college と university の峻別
と こ ろ で、 新 島 は、 次 ぎ の 通 り、 欧 州 の university と ア メ リ カ の college を峻別していた。
欧州ノ大学中大ブリタンヲ除クノ外、大学ノ支配ハ多分政府ノ掌握内 ニアリ、欧州大学ニ於テ授クル所ノ科目ハ大同小異アルモ大概神学、
法律、医学、理学、物理学、文学等ノ6科タリ〔略〕米国大学ハ欧州 ノ如ク3〔、〕4ノ専門学ヲ授クルモノアリト雖トモ尽ク専門科ヲ含有 スルモノニアラズ、高等ノ学科ヲ授クルモノニシテユニウオルシティー
〔university〕ノ名ヲ帯ヒズ多クハコルレジ〔college〕ノ名義ヲ以て設 置セラレタルモノナリ
(「同志社大学設立の旨趣」)103)
北米国ノコルレジ〔college〕ナルモノハ少シク欧州ノ大学ト其ノ性質 ヲ異ニシテ、コルレジナルモノハ一般ニ高等ノ普通学ヲ授業スルモノ ニシテ、或ハ専門部ヲ設置スルアリ或ハ設置セサルアリ、依テコルレ ジナルモノヲ欧州ノ大学ト同一視スベカラス、コルレジ中専門部ヲ設 ケタルアリ、或ハ全クコルレジニ付属セズシテ専門学ヲ授クル所アリ、
現今専門学校ノ全数ハ左ニ於テ見ルベシ 神学 133/ 法学 49/ 医学 114
(同上)104)
欧州の大学は、「神学、法律、医学、理学、物理学、文学等ノ6」科の「専 門学」を授ける大学である一方、アメリカにおける college とは一般に「高 等ノ普通学」を授業する大学であって、専門学を設置している場合もあれ ば、設置していない場合もある、さらに、アメリカでは、神学、法学、医 学の専門学は、college に付属しない専門学校として授けるところもある、
と述べるのである。
アメリカの大学制度について、たとえば、ハーヴァード大学とイェール 大学について、新島は具体的に次のように説明する。
「ハーウォルド・コルレジ」ハマスサチュセッツ邦ケンブリヂニアリ、
〔略〕専門科ハ神学、法学、医学、治歯学等、別ニ有名ナルローレンス 技芸学校ノ設ケアリ
「エール・コルレジ」ハ、コンネチカト邦ノニウヘヴンニアリ〔略〕専 門学科ハ神学、法学、医学、治歯学、鉱山学ニシテ、内学芸講究ノ為 設ケラレタル学校アリ、之ヲシャツフィールド技術校ト号フ105)
新島がつくろうとした Christian college と Christian university すでに論じたとおり、新島は、帰国当初から Christian college 設立の夢 を持っていた。しかし、新島自身の理解として、college とは、「高等ノ普 通学」を教える高等教育機関、すなわちリベラル・アーツ・カレッジであ り、Christian liberal arts college とは、具体例をあげれば、まさしく新島 が卒業した Amherst College である。
それでは、新島が命がけで展開した私立大学設立運動は、帰国当初から
懐いていた Amherst College のような Christian liberal arts college 設立を 具体化しようとした運動であったのであろうか。
私の研究の結論を述べれば、新島の大学設立運動には、実は、同志 社英学校を college に昇格させることと、「専門部」を設立して同志社を university にするという2つの目的があり、特に、全国に義捐金を募った のは、このうちの「専門部」設立のためであった。
このことは、1883(明治16)年に活版印刷された「同志社大学校設立旨 趣」に端的に表れている。
我輩此ニ感スル所アリ嚮さきニ明治8年ヲ以テ同志ノ友ト謀リ地ヲ京都ノ 北隅ニトシ同志社英学校ヲ設立シ、品行端正ニシテ学術練達ナル米国 人デビス氏ヲ聘シ、尋ついデ又同国ノ教師両3者並ニ教育ニ熱心ナル内国 人数名ヲ招キ普通学科ヲ教授シ、且ツ以テ世ノ弊風ヲ矯正セント欲シ、
専ラ智徳並進ノ事ニ尽力シタリシガ、未タ幾回ノ星霜ヲ更メザルニ生 徒ノ業ハ斐然トシテ精進シ、卒業ノ証ヲ受クルモノ頻々輩出スルニ至 レリ、然レトモ其教科ニ限ル所アルガ為メニ専門ノ蘊うんのう奥ヲ窮ムルニ由 ナク、世運ノ日進ト相伴ハザルノ遺憾ナキ能ハズ、是ニ於テ教科ヲ釐り 革かく
