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ィ1975 198() 1985 199o(暦 年)
図
15
主要輸入原燃料価格 推移 (CIF)出所:「鉄鋼統計要覧」。『鉄鋼界』1991年9月号より再引用。
注 :85年 以降に関 しては大蔵省「通関統計」の金額を数量で除 した もの
る。(87)
日本鉄鋼業 も
,こ
の時期 に高炉 での重油吹 き込 み をや め,い
わ ゆ る「 オ イル レス操 業」へ の移行が急 ピ ッチ に進 んだ。 また
,セ
メ ン トや 電力用 を中心 に 日本 の一般炭需要 が急増 し,ス
ポ ッ ト市場化 に拍車 をか けて,一
般 炭価格 の高騰 を招 く。他 方
,オ
イル メ ジャー な どに よる石炭鉱 山へ の投 資 も活 発化 す る。と くに,米 国炭 につ いて は,メ ジャー ズ を中心 とす る石油資本 の進 出が急速 に進 んだ。
200 19()
18()
170 16()
15()
140 13()
12()
110
100
9()
80 70 60 50 40 30 20 10 0
130 名古屋学院大学論集
(ア メ リカ)
(ォ ース トラ ツ7)
鉱 山会社(21) (全量 ウ ラ ン メジ ャー)
(カナ ダ)
8大メ (12)
●:
4) う
うち8大メ (17
う ち
(64) ャー(21)
図
16
石 炭 資 源 へ の石 油 資 本 の 進 出状 況出所:通産省編 〔1981〕『通商 白書 (昭和56年版)』 103ペー ジ。
(備考
)1.ア
メ リカの生産量 は100万シ ョー トトン以上の鉱 山で合計 してお り、全生産量 の約75%に当た る。同 じく埋蔵量 はWOCOL(1979)に よる可採理蔵量の約76%
に当たる。
2.カナ グ,オース トラ リアにおける外国資本の生産計画量 は85年の各社別計画 生産量 に資本参加比率 を乗 じ
WOCOLの
85年生産予定量 に対す る比率 を求 め た。同 じく埋蔵量 は77年の世界エネル ギー会議資料 による埋蔵量 に対す る比率。
3.カナ ダ,オース トラ リアにおける外国資本 はすべ て石油関連事業 を行 ってお り 広義の石油資本 と考 え られ る。
(資料)Keystone COal lndustry Manual
海外炭関係資料集 (石炭鉱業合理化事業団―現在 のエ ネル ギー総合開発機構) (1979.10)
民族糸石炭会社
(4〕 7)
民族系石放会社 (546)
開発コスト
く推定〉 積 出 港 契約期間 対日契約量
(万トン′年)
'開発規模
(万トン/年)
銘
柄 契約開始
(年・月)
150 400 3.8億A$
Geman Creek 1982. 7 9.5年
330 3.5 Riverside 1983.10 14.5 330
300 4.0
Dalymple Bay (新 港)
1983. 7 50 Oaky Creek
100 1.4
Abbot Point (新 港)
1984. 4 15 100 CoHinsvile
4.0 Gladstone
150 600 Curagh 1984. 4
100 300 3.5億CS Line Creek 1983. 4 15
210 210 1.9 Gregg River 1983. 4 15
300 30
Robeis Bank (拡
張)
1983.10 2.5 75
Greenhills
1983.10 14.5 500 630 10.5
Quinはte Prince Rupe■
(新 港) 15.5 170 220 2.8
Bunm00∞ 1983.10
Fl本鉄鋼業の原料人手システムと原料事情の変遷 表
9 1980年
代初 めの原料炭新規長期契約概 要
131
オ ー ス ト ラ リ ア
出荷開始
(年・月)
1982. 4 1983.10 1983.11 1984. 4 1984. 4 1983. 4 1983. 7 1983.10 1984. 1 1984. 1
*開発規模 には
,一
般炭 を含む。経 団連 月報,1984年10月号 「海外炭の開発利用 をめ ぐる最近 の動向 と課題」
日本卿 連盟編 〔1988〕 『畑 十年史一 昭和53〜 62年一 』,169ペー ジよ り再引 用。
カ ナ ダ
(注)
出所
1970年
代 末 には,生
産量・埋蔵 量 の約 半分 に,石
