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第4章 ARCSモデルからARCS-V モデルへの 拡張とV 要因の下位分類提案

4.2 ARCS モデル概論

ARCSモデルは,IDの代表的なモデルのひとつで,教育の効果・効率・魅力のうち,

「魅力」を取り扱うモデルとして広く国内外で研究・実践されている.IDの理論・モデ ルの多くは,例えば ADDIEモデルのように,まず改善されるべき課題が分析され,課 題解消するために ID の知見を活用して授業やカリキュラムの設計を施す,実施後は学 習成果などの結果要素から評価を行い,その変化や向上の度合い,新たに見出された問 題点などを分析して次の運用サイクルの糧とする,といった流れとなる.他方,ARCS モデルが直接取り扱うのは,学習者の学習意欲である.「学んでみたい」「面白そうだ」

「やりがいがありそうだ」「できそうだ」「やってよかった」「また学んでみたい」といっ た学習者の学習における心理的側面の変化をつかむことで,学習者の学習意欲,学ぶ動

機づけを的確に高めていこうとする.この点で,ARCSモデルは,IDの諸理論・モデル と比較して際立った特徴を持つものと言える.

ARCSモデルの提唱者であるケラーは,ARCSモデルの提案に至るまでに,学習意欲 に関する文献の調査を行い,共通する属性に基づいて4つの概念に分類できることを見 出した(ケラー,2010).つまり,注意(Attention),関連性(Relevance),自信(Confidence), 満足感(Satisfaction)の 4つがこれに当たる.また,第 3章(ARCS+ATモデルの表 3.4)でも示したとおり,ARCSモデルの各要因には,それぞれ3つの下位分類が定義さ れており(表 4.1),これらの下位分類は,ケラーによる膨大な研究調査に基づき,それ ぞれ理論的裏づけをもって定められている.

表 4.1 ARCS モデルの各要因と下位分類

要因 下位分類

Attention

(注意)面白そうだなぁ

A-1 : 知覚的喚起 (Perceptual Arousal)

A-2 : 探究心の喚起 (Inquiry Arousal)

A-3 : 変化性 (Variability)

Relevance

(関連性)やりがいがあ りそうだなぁ

R-1 : 目的志向性 (Goal-Orientation)

R-2 : 動機との一致 (Motive Matching)

R-3 : 親しみやすさ (Familiarity)

Confidence

(自信)やればできそう だ

C-1 : 学習要求 (Learning Requirement)

C-2 : 成功の機会 (Success Opportunities)

C-3 : コントロールの個人化 (Personal Control)

Satisfaction

(満足感)やってよかっ たなぁ

S-1 : 自然な結果 (Natural Consequences)

S-2 : 肯定的な結果 (Positive Consequences)

S-3 : 公平性 (Equity)

期待×価値理論を中核として構成されたARCSモデルのARCSの各要因は,それぞ れ次のような理論的裏づけとともに説明されている(ケラー,2010).

Attention(注意)

学習者の注意を獲得することを目的とした Attention 要因では,覚醒理論,好奇心,

退屈,刺激追求といった関連概念を統合したものである.ジェームスによる生理学的好 奇心と認知的好奇心(James, 1890),バーラインによる特定的探査と拡散的探査

(Berlyne, 1965),ザッカーマンによる刺激追求(Zuckerman, 1979)など,これに関 連する諸理論を裏づけとして,「知覚的喚起」「探究心の喚起」「変化性」がその下位分類 として選択されている.

Relevance(関連性)

学習者に対し,自分自身に関連があり,挑戦する価値があると理解させることを狙っ

たRelevance概念では,期待価値理論の価値理論を取り扱う.トールマンによる目的的

行動(Tolman,1932),マクレランドによる「3つの要求(達成・所属・権力)」(McClelland,

1976),シャンクによる絶対的興味(Schank, 1979)など,これに関連する諸理論を裏

づけとして,「親しみやすさ」「目的志向性」「動機づけの一致」が下位分類として選択さ れている.

Confidence(自信)

学習者の不安を減少させ,その先に成功を期待させることを狙った Confidence要因 では,個人コントロールが最も重要な概念のひとつである.ロッターによる統制の所在

(Rotter, 1966),ドシャームによる指し手・コマ理論(deChams, 1968),バンデュー ラによる自己効力感(Bandura, 1977)など,これらに関連する諸理論を裏づけとして,

「学習要求」「成功の機会」「コントロールの個人化」が下位分類として選択されている.

Satisfaction(満足感)

学習者に「やってよかった!」と感じさせることを狙ったSatisfaction要因では,学 習結果に対する満足感を高め,学習意欲を強化する.古典的条件付け,オペラント条件 づけ,アダムスの公平理論(Adams, 1965)など,関連する諸理論を裏づけとして,「自

然な結果」「肯定的な結果」「公平さ」が下位分類として選択されている.

学校の教師は,自分が担当する科目において,学習者の学習意欲に問題があると感じ る場合,その問題が上述の4要因のいずれの側面に該当するかを分析し,その問題がい ずれの要因の領域に関連するのかを明らかにしたあと,ARCS モデルが提示するヒント を参照して,それに対応する方策の作戦を練る.例えば,学習者がその教科内容に興味 が薄いのであれば,興味関心を引くようにわかりやすくデザインした教材つくりをする ことがひとつの方策となるし,その科目を修了できる自信がないというのであれば,修 了のための要件を明確にして,自分の能力が適合するか確認できる機会を提供するとか,

小テストを何度か受験させて小さな成功体験の機会を与え,自分でもできそうだと思え るような方策を授業設計の中に講じる,といったことがその作戦となる.学習者は,

ARCS のうち,満たされない要因を教師による方策で満たされ,「自分は学べる」「もっ と学びたい」という心理的状況になるのである.なお,ある学習意欲の問題は,いつも ARCSのいずれかひとつの領域に当てはまるとは限らない.例えば,「課題では,自分が 得意な事柄をテーマに選択させる」という方策であれば,R 要因(親しみやすさ)と C 要因(コントロールの個人化)が関連する.よって,方策を練る場合は,ARCS の要因 の別に過度にとらわれる必要はない.ただし,いくら効果がありそうでも,動機づけの 方策はてんこ盛りにしてはいけない.ARCS モデルに基づく方策は,たくさんやればや るほどよいのではない.やりすぎるとかえって学習者の意欲を減退させることがあると いうことをモデル利用者は頭に置いておく必要がある.つまり,内容もタイミングも量 も,丁度よい程度の方策を選択する必要がある.ARCS モデルでは,そんな教師のため に,学習者の心理的状況と外的要因の関係性を示すマクロモデルを提示しており,適切 な学習意欲の作戦立案のための理解を支援しようとしている.

4.3 ケラーのマクロモデルから MVP モデルへの拡張の