〔改革〕シテ稍やや〔順を追って〕高等ニ進マシメ、続テ大学専門部ヲ 設置シ、生徒ヲシテ各其長ズル所其好ム所ニ従テ之ヲ専攻セシメ、以 テ大ニ其才能ヲ成就スル所アラシメント欲シ、広ク之ヲ我親友及ヒ有 志者ニ謀リシニ、即チ其賛成ヲ得テ専門部設置ヲ負担スルノ委托ヲ受 クルニ至リシハ、我輩ノ宿志貫徹スルノ時ヲ得タリト欣躍ニ堪へザル トコロナリ106)
(1883年「同志社大学校設立旨趣」、下線引用者)
ここにある「教科ヲ釐革シテ稍高等ニ進マシメ」という部分は、同志社 英学校の教科を改革して高等の普通学を教える college にする、というこ とであって、「続テ大学専門部ヲ設置シ、生徒ヲシテ各其長ズル所其好ム 所ニ従テ之ヲ専攻セシメ、以テ大ニ其才能ヲ成就スル」という部分は「専 門部」すなわち専門の学部を設置して、生徒の長ずる所や好む所の学部を
専攻させて、才能を成就させ学問を完成させる、ということである。そし て、「広ク之ヲ我親友及ヒ有志者ニ謀リシニ、即チ其賛成ヲ得テ専門部設 置ヲ負担スルノ委托ヲ受クル」という部分こそ、有志が「専門部」設置に 賛成し、義捐金の負担を引き受け、設置を委託されたことを述べているの である。
ただし、当時の日本の学制は「教育令」であって、そこには「大学校ハ 法学、理学、医学、文学等ノ専門諸科ヲ授クル所トスル」(第5条)と定 められており、その制度下において既に法・理・医・文各学部と予備門(旧、
東京英語学校)をもつ東京大学が設置されており、新島の構想に於いても、
「教育令」の東京大学の枠組みを意識したものであった。
それは、「同志社大学設立之主意之骨案」に、「吾輩今ノ〔同志社〕英学 校ヲ以テ予備門トナシ、進テ大学専門部ヲ設ケント欲ス」107)とあるとおり である。
それでは、「高等ノ普通学」と「専門部」との関係を新島はどう考えて いたのであろうか。この点に付いては、新島は次ぎのように「人物を養成 する」のは「普通学」、すなわち liberal arts 教育であり、自分が最も注意 しているものである、しかし、「普通学」では教育を全うできない、教育 を全うできるのは、「大学」(専門部)である、とする。
現今〔同志社に〕在る所の学校ハ予備学校、普通学校、神学校等にありて、
吾人の最も注意すべきハ即ち普通学校ニあり。而して来秋より其の程 度を進め、愈大学の予備門と為さんとするの計画にあり。又人物を養 成するの一点も却て大学ニハあらずして、寧ろ此の普通校〔予備門=
高等普通学〕にあり。乍去普通科を以て決して教育を全ふする能ハず、
之を全ふするにハ即ち大学〔専門部〕を置くニあり108)。
(1889年「大学設立主旨」 下線引用者)
『同志社百年史』の「同志社政法学校」の章の執筆者は、同志社政法学 校の「規則書」にも「政法校始末」にも「政法学校一覧」にも「政法学校 略則」にもキリスト教という言葉は全く見られない、「キリスト教主義の
教育は、政法学校の設立の段階においてナショナルな風潮によって一歩後 退を余儀なくされていたと言わねばならない」と指摘している109)。 私も当時の時代風潮については同意する者だが、専門部としての役割 は、専門の学科の教育にこそあり、キリスト教による人物陶冶はリベラル・
アーツが担うという新島の構想に従えば、専門部としての同志社政法学校 にキリスト教の文字が無いことは、その意味で当然でもあるのである。県 立高校を卒業して同志社大学法学部で学んだ私の体験でも、学部では当然 ながらキリスト教は学ばないが、チャペル・アワーをはじめとするキリス ト教教育とリベラル・アーツ教育の流れを汲む一般教育課程で学んだ数々 のことが自分の人格形成に大きな影響を受けたことを実感しているのであ る。
新島の生前に実現した Christian college
Christian college の設立を夢見た新島が、同志社英学校の発展に従って、
Christian university をも設立したい、という抱負を持ったことは、先に引 用した彼の逝去直前の英文書簡に明確に語られている。
