の出現頻度が 高 い た め,慎 重 な 検 討 が 必 要 で あ る505507).とくにNYHA / WHO
機能分類IV
度の幼少児では,高リスクで あることから侵襲的検査を避け,心エコー検査などで第1
群(PAH
)と暫定診断がつけば特異的肺血管拡張薬を用 いた積極的な治療介入を優先させ,心臓カテーテル検査は 病状の安定化が得られるまで保留とすることも考慮される.実施にあたっては,専門施設にて各種モニタリングや適切 な鎮静を行うなど,安全面に十分配慮すべきである.した がって,小児における心エコー検査の意義は大きく,肺高血 圧症のスクリーニングのみならず,右室の形態ならびに機 能診断や,経時的な評価にも有用である508).
6.1.3
予後・重症度評価 a.予後
有効な治療薬が存在しなかった
2000
年以前のIPAH /
表29 小児IPAH/HPAHの一般的対応に関する推奨とエビデンスレベル
推奨 推奨
クラス
エビデンス レベル 思春期の女児に対しての,妊娠による重
大な母体/胎児リスクおよび安全な避妊
に関するタイムリーなカウンセリング
I B
小児IPAH/HPAH患者(疑い例を含む)
の専門施設への紹介による,多職種によ
る総合的な評価ならびに治療の実施
I C
鎮静または全身麻酔を必要とする外科手 術または侵襲的処置を受ける際の,小児 心臓麻酔や集中治療に精通した医師およ び適切なモニタリングの下での実施
I C
脱水を避け,必要時には適切な補液を行
うこと
I C
予防可能な感染症による増悪を防ぐため
の,禁忌がない場合のすべての予防接種
I C
競技スポーツや激しい等尺性運動への参
加
III C
病状が安定し適切に治療されている患者
以外での飛行機搭乗
III C
表30 小児IPAH/HPAHの支持療法に関する推奨とエビデ ンスレベル
推奨 推奨
クラス
エビデンス レベル 適切な心拍出量維持が前負荷に依存して
いる重症例での利尿薬の慎重な投与
I C
動脈血酸素分圧<60 mmHgまたは酸素 飽和度 <92%の場合の,常時の酸素投
与
IIa C
高地滞在または飛行機搭乗中の患者での
酸素投与
IIa C
右心不全を呈した小児IPAH/HPAH患者
に対する利尿薬
IIb C
小児IPAH/HPAH患者に対する抗凝固療
法(ワルファリンなど)
IIb C
出血性合併症を起こしやすい乳幼児に対 する抗凝固薬
(代替薬として抗血小板薬[アスピリンな ど]が考慮される)
IIb C
遺伝性出血性毛細血管拡張症(ALK-1変
異)合併HPAHに対する抗凝固療法
III C
HPAH
例の予後は,きわめて不良であった.米国の報告で は,成人IPAH / HPAH
例の平均生存期間2.8
年にくらべ,小児
IPAH/ HPAH
症例では平均生存期間10
ヵ月ときわめ て予後不良で,ほとんどの症例が診断後1
〜2
年以内に死 亡していた83).しかし,エポプロステノールをはじめとし た特異的肺血管拡張薬が臨床応用された昨今では,各種薬 剤に良好な治療反応性を示して長期生存する症例が増えて おり,小児IPAH/HPAH
例でも成人症例と遜色ない予後が 期待できるようになった.最近の成績としては,米国の大 規模レジストリー研究REVEAL
に登録された18
歳以下 の216
人での解析の結果,診断後の5
年生存率はIPAH/
HPAH
で74%
と報告されている509). b.重症度/予後評価小児
IPAH/HPAH
の重症度/
予後評価に重要な指標510, 511)を表31に示す.予後がよい指標とされる項目を多く含む 症例を低リスク,そうでない症例を高リスクに分類し,治 療方針決定に用いる.
WHO
機能分類は成人を対象としており,小児,とくに 乳幼児や発達に遅れがある小児(染色体異常など)での評 価は困難である.児の健全な成長や運動発達が遂げられて いるかどうか,保育園・幼稚園・学校への出席状況,遊び や運動への参加に問題がないかなどを個別に評価する必要 がある511).6
分間歩行試験は,成人と同様に,小児肺高血圧症の重 症度ならびに予後予測に有用である.7
歳以上のIPAH
な らびに先天性心疾患に合併したPAH
では,歩行距離が疾 患の重症度を反映するほか,歩行中の経皮的酸素飽和度低下の程度が,短絡の有無・程度で調整したうえでも付加的 な予後予測因子となる512).
遺伝子検査は倫理的配慮を要するため必須ではないが,
小児
IPAH / HPAH
においても,BMPR2
やALK1
の遺伝 子変異陽性例は陰性例とくらべて予後不良であるなど,対 応の参考となる513).組織ドプラエコーは小児
IPAH / HPAH
の重症度評価に 有用である.三尖弁e
′は疾患重症度と相関し,e
′<8 cm /
秒 は心不全による入院/
肺移植/
死亡リスクを予測する指標 として用いられる514).6.1.4 治療指針
2015
年に米国から,2016
年に欧州から相次いで,小児 肺高血圧症に関する診断・治療指針が発表された510,511). 成人の治療アルゴリズムに沿って作成されており,内容に 大差はない.これらをもとに,わが国の現状をふまえて改 変した小児IPAH/ HPAH
治療アルゴリズムを図20に,小 児IPAH/ HPAH
に対する肺血管拡張薬の推奨(重症度別)を表28に示す.また小児
IPAH / HPAH
患者に対する一 般的対応ならびに支持療法について,表29と表30にま とめた.小児では,各肺血管拡張薬の推奨度がクラスI
で あっても,エビデンスレベルはB
またはC
と高くないのが 実情である.わが国では小児での適応が取得されていない 薬剤も含まれるが,各薬剤の特性や小児領域での国内外の 知見を参考に日常診療で小児IPAH/HPAH
症例へ投与さ れ,予後改善に大きく寄与している現状がある515).わが 表31 小児PAHの重症度/予後評価に重要な指標低リスク 予後決定因子 高リスク
なし 右心不全徴候 あり
なし 病状進行 あり
なし 失神 あり
成長 不良
I,II NYHA/WHO機能分類 III,IV
軽度上昇 BNP/NT-proBNP 高度上昇
長い(>500 m) 6分間歩行距離 短い(<300 m)
右室拡大/機能障害が軽度 心エコー 右室拡大/機能障害が著明 心嚢液貯留
CI>3.0 L /分/m2 mPAP/mSAP<0.5 PVRI<10 Wood単位・m2 急性血管反応良好
血行動態
(心カテ)
CI<2.5 L/分/m2 mPAP/mSAP>0.75 RAP>15 mmHg PVRI>15 Wood単位· m2
(Hansmann G, et al. 2016 511) より改変)