この章では,現代韓国語の動詞の連体形のうち,いわゆる「現在」を表す連体形である하 는による連体修飾構造の特徴について分析・考察することにする.考察に当たっては,하는 をとる動詞とそれに先行する要素,被修飾名詞,하는と被修飾名詞の関係などに重点をおい て分析を行うことにする.さらに,하는連体修飾構造と하는の表す意味との関連性について も考察する.
なお,これ以降,하는,한,할をとる総頻度のうち,하는との共起頻度が一番高い名詞を
<하는志向名詞>と呼ぶことにする.한,할についても同様である.
そして動詞についても同様に,하는,한,할をとる総頻度のうち,하는をとる頻度が一番 高い動詞を<하는志向動詞>と呼ぶことにする.한,할についても同様である.
まず,3.1 では하는の意味機能に関する従来の研究をまとめ,하는の意味用法について規 定する.そして3.2では言語資料を用いた計量作業を行い,하는をとる頻度の高い動詞を抽 出し,それらの動詞の語彙的・文法的特徴について分析を行う.その後,3.3 では,言語資 料を用いた計量作業を行い,하는と共起する頻度の高い被修飾名詞を抽出し,その種類につ いて述べる.その後3.4と3.5では하는の構造を「内の関係」「外の関係」に分類し,それ ぞれの特徴について分析を行う.そして最後の3.6では,<하는志向名詞>が한や할と共起 する際の特徴について述べる.
3.1. 하는の意味用法について
ここでは하는の意味用法についての従来の研究をまとめ,하는の意味用法について考察す ることにする.
하는の意味に関する先行研究には,第一に,하는をテンスと見る立場と,第二に,アスペ クトあるいはムードと見る立場,第三に,テンスとアスペクトあるいはムードを併せ持って いると見る立場がある.
まず,하는がテンスを表すとしているものは,하는を「現在」あるいは「非過去」を表す と見ている.菅野裕臣(1986)は하는を「非過去」を表す形式であるとし,具体的に「現在」,
「習慣的動作」,「未来」,「一般的な事柄」を表すと述べている.
연세대학교 언어정보개발연구원 편(1998:413)は「언어는 사람들을 결속시키는 힘을 가 지고 있다(言語は人々を結束させる力を持っている)」のような用例を挙げ,하는が「구 체적인 시간을 떠나서 일반적인 행동이나 상태 그 자체만을 나타냄(具体的な時間と離れ た,一般的な行動や状態そのものを表す)」と述べている.
次に,하는がアスペクトを表すとしているものには南基心(1978)がある.南基心(1978)は 하는について完了相,未定相,断続相以外のものと規定している.
そして,하는がテンスとアスペクトの両者を表すという立場をとったものとしては,
서정수(1996),野間秀樹(1997a)などがある.野間秀樹(1997a)では하는が「動詞と存在詞 にのみ用いられ,ある設定された時に,そういう状態にある,既にそういうことになって いるということを表すことが多く,時制的な性格が濃い」とすると共に,「目の前で起こ っている事実であれ,習慣的や反復的な動作であれ,これから先に起こることであれ,ど れをとっても,いわば「既然」的な性格が濃い形である」とし,하는を「既然形」と呼ん でいる.
最後に하는がムードを表すと見ているものには,배진영(2001),中西恭子(2002)がある.
배진영(2001)は-는を-느-と-ㄴの結合形と見て,目の前に起こりつつある状況を叙述する のが,-느-のもっとも基本的な意味であり,話し手が事態を確定的なものと判断するか否 かによって,冠形節標識の-ㄴまたは-ㄹが選択されると述べている.
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一方,中西恭子(2002)は野間秀樹(1997a)で挙げている하는の意味のうち,「既にそうい う こ と に な っ て い る 」に 対 し , 「 厳 密 に い えば , 「 既 に そ う い う こと に な っ て い る ものとする. . . . .」となろう」とし,하는の法性について述べている.
中西恭子(2002)は하는を할との使い分けとの観点から,하는の表す意味について研究を行 った.同稿はまず,하는の意味機能を「有限的進行」「非有限的進行」「非進行」「補完的 説明」「付加的説明」「形式的修飾」に分け,(41)~(44)のような「非進行」および「形式的修 飾」の一部で,「할との境界が曖昧で,その使い分けには発話者が当該事態をどのようにみな しているか――すなわち法性――が大きくかかわっていることは否定できない」と述べてい る:
(41) (略)…30 일부터 미국 시애틀에서 시작되는 세계무역기구(WTO)뉴라운드
협상에 임하는 기본방침을 정리했다.
30 日からアメリカ・シアトルで始まる世界貿易機構(WTO)ニューラウンド協商 に臨む基本方針をまとめた.
(42) “선혜 씨가 이 다음 찾는 별은 어느 별일까 생각했습니다.”
「ソネさんが次に求める星はどんな星だろうかと考えていました」
(43) 그러나 저녁 전에 올 수 있을지 없을지는 일단 나가봐야 아는 일이었다.
