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( 1910 )鈴木梅太郎、オリザニン(ビタミン B 1 )の単離に成功。論文は 1911

John Snow Pub, London, 2007/10/03

明治 43 ( 1910 )鈴木梅太郎、オリザニン(ビタミン B 1 )の単離に成功。論文は 1911

大正時代:精米の発達のために脚気患者は減らず。

「リ」は誤り

0 50 100 150 200 250 300 350 400 450

1878 1879 1880 1881 1882 1883 1884 1885 1886 1887 発症率(兵士千人 当たり)

死亡率(兵士1万人 当たり)

兵食改善開始

日本海軍兵士の脚気患者発生率と脚気死亡率の推移

松田誠 高木兼寛の医学、東京慈恵会医科大学 1986年

高木兼寛(たかきかねひろ:1849-1920

東京慈恵会医大(成医会講習所 )を創設、看護婦教育所の設立 森鴎外(林太郎)、青山胤通(たねみち)、緒方正規(まさの り)、石黒忠悳(ただのり)らとの脚気菌論争は興味深い。

吉村昭 白い航跡 講談社文庫

インターネットでもかな りの数の記述が見つかる。

ただし、ネット情報は、

その信頼度の優劣の差が 大きいため、その利用は 常に注意を要する。

10 15 20 25 30

0 5 10 15

ビタミンB1量(mg)

炭素/窒素比

高木が論文中に示 した献立における 炭素 / 窒素比とビタ ミン B

1

量の関連

●(黒丸)は高木 が勧めた献立

松田誠 高木兼寛の医学、東京慈恵会医科大学 1986年

演習艦 航路 航海

日数

食事内容(食事の窒素:炭素 比)

乗員 脚気 罹患数

脚気 死亡数 龍譲 (1882) 太平洋横断(ペ

ルー、チリから ハワイを経て帰 還)

272 白米中心の和食(およそ 1:28

371 169 25

筑波 (1884) 287 大麦、牛肉、大豆を多くする

1:15

334 14 0

食事内容の異なる2つの演習艦における脚気罹患数・死亡数の比較(同一航路)

吉村昭 白い航跡 講談社文庫 他のお勧め図書

山下政三 鴎外森林太郎と脚気論争 日本評論社 2008年

0 2000 4000 6000 8000 10000

1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月

1989年 1990年

マラウィのモザンビーク難民(10の難民キャンプと近辺の1地域:総人口=29万人)に おけるペラグラ発生数(月あたりの発生人数)

#10141. Malfait, et al. Int J Epidemiol 1993; 22: 504-11.

援助食糧=1900kcal/day、とうもろこし粉(400g/d)、豆類(60g/d)、落花生(20g/d)、

油(40g/d)、塩、砂糖

原因:落花生の供給量が世界市場で減少したためと推定された。

ペラグラ(ナイアシン欠乏症: pellagra) ナイアシン=エネルギー代謝の補酵素の一種

およそ9000年前:メキシコ付近でとうもろこしの栽培がはじまる

新大陸から旧大陸へ持ち込まれる。地中海・アフリカ・アジアへ広がる。

ペラグラ(pellagra)=イタリア語で「きめのあらい皮膚」の意味

1900年はじめ:アメリカ南部で、ペラグラ多発。皮膚症状、下痢、痴呆症状を呈する。

1912Funk, ビタミンを提唱)

1914年:公衆衛生局の細菌学者 Goldberger が現地に派遣される。

患者の観察:「主食をとうもろこしに依存している」「背脂を食べている」「貧しい」

meat (fatback), meal (corn meal), and molasses = 3M

&「病院スタッフからの発症がまれ」 細菌説に疑問を抱く(食事か何か?)

孤児院と精神病院の食事改善で、劇的な改善を見る 食事が原因であることを確信!

刑務所で患者の典型的な食事を再現。9か月にわたって11人に食べさせた。7人から発症。実 験後囚人は釈放。 社会的に問題視される。

1916年:16人の成人(自分、妻など)が患者の血液を注射、患者の皮膚・唾液・鼻水・尿・

便を混ぜて作ったスープ(粥)を7回飲む。 嘔吐・下痢が発生。ペラグラは発症せず。

1929年:Goldberger 55歳で死亡

1937年:Elvehjem、ナイアシンでペラグラが治癒することを発見

1945年:Krehl、ナイアシンがトリプトファンから合成されることを確認

1949年:Vilter、トリプトファンでペラグラが治癒することを確認

#10236. Elmore JG, Feinstein AR. Joseph Goldberger: an unsung hero of American clinical epidemiology.

Ann Intern Med 1994; 121: 372-5.

#10237. Klevay LM. Pellagra is not infectious! (Goldberger, 1916). J Nutr 1997; 127(5 Suppl): 1032S-1034S.

Plague of Corn: the Social History of Pellagra. Cornell University Press, 1973.

ペラグラ(ナイアシン欠乏症)の歴史

アメリカ合衆国におけるペラグラによる死亡者数の推移(19251955年)

#10233. Park, et al. Am J Public Health 2000; 90: 727-38.

死亡者数(人/年)

西暦(年)

なぜペラグラは、

20世紀はじめ、アメリカ南