3.1.1 病態
COPD
に伴う肺高血圧症(COPDPH
)の有病率は,COPD
の病期と肺高血圧症の定義によって異なる.Global Initiative for Chronic Obstructive Lung Disease
(GOLD
) の分類でステージIV
のCOPD
患者を対象とした研究で は,最大90%
がmPAP
≧20 mmHg
を示していた.その なかでは,安静時のmPAP
が20
〜25 mmHg
程度と,肺 高血圧症の基準を満たさない患者がもっとも多く,mPAP
≧
35 mmHg
(重症肺高血圧症)を呈するのは3
〜5%
であった21, 353).
COPD
患者における肺血管病変の病理組織学的変化は肺高血圧症の重症度と関連しており,重症例で は
PAH
に類似している354).COPD
患者では,中等度の 運動でもmPAP
が上昇することが多く,このmPAP
の上 昇には,肺血管伸展性(distensibility
)と血管の再疎通能 力(recruitment capability
)の低下が関係している.COPDPH
の進行度は,通常は緩徐である(年間1 mmHg
未満のmPAP
上昇355)).しかし,COPD
患者における肺 高血圧症発現は,中等度であってもCOPD
の予後決定因 子の1
つであり,肺高血圧症の重症度の指標であるmPAP
および肺血管抵抗(PVR
)と生存率には逆相関関係が認められる353, 356, 357).
mPAP
≧25 mmHg
の肺高血圧症を呈する
COPD
患者の5
年生存率は36%
であり,1
秒量(FEV
1) やガス交換に関する指標よりも,肺血行動態指標のほうが 予後因子としては重要である357).3.1.2
COPD
における肺高血圧症の診断・評価心エコー検査は,
COPD
における肺高血圧症を非侵襲的 に診断するにあたって,最初に用いられる画像診断法である.しかし,進行した
COPD
においては,肺の含気増加(過膨張肺)のためにしばしば十分な観察ができず,
poor study
となることも知られている.呼吸器疾患患者におけ る心エコー検査による肺高血圧症診断のデータを右心カ テーテル(RHC
)検査データと比較すると,陽性的中率は32%
,陰性的中率は93%
との報告がある358, 359).重症COPDPH
においては,脳性ナトリウム利尿ペプチド(
BNP
)またはN
末端プロBNP
(NTproBNP
)の血漿濃 度が上昇するが,中等度COPDPH
の検出感度は低い360).RHC
検査は肺高血圧症診断のゴールドスタンダードで あり,慢性肺疾患患者において,次に挙げるような場合に は必ず実施されるべきである.①肺移植に向けた評価が必要と判断される場合
②臨床的悪化
/
運動機能制限の進行度が,換気障害の進 行だけでは説明できない場合③ガス交換障害の進行(酸素分圧[
PO
2]の低下)度が,換気障害の進行とは不釣り合いである場合
④精密な予後評価が重要と判断される場合
⑤非侵襲的評価を行った結果,重症肺高血圧症が疑われ,
さらなる治療
/
臨床試験/
レジストリー研究への参加が 考慮される場合⑥左室拡張
/
収縮機能不全の疑いRHC
と運動負荷試験の双方による評価で,病態として 換気予備力の低下が主であるのか,肺高血圧症による循 環予備力の低下が主であるかの識別ができる可能性があ る361).肺疾患において「
in proportion
(釣り合った)」肺高血 圧症という用語は,低酸素血症を伴う呼吸器疾患による肺 実質の構造改築が,同時に総血管断面積の消失を起こし,これにより
PVR
上昇を介して肺高血圧症が起きるという 前提に基づいたものである.一方,「out of proportion
