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れ、開店資金の一部とした。 「 や ま な し し 朝 の 市 の 会 」 は 2009 年に法人格を取得した。 現在、 メンバーは、 理事が

10名、

会員約

30名。

朝 市 の 会 員( 出 品 者、 年 会 費

1口 3、000

円 ) が 約

80名。

理 事 の う ち 半数は、小野さんが子ども劇場にかか わってきた頃から一緒に活動している 仲 間 で あ る。 「 み ん な の お み せ   ひ と やすみ」には、理事 8名が週

1、

2日

ず つ 交 代 で 入 っ て い る。 理 事 は 時 給 400 円 で、 こ こ で の 収 入 で 生 計 を 立ててはおらず、本業を持っているか 主 婦 か で あ る。 ス タ ッ フ は こ の 他 に、 ソーシャルビジネスに対して県から交 付 さ れ る

男女 3年 間 の 助 成 金 を 活 用 し て、

2名(男性は正社員、女性は希望

により週

3日のパートタイム)を雇っ

ている。 小野さんは、 助成金のある

3年 間 の う ち に、 N P O の 運 営 に 関 心 の ある男性には財務管理を、惣菜の会社 での勤務経験のある女性には惣菜やお 弁当のレシピ作りを中心に経験を積ん でもらい、 人材育成するとともに、 自分 たちもそのノウハウを引き継いで経営 基盤を強化していこうと考えている。 「 み ん な の お み せ   ひ と や す み 」 で は、観光客や地域の高齢者等、立ち寄 る人への喫茶・食事の提供や弁当・惣 菜の販売の他、朝市の出店者や地域の 人の手作り品等をボックスを貸し出し て出店したり、地産の農産物を販売し たりしている。出品者は延べ

80名ほど

おり、レンタルボックス代や売上金の 一部と、喫茶・食事、弁当・惣菜の売 上を収益として、空き店舗の賃料等の 維持費にあてている。 小野さんは、この店の運営に、地域 の人たちが気軽に立ち寄り話ができる 居場所づくりとしての大きな手ごたえ を感じている。店には、 土日は観光客、 平日は地域の高齢者を中心に、

1日 50

名 ~ 100 名 の 人 た ち が 出 入 り す る。 お惣菜や野菜を買って、少し腰かけて お茶を飲みながらスタッフや出品者と 話をする気軽な交流の場としての機能 を果たしている。 この店を開いてから、 だれかと話をしたいと思っている高齢 者がたくさんいることにあらためて気 づいたという。また、空き店舗を活用 す る こ と で、 駅 前 の 活 性 化 に も つ な がっていると感じている。

さらなる地域活性化の夢に向けて 2008 年 か ら は、

を開催している。普段は月 の 花 が 咲 く 時 期 に、 「 桃 の 花 ま つ り 」 4月 上 旬 の 桃 1回開催し

ている朝市を、この時期は土日

2回の

4日間にミニ朝市を開き、桃の花畑

ま で の 道 に は 出 張 朝 市 も 出 し て い る。

市内の他の団体と連携して実施してい るが、今後はもっと多くの任意団体や N P O 法 人 と 連 携 し て、 よ り 多 く の 観光客に来てもらえるように発展させ ようと考えている。 小野さんは、活動を広げていくにあ たり、家族や団体のメンバー、地域の 人たち等、いろいろな人との話し合い を 地 道 に 行 っ て い る こ と が う か が え る。先述したように、議員になること に大反対していた夫や義父には、自分 の仕事をわかってもらうために丁寧に 伝 え る こ と を 心 が け た。 N P O 法 人 の月

2回の理事会では、活動の方向性

や内容、小野さんの議員としての活動 との関連等、 丁寧に話し合い、 共通認識 を持つようにしている。朝市の開催や 常設店舗の開設では、駅前の関係者は 初めは冷ややかな目でみており協力的 ではなかったが、 一生懸命活動を続け、 駅前商店会に加入する等つながりを深 め、 理解者を増やしている。 自分たちの 暮らす山梨市をより暮らしやすい活気 のあるまちにしていくために、地道に 賛同者を広げて成果を出している。