しかし夕飯前に戻れるかどうかは,ともかく出かけてみてこそわかる<出かけて み なければわからない>ことだった.
(44) 때문에 당장은 북쪽에선 북한돈을, 남쪽에선 한국돈을 쓰는 일이 벌어질지도
모른다.
そのため当面は,北側では朝鮮民主主義人民共和国の金を,南側では大韓民国の 金 を使うということが起こるかもしれない.
中西恭子(2002:28-29)は「ある事態に向けられる発話者の態度」を「法性」と規定し,
「事態を所与として提示する」という態度も,当然その範疇に含まれるだろうと述べ,하는 の法性について,「事態に対する実現可能性の判断は保留したまま,それをとりあえず所与として 提示する態度である」と規定している.
以上の先行研究を総合的に考えると,하는はある基準時点以前の事柄について述べることは ない点で,テンス的には「非過去」37)を表す.しかし実際の用例を見ると,하는は具体的な 時間から離れた一般的・恒常的な事柄を表す用例が圧倒的に多い.
次に,アスペクト的な観点から하는を規定すれば,하는は「終わっていない事柄」を表す 点で,アスペクト的に「未完了」を表す.
最後に,하는はある事柄を既存の事実として客観的な態度で述べる点で,ムード的に「直 説法」を表す.
37) 伊藤英人(1989)は非過去形の基本的なテンスの意味は,「未来」と「現在」を表すとし,
「現在には,発話時をまたぐ特定の時間に成立することがらを表すアクチュアルな現在と,
発話時をまたいで過去と未来に大きく広げられた時間帯に,動詞の示すことがらが潜在的に 存在することを示す非アクチュアルな現在とが含まれる」と述べている.伊藤英人(1989:8)は
「非過去」を表す終止形한다が「未来」を表す用例は「なんらかのムード的なニュアンスが 多かれ少なかれつきまとうことが多い」と述べているのに対し,連体形하는には「意志」
「予期」といったムード的なニュアンスがつきまとう例は見られない.
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続く 3.2,3.3 では,하는をとる動詞と被修飾名詞について調査し,하는の実現する意味
との関連についても考察することにする.分析の基準となる하는の意味用法を次のように整 理しておく:
① 「現在」:
하는が基準時点を中心としたひとつの特定の時間に行われる事柄38)を表す.
(基準時点に動詞の示す事柄がまさに起こっているものから,基準時点をまたいで前 後にひろがった時間帯において事柄を起こるものもある)39)
(45) 그 소리는 멈추었다가는 또 들리고 멈추었다가는 또 들리고 했습니다. 어디서
나는 소리일까. <BTGO0343>
その音は止まってはまた聞こえ,止まってはまた聞こえたりしました.どこから 聞こえてくる音だろう.
(46) 새로울 것도 진부할 것도 없는, 요즘 유행하는 스타일이었다. <BTBF0252>
新しいところも古いところもない,最近流行しているスタイルであった.
② 「超時」40):하는が基準時点を中心としたひとつの特定の時間に行われる事柄ではない,
一般的・恒常的な事柄を表す.
(47) 여성을 대상으로 하는 방송 프로그램의 사회자들이 가장 많이 하는 질문이
있다. <BTHO0395>
女性を対象とする放送番組の司会者がもっとも多くする質問がある.
38) 「時間的局在限定性」があるとも言う.時間的局在限定性とは,「ある事象が時間の流 れの中における相対的に短い時間に存在する“特定の場面”に存在しているかどうかということ に関する時間的,空間的な概念」(浜之上幸(1992:10))である.
伊藤英人(1989:7)は現在を「アクチュアルな現在」と「非アクチュアルな現在」に二分して いる.「アクチュアルな現在」とは「発話時をまたぐ,もしくは発話時のなかにおさまるあ る特定の時間にことがらがなりたつものであり,「非アクチュアルな現在」とは,「発話時 を含む時間帯に動詞によってしめされる事柄が潜在的に存在しているようなものである」と 述べている.そして「前者は時間的局在性を含み,後者は動詞の示すことがらが主体や対象 の質的側面などとしてとりたてられているという意味において時間的非局在性を含む」と述 べている.
39) 伊藤英人(1989)における「アクチュアルな現在」の意味定義を引用した.
40) 山岡正紀(2000:209)は超時制時を「特定時間との関係づけができない一般化された時制 意味」と定義している.山岡正紀(2000:208)では「叙述」という文機能によって必然的にも たらされる時制意味が超時である」とし,「非過去時制辞に対応する時制意味を現在と解釈 すると,発話時という特定時間に限定されるため,<叙述>という文機能になじまない.そ のため,現在とは異なる超時の時制意味解釈が必要である」と述べている.
남기심・고영근(1985:304-305)は現在時制の用法として時間に関係ない普遍的な事実を叙 述する用法があると述べている:
사람은 만물의 영장이다. 人は万物の霊長である.
そしてこのような現在時制の用法は時制の特性である指示性と関係ないため,時制とは関 係ないが,一般的に時制の領域で扱っていると述べている.