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第3章 バルトーク、:コダーイ以後のハンガリー音楽
【譜例】 リゲティ《ヴォルーミナ》より
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第3箪 バルトーク、コダーイ以後のハンガリー音楽
クルターグ・ジュルジュ K岨拍8Gy6㎎y(1926年〜)
ルーマニア出身(1948年ハンガリー市民権獲得)
ヴェレシュ・シャーンドル、ファルカシュ・フェレンツに師事。
1946年にハンガリーに移り、リスト音楽院に入学。
57年、パリ音楽院でミヨーとメシアンによる作曲科の授業に出席。
71年、奨学金を得てベルリンで学ぶ。
58〜63年、バルトーク音楽高等学校に指導者として勤務。
60〜68年、ハンガリー国営フィルハーモニアでも後進指導で、優れた若い ハンガリーの演奏家を育てる。
67年、母校であるリスト音楽院に招かれピアノ科教師となり、後に室内楽科
教授に就任。
86年、音楽院を退職するが93年まではいくつかのクラスで教える。
93〜95年、ベルリンフィルハーモニー管弦楽団のレジデンス作曲家を務め
る。
94年、《石碑。p.33》クラウディオ・アバド指揮で初演。
2006年、ブダペストでそれまでの代表作による80歳記念演奏会が開催さ
れる。
2011年現在、フランスのボルドー近郊、クブサックに在住。
受賞
1954.1956.1969年エルケル賞
1973年コシュート賞
1985年バルトーク賞
第3章 バルトーク、コダーイ以後のハンガリー音楽
クルターグはバルトーク、ウエーベルンの影響を受けているが、初期作晶か ら継続的な影響を受けているのは、バルトークのピアノ作品である。リスト音 楽院在学中にバルトークの作品を研究したが、パリ在住中にさらに視野を広げ た。そして彼の作品が初めて出版されるようになったのはその頃からである。
初期の作品で主なものは《コレアイ・カンタータKoreai kan箇胞》とヴィオラ 協奏曲であり、これらはバルトークやコダーイの流れを負うところが大きく見 受けられる。
次にクルターグの。p,1は、新しい方向性を明白に示している。この方向転換 をもたらしたのはウェーベルンの音楽、シュトックハウゼンの《グルッペン Gruppen》、リゲティとの関わりなどである。
出版された彼の作品は極めて均質で、各作品は小規模構成から成り、その各 部はヴェーベルンを想起させる。一ヴェーベルンの音楽特徴は、完全無欠な技法 によりコントロールされた表現の豊かさにある。クルターグもその特徴を分か ち持っている(複雑な旋律線、オクターブの移調、自由な活用、飛躍する韻律)。
またクルターグの作品は、補足音程や他の非音列的な十二音進行を使用して いる。十二音風の主題は時にバルトークに、あるいはシェーンベルク、ベルク、
ヴェーベルンらの自由な無調性の作品に近い。リズムにおいても、バルトーク やハンガリー語の会話、有節構造の農民の歌を参考に使用している。そしてク ルターグの作品には頻繁にツィンバロムが使われるが、これはハンガリーとの
より深い絆を示すものである。
初期に発表された全ての作品は、純粋に器楽のためのものであったが、この 作品はハンガリー文学や歴史に対する興味を反映しており、歌詞は16世紀の 説法から採っている。これに続いて2曲の規模の大きな声楽繭を書いた。
これにより自己のスタイルを確立させていった。
第3章 バルトーク、コダーイ以後のハンガリー音楽
*1、コシュート賞とは文化や芸術面で著しい功績を残した者に与えられる賞 で、日本でいえば文化勲章に値する。
*2、ヘルダー賞とはヨーロッパ諸国の科学者と芸術家に貢献したものに送ら れる国際的な賞である。
第2節
自作曲《CS畑OAS for Flute》の概要ここまでハンガリー音楽を研究してきたことをふまえ、ハンガリー音楽の要 素をなぞり、筆者の専攻楽器であるフルートのための曲を創作した。
編成はフルートとピアノである。(邦題 フルートのためのチャールダーシュ)
以下、楽曲構成の概要である。
A.1〜8小節
べ
【ピアノ前奏】
A耐311他ふ72
Anaante 」=72 4分の2拍子
B,9〜10小節
【フルートカデンツ】 Rubato凡
C.11〜16/j、節
4分の4拍子
【テーマ1】 虹dante皿ユen0−noss〇 一:63
