第 3 章 納税行動に関する理論的考察
3.2 Allingham and Sandmo の脱税モデル
まず、Allingham and Sandmo(1972)を概観することにより、脱税モデルの基本構造を説明す る。この論文によると、納税者は過少申告の利得を意識しながらも、同時に、税務調査を受け た場合には罰金税も含めて多額の税金を納めなくてはならなくなる可能性も意識している。そ のため納税者が申告額を決めるのは、税務当局の税務調査を受ける確率について、どのように 判断するかに依存し、不確実性に基づく決定がなされるとして脱税行動が考察されている。
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納税者は実際の所得額Wのうち金額Xだけを申告し、税は申告額に対し一定率θで賦課さ れる。このとき納税者のみが実所得額Wを知っており、確率pで税務当局の調査を受け、税 務当局も調査を通じて納税者の正確な実所得額を知ることとなる。納税者が過少申告をしてい る場合には、必ず税務当局に指摘され、税率θより高い罰金率πで過少申告を行った所得金額 W-Xに対し罰金を支払わなければならなくなると仮定している。モデルでの表記は以下とする。
Yは申告所得額にかかる税額を納税した後の可処分所得額であり、Zは税務調査により脱税 が発覚して、罰金税額を支払った後の可処分所得額である。
(1a) (1b)
納税者は、納税後の可処分所得額の期待効用を最大にするように申告所得額Xを決めると仮 定すると、納税者の期待効用関数Uは以下のようになる。
(2) すなわち納税者の行動を、税務調査を受けない場合に可処分所得から得られる効用と、税務 調査を受ける場合に罰金税率を課税された後の可処分所得から得られる効用とを加重平均し た期待効用を最大化するように申告所得額Xを決定するものと仮定している。そして、 >0、
<0 を満たし、(2)式の一階の条件は(3)式のように記される。
(3) 二階の条件は、
(4) となる。また、内点解が存在する条件は申告所得額Xが0と実所得額Wの間であり、内点解 をもつためのパラメーター値の条件は、限界期待効用が申告所得額Xの増加とともに減少する ので、以下(5)式、(6)式のように表される。
(5)
(6) これらより内点解となるような最大値が存在することになり、(1)式が0<X<W において、
以下のように書き換えられる。
(7)
すなわち、罰金税率 が通常の税率 より低い税率を適用されるなら、納税者は申告所得額 Xを決めるにあたり、期待効用が最大になるように実所得額を隠して脱税を行うことを意味し ている。
さらに、このモデルでは、納税者が申告額を決める要因について所得額しか考慮されていな いため、所得以外にも効用に影響を与える要因についても考察を行っている。それは、脱税を
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行う場合には、納税者は社会的評価や評判などについても考えると予想される点である。その ため、納税者が申告額を決めるにあたり所得以外に影響を与える要因として、地域における評 判を変数Sと表記して効用関数のなかに追加している。
+ (8) は、所得隠しが発覚しない場合の地域における評判の変数であり、 は所得隠しが発覚し
た場合の地域における評判の変数である。脱税が発覚しない場合の効用が、発覚する場合の効 用より大きくなると仮定し、U(Y, ) > U(Y, )とすると、
一階の条件は、
(9) となる。二階の条件は、
(10)
内点解をもつためのパラメーター値の条件は、
(11) である。もし、 (W(1-θ),S0)= (W(1-θ),S1)であるなら、(11)式は(7)式の < と同じに なるため、内点解条件が成立し、人は社会的評価や地域における評判が存在している場合でも、
脱税することになる。しかし、最も自然な仮定は (W(1-θ s0)< (W(1-θ s1)であり、評判 が良くなれば効用は小さくなるため評判と所得は基本的な意味で代替する。
そのため、 (W(1-θ s0)< (W(1-θ s1)であれば、(7)式と(11)式の比較において(11)式が 小さくなり、(11)式の条件がより成立しにくくなることから脱税がしにくくなると考えられ る。すなわち、評判は脱税を行いにくくさせると考えられる。
次に、実所得額W、税率θ、罰金率π と脱税の発覚する確率pが変化すると、申告所得額X はどのように変化するのかを分析する。以下の分析結果は、納税者の脱税に伴うリスクに対し、
Arrow-Pratt リスク回避度の概念を使用している。絶対的リスク回避関数は以下のように定義 される。
絶対的リスク回避関数
(12) 絶対的リスク回避関数は所得が増加するとともに減少する所得の減少関数であると一般的 には想定されている54)。
まず、実所得額Wの変化に対して申告所得額Xがどのように影響を受けるか。実所得額W の影響を(3)式より求めると、(13)式を得る。
1 + (13)
54) 相対的リスク回避関数 ′
相対的リスク回避関数は、所得の減少関数なのか、増加関数なのか仮定できない。
56 (12)式を代入し、
= 1 (1-π (14) 絶対的リスク回避関数が所得の減少関数であることを前提にしているのでRA(Y)<RA(Z)と すると、[ ]で囲まれた式の符号がπの値に依存し、罰金率πが 1 より大きい場合のみ導関数 が明白に正となる。これは、罰金率πが 1 より大きい場合のみ、実所得額が増加すると申告所 得額も増加し脱税は減少することを意味している。また、罰金率πが低下すれば実所得額W の増加により申告所得額Xは減少し脱税が増加する可能性を示している。
次に、税率θの動きに関して申告所得額Xがどのように変化するのか見ると、
=-‐1 θ-π +1 +
となり、これは、(3)式より以下のように書き換えられる。
=1 θ - +1 + (15) (15)式の第二項は、D が最大化の条件から負であるため明らかに負となる。第一項は絶対的 リスク回避関数が所得の増加にともなって減少するなら正、一定なら 0、あるいは増加なら負 となるので符号はわからない。このように絶対的リスク回避関数に依存するため、通常税率θ と申告所得額Xとの関連は明らかではない。
次に、罰金税率πにより申告所得額Xはどのように変化するかを見る。
(3)式から導かれるのは
=-1 1 ) (16) である。これらの項は、第一項、第二項とも正である。ゆえに、罰金率の増加は常に申告額を 増加させ脱税額を減少させる結果となる。
さらに、発覚確率p に関する申告所得額Xの変化をみるため、Xをpで微分すると(17)式 となる。
=1 θ + θ π (17) D<0より(17)式は正であることから、発覚確率の上昇は常に申告額の増加につながり、脱 税を減らすことが示される。
以上、このモデルの静学的分析を要約する。通常税率θと申告所得額Xとの関連については、
明確な結果は得られない。また、実所得額と脱税との関係についても、罰金率πが 1 より大き い場合のみ、実所得額が増加すると、それに伴い申告所得額も増加させて脱税額が減少するこ とを示している。しかし、罰金率πが低下すれば、実所得額が増加した場合には、申告所得額 を減少させ脱税が増加する可能性を示す結果となっている。従って、脱税を減少させるのは、
罰金率πと脱税の発覚確率pの 2 つの変数であることが示された。罰金率πの増加は申告額を
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増加させる可能性があり、また、発覚確率pの上昇は常に申告額の増加につながり脱税が減少 する結果となっている。罰金率 と脱税の発覚確率pの 2 つの変数は、税務当局がコントロー ルできる変数であり、これら 2 つの政策手段が脱税の減少には有効であると予想される。