1、
3金曜
日 )に「 S e e d s ひ ろ ば 」 を 開 い て いる (「 S e e d s ひろば」 「 S e e d s おしゃべりひろば」は市の助成を受け ている) 。 岡本さんは「シーズネットワークっ て、アイドリングしてよいところ」と い う 言 い 方 を た び た び し て い る と い う。完全な専業主婦ではなく、有償で 活動することで自信もつき、少しずつ でも社会とつながって、やがて次のス テップに進むというような環境を提供 することが必要ではないかと考えてい る。実際、アクティブメンバーとして 「 シ ー ズ ネ ッ ト ワ ー ク 」 に か か わ る 女 性の中には、 「 coucou 」のスタッ フを経験した後、保育園でパートタイ ムの仕事を始めたり、活動後に他の場 所で働き始める人も多い。 岡本さん自身、金融会社の総合職と
して“男 社会”の なかで働 き、管理 職も経験 し た が、 企業に再 就職して 同じよう な働き方 をしなが ら子育てと両立させることは無理だと 考えている。そのため子育て中でも何 かしたいと思い模索した頃には、企業 に再就職するという選択肢を考えたこ とはほとんどなく、再就職でもパート タイムでもない、新しい働き方を考え ていた。子どもの病気や学校の行事を 優先でき、無理なく子育てと仕事を両 立できる環境をつくることをめざした 結 果 と し て N P O 法 人 を 運 営 し、 そ こで働く個々人の希望に合わせた働き 方ができる形を重視してきた。岡本さ ん本人も、かなり満足できるライフ/ ワークスタイルを選択できていると感 じている。 ◆ 企業とのつながりから活動をひろげ まちづくり事業へ 子育てひろばを企業と共同で主催し ていることで、地元企業とのつながり がさらに広がった。多摩センターの活 性化をめざす企業がつくる「多摩セン ター地区連絡協議会」 の事務局を 「シー フルプラニング」で請け負い、 その後、 「 N P O 法 人 シ ー ズ ネ ッ ト ワ ー ク 」 の 設立とともに業務を移した。月
1回の
定例会の招集、議事録作成等の他、地 域で開催する祭りやイベントの企画・ 運営・調整等も担当している。 2010 年
「 coucou 」 が 入 っ て い る ビ ル を オ ー プ ン し た。 こ の 事 業 は、 を、両自治体からの業務委託を受けて 見町の共同アンテナショップ 「ポンテ」 駅に、多摩市と友好都市の長野県富士 7月 に は、 市 内 の 永 山 社 員 せた。店舗を運営するにあっては、正 自治体に業務委託を持ちかけて実現さ テナショップの企画を提案し、双方の につながりもあったこともあり、アン 事で何回も行ったことがあり、個人的 センター地区連絡協議会の事務局の仕 とから始まった。富士見町には、多摩 ンジしてはどうかと声をかけられたこ まちの活性化につながる事業にチャレ も所有しており、空き店舗を利用した 所有している企業が永山駅の商業施設
1名 と パ ー ト タ イ ム 従 業 員
10名、
計
11名の女性を雇用した。これらの取
り 組 み か ら、 「 シ ー ズ ネ ッ ト ワ ー ク 」 の 活 動 目 的 と し て は、 「 ま ち づ く り 」 と「女性の社会参画支援」として位置 づけている。 このように、人的ネットワークを活 かし、次々に活動を広げる岡本さんで あ る が、 「 シ ー ズ ネ ッ ト ワ ー ク 」 の 事 業をこれ以上大きくしていくことには 限 界 も 感 じ て い る。 先 述 し た よ う に、 もともとメンバー一人ひとりの望む働
き方を大切にすることを重視している 組織であるために、活動への関わり方 にはそれぞれ温度差がある。事業を効 率よく割り切って広げていくには、別 の組織をつくる必要があるのではない かと考え、次のステップの模索を始め ているところである。 岡本さん自身は、 子 ど も が 翌 年 か ら 中 学 生 に な る た め、 もう少し仕事に力を入れることができ る環境になることもある。 「シーズネッ トワーク」の方針は大事にして誰かに 多 く を 任 せ な が ら、 形 態 は 未 定 だ が、 自分はその足かせを外した環境で、仕 事をしたいと考えているという。岡本 さん自身が、その時々のライフステー ジに応じて希望する働き方を追求する 姿は、社会参画を望む女性たちのロー ルモデルともなるであろう。
