緊急消防援助隊
福岡県大隊の活動を振り返って
早良消防署警備課長
消防司令長 岡賢一郎
1 はじめに
4月14日21時26分 当務中の庁舎で震 度4の地震に見舞われた。
緊 急 地 震 速 報 か ら 揺 れ 始 め ま で に 少 し 間 が あ っ た こ と か ら 震 源 は 海 域 で 少 し 離 れ た 場所かと楽観していたが、その直後にテレビ 画面に映し出された“熊本 震度7”のテロ ップを見て、“九州で震度7の地震が?”と 目を疑ったことを今でも鮮明に覚えている。
2 出動準備
地震発生から15分で県指揮隊の出動準備 が整い、30 分後には全出動隊の集結が完了 していたが、現地までのルート確認や高速道 路を含む道路情報、被害状況等の収集が地震 直後の混乱で思うように進まない状況の中、
出動命令が発令された 23 時、現地に向けて 出動を開始した。
3 出動~進出拠点
九州自動車道を南下、集結場所(玉名PA)
に到着する頃には、最後尾の消防車両が確認 できないほどに車列が伸びており、その光景 を目の当たりにして、指揮車内の空気が一段 と引き締まっていくのが感じ取られた。
集結場所を再出発した福岡県大隊は、南関 I C 手 前 で 道 路 管 理 者 か ら 一 時 的 に 足 止 め
されたが、その後は道路障害に遭遇すること もなく、翌 15 日未明(1時 48 分)に消防庁 か ら 進 出 指 示 が 行 わ れ た 熊 本 県 消 防 学 校 に 他隊に先駆けて到着した。
4 混乱から生まれた九州大隊
熊 本 県 消 防 学 校 に 続 々 と 進 出 し て き た 九 州 各 県 隊 と は 指 揮 支 援 隊 が 到 着 す る ま で の 間、暫定的に6県隊が協力(九州大隊を結成)
し 活 動 を 行 っ て い く こ と に つ い て 協 議 を 行 い、被害の全貌が明らかとなる日の出前には 全隊を益城町に送り出した。
振り返ると、これまで警察・自衛隊と比較 し て 自 治 体 消 防 の 弱 点 と さ れ て き た 部 隊 規 模(数)の小ささという問題を 100 隊を優に 超 え る 九 州 大 隊 の 結 成 と い う 形 で 解 決 で き たことは、今後の緊急消防援助隊の活動にと っ て い い 前 例 に な っ た の で は な い か と 考 え ている。
6 福岡県大隊長
(福岡市消防局)5 想定外の本震発生(震度7)
4月15日夕方までに指揮支援隊から指示 が 行 わ れ た 益 城 町 の 住 戸 を 一 軒 一 軒 確 認 し ていくローラー作戦が終了、各隊も熊本県消 防 学 校 に 戻 っ て き て ホ ッ と し た 空 気 が 流 れ ていた。正直、私自身、長期戦は避けられる のではないかと考えていた。
日が変わって4月 16日、引き続き、転院 搬送要請の対応を行っていた最中の1時 25 分、“何かおかしい”と思ったその瞬間に突 き上げるような衝撃と凄まじい横揺れ。
机にしがみつきながら顔を上げると、消防 車 や 救 急 車 が 夏 祭 り の ヨ ー ヨ ー の よ う に バ ウ ン ド し て い る 恐 ろ し い 光 景 が 目 に 入 っ て くる・・・
揺 れ が 収 ま る と 同 時 に 一 昨 日 の 地 震 で 被 害 が 大 き か っ た 益 城 町 役 場 周 辺 と 秋 津 川 北 側 を 中 心 に 大 規 模 に 隊 を 投 入 す る こ と を 決 定し、地震発生10数分後には九州大隊がそ れぞれの現場に出動した。
6 震度5の余震が頻発する中での救助活動 真っ暗闇の中に出動した消防隊からは、す ぐに「付近一帯が崩壊している・・・。」と いう報告が立て続けに入ってきた。特に益城 町役場周辺の宮園、安永地区、西側の馬水及 び 惣 領 地 区 に 甚 大 な 被 害 が 集 中 し て い た こ とから、九州大隊はスケールメリットを活か しながら、震度5の余震が頻発する危険な状 況 の 中 で 夕 方 近 く ま で 倒 壊 家 屋 か ら 必 死 の 救出活動を続けた。
このような危険な状況の中で、我が身を守 り な が ら も ギ リ ギ リ の ラ イ ン で 倒 壊 し た 家 屋 に 進 入 し 、 懸 命 な 救 助 活 動 を 行 っ た 隊 員
(消防・警察・自衛隊)の皆様には、改めて 敬 意 を 表 す る と と も に こ の 場 を お 借 り し て 深くお礼を申し上げたい。
最後に、被災された皆様に一日でも早く平 穏な日々が訪れることを願っております。
(地表に現れた断層)