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︶との鏑仰艶照

ドキュメント内 棲神 第貳拾壹號 (ページ 31-35)

︵山川知日藤氏

の 解 説 を 評 す

清 水 谷 龍 良 英 補 稿

嚢に本誌第廿韓に﹁山川智麿氏の翻心本隼紗四十五字法体段主義結論を評す﹂を寄するや氏は﹃信人﹄忙論評︑

予復﹃信友月報﹄誌上雨固に渉り吾高田恵芯君と共に粗ヒ耕了︒而も論じて未だ謹さどるものあり日くね山一一山村伊

. .

. .

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. .

. .

  ︒

. . .

. . .

. . .

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︒ . . . .

. .  

0

・ ・ ・

と本門の三法妙との闘係︒是は高田君既に民謬︒日く血脈紗の悌・法・借の三法一体と本隼紗の心・俳・衆佐︒一刀法

. . . . . .  

一体

との

舎同

日疋

也︒

偶身

中谷

曲学

士此

稿あ

り︑

乃ち随閲随筆此稿成る︒山川氏更に近刊﹃大崎皐報﹄に﹁一念コ一千の法

休と行法﹂に︑反て予等が読を難守︑予復持に十月務行の事報に之が論評を期せしに︑恰も高岡市恐忽党﹃事一念三千

親心義提要﹄の著あり︑論評至り且蓋し︑近く特に千禦寺主同県より公刊せんとす︑予復蛇足を添ヘざるぺし︒中谷間宇

士更に﹃正義﹄の﹁五十問検討﹂稿あれども︑頗る長篇︑且﹁撰犬逐塊﹂の愚を思へば後日に護る︒

八 月 十 五 日

古 愚 感 人

観心本館妙と生死一大事血脈紗との鍵仰封問

観心本館紗と生死一大事血脈紗との鍵仰掛照

生死一大事血脈紗に云

久遠賓成の轄曾と皆成悌遣の法華経と我等衆生との三砂金ク無て差別一解て︑妙法蓮華経と唱へ奉る庖を生死一大事の

血脈

とは

云ヲ

0

0 0 0 0 0 0 9 0 0 D O

U D O

D O D O 0 0 0 0 0 0 0 0

0 0 0 0 0 0 0 0

と︒此文は明に悌・法・借の三賓︵三法︶一休であるが︑意は亦是れ正く本門事の心・悌・衆生の=一法一体の信解を信

0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0

0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0

0 0 0 0 0 0 0 0 0

心唱題の根本用意と得すべき旨を指南遊ばされた〆る金文である︒此信解の上に立てる信心唱題をとそ方に﹁生死一大

. . .  

