第 5 章 OCI に計上された金額のリサイクリングの要否
2. IASB における包括利益の制度化
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図表5-3 損益および包括利益計算書 売上高 50
有価証券売却益 6 総費用 20 当期純利益 36
組替調整 その他の包括利益:
有価証券評価差額 3
(当期発生額) (9)
(組替調整額) (△6) その他の包括利益合計 3
包括利益 39 出所:1計算書方式より筆者作成
SFAS No.130は、当期の純利益の一部として表示される包括利益項目のうち、当期また
は過年度においてもOCIの一部としてすでに表示された項目の二重計上を回避するために 調整しなければならないとし、OCI から純損益への組替調整を義務付けている(FASB
[1997b], para.18)。こうした未実現の利益であるOCIが実現した場合はOCIから純利益に
組み替える会計処理はリサイクリング(recycling)と呼ばれている。
リサイクリングというものは、包括利益という新しい利益を導入しながらも、財務諸表利 用者の意思決定に有用な情報を提供するためには引き続き従来と同様に純利益に関する情 報を提供することが必要なことから、求められる処理として位置付けられる(小野 [2003], 144頁)。貸借対照表指向と損益計算書指向の両方のニーズを満たすことができる点で、リ サイクリングは画期的である。純利益項目とOCI項目の区分は,実現(未実現)・実現可能 性といったタイミングによるものであり、FASBにおいてはリサイクリングを要求されない OCI項目は基本的に存在していない(山下 [2015], 89頁)。リサイクリングを強制している 点を踏まえると、FASBは包括利益より当期純利益を重視しているといえるだろう。
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えられた。そこで、各国基準間の違いを解消し、財務諸表の国際的な比較可能性を高めるた めにオーストラリア、ニュージーランド、カナダ、イギリス、およびアメリカの会計基準設 定機関のメンバーに、オブザーバーとしてIASCの代表者が加わって、G4+1という組織を 結成した。
G4+1は、1998年に『財務業績の報告:現状と展望』(Reporting Financial Performance, Current Developments and Future Directions: G4+1 [1998]) を公表し、その成果を踏ま えて、1999年にポジションペーパー『財務業績の報告:変更の提案』(Reporting Financial performance, Proposals for Change: G4+1 [1999]) を公表した。G4+1 [1998]では、図表 5-4のように、利益に関する考え方を、包括利益と純利益のどちらも重視する利益の「二元 観」と、包括利益のみを報告する利益の「一元観」に分類している(G4+1 [1998], para.5.2,
5.6)。「二元観」とは、異なる認識基準に基づいて財務業績の複数の写像を伝達する考え方
で、これに対して「一元観」とは単一の認識基準に基づいて財務業績の一面的な写像を伝達 する思考を指す(G4+1 [1998], footnote.23)。
図表5-4 G4+1 [1998] によって検討されたアプローチの特徴
一般的特徴
業績の観点が一元 「稼得·実現·対応利 利用される報 使用される主 アプローチ 的または二元的か 益」測定値の報告 告様式の種類 要な区分の数
A 二元観 す る 多欄式 2 B 二元観 す る 調整式 2
C 一元観 しない 伝統的 2 D 一元観 しない 伝統的 3
出所:(G4+1 [1998], p32, figure1)より筆者作成
報告形式については、「二元観」を多欄式と調整式に分類している。多欄式(アプローチ
A)は、歴史原価に基づく損益計算書に加えて評価修正を表示する2欄式の形式を採用する
ものである(G4+1 [1998], para.5.13)。調整式(アプローチB)は、SFAC No.130のよう に財務業績を、稼得・実現・対応利益区分(純利益区分)とその他の財務業績区分(OCI区 分)に分け、損益計算書に未実現利益を加減し、未実現利益を実現時点でリサイクリング調 整をする様式である(G4+1 [1998], para.5.8-5.16)。
これに対して、「一元観」は、2区分(アプローチC)と3区分(アプローチD)の報告 形式に分かれる。前者では、操業活動および財務活動の成果とその他の活動の成果とを2区 分に表示する。後者は、営業活動、財務活動、およびその他の活動からの損益の3区分を設 ける方法である(G4+1 [1998], para.5.31-5.45)。このような「一元観」のもとでは、実現 や対応は重要視されない。稼得・実現・対応利益情報は財務諸表の脚注や財務報告の場所で 報告すればよいとされる。また、「一元観」はすべて財務業績の項目をその発生期間に一回
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限りしか報告しないので、リサイクリングと相容れない考え方である(G4+1 [1998], para.5.20- 5.23)。
G4+1 [1998] では、どの方式を採用するかの点で意見が分かれたため、全員一致の結論
を得ることはできなかったが、大多数の委員から支持を得ることのできたものはアプロー チDであった(G4+1 [1998], para.5.45)。そこで、G4+1は、アプローチDの報告形式 を基礎にして、残された問題について検討を続け、その成果としてG4+1 [1999] を公表し た。
