實延根 小土地
o租
× × 小作料
w?ン
, ん一馳「ハ「
m」、γド科
w?ン
○ 45.5 0 一 _ 、四p筍⊥栗兼 、.
n主
昌昌林 小土地
o租
× × 小作料
w?ン
小作料
w?ン
× 49.5 25.0 地主
郡香月 中農 × × 雇農 雇農 × 38.7『 8.4 地主
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三味土 中農 □ □ 三農 ャ作料
三農
ャ作料
× 49.4 33.0 地主
王保根 中農 □ ○ 雇農
ャ作料
w?ン
自耕 甲長を4年間 × 48.5 11.8 地主
窒善祥 富農 ×子□ ×子□ 小作料 小作料 × 42.3一 28.0 地主
※労働状況について ○…主要労働 []…附帯労働 △…たまに労働する ×…労働に従事していない △の「たまに労働する」については、「有労働不労働」とあり、この労働が主要労働を指すものか附帯労働 を指すものかは正確にはわからないが、ここでは附帯労働を指すものとして考える。
50
※生活源について 「搾取1としているものは、搾取方式に「搾取」としか記載されていなかったものである。
郵江区仲夏郷の階級身分区分表によって20人が区分されている。その内、錦江区仲夏郷で は最終的に、大忌農1人、富農6人、経営地主6人、地主兼商工業1人、商工業兼地主1人目 地主5人置と区分されている。
まず、寧波での地主の階級区分で最も重要と思われる基準である「土地所有面積」に注目す る。寧波で地主と判断するための土地所有面積の基準は『寧波市志』によると、「45畝」とさ れている。そこで、表5−1の中で所有地が、45畝以下の地主と地主以外の階級で45畝以上所 有している者に下線部を引いておいた。富農と地主(経営地主と地主兼商工業を含む)の境界 となる土地所有面積の基準を「45畝」とすると、富農と判断された者は6人中4人が45畝以 下であり、地主は13人中9人が45畝以上どなっている。数人の例外はいるが、「45畝」が寧 波での地主の基準となっていると言えるであろう。しかし、富農と判断された者の中でも6人 中2人、王含量(58.3畝)と穆正甫(56.0畝)が45畝以上の土地を所有しており、逆に、地 主は13人中4人、唐熱球(43.3畝)、石玉青(41.8畝)、郡香H(38.7畝)、賓善祥(42.3畝)
の土地所有面積が45畝以下となっている。つまり、仲夏郷には地主よりも土地を所有してい た富農がいたのである。富農と地主との境界は、「土地所有面積」の「45畝」が基準となって いると言えるが、数人の例外がいるように「土地所有面積」だけで、富農と地主との階級区分 を定義することはできないのである。
次に、地主判断基準の「労働状況」について見てみる。寧波での地主についての規定は「大 量の土地を占有し、自らは働かず或いは附帯労働を行うだけで、搾取に頼って生活し、解放前 の3年間(1947〜1949)以上続けた者」(11)とされている。つまり、地主と判断される者は、
解放前からずっと主要労働に従事していないはずである。表5−1の「労働状況」を見てみると、
確かに地主と判断された者は解放前に主要労働に従事していない者ばかりである。しかし、次 に、寧波での富農についての規定を見てみると、「比較的多くの土地を占有している或いは土地 を借りている。優良な生産道具と資本があり、自らも労働に参加し、雇用労働・小作料・利息 を搾取し、生活源の一部或いは大部分としている者」(12)とされている。富農と判断される者 は本来主要労働に参加しているはずであるが、表5−1を見る限りでは、富農と判断された者で も主要労働に従事していない者が多くいることがわかる。解放前・解放後ともに主要労働に参 加しており富農と判断された者は、穆正甫ただ1人である。中央の規定では、富農は本来主要 労働に従事しているために、主要労働に従事していなければ地主と判断するのである。しかし、
表5−1を見る限りでは、寧波において富農でも主要労働に従事していた者は少なかったことが わかる。このことから寧波での富農と地主との階級区分に「労働状況」はそれほど重視されて
いないということがよくわかる。つまり、「労働状況」では富農と地主との階級区分を定義する ことはできないのである。これは寧波での階級区分の特徴ということができる。
しかし、第三章で、寧波では自耕していた地主が存在していたことが判明していた。階級身 分区分表の分析によって、地主だけでなく、本来主要労働に従事しているはずの富農までもが 主要労働に従事していなかったことが判明した。第三章で述べたことと逆の結果となってしま ったが、寧波での階級区分に「労働状況」が重視されていないことに変わりはない。
また、寧波では地主と判断するための「搾取方式」について限定してはいないが、中央の規 定では「搾取方式」も地主と判断する重要な要素となっているため、注目してみることとする。
寧波での富農の搾取方式は、「雇農方式」がメインであるが、「小作料方式」の富農も1人いる。
地主の搾取方式は、「雇農方式」も「小作料方式」もいる。中央の規定では、地主の搾取方式は 主に小作料方式とされているが、表5−1を見ると寧波での地主は童心方式によって搾取をして いる者が多くいることがわかる。寧波で地主と区分された者の「搾取方式」は、中央の規定す る「地主の搾取方式は主に小作料方式」に当てはまらない。「搾取方式」でも富農と地主との階 級区分を定義することはできないのである。そして、これも寧波での階級区分の特徴と言うこ
とができる。