事血服﹂︑﹁此事但日蓮が弟子槽那の肝嬰L

︑﹁

法華

粧を

持つ

とは

日疋

也﹂

と的

一不

され

たも

ので

ある

︒即

ち交

は悌

賓﹁

久成

田伸

隼﹂

︑法

貫﹁

法華

経﹂

︑償

資﹁

我等

衆生

﹂と

の一

一一

貫・

三法

が一

体不

二で

ある

から

︑本

悌大

慈の

護念

力と

本法

難忠

の救

力と行者一心の信念力と此三力が冥合する庭に︑即身成怖は在るのであると示し給うたものでるる︒

111111111110

D D O D O O

0 0 0 0 0 0

之を翻心本隼砂の四十五字法体段の心・僻・衆生の三法妙の聖判に封照するに︑文は異ってゐるが意は全く同じでる

. ︑

る︒

何と

・な

れば

.今

文は

因・

︑迷

の九

界を

﹁我

等衆

生﹂

と絃

じて

柴げ

て巣

悟の

悌界

に封

し︒

彼文

は総

じて

九回

外を

﹁所

化﹂

と云ひ︑別して行者を抽出して﹁己心﹂と︑組別並べ懇げた常詑の心・悌・衆生の一一一法妙判である︒故に今文の生・

悌相

釘と

︑校

文の

三法

相封

と︑

但今

交は

組の

﹁衆

生﹂

に別

の﹁

行者

の己

心﹂

を合

し︑

純文

は総

の﹁

衆生

﹂よ

り﹁

行者

の己

心﹂

0 0 0 0 0 0 0 0

0 3 0 0 0 0 0 U 0 0 0

0 0

0 0 0 0 0 0 0 0

を別閉したの異のみで︑其因果迷悟不二一体生僻同体全く事の一念一一一千を示す意に至ては則ち同じ︑詞ゆる文異義同・

一一

一殊

意同

・異

曲同

工で

ある

然るに山川知日臆氏は︑今交を直ちに本門の一体一一一法と解説し︑常詮の心・俳・衆生の三法妙判の綱絡を滋して︑組文

Kに﹁法華経﹂を﹁伸の心﹂﹁諸仰の魂暁L

﹁僻

智の

妙法

L等とあるより︑今交の﹁法華経﹂を本門のご一法判の﹁心

0 0 0 0

0 0 0

D O O

法妙﹂と脅して居る︒然るに是の如き本門の三法妙判︑組者果して那謹に搾りや︒抑え翻心本掌紗間十五字法体段の

o o u o

3 3 0 0 0 0 0

3 0

U 0 0 0 0 0 0

心・俳・衆生の三法妙判は︑正く是れ本門事の一二法妙判の本擦である︒此義吾清水曲学師の

ι

げは山川ゅは沼津川一円門川川崎川崎川崎洋川崎同川川市川段四十五字のi

﹂ 一 l

︵ 住 居 キ レ 減 未 黍 レ 生

! 俳 法 妙

| 一

LMPJ

一所

化︵

和制

︶以

同体

1 1

1 1

l i

−−衆生法妙丁一一一法一体

﹁此

即己

心ご

一千

K

I l

l i

| 心 法

l

叉港周砂の此品翻心者︑妙法一心如来語量品故我等凡夫一念︒

因本来如来也︒−

J T

我等凡夫

1 1 1 1

1衆

生法

妙|

一一心一念

1 1

1 1

1

心法妙丁事の一一一法一体

﹁即

本地

無作

コ一

身文

l

俳法妙|一 ﹃翻心本等齢錆仰﹄等に既

一念即如来久遠本書本地無作三身・本極法身・本

ム﹂

全く

同じ

叉濯頂併の運交の

所尻

︵服

時ノ

ι

常在

時四

百四

土具

Hん本岡土妙也文

叡心本曾紗と生死一大事由脈沙との幾仰封附⁝

﹃ 俳 法

1

・悟

|一

︐ 一 一 往

\ 一

史 衆 生 法

\ 2 7

り 仁

戸 心 法

lil

v

l −

a

a a

A a a

︒ ︒

0 0 3

であろととは︑詑門に在つでも本門に在つでも︑三法は即十界︑十界は即因果迷悟であるととは︑歴然・宛然・依然

J 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 D 0 0 0

口 ︒

O A J 3 0 0 0 3 0 3 9 0 0 0 0 0 3

コ﹀

O O C 9 0 0

コロ として︑天魔破句も亦能く之を改境するととの出来たい法爾本有・民善妙有・良賞事の諸法貧相・十界常住の妙法でOある0

A a

. .  

a

a a− −

aA

 

. . . .  

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. .  

 

. .  

大凡

諸御

堂百

に︑

=一

法妙

判に

約し

て十

界五

共・

生悌

同体

7 2

三千を明し給ふ文の﹁心法﹂﹁一心﹂﹁一念L

殊に

﹁己

心﹂

. .  

a. .

. .  

 

. . .

. . .   企

aa

・・

. .  

a− −

. .

 

 . .

 

を︑

﹁梯

心﹂

と指

し給

ふと

と断

じて

之無

c其

然る

所以

は︑

本来

三法

は即

ち十

界で

︑三

法と

十回

升と

は但

是賓

︵十

界︶

嬰︵

aa

− − −

a

・・

・企

a

0 0 0

法︶の昇︑のみで休は一である︒而して十界の迷悟因果判とは︑有も伸殺である限りは︑三回諸家具論はたい︒此迷悟

口 口

0 3

口口

︒口

口口

001il

− −

0 0 9 0

D O D O D O D O O

口 ︑

J 0 3 D D

O D O

0 0 0 0 0

30fli

− −

因果の匪隔差別を語るのが昔園︑法性質相の一理又は一性の随縁に約して園融無差・理賓相・理常住を説くのが今経

11 li p

1 0 0 0

0 0

0 0 0 0 0 0

0 3 o q O D O D 0 3 0 0 0 0 O D O O

OIli

の述園︑無始本有の本悌縁起に約して事常無差・事賞相・事常住の闘融無差を談やるのが本闘である︒法体談には此

a a a

. .  

宥壊の差殊はあるけれ

E

も︑其修用即迷悟因果判に至つては︑昔−謹・本同一である︒敢て問ふ︑佐後の那警にか氏

の謂

ふ一

一−

b

砂川内

h h

b h

q

﹁仰

ω

泌﹂

九﹂

骨レ

絵心

か島

件か

わム

γ

﹁備

の心

法﹂

は一

二法

妙判

には

﹁伸

法﹂

の矯

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る︒

本時

ノ盤

婆世

界ハ

U

災↓

出口

ん問

劫ザ

常住

ノ浮

土也

乃至

所化

以同

D︒口口り口口口口口︒

7

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0 3 0 0 0

O D O D O O

口で︑倶に日疋れ本門事の一体三法・身土常住に約せる事の一念三千の観心である︒ a

− 

而して此

a a

 

一野

一一

法の

因果

迷悟

判は

親心本傘診と生死一大事血脈紗ーとの鐙仰禽附⁝

とは

即ち

本算

削創

刊十

五字

の初

に組勘文紗には﹁帥法﹂と﹁衆生法L︵心法を該ぬ︶とを相劃して其不二を説くに︑﹁所詮己心ト僻心ト︵伸身ともある︶視な

一す

ト速

一一

成は

怖=

也﹂

とあ

るで

はな

いか

o是を以て吾事師は﹃錆仰﹄に︑此四十五字の﹁己心﹂を﹁本僻川市上の心﹂と言ふ

a

 

. .  

a

− −

a

A A

時は︑上の﹁帥法﹂と重複して︑﹁伸法﹂が二重に成り・﹁行者の心法﹂が快けるから︑三法妙判の綱格を逸した新法

a

a

a A

企 企

A

相であり︑叉一念四千と成ると評された所以であるつ之に反して謂ゆる三法妙判の心法の﹁凡心﹂の聖判は︑且︿最も

彰灼的白なる一文を示せば︑

組勘文紗は金紗皆商うであるが︑別して一九

OOH

初行に三法妙判の本典・なる華厳粧の﹁心僻及衆生是三無差別﹂の文

をヲき

白け

斯一

−己

心ト

怖心

ト不

日異

ラ翻

3

故 −

一 質

討 テ

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死ノ

夢一

遺品

ヲ本

属品

ノ店

一即

身成

⁝句

云ヲ

す︵

桝︶

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法 華 経 超 八 救 所、固

詮、

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己、 J

ドキュメント内 棲神 第貳拾壹號 (ページ 31-35)

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