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ドキュメント内 棲神 第貳拾壹號 (ページ 62-68)

佐 前 佐 千 麦

綱要導師制国各位前佐後法門異相章に越ぷる所に依る︑椛邪に於ける佐前は念開︑位後は東台南穂︑その頴正に於け

る佐前を以て醜邪の題目︑ム口家附順の題目︑皐名の題目︑能開の妙を有するの題目とし︑題目の民本領護揮は佐後の

第二筆宮木入迫殿御援事の﹁倒減後二千二百飴年に月氏漢土一閤浮題の内に天親龍樹内鑑冷然外趨時宜一五一五︑天台停

敬は粗躍し給へども︑之を弘め残せる一大秘法を此闘に始めて之を弘む︑日蓮宣其人に非や乎﹂以後の一酬との聞には

大に謹庭が存するといふ︑且つ三耐法門の展開も以後の事に属し︑一蹴即三秘の民本領は位後に開局すと見るべきで ある︒即ち佐前は天台附順の題目︵内詮は三副組合の一大秘法及三副随一の本門の題目なれども

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佐後は本化特猫護

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一一関三秘法門の佐前佐後に於ける顕琵是の如しとして︑本隼が如何に顕れしゃを次に検すべきである︒

先づ結論より越ぶれば佐前本隼は方使︑佐後本隼は民賓と相封すべきである︒即ち佐前本傘の代表的なるは唱題紗

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それ

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唱題妙に云く︑﹁第一に本曾は法華経八巻一巻一品或は題目を書て本曾と定むぺし︒法師口問並に榊カ口問に見えたり︒

交たへたらん人は禅迦如来多費怖を書ても誼ても法華経の左右に之を立て奉るべし︒叉たへたらんには十方の諸姉普

賢主口薩等をもつくりでかき奉るべし﹂と︒田辺れ古来法華経木曾の稿ある所以である︒然し詳にいふ時︑法例雨者に出

入するもの︑法華経に於て由問答要を懇げ︑堪へたらん者は

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して樟迦多費︵主︶十方諸伸諸菩薩︵伴﹀といふc

之を

名けて五日清水淵肇師は法正伸傍といってをるが︑之を洗錬し去て題日本傘の一元になせしもの︑それが佐後の本律問

答紗であり︑之を洗錬し︑之を整備せしが佐後の大量茶羅である黙に於て錬肝と見るととは極めて安営であると信十

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を崇めんとたぽしめさば︑必だ先ダ脚伴隼を木室聞の像に顕して︑御本隼と定めさせ給うて︑共後力たはしまさぱ︑蝿陀等

の他併にも及ぶべし﹂と︒そのカたはしまさぽ調陀等の他悌にも及ぶべしといふ賠.佐後民賓の仰木曾に比して向洗

錬を日間く所前位前錬腐の錬磨たる所以といふべきである︒

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要するに法華経本隼にせよ︑四伴隼本命にせよ何れも佐前は錬焼の域にありといふペく︑その翼賛究克の本傘義は

佐後にありといふべきである︒

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隼四士本傘︑静岡王官︑忘持経事︑妙法尼御抵事の立像樟零本傘︑報思紗の一塔雨掌四土木曾及本骨尋問答紗の題目本

舎である︒此に釘し一骨淵島一向は﹁若し佐後本懐顕種目県宮正宗の本隼は︑唯本門教主久遠賓成標期牟尼伸也﹂と悌一本隼

の一元に師してをるが︑吾人亦大関に於て此誌に従ふ者である︒

右の中間目紗以下を僻本隼となすに封し翻心本隼紗本骨尋問答紗の所明を法本隼と・なせしは古来の分判であった︒

今人中向ほとの分判に従ふ者友しとせぎるも︑優陀那和上・一たび本傘紗前後の癌文に徴し︑御義の文︑較恩紗の文等

に徹して︑中等題目を以て文底無作本怖となし之を関本︑韓迦多賓以下を刷謎と見るに至り︑題目の形式は本法で

も内容的には無作本帥の民解を得てより佐後民宮本隼義の本側本第一元に屈するを得たのであった︒

同じ本帥本隼としても︑その形式より見る︒本伸一関本等︑立像禅写本傘︑

一等

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本傘

一塔

雨骨

尋問

士本

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その木仰木寧は本門八品塔内坐像の姿であり︑その最完全なるは報恩齢の一塔雨骨尋問士本傘及び造立紗の一一等四土

