第1節 序
生体膜のモデルである逆相ミセルやリポソームを用いた検討から、AGP は水 溶液中で見られるβ-シート構造が熱力学的観点から最も安定であるにもかかわ らず、生体膜近傍では安定構造と大きくかけ離れたα-ヘリックス構造へ転移す ることが示唆された。このα-ヘリックス構造体は、どのような機構で形成され るのであろうか。これまで、AGP と同じリポカリンファミリーに属するβ-ラク トグロブリンやその他のいくつかのタンパク質で、エタノールや 2,2,2-トリフ ルオロエタノール(TFE)等のアルコールを加えると極めて容易にα-ヘリック ス構造に変わることが報告されている 56-65)。また、Goto らは、酸性、高イオン 強度条件下で、いくつかのタンパク質が天然状態とも変性状態とも異なる、い わゆる モルテン・グロビュール 状態をとる現象を見出している66-68)。 そこで、膜-水相界面で観察された AGP のα-ヘリックス構造の形成機構を明 らかにするために、各種アルコールや強酸、高イオン強度条件下による AGP の構造特性について検討を行った。
第2節 アルコールによるAGPのα-ヘリックス構造の誘導 2-1 メタノールによるα-ヘリックス誘導効果
最近、チトクローム C において、pH4.0 で 40%メタノールを存在させると、
モルテン・グロビュール様状態をとることが見出された 69)。これは、生体膜近 傍における緩和な pH 低下と誘電率減少による協同効果により、タンパク質の 変性が惹起されるという考えに基づくもので、生体膜近傍に類似した環境のモ デルとして有用であると考えられる。そこで、pH4.0、40%メタノール存在下に おけるAGPの遠紫外領域におけるCDスペクトルを測定した(Figure 25)。
その結果、pH4.0、40%メタノール添加直後(0hr)の測定において、AGP は 二次構造の一部が素早く折りたたまれているらしく、比較的小さなコットン効 果を示した。ところが興味深いことに、このコットン効果は波形を変化させる
ことなく時間の経過とともに増大した。これらの結果から、これまでに観察さ れたα-ヘリックスに富んだ AGP の二次構造が、素早い形成部位と数時間オー ダーのゆっくりと形成される部位から成り立っていることが推察された。一方、
データには示していないが、pH7.4 においては、メタノールを存在させてもこ のような構造変化は観察されなかった。これは、緩和な酸性条件下による AGP の構造特性の変化が、メタノールによるα-ヘリックス構造形成誘導に必須であ ることを示唆している。
[θ ] x 10-3
(deg·cm
2·dmol-1)
Wavelength (nm)
Figure 25. Far UV CD spectra of AGP in the absence (dashed line) or presence (solid line) of 40% methanol at pH4.0
-20 -10 0 10
200 250
0hr 1hr
2-2 AGPの α-ヘリックス構造形成におけるアルキル鎖の影響
このようなメタノールの効果が、アルコール分子中の水酸基もしくはアルキ ル鎖のどちらに起因しているのかを解明するため、側鎖の異なる各種アルコー ルを用いて AGP のα-ヘリックス構造形成における誘導効果について検討を行 った。最初に、アルキル鎖長の異なる一級アルコール(メタノール、エタノー ル及びプロパノール)を用いて、AGP の構造転移に及ぼすアルコールのアルキ ル鎖の影響について検討した(Figure 26)。次に、水酸基の役割を調べるため に数種のジオールについて同様の検討を行った(Figure 27)。その結果、AGP
のα-ヘリックス構造形成において、アルコールのアルキル鎖はプラスに、水酸
基はマイナスに寄与していることが推察された。これは、アルコール中の水酸 基は、単にアルコールの水に対する溶解性に寄与しており、AGP のα-ヘリック
ス構造形成には、アルキル鎖との疎水相互作用が大きく関与していることを示 唆している。すなわち、生体膜との相互作用による AGP のα-ヘリックス構造 形成には、脂質の疎水基から形成される膜内部の疎水性領域での疎水相互作用 がその駆動力として作用している可能性が示唆された。
4 6 8 10 12 14
0 10 20 30 40 50
- [θ ] x 10-3
at 222nm (deg·cm
2·dmol-1)
Alcohol (%)
Figure 26. Effect of alkanol on the conformational transition of AGP
Symbols represent MeOH (■), EtOH (○) and 1-PrOH (△) respectively.
4 6 8 10 12 14
0 10 20 30 40 50 60
- [θ ] x 10-3
at 222nm (deg·cm
2·dmol-1)
Alcohol (%)
Figure 27. Effcect of diol on conformational transition of AGP
Symbols represent Et(OH)2(□), 1,2-Pr(OH)2(●) and 1,4-Bu(OH)2(▲) respectively.
