• 検索結果がありません。

할による連体修飾構造の特徴

ドキュメント内 ――動詞連体形と被修飾名詞の共起様相―― (ページ 111-134)

この章では,現代韓国語の動詞の連体形のうち,いわゆる「未来」を表す連体形である할 による連体修飾構造の特徴について考察することにする.考察に当たっては,할をとる動詞 の語彙的・文法的特徴,被修飾名詞の語彙的・文法的特徴,そして할と被修飾名詞の関係な どについて分析を行うことにする.

まず,5.1 では,할の表す意味について考察し,5.2 では할をとる動詞の語彙的・文法的 特徴について考察する.その後,5.3~5.5 では,言語資料に基づき,할との共起頻度が高 い名詞を抽出し,その種類について述べる.そして 5.4할の構造上の特徴と할が表す意味と の関連性について論じることにする.

5.1. 할の意味用法について

할は基準時点より先の事柄や同時の事柄を表す点で,時制的に「非過去」を表す形式であり,

可能性,推測といったムード的な意味をともに表す点で,ムード形式でもある.

南基心(1978:41)は할を「未確認法」と呼び,単純に推測・推定された,未確認の事実を 表すと述べている.また,할を-겠-と同じ名称で呼ぶのは不当だとし,-겠-は話し手の意 志まで表明する点で,할と異なると述べている.71)

野間秀樹(1997a)は할について「推量や蓋然,当為的なニュアンスを帯びることがしば しばで,法的な色彩が濃いが,時間的な観点から見ると,ある設定された時より前のこと には用いないという特徴を持つ」と述べている.

前野敬美(1997)は할を「非過去・不確実」を表す形と見なし,実際の言語資料の分析に 基づき,「話し手が「今ここ」と決めた点より過去にはみ出ない限りは,未来の事態であろ うと「今ここ」の事態であろうと,話し手が「今ここ」の場に不在で事態を不確実だと判断 すれば<할>を使用することができるのである」と述べている.

村田寛(2000:113),박재연(2009)は할が「非現実」(irrealis) 72)を表すと見ている.

村田寛(2000:113)は<-ㄹ>は「意志」「当為」「予期」「可能・能力」「可能性」「推量」

といったニュアンスを実現しうるモーダルな意味を持っているとし,そのモーダルな意味とは 何かについて,次のように述べている(下線は本稿による):

<-ㄹ>の用例を考察すると,話し手が現実に存在しているという認識がある事柄に対 しては<-ㄹ>がつかわれていないことがわかる.例えば,話し手がいる発話の現場で実 際に起きている事柄を<-ㄹ>で表した例はなかったし,実際そのような事柄を<-ㄹ>で 表すことができない.このことから<-ㄹ>は「事柄が話し手の思い描く現実世界にまだ

71) 남기심・고영근(1985:311)は-ㄹは-겠-とは異なり,様態性が明確に現れないと述べている.言 語資料の調査によると,할は생각(考え),의향(意向)などの被修飾名詞と共に様態性が 明確に現れる傾向が見られた.

寺村秀夫(1993b:185-192)は「桜の花が咲く季節が再びやってきた」における修飾部の「いわば文 性’」と「‘完全’な文」との違いについて考察している.「桜の花が咲く季節」の「咲く」は,文の「咲 く」と素材概念,統叙,叙述内容という3つの要素を含む点では同じだが,「断定作用」という「陳述」を 担うかわりに,連体形をとることによって,「叙述内容と後続する「季節」との間の関係概念を担い,した がって終止形における陳述の変わりに,素材「季節」に向かって再び展叙する職能を託される。」すな わち「再展叙」であって,それは「一つの叙述が統叙によって完了して一つの叙述内容が完備している のに,それからより大規模な叙述をめざして再び展叙する職能である」と述べている.

72) 亀井孝・河野六郎・千野栄一編著(1996:220)は「現実」「非現実」の定義を明確に行わずに,「仮 想形」の説明の中で,パラオ語の動詞の形と用法を示し,「現実法(realis),非現実法(irrealis)の対 立の研究に興味深い示唆を与えるものである」と説明している.仮想形は「現実の(real)事柄や 状態ではなく,実現されていない(unreal)か,仮定されている(supposed)か,想像されている (imagined)事柄あるいは状態を示す」動詞の形である.

106

存在していないことを表す」と言えるだろう.73) つまり,<-ㄹ>は非現実の事柄を表す ムード語尾(非現実形)と言える.

박재연(2009)は,할の表す「非現実」(irrealis)が-겠-の表す「推測」や「意図」とは異な るとし,-겠-は命題に対する話し手の判断を表すが,할は命題そのものの属性を表すと述べて いる.しかし「命題そのものの属性」についての説明がされておらず,「命題そのものの属性」

とは何かが不明である.命題の内容は話し手によって捉えられるものであることを考えると,

할にも命題に対する話し手の判断が当然反映されているのではないだろうかと考えられる.

一方,할の脱時間的な意味に注目した研究がある.菅野裕臣(1986:67)は할について,

「まだ実現しない動作」と「現在」を表すと述べ,할が때(時),적(時),무렵(頃)な ど,一部の名詞につくと,「現在」を表すことがあると述べている.

남기심・고영근(1985:311)は할が때(時)と現れるときについて,その意味が不定的であ り,特定な時制を表すと言いにくいと述べている.