中央の地主と判断する重要な3要素以外にも、階級身分区分表にある「政治状況」について も着目してみたが、富農と区分された者の中にも保長(13)をつとめている者もいれば、地主と 区分された者でも政治的職についていなかった者もいる。わざわざ「政治状況」という欄を作 っていることから、階級区分に全く関係がないとは言えないが、「政治状況」から富農と地主と の階級区分を定義することは難しい。
表5−1を見る限りでは、富農と地主との境界は「45畝」という土地所有面積以外では非常に わかりづらい。そこで、所有地の中の出撃地と自耕地の割合、家族の人数に注目して、表にま
とめたものが下記の表5−2である。
表5−2 郵江区仲夏郷の土地所有面積
姓名
土地改
家族の人数 所有地 土地所有内の割合v後の
K級
内
外 出租
i畝)
可耕
i畝)
合計
i畝)
出租
i%)
自耕
i%)
借地
i畝)
合計土地 蒲L地+借地
i畝)
李秀表 大四壁 6 7.6 20.6 28.2 27% 73% 66.8 97.0
郁仁品 富農 7 1 36.9 0 36.9 100% 0% 34.3
712
王含順 富農 6 3 33.3 25.0 58.3 57% 43% 10.9 69.2
箋秋水 富農 7 5.8 30.9 36.7 16% 84% 15.9 52.6
52
穆正甫 富農 6 23.1 32.9 56.0 41% 59% 25.3 81.3 馬杏嫌 富農 3 32.0 6.2 38.2 84% 16% 0 38.2 王徳釦 富農 5 33.3 3.7 37.0 90% 10% 27.5 64.5
菖松青
経営地
7 26.5 44.4 70.9 37% 63% 57.1 128.0唐昌墾
経営地
7 0 43.4 43.3 0% 100% 48.0 91.3王水興
経営地
7 11.0 50.7 61.7 18% 82% 55.9 117.6孫照信
経営地
8 0.1 52.3 52.4 1% 99% 43.3 95.7石玉青
経営地
7 0.4 41.4 41.8 1% 99% 22.3 64.1葛広珠
経営地
7 1 2.3 57.5 59.8 4% 96% 58.0 117.8王金海
地主兼
、工業
3 3 16.1 30.7 46.8 34% 66% 17.9 64.7
實延根
商工業 湯n主
4 45.5 0 45.5 100% 0% 0 45.5
何妓林 地主 2 46.7 2.8 49.5 94% 6% 25.0 74.5
郡香,月 地主 3 22.6 16.1 38.7 58% 42% 8.4 47.1
郡味土 地主 4 16.4 33.0 49.4 33% 67% 33.0 82.4 王保根 地主 5 28.9 19.6 48.5 60% 40% 11.8 60.3 實善祥 地主 7 1 17.7 24.6 42.3 42% 58% 28.0 70.3
まず、表5−2の家族の人数に注目すると、家族の人数が多いほど所有土地が多いというわけ でもなく、富農と地主との境界の基準となるものは見えてこない。しかし、仲夏郷では家族の 人数が多いと土地所有内の自耕の割合が高いという傾向があるように見える。
次に、表5−2の土地所有内の出租と自耕の割合に注目すると、富農の出租割合の平均は64.7%、
地主の亭亭割合の平均は57.4%、経営地主の出租割合の平均は10.7%となる。この平均値をそ のまま素直に考えると、富農の方が地主よりも所有地内の亭亭の割合が高いということとなる。
そして、反対に地主の方が富農よりも所有地内の自耕の割合が高いということとなるのである。
中央の規定であれば、地主の搾取方式は主に小作料方式であり、富農の搾取方式は雇農方式で あるため、地主の方が富農よりも出租割合が高いはずである。つまり、寧波では所有地内の出 租割合では地主・富農を区別する基準としていないことがわかり、地主の搾取方式を「小作料 方式」と限定していないことにも納得がいく。
そこで、「所有地」を家族の人数で割り、家族の1人当りの土地面積を出し、階級ごとで比 較してみることとする。また、純粋に1人当りの収入となる土地についても計算して比較して みる。計算方法は、出租した土地の小作料形式は一般的な分租(14)とし、取り分も一般的な5:5
と仮定する。つまり、土地所有者は出租土地の50%の収入を得るのである。自耕地はもちろん 100%そのまま所有者の収入となる。借地についても小作料形式は分租とし、土地所有者と借
りた者で取り分を5:5とし、借りた者は全ての土地を又貸しするものとし、借りた者と小作農 との間でまた5:5となる。つまり、借地の内の25%の収入を得るのである。そこで出租(50%)
と自耕(100%)と借地(25%)を足し、これを家族の人数で割ることによって、「1人当りの収入と なる土地」として計算することにする。この「1人当りの収入となる土地」を計算する理由は、
以下のようなものである。もし50畝の土地を所有していても家族の人数が10人であれば、1 人当りは5畝である。逆に、30畝の土地を所有している者でも家族の人数が3人であれば、1 人当りは10畝なのである。このことからわかるように、たとえ多くの土地を所有していても 家族の人数が多ければ、それよりも少ない+地所有の者よりも、家族1人当りの収入が少ない ということが起こるのである。
表5−3 仲夏郷の1人当りの土地所有面積 姓名 土地改
v後の K級
所有地
i畝)
借地
i畝)
所有地÷家 ーの人数
i畝)
労働状況 政治状況 1人当りの収入
ニなる土地
i畝)
i出租(50%)+自国
i100%)+借地
i25%))÷家族の人数
解放前 解放後
李秀表 大国農
282
66.8 4.7 6.9 × □ 国民党員ロ長5年間 郁仁品 富農 36.9 34.3 4.6 3.4 ×子○ ×子○
王含順 富農