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言語発達 遅滞以外の 言語「障害」
を持つD児の 教育課程
1
: 言語訓練1 :
教科等
(注)盲・聾・妓体不自由・病弱の各学校では、それぞれの障害を主とした学 校であるだけに、主障害に対応する養護・訓練はいわば必修の指導となる。
一方、精薄養護では「精神発達の遅滞」 「発達の遅滞」そのものへは教科等が 対応するとされるため、精薄養護では、養護・訓練の「個々の」必要の度合い や指導形態は一律ではなく他の特殊学校以上に多様である。
図一2 学校の養護・訓練の捉え方を示す図
(3) 精薄養護の各種障害児に必要となる養護・訓練の内容
,さて(1)で見た多様な障害をもつ精薄養護の児童生徒にとって必要となる養誰
・訓練について以下に整理を行いたい。これらの各種障害を持つ児童生徒を重 複障害と単一障害に分けてまとめることにする。なおここで述べることは、先 に示した巻末資料Nα4の資料の精薄児の捉え方に基づいている。
①法令上の重複障害の場合
精薄と、他の視覚・聴覚・肢体・健康の各障害を合わせ持つ場合については 精薄以外の各特殊学校の精薄児(精薄との重複障害児)の教育課程に関して昭 和54年度版精薄解説が次のように述べている。
「精神薄弱を併せ有する盲、聾、肢体不自由または病弱の児童生徒に対 しては、生活科をはじめとする精神薄弱養護学校の各教科による教育課程 の編制が全面的に可能となった。これらの重複:障害児の教育課程は、精神 薄弱養護学校のそれに準じたものが基本となり、それに他の特殊教育諸学 校の養護・訓練が加えられることになる。」 (p.63)
この見地は精薄養護の上記の各重複障害児が精薄養護に在籍している場合に も同じであると考えられる。
これらの精薄と他の特殊教育の各障害との重複障害児の養護・訓練について は、指導する特別の内容が明白であるため、精薄養護のなかでも指導内容や養 護・訓練の位置づけが問題となることは少ないと考えられるのである。
②一(1)法令上の「単一精神薄弱」で情緒障害、言語障害等を持つ場合 精薄とともに「単なる発達の遅滞以外の情緒陸害、言語障害等を持つ場合」
は、教育課程編制や指導上は「当該学校に就学することとなった心身の障害以 外に他の心身の障害を併せ有する児童または生徒」の一部分として情緒障害・
言語障害なども精薄との重複障害と見られるようになっているが、 「学校教育 法施行令第22条の2の定め」そのものは改訂されておらず「精薄と情緒・精薄
と言語」の重複障害は法令上は依然として「単一精神薄弱」なのである。従っ て精薄養護の情緒的・対人的障害を合わせ持つ児童生徒、及び狭義の言語障害 を持つ児童生徒は、精薄と障害が重複しているにもかかわらず、法令上「精薄 養護における単一障害児」と認知される。
学習指導要領の各障害別の解説は、まず各障害別の単一障害教育の見地が述 べられてお甑その点は「一精神薄弱教育一編」の場合も例外ではない。これ まで多面的に考察を加えてきた「精薄養護の特色」も基本的に単一精薄につい て述べた文面であった。
情緒障害・狭義の言語障害を合わせ持つ場合は「精薄養護の特色」のいう
「精神発達の遅滞以外の発達の偏り」を持つ精薄児であるといえよう。いわば
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「偏りを示す単一精薄」である。 「偏りを示す単一一精薄」とは妙な表現である が、これは「精薄養護の特色」の見地に従った表現である。
精薄養護の養護・訓練を不透明にしている重要な問題の一つは「精薄養護の 単一精薄」の概念の中に「情緒障害・自閉や狭義の言語障害」が含まれている
ことである。もし「精薄養護の単一精薄」が「単純精薄」と同一の障害概念で あったならば、比較的精薄養護の養護・訓練の解釈や内容の御題はより早く明 確に獄つたと考える。
この点は学習指導要領解説にも反映している。たとえば、精薄養護の養護・
訓練から精神発達の遅滞を除外した昭和54年度版解説は、
「他の特殊教育諸学校では主障害が養護・訓練の対象となるのに対し、精神薄 弱養護学校では、精神発達の遅滞そのものへの対応は養護・訓練の内容にはな
らず」 (下線部筆者)と述べていて、 「精神薄弱そのものへの対応は」と表記 してはいないのである。
他の各特殊教育諸学校での養護・訓練については「主障害が養護・訓練の対 象になる」と明書していながら、精薄養護については何故r精神薄弱そのもの への対応は養護・訓練の内容にはならず」と同列に表記されていないのかとい
う理由は「精薄養護の単一障害そのものに精薄以外の障害として教育課程編制 や研究上は認知されている情緒障害・自閉、狭義の言語障害」など養護・訓練 の指導内容を必要とする児童生徒が含まれているからである。
このように精薄養護の単一精薄児の「精神発達の遅滞以外の発達の偏り」の 申に、情緒・聴入関係などの障害を持つ情緒障害、自閉、狭義の言語障害が養 護・訓練の対象としてあげられる点は、精薄養護の養護・訓練の内容を検討す る上で重要な鍵であると考えられるのである。