第3節 酸性・高イオン強度下におけるAGPのα-ヘリックス構造の形成
3-1 AGPの酸性モルテン・グロビュール状態
Sonnichsen ら 58)や、Goto ら 59,60)は、強酸、高イオン強度条件下で、いくつか のタンパク質が モルテン・グロビュール 状態をとることを見出しているこ とから、AGPについても同様の検討を行った。Figure 28には、pH7.4、pH2.0、
pH2.0 + 1.5 M NaCl条件下におけるAGPの遠紫外領域におけるCD スペクトル
を示した。pH2.0において AGPは高度な酸変性を受けていることが観察された が、この系に 1.5 M の NaCl を添加すると、コットン効果が増大し、213nm 付 近にピークと 209nm 及び 220nm 付近にショルダーを有するようになり、新た なα-ヘリックス構造の形成が示唆された。データには示していないが、塩酸を 用いてAGP溶液のpH を0付近まで下げると、同様の現象が観察された。これ らの結果から、AGP のモルテン・グロビュール構造は、酸性条件下で生じる正 電荷間の反発をアニオン(Cl-)で中和することにより、静電的相互作用が減弱 し、相対的に強められた疎水相互作用等が AGP 分子を安定化したために生じ たものであることが示唆された。
-10 -5 0 5 10
200 250
[θ ] x 10-3
(deg·cm
2·dmol-1)
Wavelength (nm)
Figure 28. Far UV CD spectrum of AGP in various states
Each line represents spectrum of AGP at pH7.4 (solid line), pH2.0 (dashed line) and pH2.0 + 1.5 M NaCl (bold line) respectively.
3-2 Stern-Volmer プロット解析によるTrp残基の環境評価
AGPの三つの Trp残基のうち、25 位はタンパク質内部に、160位は表面に、
122 位はその中間の状態に存在すると考えられている 1,70)。そこで、pH7.4(未 変性)、pH2.0 + 1.5M NaCl条件下(モルテン・グロビュール状態)及び6M尿 素存在下(完全変性)における Trp 残基の環境に関する情報を得るため、蛍光 消光法により、それらTrp残基の溶媒への露出度を評価した。消光法によりTrp 残基の露出度を評価する際、重要なことは発色団に対しユニット近くの消光効 率を有し、発色団のミクロ環境に依存しない中性の消光剤を選ぶことである。
そこで、ここでは Trp 残基の蛍光に対し高い消光効率を有し、かつ極性が高く 非イオン性消光剤であるアクリルアミドを選んだ71)。
Figure 29に示すように、いずれの系においてもStern-Volmerプロットは直線 性を示した。このことは、消光反応が主に動的過程によることを意味する。こ のプロットの傾きから求めた Stern-Volmer 定数を Table 5 に示す。消光定数は 未変性、モルテン・グロビュール状態、変性の順に増加し、Trp 残基の溶媒へ の露出度がこれらの順で増大していることが示唆された。
0
F0/F
[Acrylamide](M) 2
4 6
0 0.1 0.2 0.3
Figure 29. Stern-Volmer plots of the quenching of AGP fluorescence by acrylamide
Symbols represent pH7.4 (■) , p H 2 . 0 + 1 . 5 M N a C l (●) and 6M urea (▲) respectively. F0 and F represent fluorescent intensity in the absence or presence of acrylamide respectively.
▲
▲
▲
▲
▲
▲▲
●
●●
●●
● ●
■
■ ■
■■
■■
Native(buffer) Molten globule state (pH2 and 1.5M NaCl) Denatured(6M urea)
AGP states Ksv(M-1) 5.9 8.9
20.0
Quenching of Trp fluorescence using 0-0.25M acrylamide was measured at the emission maximum. Ksv is the Stern-Volmer constant, analyzed according to the Stern-Volmer relationship Fo/F=1+Ksv[Q].
Table 5. Stern-Volmer constant (Ksv) of AGP in various states
第4節 小括
本章では、生体膜近傍で観察された AGP のα-ヘリックス構造形成機構の解 明を目的として、アルコール存在下や強酸、高イオン強度条件下における AGP の構造特性を評価し、さらに両者の間に存在する相互作用様式について検討を 行った。以下に、本章で得られた知見を要約する。
1)メタノールは、緩和な酸性条件(pH4.0)において、AGP のα-ヘリックス構
造形成を有意に誘導した。この過程は素早く折りたたまれる過程と、ゆっくり と折りたたまれる過程の二段階からなることが示唆された。また、その他の第 一級及び第二級アルコールを用いた検討から、その作用はアルコール分子のア ルキル鎖に依存することが示唆された。そのため、AGP のα-ヘリックス構造形 成には疎水相互作用がその駆動力として作用していることが示唆された。
2)強酸、高イオン強度条件下、AGP の新たなα-ヘリックス構造形成が観察さ
れた。これは、強酸条件下による正電荷間の反発が高イオン強度により中和さ れ、相対的に疎水相互作用が強められた結果、α-ヘリックス構造が形成された ものと推察された。
本章で得られた結果から、アルコール存在下や、強酸、高イオン強度条件下 で観察された AGP の新たなα-ヘリックス構造形成過程には、疎水相互作用が 大きく関与している可能性が示唆された。また、この結果は生体膜との相互作 用で観察された AGP のα-ヘリックス構造形成が膜内部での疎水相互作用によ るという考えを強く支持するものであった。