8‑ 2 才 8表 一 番 目 濃 い 親 類
雷
門 ⅠⅡ 1 父 1 Ⅲ 1 Ⅳ 1 l v Ⅵ 方 午Ⅱ
庵Ⅲ 畢
方Ⅰ 母方匝 Ⅱ Ⅱ 1 y V ♪ v r ' 皿 Ⅳ 母 亘 V ' 嫁方 Ⅱ 1 Ⅱ Ⅳ ■
Ⅱ Ⅱ !解 方 .そ の 他
5与 合
ll計12
l l 21
7北
野
円 l
1
1御 町辞円 14 2 15 1 1 11 1 2
11
ム5
那内 4 1 1 1 1 1
1 8
2ヽ
監. ‑ . ′ (
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21 (1)5 (2 (1
11( 1 1 ) 」 ( ( 1 l 9 旦 互 q ) .
i
r
T1‑外 22 1 l l 52
8 ‑ 2 オ 9衰 二 番 目 に 洗 い 親
敷
父
方
顎万
母 方 祖 母 方 7線 方 婿 方 その
他 雷十I
Ⅱ班
Ⅳ Ⅴ Ⅵ 讃.下 Ⅰ Ⅱ 皿野 守
ⅠⅡⅡ
〟 Ⅴ 畢 Ⅱ y Ⅴ Ⅱ ⅡⅣ Ⅱ Ⅱ節港
円 1 1 1 24 占5
北野円 1 1
御 町
津円 1 52 1 1 5 1 1
㊨
9那
内 2 占1 1 5 22 1 1⑤
5同室 円腹 ((4 (2 (21)5)7 (47 (1J541 い1 (10(2占4)) 1 1 1 1 1 (11 1 (11)((12822
l
4l )
外良 1 11 1 1 4
1
∠ ⊂
ゝコ晋 T
(28)20 ((4)11 1 i (12 ()125 2) 1 1 (11 1) 4(
(5545l
1i
4)) a‑ 2 オ 10表 三 帯 同 に 救 い 鞘 寿l父
方凄
万 母 方 祖 母 方 綾 方 肺 方 也 倉吉Ⅰ Ⅱ
Ⅱ y Ⅴ
Ⅵ 以下Ⅶ
Ⅰ Ⅱ班Ⅳ
午 Ⅰ ⅡⅡ y
Ⅴ下 以
ⅦⅡ Ⅳ
Ⅴ 且Ⅱ y
Ⅱ Ⅱ舌i落円 1 2 21
北
節円両町
浄 円 1 1 2 5 11 2 1 1 1 95
円那 51 1 1 2 1 2 1 1 85
臥 ,i
畠円 1 (1(5)8 (1 ()5)4 (112)2) 【11 ((24 125 ())22 (11い2 51 (1(1187!̲分)
県机 1 11112 l2l 1 1 1 4占
言† 2 (15 ()7 (13)6)5 (2)4 2 l (21 1 5 57(8
8‑ 2 オ 1 1表 四 番 目 に 濃 い 親 類
父 方 貸 方 ■ 母 方 祖 母 万 座
カ
婿 方その他
合計Ⅰ 丑
班
Ⅳ Ⅴ Ⅵ上 ー
Ⅶ下
Ⅰ Ⅱ ⅡF牛 I ⅡⅡ
y Ⅴ畢
Ⅱ Ⅳ Ⅴ ⅡⅡ
Ⅱ 皿部
港円 1 1
酎
御町l浄 円 11 51 2 1 1 1 ー1 I 77
那Pi 2 1 1 1 1 1 45
S
: (2SJ4 (5 (5)112)(11) 1 (135ノ (5)3 1 1 (11) 1 15li((5a)J̲外良 1 2 2 1 11 d2
∠ゝ⊂コ
計 5 4 i 1 (14 1 (54 2 1 1 (11 1 51(5)
8‑ 2 オ 12表 五 番 目 に 漣 い 親 頻
父 方 事 万二 母 方 祖 母 方 鹿 万 婿
方 . その他
旦 弘Ⅰ ⅡⅡ yIⅤⅥ
畢
Ⅶ I 丑Ⅱyi
Ⅰ Ⅱ 皿Ⅳ Vl早Ⅶ ⅡⅣ Ⅴ ⅡⅡ y Ⅱ Ⅱ 部落
円 1 l 2 21
北
野円 1 1
l
御伴 内町 1 21 1 1 2 55
那円 2 2
2 2
節鮎 (1(2 (111))2 ()2)4(1ー)(1)1 11 1 1 1 13((2)55)
県
外 2 2
2 2
∠ゝ.⊂1
言I tー5) 2 Ll1) 3 1 1 2 15)
I (12 (J5ll(25) (り1 5ー 1 1 t 5 21(5) ー452‑
8‑ 2 牙 15釆 五 番 目 以 降 の 親 穀
父 方
事
方 母 方 祖 母 方 腺 万 軒 方 そ勿 合釘Ⅰ Ⅱ 一
