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ハンガリーの南西に位置するナジカニジャで生まれる。この街はアドリア海沿 岸からアルプス山脈、またはウィーン、ブダペストヘと向かう通商路の申聞地 点で、数世紀にわたり交差路として大変栄えてきた町である。

1922年〜27年 リスト音楽院でヴェネイ・レオとシクローシュ・アルベ

ルトに師事。

29年〜31年 イタリア、ローマの聖チェチーリア音楽院でオットリーノ・

レスピーギについて学ぶ。

32年〜36年映画音楽作曲家としてウィーンとコペンハーゲンに移住。

第3章 バルトーク、コダーイ以後のハンガリー音楽

36年ハンガリーに帰国し、ブダペスト、セーケシュフェヘールヴアール(ハ ンガリーの最初の大都市)で教師兼指揮者となる。

41年〜44年ニコロジュヴアール(ルーアニアのトランシルヴァニアの首都 的な存在の街)の音楽院の教授となる。

46〜48年セーケシュフェヘールヴエールの音楽学校長を務める。

49〜75年 リスト音楽院の作曲科の教授を務める。

受賞

1933年 リスト賞

1934年フェレンツ・ヨージェフ賞

1965年ハンガリー人民共和国功労芸術家、称号 1970年名誉芸術家、称号

1979年theGot倣edv㎝H1erder閉ze(ヘルダー賞)*2

1984年the Cava1ierede1rOrdinede11aRepubb1icaIta1ia蝸 (カヴァリエレ賞)

 ファルカシュ・フェレンツはハンガリー(隣国のルーマニア等)ではバルト ークやコダーイに匹敵するほど名の知れた、そして人気のある作曲家の一人で ある。没後10年であった2010年には、ハンガリー国内で数々のファルカ

シュ作品の演奏会が開催された。

 彼は音楽教育にも力を注いでいたのだが、ハンガリーでは音楽を専門で学ぶ 高校や大学以前に音楽小学校が存在し、ブダペストだけでなく、ハンガリ㎞国 内に次の4つの音楽小学校がある。

第3章 バルトーク、コダーイ以後のハンガリー音楽

A nagykan1zsal Farkas Feren(Zene−6s Aranymetsz6s M6v6szeti lskola

(ナジカニジャ ファルカシュ・フェレンツ芸術音楽アカデミー)

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(フェルカシュ・フェレンツ芸術小学校)

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(エゲル ファルカシュ・フェレンツ音楽小学校)

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(ブダペスト ファルカシュ・フェレンツ音楽小学校)

 コダーイの教育はr歌でのアプローチ」であったが、ここではr楽器からの アプローチ」で、ピアノ、ヴァイオリン、チェロのような基本的な楽器以外に 管楽器も学ぶ。

 同世代の音楽家の大部分が作曲をコダーイに習い、概してバルトークとコダ ーイの影響下にあるのに対・しファルカシュは、ローマのレスピーギに師事し、

より幅広い視野を得ることが出来た作曲家である。彼はある程度までレスピ㎞

ギ自身の師であるリムスキー=コルサこコブの音楽上の系譜を継ぐといえる。こ のリムスキー=コルサコフからの間接的な影響は、彼の別の弟子であるストラ ヴィンスキーからの直接の影響と結びついて、ファルカシュの卓越した器楽書 法と管弦楽における色彩感の豊かさに如実に反映されている。またローマは彼 に過去の文化に対する興味をも起こさせた。その地で初めてよどみない表現と 優雅で均等のとれた構成に触れ、次第にそれらを吸収していった。ハンガリ㎞

へ戻ってからは民謡収集に関与したが、それによってまた別の音楽の伝統を知

第3章 バルトーク、二!ダーイ以後のハンガリー音楽

ることとなった。

 さらに、教師としての実践的な経験、及び劇場音楽や映画音楽に携わったこ とも、ファノレカシュにとって極めて有益なことであった。作品には、オペラ、

オペレッタ、バレエ、ジングシュピール、パストラル(日ヨ国歌劇)、人形劇音 楽、ミュージカル、舞踏オラトリオがある。また数多くの器楽曲、声楽曲、管 弦楽作品を作曲したが、これらは宗教曲、非宗教曲の双方を含んでいる。彼の インスピレーションの源泉は多岐にわたっており、ジェズアルド(ルネサンス 期の作曲家で大胆な半音階技法の作曲家として今なお名高い)、ハンガリーの 古い民謡バラッド(バラード)、ストラヴィンスキー、十二ニ音音楽の全てが、

彼の創作様式に影響を与えている。しかし最終的には、統一のとれた個性的に して民族的かつ、国際的な彼独自の語法を作り上げるに至った。そのような様々 なジャンルにより書いた作品数は700にものぼる。ファルカシュの特徴とし ては、管弦楽菌が多い。

 代表曲に、《鵡GIMAGYARTANCOK五7世紀の古いハンガリー舞曲》(1 943年)《BIHA㎜ROMANTANCOKルーマニアンフォークダンス》 (19

50)《Gyumo1cskos虹 フルーツバスケット》(1980)《CONCERTINO脇㎡虹a 6s v㎝6szenek肌aハープと弦楽器とためのコンチェルト》 (1937)がある。

その申でも《R直GIMAGYARTANCOK17世紀の古いハンガリー舞曲》は様々

な楽器の編曲があり、特に頻繁に演奏される曲である。

 ファルカシュは真の実験家であったが、その実験は彼の想像力や技術的能力、

美意識に支えられていたので、一貫性を失うことはなかった。彼は極端な改革 者ではなく、統合の新しい可能性の探究を思考しているのである。そのことが、

ハンガリー人の愛する作曲家である由縁であろう。

第3章 バルトーク、コダーイ以後のハンガリー音楽

【譜例】ファルカシュ《17世紀の古いハンガリー舞曲》より

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第3章 バルトーク、目ダーイ以後のハンガリー音楽

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第3章 バルトーク、コダーイ以後のハンガリ㎞音楽

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