Fifteen years ago I had a day dream to found a Christian college….
That generous subscription of our American friends became the nucleus of the present Doshisha, which is now recognized as the best and largest Christian college in Japan….
Since 1884 I began to hope for founding a Christian university…We would put our best strength to Theology, then to Philosophy, Literature, Science, Law, political Economy, etc….
I have a full hope that my vague day-dream for a Christian university will sooner or later be realized, and that in some future we shall find a grand occasion to give thanks to Him who has led us and blessed us beyond our expectation….110)(下線引用者)
この書簡の重要な部分は次の通りである。
この15年前、すなわち同志社英学校をつくった1875年頃、私は Christian college をつくるという空想にふけっていた。
寛大なアメリカの友人からの基金は、現在の同志社、すなわち、日本に おける最良最大の Christian college の核となっている。
1884(明治17)年から、今度は、Christian university をつくる夢を見た。
その Christian university は、神学、哲学、文学、科学、法学、経済学、 等々 の学部を擁する大学である。
Christian university という私の漠然とした白昼夢は早晩実現するという 万全の希望を持っている。そして将来、我々は、我々の予想を遙かに越え て我々に恵みを与えてくださった神に感謝を捧げる機会を得ることが出来 るであろう。
ところで、この書簡の中で、新島が満足の意を込めて、同志社がすでに「日 本における最良最大の Christian college」であると述べたのは何故だろう か。
それは、先に引用した「大学設立主旨」の「来秋より其の程度を進め、
愈大学の予備門と為さんとするの計画」に関わることであった。
この文章が書かれた1889年8月における「来秋」の計画とは、同年9月 から始まる新学期から、同志社英学校の後身である同志社学院普通学部が 同志社普通学校尋常科となり、そこに、新たに高等科を加えるという計画 を指している。同志社普通学校高等科とは、まさに「高等ノ普通学」を教 えるリベラル・アーツ・カレッジを意味する。
そ の 証 拠 と し て、1889-1890年 の 同 志 社 の 概 要 を 掲 載 し た 英 文 便 覧 “CATALOGUE OF THE DOSHISHA COLLEGIATE AND THEOLOGICAL SCHOOLS FOR THE YEAR 1889-1890”111)を 示 し たい。同書に同志社の Course of Study には、Academic Course に加え て College Course があると明確に記されている(5頁)。この便覧は発行 年月が明記されていないが、冒頭の FACULTY(教職員リスト)には、
President として Rev. JOSEPH H. NEESIMA, LL. D. とあり、新島の在世中、
かつ、アーモスト大学から LL. D.(法学博士)号を受領した1889年9月27