43 料にそれぞれの課題が存在する。
これらの光源材料の中で、GaSe 結晶については赤外帯と THz 帯の吸収が少な く、非線形光学定数とダメージ閾値も高いことから、高品質な結晶の長尺化に より励起光の相互作用長を伸ばすことで、さらに高出力な差周波 THz 波光源と なることが期待できる。よって本研究ではGaSe結晶に着目し、高品質な結晶の 成長方法を確立することにより高効率、高出力な差周波 THz 波光源の開発を行 う。
1.5 GaSe の結晶成長
GaSe結晶はこれまでに様々な成長方法で成長されており、それぞれの成長方 法において高品質な結晶の成長及び光学応用に向けての課題が存在することか ら、本研究において高品質なGaSe結晶の成長方法を確立するにあたり、解決す べき課題を明確化するために、それぞれの成長方法における問題点を以下に挙 げていく。
1.5.1 GaSe の気相成長法
GaSe結晶の気相輸送法による取り組みは、1970年からCardettaらにより始まり、
1987年にかけて広く使用された[39]。気相輸送法自体にもいくつか種類があり、
ヨウ素を輸送媒体とした化学輸送法(CVT)および閉管昇華法、GaまたはSeの元 素の過剰蒸気圧下での昇華法および閉管昇華法等が挙げられる。化学輸送法や 閉管昇華法では薄片や板状のGaSe 結晶が得られ、また過剰 Se 蒸気圧下での昇 華法では針状、棒状結晶と少量の板状結晶が含まれたGaSe結晶が得られている。
しかし、これらの方法では結晶サイズや反応速度、表面モフォロジーの制御が
44
困難であったため、気相成長における GaSe 結晶は主要とはならず、実用的な GaSe結晶の成長には至っていない。
1.5.2 GaSe の融液成長法
現在、光源としての使用に向けて市販されているGaSe結晶は Bridgman 法 等の融液成長を用いて成長することが多く[40]、GaSe結晶の物性に関する研究
もこのBridgman法にて成長させた結晶を取り扱ったものが殆どである。しかし、
この方法で成長させたGaSe結晶を実際にテラヘルツ光源として用いる際には以 下のような問題点が生じてしまう。
① GaSeの融点(938℃)での高温成長による高密度な欠陥の発生 成長する結晶の熱平衡点欠陥密度𝑁Vは以下の式で与えられる[41]。
𝑁
V= 𝑁
0exp (
−𝐸𝑓𝑘𝑇
)
(1.52)ここで、𝑁0は定数、𝐸𝑓は空孔の形成エネルギー、𝑘はボルツマン係数で、𝑇は 結晶の成長温度である。この式(1.52)より成長温度が高くなれば成長する結晶 内に形成される欠陥密度が増大することが分かる。
さらに GaSe 結晶は積層欠陥エネルギーが非常に小さいため、GaSe 結晶の融点 (938℃)における成長となる融点成長では熱応力や結晶成長時の塑性変形に起因 した転位や積層欠陥が生じやすい。
② 成長中にSeが結晶から解離することによる結晶の非化学量論組成
GaSe結晶の融点におけるGaとSeの平衡蒸気圧の差は15気圧にも達するた め、融液や結晶からのSeの蒸発、解離により成長した結晶が非化学量論組成と
1.5 GaSeの結晶成長
45
なってしまう可能性が高い。結晶が非化学量論組成となることで非化学量論組 成に起因した赤外不活性モードの格子振動(E”-1モードとA’1-1モードなど)に よるTHz波の吸収が大きくなる[42]。
③ 二種類(εタイプとγタイプ)のポリタイプの混在
図1.21の状態図に示すようにGaSe結晶の融点付近では、εタイプとγタイプ の相が存在する[43]。そのため、融液成長ではこれらの相が混在しやすく、選択 的に単相のGaSeを成長することが難しい。
図1.21 GaSeの状態図
46
以上の問題から融液成長法はGaSe結晶の実用的な成長法としては不完全であ ると言える。
1.5.3 GaSe の溶液成長法