(不 釣り合いな)」肺高血圧症とは,肺高血圧症の重症度が,呼吸器疾患による肺構造改築の程度から考えられる以上で あることを示しており,以下の仮説を前提としている.① 慢性呼吸器疾患は肺血管リモデリングの引き金となるが,
肺血管リモデリングは肺機能障害と直接の関与なく進行し うる.② 慢性呼吸器疾患における肺高血圧症は,呼吸器疾 患の病期に関係なく「偶然に」出現し,併存呼吸器疾患の 病期とは独立して進行しうる.しかしニース会議では,① 健常肺構造の
80%
以上が欠損してはじめて肺高血圧症が 生じること,および ②mPAP
≧25 mmHg
を示すどのよう な病態でも「out of proportion
」とみなされる可能性があ ることが指摘され,議論の結果この用語の使用は避けるべ きとされた.表22 肺胞低換気症候群に伴う肺高血圧症の治療に関する 推奨とエビデンスレベル
推奨 推奨
クラス エビデンス レベル
NPPV治療
IIa B
CPAP/NPPV治療が困難で,動脈血酸素 分圧 55 Torr以下の高度呼吸不全を伴う
症例に対する在宅酸素療法
IIb C
3.1.3
COPD
における重症肺高血圧症重症肺高血圧症に該当するのは,呼吸器系の慢性実質性 疾患があり,重症の肺血管リモデリングの存在が疑われる 患者である.
COPD
における重症肺高血圧症は,閉塞性換 気障害により低下した運動機能をさらに大幅に悪化させる ような循環障害を伴っている場合が該当し,National Emphy sema Treatment Trial
(NETT
)の対象となった肺 気腫患者1,218
人の〜1%
を占める362).2012
年にChest
誌に公表された研究によると,COPD
患者でmPAP
≧40 mmHg
を示す患者では,運動時の循 環予備力低下(混合静脈血酸素飽和度および心拍出量/
酸 素消費量の傾きがともに低下)が認められたが,呼吸予備 力は維持されていた(動脈血二酸化炭素分圧[PaCO
2]が 低下する)361).一方,肺高血圧症発現のない,ないしは中等 度の肺高血圧症を示すCOPD
患者(mPAP
が31 mmHg
) では,換気障害による運動制限(運動時の呼吸予備力の低 下,動脈血PaCO
2の上昇)が生じている一方で,循環予 備力は維持されていた361).肺高血圧症発現のないCOPD
患者と比較して,mPAP
≧40 mmHg
の重症PHCOPD
患 者では,FEV
1は高値であり,6
分間歩行距離(6MWD
) は低値を示していた.重症PHCOPD
患者における循環障 害は運動機能をさらに制限しており,病態を把握して適切 な治療を行うという観点からも,十分に考慮すべきと考え られる21).これまでの
IPAH/ HPAH
を対象とした治験/
臨床試験に おいて,通常は対象基準として「肺/
気道または肺実質疾 患がないこと」が設定されているが,軽度〜中等度の閉塞 性換気障害のある患者群は一部に含まれている363–366).こ れらのなかで最大規模の研究(IPAH
患者171
人,平均年 齢45
歳,平均PVR 1,371 dyne ·
秒· cm
−5)では,平均FEV
1は予測値の83%
,FEV
1/
肺活量(VC
)率は76%
で あり,総対象患者の22%
において,FEV
1/ VC
が70%
を 下回っていた366).このような結果を受けて,PAH
患者を 対象としたランダム化比較試験の除外基準として,次の範 囲で肺機能検査の数値が設定されている。•
全肺気量<予測値の60
〜70%
• FEV
1<予測値の55
〜88%
• FEV
1/
努力肺活量(FVC
)<50
〜70%
.さらに,肺疾患(とりわけ
COPD
)はよくみられる病態 であり,肺疾患患者のPAH
発症は必ずしも第3
群肺高血 圧症の結果だけでなく,偶発的にも起こりうる.肺疾患お よび肺高血圧症をきたしている患者を第1