男女共同参画の視点から

小野さんは、やりたいと思ったこと をあきらめずに実現する行動力と、人 と対等な立場で根気よく話し合う力に 優れているといえるだろう。学びを学 びで終わらせず、また自分一人の思い に終わらせずに実践の活動にうまくつ なげている。自分の行動力について小 野さんは「あまり深く考えずにとにか くやってみて、それから反省したり考 えたりすればいい」と語る。 これらの力や態度を身につけてきた 要因として、小野さんは、母親の影響 の強さを挙げている。戦時中に農家に 嫁いだ小野さんの母親は、手に職さえ あれば、経済力さえあれば自分の生き 方は違ったと、自らの経験から女性の 自立の必要性を長女である小野さんに たびたび語っていたという。 夫に外出することを反対されながら も、子育て期から地域活動を行ってき た小野さんであったが、男女共同参画 について学ぶことによって、今までの 夫との考え方の違いの要因や、自分の 生き方や考え方に自信をもっていいこ とを確認することができるようになっ

た。また自分の立っている位置につい て自覚することで、対立する夫や義父 に対しても自分の思いを伝えることが でき、良好な関係を築けるようになっ ている。

キャリア形成の視点から

手に職を持つことの必要性を母から 言われて育った小野さんは、美容師に なり、結婚や出産後も事務職の仕事を 継続してきた。子育て中は、それぞれ に手がかかったという

2人の息子の子

育 て に 力 を 注 ぎ、 P T A と 子 ど も 劇 場の活動を積極的に行っている。子育 て期においては、就労と地域活動を並 行 し な が ら も、 そ の 重 点 は 地 域 活 動 キャリアの形成にあったと言える。 子育て期を終えた虚脱感は、男女共 同 参 画 推 進 セ ン タ ー で の 学 び に よ っ て、次の行動へと進むエネルギーに変 えられた。

50歳で議員になり、地域活

動も継続された。子育て期の地域活動 で築いた人間関係は、現在の活動の人 的ネットワークの基礎となっている。 自分の意向に沿うか否かにかかわら ず、子育て期には地域活動に力を入れ る女性も多い。何か新しい一歩を踏み 出したい女性たちにとって、小野さん の事例は大いに勇気づけられるのでは ないだろうか。

(飯島   絵理)

Profile

 自営業の夫の手伝い、公民館指導員、

JR新花巻駅の喫茶部と、さまざまな職 場を経験してきた。JR新花巻駅の喫茶 部に在任中、JRジパング倶楽部の「大 人の小学校」を企画することになった。

喫茶部で働きながらこの仕事の成果をあ げるのは困難だと考え、所属をNPO法 人花巻文化村協議会に移した。

 夫の看病で同法人を一時離れたもの の、その後、事務局長として復帰して現 在に至る。

 音楽関係の諸活動も幅広く実践してお り、邦楽愛好会代表、北上マンドリンア ンサンブル代表、筝アンサンブルパウロ ニア会員でもある。

 現在は夫が亡くなりひとり暮らしだ が、同じ敷地内に別世帯で長男が居住し ている。他に、子どもは既婚の次男、三 男と長女がいる。 (60歳代)

1990 年 北上市の公民館指導員。(1995 年 まで)

1995 年 JR 新 花 巻 駅 の 喫 茶 部 に 勤 務。

(2001 年まで)

2001 年 JR ジパング倶楽部の「大人の小 学校」を企画。(2003 年まで)

「大人の小学校」の企画開始とと もに、NPO 法人花巻文化村協議 会に移籍。

2004 年 NPO 法人花巻文化村協議会事務 局長に就任。

略年表

ドキュメント内 社会参画と女性のキャリア形成事例集 (ページ 88-91)

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