我々のグループでは、Seを飽和溶解させたGa溶媒中からGaSe結晶を温度差 成長することにより、GaSeの融点よりも200℃以上低い温度で成長を行い熱平 衡点欠陥密度の抑制とポリタイプの制御を実現した。 さらに結晶成長時に成長 部に印加されるSe蒸気圧を制御することで析出結晶の化学量論的組成制御が可 能なことを示した[19]。この成長方法は蒸気圧制御温度差液相成長法(TDM-CVP)
と呼ばれる。TDM-CVPにより成長したGaSe結晶では市販のBridgman法により 成長した結晶と比較し、近赤外帯域と高周波THz帯における透過性が向上した [44]。さらにTHz波発生効率は9.41THzの発生において1.2×10-6 J-1であり、こ
れはBridgman法により成長した結晶の約4倍の効率であった[45]。しかし、蒸
気圧制御温度差液相成長法によりGa溶媒から成長するGaSe結晶の成長速度は 遅く、結晶の厚さが薄いことから、発生するTHz波出力の向上には至っていな い。
結晶の厚さと発生するTHz波の出力の関係を示すために、以下では1.4.2節に おいて伝搬方程式から導出された差周波発生により発生するTHz波出力を求め る式(1.27)から最大出力のTHz波発生に必要なGaSe結晶の厚さを見積もる。式
(1.27)では電磁波の吸収が考慮されていないため、以下の式(1.53)より式(1.27)に
おいて完全位相整合条件下(Δk = 0)での電磁波の吸収を考慮した結晶の厚さと発 生するTHz波の出力の関係を求めた[46, 47]。
1.5 GaSeの結晶成長
47
𝐼
𝐷𝐹𝐺(𝐿) =
2 𝐼1𝐼2𝑑eff2𝜔𝐷𝐹𝐺2𝑛1𝑛2𝑛𝐷𝐹𝐺 𝜀0 𝑐3
𝐿
2× 𝑇
1𝑇
2𝑇
3𝑒
−𝛼𝐷𝐹𝐺𝐿∙
1+𝑒−𝛼𝐷𝐹𝐺𝐿−2𝑒−1 2∆𝛼𝐿 (1
2∆𝛼𝐿)2
(1.53)
ここで、𝑇𝑖は結晶と空気の界面におけるエネルギー透過率を表しており、𝑇𝑖 =
4𝑛
(𝑛+1)2で表される。また、𝛼𝐷𝐹𝐺は差周波発生により発生した周波数の電磁波の吸
収係数であり、∆𝛼 = 𝛼1+ 𝛼2− 𝛼𝐷𝐹𝐺と表される。𝛼1及び𝛼2は励起光の吸収係数 を表している。蒸気圧制御温度差液相成長法により成長した GaSe 結晶の THz 帯の吸収係数(α = 34.67 (cm-1) @ 2 THz)及び励起光波長帯の吸収係数(α = 2.8
(cm-1) @ 1.2 µm)から、結晶の厚さと発生するTHz波の出力の関係を計算し、図
1.22に示した。図 1.22 より最大出力を実現するための厚さは 1250µm と見積も られるが、成長時間14日間で蒸気圧制御温度差液相成長法により成長するGaSe 結晶のc軸方向の厚さは300 µmほどである [18]。よって出力の向上に向けては c軸方向の成長速度を高速化する必要があることがわかる。さらに、励起光及び THz波の吸収を考慮しない場合には式(1.27)と図1.22からわかるように発生する TH 波の出力は結晶の厚さ(励起光の相互作用長)の二乗に比例して単調増加する。
よって、励起光とTHz波の透過性が向上することで発生するTHz波の出力は増 加し、最大出力のTHz波を発生するために必要となる結晶の厚さも増加する。
以上のGaSeの成長方法の紹介から気相成長、融液成長、溶液成長の3つの成 長方法の中で、溶液成長では高品質な結晶を成長することのできるが、発生す るTHz波出力を増加するためには低速な成長速度に課題があることが確認され た。
48
図1.22 励起光、THz波強度(最大値を1として規格化)と結晶の厚さ
1.6 本研究の目的
本論文では狭線幅な THz 波を室温において周波数可変で小型な光学系から発 生することのできる差周波発生において、広帯域で高出力な THz 波発生の実現 に向け、THz波差周波発生光源として優れた特性を併せ持つGaSe結晶の結晶成 長方法の確立と成長した GaSe 結晶を用いた THz 波発生及び発生に関連する特 性評価を行う。具体的な研究の流れは以下の 3 つに大別され、本論文において は第2章から第4章として3つをそれぞれまとめる。
第2章 目的:成長速度の高速化
溶液成長においてGaSe結晶の成長速度を高速化するための機能性溶媒の探索を 行う。