群(PAH
)もし くは第3
群(肺疾患に伴う肺高血圧症)に分類するにあた り,鑑別のための基準を表23にまとめたが367),不確かな 要素がある場合は専門施設に紹介する必要がある.3.1.4
COPD-PH
に対する長期酸素療法(LTOT
) 肺高血圧症の基礎となる肺疾患については,現行ガイド ラインに沿って治療を行うべきである.呼吸器疾患のガイ ドラインのなかで,肺疾患における血管病変に焦点を当て た治療法を謳っているものはない(長期酸素療法を除く).動脈血酸素分圧(
PaO
2)<60 mmHg
を示すCOPD
患者 においては,長期酸素療法(long term oxygen therapy;
LTOT
)により生命予後が改善し,呼吸機能ではなく肺血 行動態の改善が生命予後改善に関与すると推定されてい る126).肺高血圧症の有無や程度に関しては検討されてい ないものの,安静時酸素飽和度(SpO
2)89
〜93%
のCOPD
患者に対する24
時間の長期酸素療法(1
〜6
年),または労作時低酸素血症を呈する
COPD
患者に対する運 動時/
睡眠時の長期酸素療法は,死亡/
最初の入院までの 期間を延長させなかったという結果が,2016
年にLOTT
表23 第1群肺高血圧症(PAH)と第3群肺高血圧症(肺疾患に伴う肺高血圧症)の鑑別のための病態の違い第1群(PAH)に関する基準 パラメータ 第3群(肺疾患に伴う肺高血圧症)
に関する基準 正常または軽度の障害
%FEV1> 60%(COPD)
%FVC>70%(IPF)
換気機能
中等度~非常に重症な障害
%FEV1<60%(COPD)
%FVC<70%(IPF)
気道/肺実質病変はないか,あっても軽度 高解像度CTスキャン 特徴的な気道/肺実質病変あり 循環予備力低下の徴候
呼吸予備力 維持 O2パルス 減少 CO/ ·
VO2傾き 減少
混合静脈血酸素飽和度 下限値 労作時PaCO2減少または維持
循環/換気予備力
換気予備力低下の徴候 呼吸予備力 減少 O2パルス 正常 CO/ ·
VO2傾き 正常
混合静脈血酸素飽和度 下限値以上 労作時PaCO2上昇
(Seeger W, et al. 2013 367)より)
Research Group
から報告された368).安静時PaO
2<60 mmHg
の呼吸不全を呈しているCOPDPH
患者を以外で は,長期酸素療法の恩恵は乏しい可能性が示唆される.3.1.5
COPD
患者に対する血管作動性治療薬の投与(肺高血圧治療薬の適切な利益
/
リスク比を考慮)ガス交換機能の悪化を生じることなく,肺血管拡張薬を
COPD
患者に投与することは困難である369).吸入プロス タノイド製剤は,COPDPH
患者のガス交換機能を悪化さ せることなく,mPAP
およびPVR
を低下させうるが,長期 臨床試験での結果は得られていない370).軽症肺高血圧症 を示すCOPD
患者に対するボセンタン投与について,小 規模なランダム化プラセボ対照比較試験では,ボセンタン 群でガス交換機能の悪化が認められ,最大酸素摂取量,運 動機能,生活の質(QOL
)の改善度が低いという結果が 得られている371).しかし,別の小規模な臨床試験からは,COPDPH
患者にボセンタンを投与した結果,運動機能が 改善したことが報告された372).依然として,COPDPH
患者に対するエンドセリン受容体拮抗薬(ERA
)の肺血行 動態および運動耐容能への効果を強力に裏付けるデータは 少ないのが現状である.COPDPH
患者を対象としたシルデナフィルの短期投与 では,血行動態の改善がみられた一方で,ガス交換の悪化 が認められた例があった373).肺高血圧症合併のないCOPD
患者にシルデナフィルを1
ヵ月間投与したところ,6MWD
および最大酸素摂取量(VO ·
