6.1 硬 X 線・ガンマ線天文学における気球実験の意義
天体からの硬X線・ガンマ線は、地球の大気で吸収を受けるために、地上では観測することが できない(図6.1)。そのため、今日では人工衛星に検出器を搭載し、観測を行うのが主流になっ ている。しかし、衛星ミッションでは、その開発に多くのコストと時間を費やすことになるため、
新しい検出器を搭載する場合には、慎重な開発作業によってリスクを避ける工夫が必要である。
そこで、新しい検出器の実証の場として重要になるのが大気球を用いた観測である。
図6.1からわかるように典型的な大型気球の到達高度である35 kmから40 km程度の高度では 大気の吸収が小さく、100 keVにおいて約80%が透過するので、観測が十分に可能になる。した がって、気球実験を通じて衛星搭載を目指した新しい検出器に必要な技術を、一つ一つ実証して いくと同時に衛星による大型ミッションでは実現できないような、ユニークな発想に基づいた検 出器を用いて先駆的な科学的成果をあげることも可能になる。我々のグループでは、このような 視点で気球実験を通じた技術の実証とそれを用いた天体観測を進めている。
図6.1: 電磁波の波長とその強度が1/2になる高度の関係
6.2 実験の概要
我々は、開発を行ったSi/CdTe半導体検出器システムの気球実証実験を2003年9月に行った。
実験は我々のグループと山形大学を中心とするグループ、そして宇宙研の気球工学グループの共 同実験として、宇宙航空研究開発機構の三陸大気球観測所(岩手県三陸町吉浜)で行われた[43]。 山形大学のグループは我々の検出器とは別に、マルチアノードPMTを用いた硬X線偏光検出器 による観測を行った[44]。観測対象はブラックホール候補星のCyg X-1とした。実験は、将来の 大規模気球実験に備え、新しく開発された日本最大のB500-2(容積:5×105 m3)の放球実験を かねて行われた。今回の実験の目的は、半導体多層コンプトン望遠鏡の実現を目指した第1回目 の実験として、検出器、読み出しエレクトロニクス、方向規正などシステム全体を正常に動作さ せ、それらの実証を行うことである。
6.3 システムの概要
6.3.1 ゴンドラ
今回用いたゴンドラは図6.2(左)にあるようなものである。骨組みはアルミニウムのアングル でできており、放球の際には、保温のためこれを発泡スチロールで囲った。ゴンドラの大きさは 150 cm×150 cm程度、総重量は約200 kgであった。
検出器およびデータ処理を行うエレクトロニクスは図6.2(右)にあるような直径30 cm、高
さ45 cmの気密容器に入っている。これは、希薄大気中での高圧電源の放電を避けるためである。
気密容器のうち、片方には、我々の検出器システム、もう一方に山形大学のシステムが入ってい る。これらの気密容器は、モーターによって検出器の仰角を35◦から75◦までの間でコントロー ルする台に固定し、これをゴンドラのハニカム台座に取り付けた。仰角コントロール用の台には、
直径5 cm、全長25 cmの気密容器に入れた姿勢制御用のスターカメラ(市販のCCDカメラを用 いた)を仰角30◦で固定して取り付けた。この他には、ゴンドラ上部に2軸磁場センサ、ハニカ ム台座の下に電池、1軸磁場センサとそれと組合わさった方位角制御システム、GPS、気球のHK システム、コマンドシステムなどが格納されている。
図6.2: ゴンドラの写真(左)と検出器を入れた気密容器の写真(右)
6.3. システムの概要 59 6.3.2 検出器の構成
検出器システムは、コーデッドマスクと気密容器、そしてその中の検出器とデータ処理システ ムで構成される。検出器を入れた気密容器全体の概略を図6.3(上)、そのうちセンサー周りの部 分の概略を図6.3(下)に示す。また、各部の重量を表6.3.2にまとめておく。
気密容器には観測窓として、2 cm厚、20 cm φのROHACELLが接着されている。この素材 は、三菱重工業によって開発されたもので、ポリメタクリイミドを主成分とするものをCFRPの 板で挟んだものである。この素材については、事前の実験で20 keV以上のフォトンを90%以上 の透過率を持つことを確認した。この観測窓の上部には、アルミニウムに0.5 mm厚の鉛をつけ たコリメータの筒をとりつけた。これによって、検出器の視野を10◦×10◦に制限し、その先に は、第4章で用いたコーデッドマスクを設置した。
センサーはアルミニウムの箱に鉛、スズ、銅のシールドを施したものの中に配置した。今回搭 載したセンサーは、第4章で述べた8×8 CdTeピクセル検出器4枚で構成されるイメージャー と第5章で述べたSi/CdTe半導体コンプトン望遠鏡、そして、反同時計数によるバックグラウ ンド除去を行うCsIのシンチレータからなる。全体の配置は図6.3にある通りである。この図の 左側の4枚のCdTeがイメージャー、右の2枚とDSSDがコンプトン望遠鏡として動作させた検 出器である。コンプトン望遠鏡部分の配置は5章で述べたものと全く同じ配置にした。CsI結晶 は、大きさが8 cm×11 cmで厚さが2.5 cmのものを用いた。読み出しにはフォトダイオード(浜 松ホトニクス:S3204-08)を使用し、その出力を電荷有感型増幅器を介して、トリガモジュール
(ASTRO-EII衛星搭載HXDのトランジェント天体モニタ用エレクトロニクスの前段部分を模し
て開発されたもの)に入れ、その出力をROCに導入した。ROCでは、半導体検出器系からのト リガーとCsIからのトリガーの時間差をデジタル変換(TDC)した。TDCは20 nsec刻みで12 bit のサイズである。なお、トリガーモジュール内のコンパレータにおけるスレッショルドレベルは、
諸処の事情により500 keV程度となっている。
我々のシステムのROCからの出力と山形大のシステムのデータを処理をするのが大阪大学が 開発したデータプロセッサ(DP)である[45]。DPでは、入力されたデータを58 byteのフレーム に分割して、64KbpsのバイフェーズTTL出力としてテレメトリに流し込むとともに、気密容器 内のコンパクトフラッシュにデータを書き込む。
検出器の動作に必要な電源は、気密容器外部の電池からフランジを介して与えた。電池はエレ クトロケム社のリチウムイオン電池(CSCシリーズ:3B35)を用いた。各電源の消費電流を表6.2 にまとめておく。各センサーの高圧電源は、EMCO社のCAシリーズ(CA12P)を使用し、CdTe ピクセルに500 V、DSSDに110 V、CsI読み出し用のフォトダイオードに70 Vを供給した。
半導体検出器の全512チャンネルは、第3章で述べたVA32TA、IFC、ROCからなるシステム を用いて読み出した。トリガーロジックとしては、CdTeピクセルのFECのみからトリガーを出 し、読み出しについては、CdTeピクセルのうちトリガーを出したFECと、DSSDにつながる2 枚のFECを読むようにした。CdTeのトリガーのスレッショルドレベルは、30 keV程度になる ように設定した。
表6.1: 気球搭載検出器の重量一覧
名前 重量
気密容器 8 kg フランジ 6 kg コリメータ筒 2 kg 半導体検出器一式 11 kg
表6.2: 半導体検出器システム各電源系の消費電流 電源系 電流
+6 Vアナログ 620 mA
−6 Vアナログ 690 mA +15 Vアナログ 30 mA
+6 Vデジタル 180 mA DP (+6 V) 610 mA