油 資本の進 出がみ られ る(図 16)。この ため
,
日本鉄鋼業 は,原
料 炭確 保 に重大 な懸念 を抱 くに至 る。 また 当 時 ,粗鋼 生 産 が1985年
には1億 2,300万
トンに増 加 す る と想 定 され た こ と も あ って,日
本鉄鋼 業 は原料 炭 の新 規 開発 を決 意 し,80〜 82年
にか けて,年
間1,800万
トン(豪州780万
トン,カ
ナ ダ1,055万
トン)に のぼ る新規 開発炭 の 長期 契約 を締 結 した(表9)。 これ らの開発 は,
コス ト競争 力 は もちろん,安
定確保 の観 点 か ら,新 しいイ ンフ ラ整備 を伴 う もの を優 先す る とともに,ソー スの分散 を図 って い る。豪州
,カ
ナ ダにそれ ぞれ5山
ずつ,計
10山に対 し,総 額
35億
米 ドル (政府支 出 を合 め る と50億
米 ドル)が
投 資 され た。(88) この ように大量 の新 規購 入契約 は,1969年
の豪州 クイ ンズ ラ ン ド州 お よび カナ ダのブ リテ ィッシュ・ コロ ンビア州 の新規原料炭 を締 結 して以来 の こ と132 名古屋学院大学論集
で,「 原料炭 史上 も特筆 され る」 もので あ る。(89)
これ に よ り
,カ
ナ ダ炭 の輸 入量 は大幅 な増加 をみせ,1985年 (25.5%)に
は米 国炭
(19.2%)を
抜 いて豪州炭(43.0%)に
次 ぐソー ス にな るに至 った。II
円高・ 減量合理化へ の対応期石 油危機 を契機 に
,製
鉄 原料 をいか に長期 的 に確 保 す るか とい う,そ
れ までの「量 」を優 先す る政策 は,「 価格」を重視 す る政 策へ と
,変
更 を迫 られ る こ ととな った。 その後,第 2次
石 油危機 お よび鉄鋼生産の低迷,円
高 危機 を 経験 して,価
格 重視 の原料政策 はいっそ うの厳 しさを増 してい く。1983年
以 降 は,カ
ナ ダ 。豪州 で新 規 開発 され た原料炭 の 出荷 が始 まった。また
,
ソ連 の南ヤ クー ト炭 の出荷 (84年)も
加 わ って供 給増 の要 因 とな る反 面,粗
鋼 生産 の低迷 に よって,原
料炭 需要 は低迷・ 減少推 移 を辿 る。 この た め,原
料 炭需給 は大 き く緩和 され,供
給 過剰 の状 況 に転 じた。 それ まで上昇 基 調 であ った原料炭 市場価格 も,下
降・ 低 迷 す るこ ととな った。1985年
のプ ラザ合意以降 にお け る円高・ ドル安 に よって,
日本鉄鋼業 の国 際競 争力 は大 幅 な低 下 を余儀 な くされ る。 さ らに,鉄
鋼 需要 の減 少 に伴 う大 幅 な減 産 と鋼材価格 の低 下が重 な り,大
幅 な収益 悪化 に直面 した。 この経営 危機 を契機 に,高 炉各社 は戦後未曾有 の大規模 な減量合理化 を推進 してい く。変動 コス トにお いて大 きな比重 を占め る輸 入原料 につ いて も
,コ
ス トの削減 が厳 しく追求 され た。厳 しい国際マー ケ ッ トの もとで
,米
国,豪
州,カ
ナ ダの各炭鉱 で は大規模 な「合理化」が進 め られ,
また労使 関係 の再編 成が図 られ る とともに,資
本 の集約 。再編 が進 んだ。米 国 で は
,1980年
か ら92年
の間 に,炭鉱 労働者数が22万
人 か ら11万
人 に 半減 す る一 方,生
産 量 は8億 3千
万 トンか ら10億
トンに増 加 してお り,生
産 性 が2.4倍
に上昇 してい る。 この傾 向 は豪州・ カナ ダで も同様 にみ られ る。豪州 で は
2.2倍
に,カ
ナ ダで は2.1倍
に生産性 が上 が った (表 10)。こ う した
2倍
を超 え る生産性上 昇 の背景 には,経
営 主導 に よる労使関係 の 再 編 成 が み られ る。米 国 において は,労
働 組 合 の な い (ノ ンユ ニ オ ン)炭
鉱 比 率が増 加 して,石
炭 労組 で あ るUMWA(United Mine Worker's Associa‐
日本鉄鋼業の原料入手システム と原料事情の変遷
表 10 1980/1992年 の石炭生産量 と労働者数 (単位100万屯,1,000人) 1980年 ④ 1992年(B)
B/A×
100米