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7 3  スピリチュアルぺインへの対応としては

ドキュメント内 仏教福祉 No.10 (ページ 79-86)

最初に確認しておきたいのは︑

﹁ス

ピ リチュアル

ぺイ

ンへの対応がスピリチュアルケアだ﹂とする定義の問題

( )

である︒筆者自身も最近まで気づいていなかったのだが︑

このような定義

はスピリチュアルケアを媛小化させてし

AF

﹀ つ ︐

例えば︑頭痛という身体的ぺインがある

︒この頭痛へ

の対応として鎮痛剤の処方という身体的ケア

(も

しく

は キユア)がある

軽く頭をぶつけたことによる一時的な 痛みならば︑撫でるという身体的ケアも有り得る

方 で︑心理的原因による頭痛ならば心療内科にかかり︑心

理療法もしくは精神科領域で使用される薬の投与によっ

て治療されるかもしれない︒この場合は﹁身体的ケア﹂

と呼んでいいのだろうかつ‑

! 心理的ケア・精神的

ケアとするのが適切であろう︒筆者自身の体験としては︑

日本海に沈む夕日を

めることで

(効果を期待したわけ

ではないが)肩こりなどの一

日の疲労︑すなわち身体的 ぺインが解消されたことがある

︒これも身体的ケアでは

なく

︑ スピリチュアルケアである

他方

7 3  

スピリチュアルぺインへの対応としては

ス ヒ リチュアルケア以外にはないのだろか?

()

されていないが︑鎮静(セデ

l

シヨン)という方法があ

国内では承認 り︑これは身体的ケアと呼ぶべきである

︒家族内のトラ

ブルを解消することでぺインが緩和されるならば︑

そ れ

は社会的ケアである︒

心理療法によるケ

アも十分に有り

得る︒

このように︑

﹁ス

リチュアルペ

インへの対応がスピ

リチュアルケ

アだ﹂とする定義は

︑スピリチュアルケア

の一

部分もしくは

一側面を表しているに過ぎない

ス ビ

リチュアルケアは︑HスピリチュアリティによるケアH

と捉える方が適切である︒

スピリチュアリティには実体論的定義と機能論的定義

( )

があるが︑ケアを考える場合には後者を取ることになる︒

本論においてはスピリチュアリティを﹁人聞を通して感

じられる・表現される︑安定・

回 復

・成長をもたらす不

可視

・不可知な機能﹂と定義する︒先述の夕日によるケ

(鈎)アや︑﹁自然・

文 化

・芸術によるケア﹂さらに︑膜想や

宗教的経験によるケアもμスピリチュアリティによるケ

H

として了解できる

しかし︑医療現場というセツ

ティングにおいては︑対人援助としてスピリチュアルケ

アを捉えることも求められる

本論でも基本的にこの

セッティングを前提とし︑対人援助としてのスピリチユ

アル

ケア

は︑

人聞を通して感じられる・表現される︑不可視・不

可知な機能に焦点を

当て

ながら︑相互の内面の力動

性によって自分らしさの安定・回復や成長を支援す

( )

λご ﹂

t ζ

と定義する︒

E E ω ‑ 5

一は元来キリスト教用語︑だが︑﹃岩波キリス

ト教辞典﹄によると﹁神学用語としてこの表現が積極的

な意味で用いられたのは二

O

世紀初めから︒キリスト教 内の霊的伝統の相違や他宗教の神秘的伝承との出会いが

契機になって注目され︑今日では霊性神学も生まれてい

()る﹂という

︒ ﹃ キリスト

教神 学事典﹄では︑﹁このことば

は︑人々の生活に活性を与え︑超感覚的な現実に触れる

ことを可能にする態度︑信条︑行為などを指すものとし

7 4  ‑

て︑近年︑大流行をみている

英 語 の 告

ω

EE

一がそ一 ( ロ ) のような

味を常に持っていたわけではない

﹂とある︒

( ) (

)

例えば︑永見勇は

﹁霊

の 働き﹂︑窪寺は

﹁聖

の働

き﹂

()伊藤は﹁インマヌエルである神(常に神がおられる)﹂

()

神の隣在

﹂︑ジョン・B・カブKは﹁人間の内面にお

(

) (

お)()ける神の働き﹂﹁神の恩寵﹂﹁神の受肉の現臨﹂と表現し ている︒

では仏教ではどのように表現できるのだろう か

﹁同様の表現としては︑﹁法(与吉 ?

ヨミ

a g

一ヨ 吉 山 ) の 顕

現﹂﹁ご縁・仏縁﹂﹁阿弥陀仏の本願力

﹂ ﹁

三密加持﹂﹁入

我我入﹂﹁一念三

千﹂︑または人間に備わるものとして

﹁仏性

﹂﹁

法性

﹂﹁

自性

﹂﹁

l

ラヤ識﹂などが

挙げられる

だろう︒宗派ごとに表現も用法も異なるが︑共通して用

い ら れ る と す れ ば

﹁ 法

λ

ご つ

だ か ら と い っ て

由 主 ﹃

E ω

一石を﹁法性﹂

と訳すことには問題がある

ぜな

ら昌

三円

己主

の∞

Z

の訳語が

﹁法

的ケ

ア﹂になってし

まうからである

(ビ

l

ラ実践者ではなく弁護士を呼ぶ

ことになってしまう)︒

ちなみに︑台湾の樺恵敏は

()性﹂と訳している︒ケアの方法論は︑初期仏教経典の四

念住に基琳胞をおいた隈想であり︑宗教への信頼が保たれ

ている台湾では効果的だと思われるが︑世俗化した日本

の病院での実

践はかなり難しいであろう

さて︑ここで課題としているのは訳語ではなく︑臨床

におけるケアについての仏教的理解である︒かつて筆者

は︿如

来 蔵 へ の 信

解﹀

︑縁

起︑

四無冠心という術語に

よってスピリチュアルケア援助者の姿勢について︑次の

()ようにまとめている︒ 対象者との出会いは偶然ではなく︑援助者にとっても修養の機会と捉えることができ︑対象者の苦悩は四無量心の修習によって援助者の苦悩となる︒援