皿ー
〟Ⅴ
Ⅶ下
叢 Ⅰ甘 Ⅱ Ⅳー 山 下 工 皿 正
Ⅳ Ⅴ学 Ⅵ、 甘
Ⅳ ■Ⅴ Ⅱ 班 〟 ∬ 皿
部 落
円
T
2 2
御津円 2, つ 1 1 4
1 1 1 1 4
甫県 山市
費 円 (2̀ 1 (jl) 11 (ll1 1 (5)A
海外 1 1 2 ー ロ1 ロ 2 I 52
′E3ゝ
計 (7. 2 (
1 )
l1 Il 2 3 (1 11) 5 21(5)式の ときだけ とい った付 き合いの親掛 ;, これ らに数 多 く含 まれ てい るためである。 また, 地放 別にみてみ るとや は り, 1番 目に硬 い我執につ いで2番 目に添い親類 で も珊 酔 妙;,ナ坪 6名大 月3 名と高 い率を 占め ているようであ るO それ は,群落 円だけに とどまらず'大体 郡円 までは同傾向 をた どってい る ようで ある。 即ち, 部門 まででは, うす い親 類 として よ りも
,
恥 、親類に属 して い る親類 の方が多い とい うことである。 それが 県円 とな る と多少の速いは あ るが, 濃い親数 か ら うす い肺 までの意改上の区別は,‑様にふ I)分け られ はっき I)と地域 に よる親類数 の違いは あ らわれ てい ない。 県外 につい ても同様 のよ うであ る。 では, 弟等別 では どうな ってい るかをみ てみ る と, 父方 ・套方,を とわず, I
親執 こあたるもの書i, ほ とん ど とい ってよい くらい2番 目 に恥 、親漁 までに上げ られ,親 等が臣態的な鞍手を康越 した一面をみせ てい るo
Ⅱ親等 では,そ れ に属す る数が 多いだけにそ の中で も濃い親類 か ら うす い親類 まで広が りを持 ってい るよ うであ るが, 1番 目に濃い親数 の中に,親子 とい った切 っても切れ ない掛 、結 びつ きを もつ
工親等が多 いだけに, つ づ く祖 父母兄 弟姉妹 といったⅡ親等 恥 1番 目よりも2番 目へ 娘中 してい るよ うで ぁる. このよ うに Ⅱ・Y と親等 が下 るにつれ て, 親等別で は慈し、親頻 か ら うすい親類へ移臥 .て‑4551
い くよ うであ る。
以上 1番 EIfこ濃い親類か ら5番 目以降 の幾 筋までについて,地域別 親等Bllに この両者がい かな る関係をも って轍 結 合に形噂を与 えてい るか概略的に検討 してきたo そ こでまとめとして いえることは,栽減結 合におけ るその庶 合に,部落 円 とい う地象的結 びつ きと,親子FPち 工親等 という親 等が港vlための
寂
びつきの二つは少な
か らず作用 するのは今までの考察か らも明 らかである。しか し同昭に 距離 が近い,親等が救い とい う二つの条件で親類結 合が行われ てい ることは, きわめて 少い のであるか ら, 自然澄 く付 き合う家か ら, うすい家への隔 りが親類 間で生 じて くるには,二 条件 の絡み合 ういろいろの場 合が考 え られ るが,親等 は世代が 変われ ば町ちて くるO しか し臣離 的に近かければそれだけ接触庇 も強 く, 親等の低下に はたい した影響を受けないが,北野 の場合 現段階 では一定の ワク円 (県 円 まで ぐらい)でわ りと範囲が広が ってい るの をみ る と, ここ北野では匪触的に近い こ とよ りも親等の 如何に全体的にみ て,比 重がか か っているよ うであ る。
以上の ごとく 親族の範 閲 と分 布につい て, 地軌 親等, 交際内容 な ど細 か く検討 してきた こ とに よりいえる ことは部落 円におけ る同族結 合が 次牙に弱 くな って くる と
,