②一(2)法令上の単一精薄の中の偏りの無い「単純精薄」の場合
精薄養護の養護・訓練について特に問題となるのはこの「単純精薄」の場合 である。いわゆる「偏りを示さない単純精薄」の養護・訓練については第2節 で明らかにするが、平成元年度版要領の段階では指導「内容」としては必要が ないというのが本論の見地となる。 (第2節参照)
しかし、厳密に偏りを解明するならばなんら偏りがないということは実際的 にはありえないわけで、わずかでも偏りに該当する状態像があれば指導上の配 慮として教科等の指導のなかで考慮することが、その児童生徒の心身の調和的 発達に通じる指導となるといえよう。
また基本的に単純精薄と見られる児童生徒の場合でも、養護・訓練ががその
子にとって無用の領域であるということにはならない。現状において偏りが少 ないとみられる単純精薄の児童生徒にも今後の問題として二次障害の発生は各 成長段階で考えられることであり、そうした二次障害の発生・予防に留意して 指導する必要があるのは単純精薄といえども例外ではない。このような観点は 養護・訓練という領域が存在しているからこそ明確に位置づけることが出来る
のである。
第2節 教科等で対応が可能な精薄児の状態像
一「偏りを示さない精薄の養護・訓練の内容」をめぐって一
第1章で見た精薄養護の養護・訓練の克服過程の示すものの一つには、精薄 養護の養護・訓練が、新設当時の内容の解釈からすれば限定・変更されて精薄 教科で扱える内容は養護・訓練では扱わず「精神発達の遅滞以外の発達の偏り が養護・訓練」である。この点について平成元年度版精薄解説の「精薄養護の 特色」では昭和54年度版以上に確定的に述べられており、この20年は、精薄養 護の養護・訓練をますます限定的に解釈する方向に進んできたといえるのであ
る。
そこでこの節では、いわゆる単純精薄という偏りの無い精薄児を想定した場 合の養護・訓練の指導内容の有無という問題を検討していくことにする。
(1) 平成元年度版「精薄養護の特色」の到達点
第1章の考察において、精薄養護の養護・訓練の内容が「精神発達の遅滞以 外の発達の偏り」であるとされるが、何が遅れであり何が偏りであるかについ ての判別の観点・基準が示されておらず、その点を解明する課題が残されてい ることを見た。またその点に関連して平成元年度版「精薄養護の特色」の養護
・訓練解釈は興味深い理論問題を投げかけている。
それは「偏りのない精神薄弱児」を想定した場合の養護・訓練の内容はある のかという問題である。ここでは「偏りのない精薄」 「精神発達の遅滞・発達 の遅滞のみの状態像の精薄児」 「基本的に精薄教科等で対応が可能となる精薄 児」の養護・訓練の指導内容の有無について考察することにする。
平成元年度版精薄解説は、次のように述べていた。
一 66
平成元年度版精薄解説(1991)
発達の遅滞への対応は、各教科等で、
精神発達の遅滞以外の発達の偏りへの対応が養護・訓練でということ
になる。
ここで「精神発達の遅滞があり総体的な発達の遅滞はあるけれども、『精神 発達の遅滞以外の発達の偏り』を示さない精薄児」を想定してみると、その精 薄児の場合、解説の文面に健うならば教科等の指導だけでよいことになり、養 護・訓練で扱う内容はないということになる。従って少なくとも理論上の問題 としては偏りのない精薄児には養護・訓練は不必要という結論はすでに出され ているのである。
もちろん「総体的に遅れているだけで、全く偏りが無い精薄児」というもの は、全く完全な健常者というものが存在しないのと同様に理論上の想定にすぎ ない。しかし、第1節(1)の②一(2)で見たように、相対的な意味において健 常者が存在しているように相対的な意味において偏りのない精薄児は実際上も 存在するのである。それは「単純精薄」と呼ばれる状態像を示す精薄児である。
「単純精薄」は確定した定義のもとに使用されている概念ではないが、多様な 状態像を示す精薄養護の児童生徒の申に相対的な意味合いでは存在している。
とのような「偏りを示していない精薄児」を平成元年度版要領の養護・訓練 の5分野18項目に基づき「精薄養護の特色」の見地に立って診断してみるとい ずれの項目も該当しない、養護・訓練として指導する「内容」が無いケースが
出てくる。
また一方「精神薄弱に随伴して表れる偏り」という表記に着目して、別の側 面からこの点を見ても同様の結論が得られる。 「精薄養護の特色」に記述され ている「精神薄弱に随伴して表れる偏り」と表現されている状態像は、あらゆ る障害と同様に重いものから軽いものへと系列化されるものと考えられ、偏り が極めて軽い場合を想定でき、その場合、理論上は養護・訓練として対応する
「内容」が無くなるのである。
このように「精薄養護の特色」の文面に従って児童生徒の養護・訓練の課題 を明確にしょうとすると「偏りを示さない精薄児」には養護・訓練は不必要と いうことは少なくとも理論上は結論してよいことになる。
第1章第3節で見たように、平成元年寸寸要領の示す5分野18項目の内容が