本隼でるる︒その立像樟牟は塔外遊怖の姿で︑古来随身悌と糾してをる︒たとへ姿は謹併であっても︑行人の意趣本

併として奔む時は本抽仰木隼を拝すると何等麓化あるべきでない︒要するに備本傘の諸形式隈々であっても本仰本骨骨

と拝するに於て同一轍である︒

若し本傘紗日女紗等の大量茶羅本傘は中骨与を臨本以下の十界羅列を附惑とする故︑本備中心の伸界縁起本傘である︒

その本崎尋問答紗の題目本等の如きは形式は法本隼でもその内容はその封告衆浄顕義揮の大日如来無始無終法身の邪

執を僻ふべく.法勝帥劣の破邪の創を提げて貰は文底無始賞在の耀隼本伸本隼を立するにあるや極めて明了である︒

即ち本曾紗日女紗の伸界縁起本一等の用越を旧各せる臨本の根本のみをかLぐる本隼と見守むべく︑かくして佐後異質本寧

の本伸本傘の一一冗に臨するを見るべきである︒

之を要するに佐前は方便故に唱題紗の法正俳傍の本隼あり︑善無長針の禅迦蹴陀耐−悶︵たとひ傍一止あるも︶の悌本容

ある所以であり︑佐後始めてその良質正宗を護持して本帥仰木傘或は僻界縁起本隼の一一花に屈せりといふべきである︒

鮮 日

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念伸に封する醜邪の題白の謂︒

山繭前偏擁の所聞に到する今経闘置の能聞の題目の謂︒

的結

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二 ︒

∞一二耐出名の初めは凶依金五日殿御返事の﹁今日蓮が弘通する訟門はせばきゃう在れどもはなはだふかし︒共故は彼の

天台停敬等の所弘の法よりは一重立ち入りたる故也︒本門書量日間の三大事とは是也﹂︵八究ニU

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ω唱題紗三凶

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小翻心本牟紗に云く︑﹁モの本傘の陪たらく本時の婆婆の上に貰帯主に民し塔中の妙法蓮華経の左右に樺迦牟氾悌

多賓仰︑樺牟の脇士上行等の山並口薩︑文珠︑蝿勅等の四菩躍は谷間腐として末座に居し︑逃化他方の大小の諸菩薩は

本 件 等 義 蹄 旨

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Lり四大天王は質搭の四方に必一し︑鯉迦多賓本化の問主口薩眉

を蛇べ普賢文珠等舎利弗白一連等紘一を屈し日天︑月天第六天の魔王龍王阿修羅︑共外不動愛染は南北の二方に陣を

取り︑悪逆の建多愚痴の龍女一座をはり︑三千世凶作の人の誇命を奪ふ︑悪鬼たる鬼子母神十経利女等︒加之日本岡

の守護榊たる天照太榊︑八幡大菩薩︑天紳七代地紳五代の榊・局︑組じて大小の紳紙等贈の一肺つらなる共徐の用の一脚

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︑此位一サの悌菩薩大聖等穂じて序品列坐の二界八番の雑家

等一人ももれや︐︒此御本隼の中に佐し給ヲO妙法五字の光明にてらされて本有の隼形と・なる︑是を本隼とは巾す也﹂

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畳を破れば凶敬の呆を破る︒四敬の果を.舵れば四敬の因破れぬ︒爾前述門の十

界の因果を打破りて︑本門の十回作の肉果を就き顕す︒此即チ本因本巣の法門たり︒九凶作も無始の僻界に共し︑悌界も

無始の九界に備りて︑員の十界五共百界千如・なるペし︒斯うて顧れば韮・厳の萎上十方︑阿合粧の小稽迦︑方等般若

経︑金光明経︑阿繭陀程︑大日経等の様仰等は此〆誇量日間の伸の天月しばらく影を大小の器に浮べ給ふを︑諸宗の

事者等近くは自宗に迷ひ︑遠くは法華経の誇量品をしらや水中の月に貰月の恕をなし︑或は入りて取らんと沿も

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一切経の中に害量品ましまさやぱ︑天に日月︑閣に大王山河に珠︑人に榊の・なからんが如くしであるべ

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H宗の椛宗の知有者と沿ぼしき澄観︑嘉群︑慈思︑弘法等の一往権宗の人

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且は向の依経を譜歎せんp

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分位等云士月五今濁世ノ島一者彼等の議義に隠されて︑書量品の玉を翫ば・示︑叉天台宗の人K

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ゐもひを話せる人々もあり仙川久成にましまさやぱ所化の少かるべき事を餅ふべきなり︒乃至今久遠賓成瀬れね

れば︑東方の薬師如来の日光︑月光︑西方璃陀如来の間一国円︑勢至︑乃至十方世界の諸怖の御弟子大日金剛頂等の雨

部の大日如来の御弟子の諸大菩薩摘敬主禅隼の御弟子也︒何ュ況ャ此土の却初よりとのかた日月衆差等︑救主制伸骨専の

御治子にあらやや︒而るを天台宗より外の諸宗は本隼にまどへり︒乃亘書量口問を知らざる諸宗の串者事生に同じ︑

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一六ご忠持経事に云く﹁探る後深洞に等ね入りて一庵室を

見る

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︒法

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背背

天に

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一乗談義の聾山中に聞ゆ︑案内を燭れて安に入り︑敬主樺隼の御賓前

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妙法尼御返事に一足︿ベ然れども我根本︵塚原︶より持ちまいらせて候敬主牒品与を立てまいらせ﹂ご支

是れ現身怖樺o u

品与

本簿

山報恩妙に一五くベ一には日本乃至一闘浮捷一向に本刊の敬主牒倍与を木第とすべし︒所謂寅塔の内の制作迦多賓その外の

諸伸並に上行等の川菩薩脇士となるべし

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5是れ一帯雨傘凶士本得︒v

本 律 義 旨 僻 町

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