「遠 くの親数 よI)は 近 くの他 人」 と表面的 に 口では言いなが ら.い ざとな るとや は り艶族へ求め てい ることか らみて ら,村落 をみ る場 合に親族は重要な組織 であ る.従 って,粗 る となる と, 相互援助の 形 は部落内 外を問わず親族 に求め られ , ここに 日常生活 を送 る上で の親族 の果す役 目は大 き山 大坪 のよ う に,各家 々が密集 して存在 し, 部落 としても1つ にまとま りか 互が助け 合 ってい ると,経 済的に 裕福 な鞍 も加わ るが, 親族に求め る援助 も少 な くてす み, さほ ど親族 を必要 としな くな り,範囲 は狭 くて漉い親類 に限 られ てくるよ うにな るO それに反 し,大 月の よ うに, 親類 数にお いては大 坪 と差がみ られ ないのに,かな りうすい親数 まで広樹 に及 んでいる とい うのは,概 況に て既知 の通 り大 月 では,更に三地 区 大 月 ・堀越 ・細 に分れ て家 々が散在 してい るので,部落 的に ま とまりた くて も容易に まとまれない#.点が あ l), したが って相 互援助 も不安 定であ ることか らこうした親族 の特徴が あ らわれ てきたのではないか と思 う。
最後に,今 まで親族の範囲 と分 布についていろいろな角皮か ら分析を試みてきたが,親族の尚 には まだ まだ多 くの面が残 され てお l)充分 とはいえないが, ここに於 て一応,北野部落 としての 特 徴を把握することがで き, 部落にかけ る親族 の役割 が同族 同様大 きい ものである ことが 明らか
にされ たであろ う。
(中 原 乗 恵 子 )
‑ 454‑
5・ Eと業 協 同 組 合
(I) 徹津 町における虎等 の現況
まず最初に,御粋町における農業のおか せか を現況を,当町の農 用地両帝 (蓑 1)及び職築 別人 口,戸数 (衷 2
) よb
見てみ よう。 (章 1)か ら分 る ように.水 田両群が減少 しつつ ある のに対 して,果 樹園地が年 々増加 してきてい る。 この ととは,御津 町にかける良筆が,従来の 米麦 中心か ら, マスカ ッ ト,諾地 ブ ド‑.それか ら醍菜 72どの商品作物 の生産が,交通機即 の 発達 と密接 を関連 を もって伸びつつある現象ITある。 中で も,吉尾部落では,良集群造敬啓 事 業のモデル地 区に指定 され,温室や魯合が数多 く立 ち並ん でいる姿が 見られ る08‑5第1衷 御 津 町
に
お け る魚 用 地 面 蔚年
水
田 畑 果 樹 園 地昭和5 7 897La 140La 5 7La
58 97 5 15 5 6 4
59 880 1 2 7 5 7
40 87 0 12 4 dD
4 1 8 70 T 14 70
次に (8‑5表2)をみる と,昭和59年〜 40年 の間に,良家の中で も専業農家が戸数 で 約半分近 く,人 口について も大幅に減少 しているQ 反対に,第2槻 家が増加 してきてい る。この現 象は,都市近郊の良家で壮全国的に現われ てきているo御辞町では. 岡山市 と当 町 とを結ぶ津山線,国道5 5号線 の利用に よって比較的簡単
に
,農 村労働力 の都市流出が可能に そっているO 叉. (8‑5表2) よb
御津 町におけ る段業 の地温をみ ると,良菜人 口に関す る 限 D. 町全体 の 90帝以上 のか なDの ウエ イ トを占めている ものの,鹿尊卑尊者比戸数 人 口ともに 1割
屯
にす ぎをい といえる。我 々は次に,農協の内容に立ち入 って, さ ら紅現状 を把超 し. あす の典協 の進 むべ き道 につ いて考えてみ ようと思 うO
‑ 455‑
8‑5第 2表 敬 幕 別 戸 数 及 び 人 口
戸
敬
㌻‑\
専 集 ‑ 榔 繋 二種井渠計
林 薬 商工韓 その他合 計
昭和57年 1,844戸 2 61 95 2.02?