2)の変化はみられず,PaO
2およびQOL
の悪化がみられた374, 375).肺リハビリ テーション中の患者を対象としてシルデナフィルを投与し たランダム化プラセボ対照比較試験でも,重症肺高血圧 症合併のないCOPD
患者における運動耐容能の改善はみ られなかった376).しかし,1
件の小規模なランダム化プラ セボ対照比較試験において,重症肺高血圧症合併のあるCOPD
患者にシルデナフィルを長期投与した結果,肺動脈 圧(PAP
)低下,および6MWD
成績の向上がみられたと の報告がある377).このように,重症COPDPH
患者での シルデナフィルの効果について,まだ一定の見解は得られ ていない.また,重症肺高血圧症合併のないCOPD
患者 に対するシルデナフィルの長期治療効果についてのエビデ ンスは乏しい.101
人 の 連 続 未 治 療COPDPH
患 者 を 対 象 とし たASPIRE
レジストリーでは,mPAP
≧40 mmHg
の重症COPDPH
患者42
人と,mPAP
<40 mmHg
の軽症〜中 等症COPDPH
患者との比較を行っている.重症COPD
PH
患者に対する肺血管拡張療法は,群全体では生存率の 改善をもたらさなかったが,治療後にWHO
機能分類(
functional class
)が改善,ないしはPVR
が20%
以上低 下した症例(レスポンダー)では,非レスポンダーに比し て生存率の改善が得られた378, 379).どのような症例で治療 効果が得られるのかは,今後の研究課題である.3.1.6
COPD-PH
に対する治療の推奨重症肺高血圧症患者および慢性閉塞性
/
拘束性肺疾患患 者に対する肺高血圧治療薬の有用性を裏付ける信頼度の高 いデータを得るために,唯一の手段と考えられる長期ラン ダム化比較試験の実施が求められている.また,このよう な臨床試験では,基礎病態による治療効果の差異が推定さ れるため,閉塞性および拘束性肺疾患に分けて調査する必 要がある.次に挙げる慢性肺疾患に伴う肺高血圧症患者に ついては,肺気道/
実質性肺疾患に関する肺機能検査,心 肺運動負荷試験,臨床所見やCT
画像によるエビデンス,および肺高血圧症重症度に基づいて表24のように分類し,
それぞれに推奨される治療を行う367).
1
.まず,肺高血圧症として臨床的に妥当な患者(肺機能 検査で重度の閉塞性/
拘束性換気障害がみられず,CT
画像診断でも明らかな気道/
肺疾患がみられない)を 特定する.このような患者を,肺疾患を併発するPAH
(第
1
群肺高血圧症)と肺疾患を原因とする肺高血圧症(第
3
群肺高血圧症)のどちらに分類するかの診断は,困難な面がある.したがって,これらの患者については 専門施設へ紹介したうえで,総合的な診断を目的とした 高解像度
CT
検査や血行動態評価,精密呼吸機能検査,心肺運動負荷試験などの精密検査を実施するべきであ る.
2
.IPF
患 者 で%FVC
<70%
, ま た はCOPD
患 者 で%FEV
1<60%
の閉塞性/
拘束性換気障害を認め,25
≦
mPAP
<35 mmHg
をきたしている場合,その多く に,慢性肺疾患と肺高血圧症の双方の徴候がみられる.現時点で,これらの患者群に対する肺高血圧治療薬の 有効性を裏付けるデータは得られていない.これらの患 者の運動機能の制限は,循環障害ではなく,おもに換 気機能の障害に基づくものであるため,肺高血圧治療 薬の効果については疑問が残る.また,肺血管拡張薬 の投与によって,とりわけ
COPD
患者ではガス交換機 能に障害をきたすと考えられる.肺血管病変が疾患の 進行に影響を及ぼす可能性や,将来的に血管病変が治 療ターゲットとなる可能性を否定するものではないが,現時点では,この点に焦点を当てた比較対照臨床試験 は行われていない.