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…
●
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第3章バルトーク、コダーイ以後のハンガリー音楽
D.17〜21ノ』・節 【テーマ1・フルート変奏a】
3
週.22〜26ノ』、負清 【テーマ1・フルート変奏b】
F.27〜28/j、負百 【ブリッジ部】
〃
G.29〜32小節
【テーマ1・ピアノ】κ ●
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333
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第3章 バルトーク、コダーイ以後のハンガリー音楽
H,33〜40川、節
I.41〜48/j、食清 41 亙 4一
づ
【推移部】
【テーマ21
(
砂
工49〜56ノ』、負百
Moa跳a切」・・72 4分の2拍子
( 一 ・
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【テーマ2・フルート変奏a】
K57〜64/j、負藏 雌務部】
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●仰
…
L.65〜72列、食費
第3章 バルトーク、口ダーイ以後のハンガリー音楽
【テーマ2・フルート変奏b/ピアノテーマ2】
M.73〜86/j、負繭 【序奏】
づ
:N二87〜90/j、質葺 【テーマ31 A11egro mo1to J2138
4分の4拍子
磐 ρ
●磐ザ
ガ.
■ ■…
● ■
■ ●
O.91〜98/j・節 9i 亙 91
→
【ブリッジ部】
P.99〜102/』、節
Q.103〜108小節
103
第3章 バルトーク、コダーイ以後のハンガリー音楽
【テーマ3 再現部】
感
【ブリッジ部・ピアノ】
R109〜116小節.【推移部】
回
1。。 ㌫㌫、㌫
〃.
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S.117〜132小節 【テーマ4】 Aωan偽piumo船。 」=100 変拍子
固加曲。佗
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凧
榊 117
第3章 バルトーク、ニコダーイ以後のハンガリー音楽
T.133〜140小節
【テーマ4・フルート変奏/ピアノテーマ4】U.141{ 144列、節 【テーマ4縮小〜転調】
141
研
V.145〜160小節【フルートカデンツ】 Rubat0
145画Cα伽
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第3章 バルトーク、コダーイ以後のハンガリー音楽
W.161〜180小節 一一ダ】
Presto 」:ユ424分の4拍子
づ
全体の繭構成は、大きく5つに分けられる。
①1〜40小節まで「A」(テーマ1)ハ短調
②4工〜86小節までr中間部到(テーマ2)変ホ長調
③87〜116小節まで「B」(テーマ3)ハ短調
④117〜160小節まで「中間部b」(テーマ4)ハ長調
⑤161〜180小節まで「コーダ」ハ短調
タイトルからも解釈出来るように、チャールダーシュの形式で創作した。(チャ ールダーシュについては第1章第2節に記載)
それにのっとり、「A」がRass㎜、「B」を趾iskaに区分け出来る。
第3章 バルトーク、コダーイ以後のハンガリー音楽
第3節
《CS畑MS for F1ute》のハンガリー音楽的要素に ついて第2節では曲の概要についてまとめたが、第3節ではハンガリー音楽の要 素を詳細し示していく。この曲ではジプシー音階、ハンガリーリズム、バルト ークやコダーイが採取したハンガリーに受け継がれる農民の民謡から、ハンガ
リー語により自然派生する変拍子などを多く使用した。
以下、楽譜により提示する。
①ジプシ 音階(ハンガリアンスケール)
}]〉
● この音階はインドに起源をもち、14、一15世紀のジプシーにより、ハン ガリーに広がったとされる。
○ コードに対応させるのではなくフレーズづくりに使用。
ハエ
づ
ジフ㌃一部管
「
ニニかり →…1回胞・一一棚
R鮒洲凧
H づ、
第3章 バルトーク、コダーイ以後のハンガリー昔楽
◎ゲヂシ・音階
刃.
づ
瞬依琶
研1
づ
抑飾 揖桃
( (
ジ1ブ7翻嘗一