5 8 1,080 2 15占 95 2,192
5 9 472 504 944 1.920 9 ld7 94 2,190 40 241 521 1,105 1,865 18 125 95 2.105
人口 昭和5 7年 10.142^ 9 270 521 10,906
5 8 5,646 9 7占5 521 10.548
59 2.564 2.541 4,518 9,225 52 799 465 10,521
(2)組 合 の 歴 史 及 び 機 構
以前には,初陣町には, 7つの組合が あった.月Dち,字甘軌 字甘束,宇垣,葛城,牧山, 金川農協 で あるo昭和29年に町村合併が行われ牧山地区は岡山市 に併入された。
その後,各 々の農協役員や農家の人 々の中に,良案経営 の近代化,農家の経済向上 を願 う気 拝が高まって きて,組合長 との会合 も数回持 ち,ついに,それぞれの曲協 の合併 を決意 し,昭 和5 6年7
月
1日か ら新 しく〝御津町溢業協同組合 〝と して発足 し現在に至 っているのであるoLか し,金川盤協は,良民の協同組合 とい うよb,組合員壮商人が多数を占めていた関 係で, む しろ,信用金庫的 を性格を もっていたので, この合併間
藤
には参加 しなか った。次に (8‑ 3表 5)
よb
組合の組樺
についてみ てみ よ うO組合員の数は合併当時 よb現在 の 方が減少 しているが. これ仕以前1戸 で2‑ 5人組合員 とな っていたところを一戸 で1人に整 理 した為 で ある。特に,脱良 家 とか妊良家仕 をか ったそ うで あるo組合員の資格は御津町に臣居す る者に与え られるが, その場合.正組合 員と準組合且 に区別 されるo前者は耕地面胡 1反 以1, 出資金5口以上 (1口は千円 )を納め る者,後者は耕地面 帝が な く非出家で あって も出資金を5ロ以上納める者にその資格が与え られる.
8‑5第 5表 組 合 員 数
一一守 上 、 5 7年 5 8年 5 9年 4 0年 4 1年 正組合負 2,056人 1,986 1.980 1,979 1,949
準 〝 168 122 118 116 65
又
( 8‑5表4)か ら ,組合員の中で も ,耕地両親 5‑ 10反位 を持 っている ものが約50 多を占め ていることがわかるであろ う。8‑ 3第 4表 組 合 負 (牡 帯 )の 耕 地 面 材 区 分
年 3a未満 Sa〜 5a
5
a〜 lJa 1んr‑1.ら一k 1.5ん
F‑2JD 2んr‑2.SLa合
計 57 208 577 995 235 19 12 一.844 58 508 418 1,087 25【I 21 12 2,□96 59 278 585 995 255 19 12 1,92040 501 441 783 225 15 ー1 1,976
次
に,当良協の役見選出方法壮いかに行われているかo現在,当典協には組合長,専務 の2 人の常勤理番 と15人 の非常勤理事,5人の定率がいる。 それ払 旧組合の あった地域一現在 は支所がおかれている‑か ら3人ずつ選出する方法が とられている。現在,旧農協 の5人の組 合長だ った人達払 当農協の役且の仕杏にたす きわっている。(3)虎 協 の 車 掌 内 容 払) 信 用 杏 葉
農協仏 典民の貯金吸収の磯関であD,又長 民の貯蓄組合であると,一般の人 々は思 って いるに違いをい。農協の経営者の間でさえ兵協の最 も重要 を仕番 紘,貯金をで きるだけ多 く 集め るととにあると,本気で考えている人が 卓わめて多い。そして,農協 系統組練一丸と75:っ て 「由協貯金一兆円凄成特別貯昔運動」 などが展開され,県民に貯金を強制 してt^るO
しか しなが ら,良協の借用杏葉の 「たてまえ」 払
・
十分 を資本を もた7TrVl帝細良 民が.共同の岨轍を作 b余裕 のある時は貯金 し,その資金 を同 じ仲間の.資金に困 っている人連に取賢す るo・
さらに不足分は,共同借用の力で外航資金を番人する。・ この こと
に エ
b,高利貨の手か ら轟 民を守 る。とい う 「相互金融」 であるo
ところが,貯金の内,組合員‑貸 し出され ているのQi,全国平均でも渦 たないD (8‑5第 2園 )その中,主に,系統を通 して農林中金に葬め られ,農業外に撫 拝され るo良協 も零細 農 民に安い封仔 で貸 し, たえず 粒 々 の不安を もっている.tb払 利子 も高 く'安定 した所 に貸 した方が.利益が多いか らである0
‑457‑