助者は︑自他の如来蔵の実有・問題解決の可能性

問題解決の結果における功徳を信じるべきである︒

﹂れ

をビ

l

ラ実践者︑すなわち仏教を基礎としたスピ

リチュアルケア援助者のメタスキルとして捉えることが

できる︒

メタスキルの甑養という点において注目され

()る︒村川治彦によると︑

‑ 75 ‑

膜想

も︑

一九七

0

年代にハーバード大学

のベンソン博士の超越隈想の研究がきっかけとなり︑

0

年代にマサチューセッツ大

学のジョン・カヴアツト

Hジンが︑

﹁ マ

イ ン ド フ ル 膜 想

に よ っ て

2 5

﹁旦

己主

ODの一定の効果が得られたという研究成果を発

表した︒両氏とも宗教的色彩を取り除いている点で︑

般への普及に影響を与えている︒エリザベス・キューブ

ラ!日ロスと共に死に逝く人のケアと教育に燐わったス

テイーブン・レヴアインによってスピリチュアルケア

に膜想法が取り入れられている︒村川は﹁スピリチュア

ルケアにおいて︑膜想は患者の心をリラックスさせるだ

ケアする側が﹁ただそこにいる﹂ために必要

( )

な訓練を提供してくれます﹂と述べている︒

けで

なく

リチュアルケアの

構造

対人援助としてのスピリチュアルケアの目的は︑﹁自

分らしさの安定・回復や成長を支援すること﹂である︒

そのために︑スピリチュアリティの安定・

回復

・成長を

もたらす機能に焦点を当てながら︑対象者の物語に耳を

傾け︑感情の揺れに寄り添いながら︑互いの内面におい

て轟くスピリチュアリティを感じ︑その轟きに沿って対

象者の思いを支持・明確化・対陣する︒

スピリチュアルケア専門職には︑スピリチュアリティ

の琵きを感得するスキル(もしくはメタスキル)が求め

られる︒

そし

て︑

その琵きの源泉を把握することで︑

ピリチュアルケアの構造が見えてくる︒図七は︑源泉を 八つのカテゴリーに分けて︑超越的次元・現実的次元

内的次元に配置したものである︒

中央の﹁わたし﹂は﹁人間としての意識(自意識・自

(H)己理解)﹂である︒周りの①

t

⑧は便宜

的に分類してい

るが︑個別の感覚としては︑いくつかの要素が共通して

いるものとして了解されているかもしれない︒

例え

ば︑

A氏にとっては①と②の区別がつけられずB氏の場合

は③と⑦が区別できない︑ということはあり得る︒悟り

を開いたならば︑究極的にはすべてのカテゴリーにおけ

76 ‑

るあらゆる存在もわたしも一体であると体感できるので

あろう︒区別・分別するという思考は︑仏教的には歓迎

されないことであるが︑ものごとを理解するには便利な

方法である︒

窪寺の図一‑図二を基礎としつつ

(﹁

わた

し﹂

⑦③

の関係)︑河の図四と大下

の図五にも現実

的次元の提

という点で通じるところがある︒筆者の図七は︑超越・

現実

・内的の三次元をより具体的に示している点︑

そ し て︑諸カテゴリーから

﹁わ

たし

への

矢印

が︑

スピリ

チュアリティの安定・回復・成長をもたらす機能を表現

している点が特徴的である︒

端的

には

﹁ わ

たし﹂を支

党婚約には あらゆる

{jJ

わたしJ

一体 現実的次 元

内的次 元

スピリチュアルケアの構造(谷山)(45) 

7

えている諸存在を八つに分類したものである︒

例え

ば︑

C

氏は①と②と⑧によって支えられていた︑

D

氏は④と

⑤だった︒このような様々な人たちに出会った臨床経験

こそが︑この図を考案するに至った基礎にある︒以下に

解説を加える︒

超越的次元を

⑥⑦ )⑧ の三

カテゴリー

に分

けた ︒まず⑥

については︑例えば︑仏教の法(ダルマ︑ダンマ)がこ

れに含まれる

︒⑦

は人格的表現︑⑥は機能的表現として

‑ 77‑ 区別することもできる︒こうすることで︑例えば経典や

聖書のことば︑哲学や思想︑座右の銘なども︑⑦から独

立して⑥として理解することができる

︒ ﹁

おかげさま﹂

﹁ご縁ですね﹂という表現の裏に想定され得るものも合

まれる

︒宗 教 学 者 の 岸 本 英 夫 が 表 現 し た

﹁宇宙の生

命力﹂といったものもこれに

当た

る︒

は日本人特有の神観念に基づいている

︒日本人に

( )

は﹁神様﹂的存在であり︑普段は子とって﹁ご先祖様﹂

孫を﹁見守る﹂存在でありながら︑供養を怠ると子孫を

ドキュメント内 仏教福祉 No.10 (ページ 79-86)

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