G4+1 [1999] では財務業績の構成要素を3区分とし、区分間のリサイクリングの禁止が
提案された。言い換えれば、G4+1は財務業績の構成要素の特徴という区分を実現・未実現 という区分に優先させるためにリサイクルを行わないと主張している。なぜなら、実現利得 と未実現利得はともに、同じ経済事象を反映するものであり、実現とは単にその利得の裏付 けがあることを示すに過ぎないからである。つまり、成果である純利益ではなく、結果的利 益である包括利益を企業の最終業績を示す指標としようとしている。
以上のことから G4+1 [1999] では、もはや実現概念は表示上重要ではないとされ、稼 得・実現・対応利益も表示面での重要性を低下せしめられているので、FASBのSFAS No.130 のように実現概念を重視し、すべての財務表務項目を最終的に純利益の一項目として報告 するためのリサイクリングは棄却される。
上述のような状況の下において、IASCから2001年9月に改組して設置されたIASBは、
業務報告プロジェクトを開始した。IASBは当初、すでに業績報告制度化に経験を積んでい るイギリスの会計基準審議会(Accounting Standards Board: ASB)とパートナーを組んで、
G4+1 [1999] を実質的に引き続く形で進めていたが、純利益の開示を廃止し(その結果、
リサイクリングも禁止する)、包括利益をボトムラインとするという業績報告書提案に対す る各方面からの強い反発に遭った。結局、最終基準には至らず、ASB との共同作業は打ち
切られ、2004 年4月によりFASBとの共同プロジェクトとなり、改めて業績報告プロジェ
クトの審議が立ち上げられることが決定された。その後、共同プロジェクトは、業績報告書 のみならず財務諸表全体に検討の対象を広げて「財務諸表の表示プロジェクト」と名称を変 更し、財務諸表全体の表示の問題を取り扱うセグメント A と、純利益開示やリサイクリン グの可否を検討するセグメントBとに区分して検討が進められることになった。
セグメントAにおいて、2005年4月の段階で両審議会は、包括利益計算書に関しては、
1計算書方式を要求し、ボトムラインの利益を包括利益として、純利益は包括利益算定の過 程の小計として表示することで暫定的に合意していた。この暫定合意に対し、ボトムライン が純利益でなくなってしまうのは、財務諸表利用者の誤解を招くといった批判が相次ぎ、
2005年 11月には、1計算書方式と2計算書方式のいずれかによる包括利益の表示を決定 した(川西 [2006], 153頁)。この決定を踏まえて2006年3月に財務諸表の表示プロジェ クトの成果物の1つとして、IASBからIAS No.1の改訂公開草案が公表された。その後、
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2007年9月に最終基準が公表され、SFAS No.130と実質的に同様の包括利益報告が定めら れることになった。これをもってセグメントAは完了した。
セグメントA では、IASBとFASBの相違点の解消に主眼が置かれていたのに対して、
2006年3月に開始されたセグメントBでは、財務諸表の表示に関する見直しが行われた。
セグメントBの当初の議論は、純利益を廃止して(2計算書方式も削除)、包括利益を1計 算書方式で表示しようという包括利益一元観が主張された。この取り組みの一環として IASBとFASBは、2008年10月に検討資料「財務諸表の表示に関する予備的見解」と2010 年7月に「財務諸表の表示に関するスタッフ・ドラフト」を公表したが、結局さしたる成果 物を生み出せないまま、両審議会のリソースを他の優先度が高いとされる項目に集中する ことになった。その後、包括利益、純利益、およびOCIについては、IASB単独で行う概念 フレームワークのプロジェクトで検討の対象とされることとなった。
IASBは、FASBとの財務諸表の表示プロジェクトを経て、基準の改訂を進めるというア プローチを取った。セグメントAの結果を受けて改訂したIAS No.1 (2007)において、包括 利益、純利益、およびOCIの定義づけが行われている。包括利益とは、所有者との取引に よる資本の変動以外の取引または事象による 1 期間における資本変動であり、純利益およ びOCIのすべての構成要素を含むとしている。純利益とは、収益から費用を差し引いた合 計額であり、OCI とは、他の IFRS が要求または許容するところにより純損益に認識され ない収益および費用(組替調整を含む)と定義付けている(IASB [2007],, para.7)。このよう に、IASB の包括利益および OCIの概念は、FASB のそれと異なるところはない。また、
IAS No.1 (2007)において最も注目されるのは、包括利益をボトムラインとする包括利益計 算書の開示が義務付けられた点であり、包括利益と純利益の差額であるOCI については、
リサイクリングが義務付けられた(IASB [2007], para.94)。
当該包括利益の表示に関してIASBは、2011年6月にはIAS No.1を改訂し、①単一の
「包括利益計算書」による 1 計算書方式と、②純利益の構成要素を示す従来の「損益計算 書」と純利益から開始してOCIの内訳を表示する「包括利益計算書」から成る2計算書方 式の選択適用を認めている(IASB [2011a], paras.10 and 10A)。また、OCI項目のうちリ サイクリング部分とノンリサイクリング部分とを区別して表示することとなった。そして、
リサイクリングを行うか否かを、FASBのSFAS No.130のように全体として決定するので はなく、会計基準毎に決定するとされており、この点は必ずしも一貫していない。