유현경(2009)は時制的な意味がない할を「단순관형사형」(単純連体形)と呼び,次の 3つの種類に分けている:

1) 을+시간명사: -ㄹ+때/적/무렵/즈음.後に来る名詞が総称的である場合

2) 을+의존명사: -ㄹ+따름/나름/바/수.「方法」,「手段」,「可能性」などの意味 を表し,名詞の後に来る要素も制限され,「-ㄹ 따름이다」(…するだけだ),「-ㄹ 바가 아니다」(…することではない),「-ㄹ 줄 알다/모르다」(…することが できる/できない)のような文法的なパターンを構成する.

3) 을+일반명사:「입을 옷이 없다」(着る服がない)における「입을 옷」(着る服)

のような例.被修飾名詞が特定の意味を持たず,総称的意味を持つ.

유현경(2009)では,1)と2)の構成は文法的な語尾に準ずる統辞論的な機能を果たし,3) は語彙化の過程にある可能性があると述べている.

以上,할に関する先行研究を概観した.言語資料における할の用例を見ると,할は主に 話し手が思い描く現実世界にまだ存在しないと判断する事柄を表すのに用いられる.しかし,

「그러고도 남을 여자야」(彼女なら十分そうする)の例でわかるように,話し手が実にそ うであると確信している現実の事柄を表すにも할を使うことができる.할はある事態を可能 性として提示しようが,強い確信を持って提示しようが,「話し手が自らの意図を込めたい ときに選択的に用いる形式」であると考えられる:

할:話し手が自らの意図を込めたいときに用いる形式

남기심・고영근(1985:311)が指摘しているように,할が때(時),적(時),무렵(頃)

など,一部の名詞につくと,「現在」や「同時」を表し,ムード的な意味は明確に現われな い場合がある.

할は文脈その他によって次のような意味を表す:

「予定」「可能性」「可能」「意志」「当為」「推量」…

73) 村田寛(2000:123)はここで言う「現実世界」について,「言語外現実としての客観的な現実 世界ではない.あくまでも,話し手が思い描いている現実世界であって,話し手の現実世界が言 語外現実としての現実世界と異なることも当然ありうる.話し手の現実世界においてはウサギが しゃべりながら餅をついても一向にかまわないのである」と述べている.

107

そして語用論的に話し手の対象に対する「評価」や「強調」を表す機能をする.74)

この点,하는と한がある事態を既存の事実として述べるに留まる点と決定的に異なる.

하는と한はある対象の状況を「描写」する働きをするのに対し,할はある対象に対する話し 手の「評価」「強調」を表す働きをするようである.

할は文脈によって次のような意味を表す:

할:話し手が自らの意図を込めたいときに用いる形式であり,할は文脈によって,

「予定」「可能性」「可能」「意志」「当為」などを表し,語用論的に対象に対する

「評価」や「強調」を表す機能を果たす.

5.2. 할をとる動詞の語彙的・文法的特徴

ここでは,할をとる動詞にはいかなるものが多いのかについて考察することにする.할を とる動詞については,主に動詞の自他,および<意志動詞>か否かという点に注目すること にする.

5.2.1. 할をとる頻度の高い動詞

言語資料における할をとる動詞は異なり語数 1,562 種(単純動詞)であり,総 30,511 例 である.頻度順に上位 50 位までを示すと次の表の通りである.数字は할をとる頻度であ る:

하다(する)3,823/보다(見る)1,786/되다(なる)1,250/가다(行く)878/

모르다(知らない)574/받다(もらう)506/오다(来る)374/죽다(死ぬ)359

/나오다(出る)335/먹다(食べる)311

これらの動詞は意志動詞として用いられる場合が多い.하다(する)を例として取り上げ ると,하는と한の場合は「목적으로 하는」(目的とする),「모습을 한」(様子をした)

のように,無意志動詞的に用いられる場合が多い.それのに対し,할の場合は次の例のよう に,意志動詞的に用いられる場合が多い:

(279) 남편은 남편 대로 할 말이 있다. <BTHO0376>

主人は主人なりに言うこと(lit.言う話)がある.

なお,할をとる頻度が高い動詞はコーパスにおける総頻度でも非常に高い頻度を見せる動 詞である.それに対し,コーパスにおける総頻度では 34 位である죽다(死ぬ)が할をとる 頻度では 8 位であり,相対的に할と高い頻度で現れていることがわかる.それでは,コー パスにおける総頻度に対する할をとる頻度の割合が高い動詞上位 10 位までを示すと,次の 通りである.括弧内は総頻度に対する할をとる頻度の比率を示す:

74) 中西恭子(2002:16)は할の用例のうち「어머닌 그때 형을 뒷바라지하느라 죽을 고생을 했 던 거야」(母さんはそのとき,兄さんの面倒をみるのに死ぬ<ほどの>苦労をしていたんだ)

という用例には,「及ばないことを前提とした「(程度の甚だしい)比較」を示す,いわば

「程度の比程」とでも呼ぶべき機能がある」と述べている.中西恭子(2002:16)で引用してい る用例の「죽을」(死ぬ)は「苦労をした」ことを強調するために使われており,「죽을 고 생」(死ぬ<ほどの>苦労)における죽을(死ぬ)も,「強調」の機能を果たしていると見 ることができる.

ドキュメント内 ――動詞連体形と被修飾名詞の共起様相―― (ページ 111-134)

関連したドキュメント