男女共同参画の視点から
子育てひろばの企画・運営では、活 動を始めて間もなく、親が主体となっ て学習や活動ができる場を提供するこ とを意図した取り組みを行っているこ とは、男女共同参画の観点からは着目 すべきことといえる。多くの子育てひ ろば等の子育て支援が、母子の関係を より密接にすることを目的としている のに対して、岡本さんの活動は、女性 の エ ン パ ワ ー メ ン ト を 目 的 と し て い る。この目的が、 「 S e e d s ひろば」 や「 B e a n s プ ロ ジ ェ ク ト 」 等 の その後の女性の社会参画支援に続く活 動や、 共同アンテナショップ「ポンテ」 での女性の雇用等につながっている。 岡本さんは、人とのつながりを活か し、的確な企画力で次の事業を広げて い く 能 力 に 優 れ て い る と 言 え る だ ろ う。例えば、個人事務所での仕事のつ な が り で、 百 貨 店 が 入 る ビ ル の オ ー ナーから子育てひろば運営の声がかか り、 子 育 て ひ ろ ば を 軌 道 に 乗 せ る と、 ビルの空き店舗の企画提案の依頼を受 ける。子育てひろばの時と同様に企画 書を作成し、
2つの自治体にも業務委
託の話を持ち込む。 岡本さんはこれらを「生まれつきの キャラクター」と分析する。また、
7
年間総合職として働き、管理職として 部下も持った経験が、企業と連携する 時 に も 物 お じ す る こ と な く つ な が り、 金銭面等の交渉をする時の強みになっ ている、とも語っている。企業との連 携は、 一般に女性団体の課題であるが、 岡本さんのように企業での勤務経験の 長 い 女 性 が、 地 域 づ く り に 多 く か か わっていくようになると、地域活動の あり方も大きく変わっていくのではな いかと思われる。 また、岡本さんは、人への細かい気 配りやケア、子育て支援の現場への介 入等は不得意だと考えている。自分の 得意、不得意をきちんと分析し、それ ぞれ得意分野の異なる
5名の理事とう
まく役割分担していることも、 N P O 法人を継続し、事業を充実させいくた めに必要な力量のひとつであろう。
(飯島 絵理)
Profile
勝沼町(現甲州市)生まれ。高校卒業後、
美容学校に通い、結婚するまでは美容師 として働く。2人の子どもの子育て中に は、事務職のパートタイムや起業した夫 の会社で社員として働く一方、PTA活 動や子ども劇場の活動を精力的に行う。
子どもが大学に入り上京したことをきっ かけに、山梨県男女共同参画推進セン ターで実施される講座に参加するように なる。
女性団体が主催する女性議員を輩出す るための勉強会に参加し、その翌年に山 梨市議会議員になる。山梨市を活力ある まちにしたいという思いから、仲間と任 意団体「やまなしし朝の市の会」を設立、
代表となる。月1回の朝市の開催や、駅 前のコミュニティサロンの運営、桃の花 まつりの開催等の活動をしている。
団体は2009年に法人格を取得、事務 局長となる。 (60歳代)
1967 年 高校卒業後、美容学校に通い美容 師となる
1973 年 高校の同級生の男性と結婚 1976 年 長男誕生、以後、2 人の男の子の
子育てと PTA、子ども劇場の活動 に力を注ぐ
1997 年 子どもの上京を機に山梨県男女共同参 画推進センターの講座に通い始める 1999 年 勉強会の仲間に推され、山梨市議
会議員になる
2005 年 任意団体「やまなしし朝の市の会」
設立 代表となる
2006 年 山梨市駅前夢の広場にて第 1 回駅 前朝市を開催
2007 年 コミュニティサロン「みんなのお みせ ひとやすみ」開店(2012 年に個人経営に移行)
2008 年 地域の団体と連携し「第 1 回桃の 花まつり」開催
2009 年 「やまなしし朝の市の会」法人格 取得 事務局長となる(2012 年 に任意団体に移行)
略年表