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한による連体修飾構造の特徴

この章では,現代韓国語の動詞の連体形のうち,いわゆる「過去」を表す連体形である한 による連体修飾構造について分析・考察することにする.考察に当たっては,한をとる動詞 の語彙的・文法的特徴,被修飾名詞の語彙的・文法的特徴,そして한と被修飾名詞の関係な どについて分析を行うことにする.また한連体修飾構造の特徴と한の表す意味との関連性に ついても考察する.

4.1 では한の意味用法についての従来の研究をまとめ,4.2 では,言語資料に基づき,한 をとる動詞の語彙的・文法的特徴について分析を行う.その後,4.3 では,한と共起する被 修飾名詞の特徴について述べ,4.4~4.6 では,한の構造を「内の関係」「外の関係」に分 類し,それぞれの特徴について分析を行う.最後の 4.7では,<한志向名詞>が하는や할と 共起する場合の様相について考察する.

4.1. 한の意味用法について

まず,時制の観点から,한を「過去」を表すと見る研究には,李翊燮・任洪彬(1983),

남기심・고영근(1985),菅野裕臣(1986)などがある.

남기심・고영근(1985)は한が普通「過去」を表すが,動詞の意味が結果性を持っていると 完了的な用法を表すこともあると述べている.

菅野裕臣(1986)は한が「過去」を表すとし,「(一部の動作で)現在の状態」を表すと述 べている.

中島仁(2002)は한の表す意味を動詞のアスペクト的クラス(浜之上幸(1991))と関連付けて 考察し,한が「現在と切り離された過去の事柄」を表す場合にのみ,한をとる動詞に制限が ないとし,한を「過去」を表すテンス形式と規定している.

次に,アスペクトの観点から,한を「完了」を表すと見る研究がある.

南基心(1978)は한を「過去」だと規定すると,どの時点を基準とするかというのが不明で あり,言語外的な状況によって不規則的に決定されもすると述べている:

(173) 읽은 책도 다시 읽겠다.

読んだ本も再び読む.

また,上の例の읽은(読んだ)は動詞が表す動作がいつ起こったことなのかについては何 も語っていないため,「-ㄴ」は時制以外のものであり,「完了の相を見せるというのがも っとも妥当な解釈であるだろう」と述べている.

金倉燮(1987)は한の表す状況が現在や未来にあり,その意味を絶対時制としても,相対時 制としても解釈できない例文が存在するとし,58) 動詞に結合した한は相対時制や絶対時制 による過去を表すわけではなく,動詞の語幹が指し示す状況が完全に成立した,またはその 成立の結果が持続することを表すと述べている:

(174) 나는 내년에 이 빈터 위에 우리 집이 지어진 모습을 상상하고 있어.

私は来年この空き地に私の家が建てられた姿を想像している.

野間秀樹(1997a:125)は「「過去形」と呼ばれる한は,終止形の-았/었-,つまり,했다 形 と 平 行 す る も の の よ う に 論 じ ら れ る こ と が 多 い . し か し 終 止 形 に お い て は <하고

58) 発話時を基準としても,上位節の時を基準としても,基準時点以前の事柄として解釈できない例 は,(174)のように話し手が한で表される状況を想像する場面や具体的な時間と離れた「単なる 状態」を表す場面に限られるようである.

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있었다>というアスペクト形式との承接が多用されるのに対し,連体形においては<하고 있은>という承接がきわめて稀である点で,両者は著しい差を見せていることに注目した い.実は한自体がそもそも相当に「完了」や「結果」とでもいうべきアスペクト的性格が 濃いために「進行」や「持続」的な<하고 있다>とは承接に齟齬をきたすのかもしれな い」と述べている.

吳充淵(2012)は「-ㄴ」は基本的に「静態性」を基盤としていると仮定し,「-ㄴ」が静 態動詞(形容詞)と結合する場合は,原型的な冠形語句になるが,それが動詞性のある動詞 と結合する場合は,「完了」または「完了後の結果状態」を表し,59)「静態性」を表すよう になると述べている.

以上の先行研究を参考しつつ,한の用例を考察すると,한はアスペクト的な性格が濃い形 式であるということがわかる.その根拠は次の通りである:

1) アスペクト形式との承接が難しい.

2) 動詞の示す事柄が終わり,現在に持続的に関与していることを表す場合は했던や 하던との置き換えが不可能である.

3) 明確に「過去」を表す한は했던に置きかえうる.

4) 「천진해 보이다」(無邪気に見える)の보이다(見える)のような<内的認知

動詞>の過去形は보였던(見えた)となるのが一般的であり,보인(見えた)

になるのは極めて稀である.한を「過去」を表す形式と規定すると,動詞によ って連体形のテンス体系が異なる結果となる.

