寂 省 師 の 説
弐に営山第三十二世智寂省師の設を出さぽ︑師は享保六年︿山一七
O
七﹀八十五蔵寂であるが︑﹁妙経字数勘定﹂と題して﹁救友雑誌﹂二九六千円
たものである︒文末に﹁日耀私日﹂として﹁勝曲家﹂一一六に於ける﹁文段経﹂の評︑並に﹁啓蒙字数勘定現行本不合者 ︵明治三十一年二月十日殻行︶に﹁延山日省己考﹂として︑現太旧執事の編輯せられ
省師勘定尤可なるぺし﹂とあるに依るに︑﹁録外考文﹂の著者体量耀師の所持本を編者が掲載したものでるらろ︒
右の内容は勾品虫色の経文︑題目︑行︑字の敷を列ね︑既往に就て数と昔とを分ち︑数注一八六字.2日
住間
二字
︑計
二二八宇と算し︑叉題目を﹁妙︒経﹂等の過剰伸一間
O
字︑﹁序品第こ等別題二一四字︑計三五問字と算し︑住題合して五八二字となし︑経文全体の数字よりとれを除き経文のみを六九二九
O
字と算出して居る︵然るに右記述中通商を﹁一百十四字﹂とするは︑﹁一百四十字﹂の誤植︑叉経文中警時品の六五九
O
字は六五九四字の誤植であるo縞持
口聞
の
一二二七字を一一一一一八として一を加算して居る故に︑現行本の経文は六九二八九字なるべきを﹁入交六高九千二百九
妙法蓮華経字数考
妙法蓮華留学設考
十字﹂と一字の相遣を生じて居る︒更に省師は右の数字を基本として︑
一 品 題 組 閣 一 問
︒
︒ 別 題 二 一 四 字
︒ 三 五 四
−
fk
一二題鋭﹁挑案三拍刑法師鳩摩難什奉詔諜﹂︒一一一一一
三 巻 火 山 時 巻 首 に あ る 一
︑ 二 等 の 容 共 住
︒ 八
︶ 六 六 七
r a︑
︑
− 四既往中数注︑一八六字︒一耳目注間二字︒ご二八一 五 奥 題
﹁ 妙
O
経 巻 第 こ 等
︒ 六 四 一
の五項に分類し︑是等を合計して六六七字︑とれに経文を合して﹁字数純計六高九千九百五十七字﹂となし︑とれを
以て法華経一部の組字数としたのである︒
日省の此の算出は天台回行法華の字数を算出するにあった故に︑右の字教を基本として天台︵曇捷﹀を始め栖復︑
掌記の数字を算出して居るのである︒右に依れば︑
天台大師陣文言﹁六寓九千三八問者︑除=地日門品偶五百淵一字及榊呪一背任問十二宇都五百七十三宇一也︒
柄復師勘定六寓九千七百五十四字者︑除=一耳目注四十二字︑諸品通題一百四十字記誇十三字.
詑失
八字
︑
都二百
宇一
也︒
掌記
勘定
六宮
内八
千九
百四
十四
一言
者︑
除=
並
H門偽︑記諜十三字︑記弐八字︑
康司
題六
十四
字凡
一千
十二
字二
乃得 一二 ハ高
八千
九百
四十
四一
一一
一一
主語
︒
と述べて居るが︑最後の掌記の中には題目の三五問字を加へねば一
O
一二
字と
は・
なら
・な
いか
ら︑
恐ら
く題
目=
一五
附の
思脆であらう︒加之掌記の経本は七倉本・なる故に︑記次の八は七であり叉奥題の字は五六字であって六四字ではない
随って数字の上は正しいとしても︑記述は全く誤って居るといはねばたらぬ︒今省師の算出を園一不すれば︑
経
ハ九
二九
O
︷︷普
門偏
ノ、〆旬、
八 日 五 七 三 五 省 一 | 九 )
文 呪
︷ 敢
一品 目
四 註
一八
六 注
在 uu n
題
Ji.
問
,__,._ー『 別 通
二一凶
題
一四
O
題 奥 題
ノ、
四
課 枕 巻 弐
︵小
計
V
一一
九八
計
ハ九
九五
七
右の如く省師に依れば仲算の﹁酬伸文﹂に出づる三詑︵勿論今は曇捷に代へる天台を以てして居る︶は.掌記の六九九
ノ、〆「
会 八 掌 竺 七 子 五 詑
二 l
j(. '‑'一八
六
︵間
二︶
ハ一
O
︶四︵一
二四
︶
︿六
四︶
案内
︵ 一 一 二
︶ 八
,_,_、
ノ 、 〆 「
八 却 ス
九
_
¥ J四 八 二 ?