以上のような根拠から,한は吳充淵(2012)が述べているように,「完了」または「完了 後の結果状態」を表し,「静態性」を表す形式であると見ることができる.한はある基準時 点以前のことについて述べる点で,点としての事態の前後関係を問題にするテンスの観点か らは「過去」を表すと言える.しかし,한の用例を見ると,한は基準時点より以前の事柄の 成立よりも,むしろその結果としての現在の状態を表す場合や,複数の動作のうち先行する 動作を表す場合が圧倒的に多い.

例えば,「창 가로 온 엄마가 나에게 손짓했다」(窓際に来た母が私に手を振った)に おける「창 가로 오다」(窓際に来る)という動作は,손짓하다(手を振る)という出来事 の時点より先行し,2 つの動作は共に「現在」の領域に納まっていると考えられる.온(来 た)を왔던(来ていた)に言い換えることができないのは,왔던(来た)になると,明らか に過去の動作を表すため,손짓하다(手を振る)という動作に繋がらないからである.この ように考えると,한はテンスの観点から,「現在の過去」のように規定することもできる.

さらにムード的な観点から言えば,한は하는と同様,話し手が動詞の表す事態を既存の事 実として客観的な態度で述べるという機能を持つ形式である:

한:動詞の表す事態が完全に終わり,その状態が基準時点においても有効であることを 表す形式

한は文脈によって次のような意味を表す:

59) 吳充淵(2012)は「-은」が,形容詞を除いたすべての動詞に「完了性」を与えるとしている.

しかし,本稿の言語資料の調査によると,例えば,서성거리다(うろつく)のような<動作継 続動詞>は「-은」との結合する自体で「完了」を表すというより,主に「서성거린 끝에」

(うろついていたすえに),「서성거린 적이 있다」(うろついたことがある),「서성거린 뒤」(うろついた後)のように,끝(末),적(時),뒤(後)のような被修飾名詞とともに 使われることで,「完了」を表すようになる傾向が見られる.

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① 「過去」:動詞の表す事態が終わり,現在の状況に関与していない.했던に置き換 えうる.

(175) 조용히, 아무 마찰 없이 떠난 사람들은 예전에 마을에 함께 살 때도 조용히

사는 걸 좋아한 사람들이었다. <BTEO0295>

静かに,何の争いもなく離れた人たちは,昔,町に一緒に住んでいた時も静かに 暮らすのが好きな人たち(lit.静かに住むのを好んだ人たち)であった.

(176) <…>단어 한마디를 가지고 오랜 시간 머리를 싸매고 고민한 학자들의

일화가 적지 않다. <BTGO0345>

<…>単語1つで長い時間頭を抱えて悩んだ学者たちの逸話が少なくない.

② 「完了」60):動詞の表す事態が終わり,現在の状況に関与していることが文脈上 明確な場合.基準時点において行われる複数の動作のうち先行する動作を表す 場合がある.

(177) 새로 만든 둥지에서는 다른 텃새들이 열심히 제 삶을 살았답니다. <

BTGO0097>

新しく作った巣では他の留鳥たちが一所懸命それぞれの一生を生きましたよ.

(178) 농부는 놀란 마음으로 조심스레 그곳을 파헤쳐 보았습니다. <BTGO0362>

農夫は驚いた状態で(lit.驚いた心で)注意深くそこを掘り返してみました.

③ 「現在の状態」:動詞の表す事態が終わり,その結果が現在の状態として存在して いることが文脈上明確な場合.「해 있는」,「하고 있는」と置き換えうる場合 がある.ある状態をその起源をまったく含意せずに表す.

60) Comrie, B.(1976:52)は完了(perfect)を次のように規定している:

The perfect is rather different from these aspects, since it tells us nothing directly about situation in itself, but rather relates some state to a preceding situation.(中 略)

More generally, the perfect indicates the continuing present relevance of a past situation. This difference between the perfect and the other aspects has led many linguists to doubt whether the perfect should be considered an aspect at all.

(「完了」はこれらのアスペクトとは多少異なる.なぜなら,これはわれわれに状況 自体については何も直接に言及せず,ある状況をそれに先行する状況と関連させる.

(中略)一般的に,「完了」は過去の状況の現在への持続的な関与を表す.このよう な「完了」と他のアスペクトとの相違は,言語学者らが「完了」をアスペクトとして 考えるべきかどうかについて疑念を抱かせる)(日本語訳は本稿筆者による)

亀井孝・河野六郎・千野栄一編著(1996:9)によると,「完了」とは「自己の内的・抽象的限界に達し た動作」を表す.そしてこの定義はロシアで知られている2つの完了体の定義のうち,ヴェノグサトー フの見解であるとし,そこでいう「限界」とは,「あるポイントに達したとき動作がなすべきことをなして中 止されなければならない,そのポイントを意味する」と述べている.

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