五 l 六;::::;~
‑t:
ハ天台﹀六八七五九
ハ五
三一
︶
一八
六
︿間
二﹀
一間
O
二一間
六四
ノ、,,.....,..『
九 ' " ' つ
え公七
四 l
Ii.S八ノ、 f、町
八 栖 五 七 三 五 復
ーl
j(. '‑'一八
六
︵四
二︶
ハ一
四
O
︶二一四六
回
︵ 一 一 ニ
︵ 八 ﹀
︶
宍二
O
三 ︶
戸加
九九
五
六九七五四
間四が六九九四五となる外一致するのである︒併し乍ら掌記の下の記事は七省八巻の誤ある故に悉く訣であるが事
置に於ては省師は八巻本で加減する故に︑全体の敢字には経文としては普門備を除き教註︵一八六﹀を加へたるムハ
妙法蓮華経字数考 八九四五でとれは省側の陀羅尼口問の一字の加算を除けば掌詑の設に一致するものである︒
妙法蓮華経半数考
問
失に栖復の﹁玄賛要集﹂の六九七五四であるが︑仲算は唯﹃局レ正﹄といふのみで算出方は見えぬが︑数字から見
れば普門偽を除か歩︑数日托︵一八六︶と別題︵二一四︶と奥題︵六四︶の合計九九五を合やれば六九七五四となるので
b
るが︑若し七巻本とすれば八字の加算となるのである︒要するに右省師の算出は現行本中︑誇蹴を最初にのみ集中る
八倉本なる限り
E
一艇
では
ある
が︑
既に
指摘
せる
如く
陀羅
尼品
に︑
一字
の加
算が
ある
故に
︑
A7
の柄復設は結極一字の減
算となる罪である︒
最後に省帥の算出の目的なる天台設は如何といふに︑省帥が﹁四伸文﹂の他の二訟を問題にしたことは斗耀文﹂の曇
捷一就が所謂天台読に一致するからであらうが︑とれは叉逆に曇捷説が天台詑となった反詮とも考へられるのである︒
とれに就ては持門品の伺と脅住とを除いて居るのであるが︑備を除くととは天台設としては営然である︒一四日注も除い
たとすれば.とれ経文でないから止むを得ぬとしても︑若し経文でない故に昔注を除くとすれば︑数注も亦経文でな
いから除くべしともいへるが︑若し一耳目注のない本が流行したとすればそれまでLある︒叉他に例のない諜蹴であるが
とれは流行本には殆
E
ないが︑臓粧本には毎倉に附せられに居り︑宋元明麗の四大蔵本は執れも﹁挑秦﹂又は﹁後秦﹂と﹁三蔵法師﹂の聞に﹁亀蕊岡﹂のコ一宇を加へた十六字︵大正九
l
一︑注︶であるが︑若し流行本には十三字の課蹴在るととは︑文段粧の最初に﹁唐本﹂に依る例を且ても明かである︒若し最後の巻尖の注に至つては︑省師は八巻悉
くありと・なして八字を数へたのであるが︑既に宗淵が七十余有の異本に就て研究の結果.﹁考異﹂には第一容︵下一一
J
には往左く︑二巻以下八巻まで七字を加へ︑﹃注二百三十五字﹄︵下三︶とは正しく呪注の二二八と今の七とを加へた
ものである︒第一巻にたいととは現行本に明かである︒障って異本を通観して七と敷ふるのが通例である︒故に
A7
の
八は七と改むべきである︒されば省師の組計六九九五七は注に一字を減ヒて六九九五六となり︑叉折角算出した六九
一二八四は三八三となり︑更に組持品に於て一の加算あるを減やれば︑六九三八ごとならねばならぬ︒故に省帥は最後
叉 に
経本
不レ
同而
有ニ
如此
目︑
叉増
減者
是此
而別
木耳
︑四
伸文
詑可
L難市己
と述べて居るが︑﹁楳文﹂としても
難ι有
=増
減一
大概
如
ι斯
︑所
=一
以有
=増
減↓
者︑
或日
疋経
木之
不同
︑或
P
−二
十三
十字
一書
=廿
品川
等一
也ハ
大正
五六
一問
問︶
と述
ペて異本なるととを察認して居る︒
因に前践に出でし柳井殺の設は︑序品に於て一字減算.人記品に於て一字︑普賢品に於て一
O
字を加算し・組計六九二九九字在るを六九三