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高齢末期がん患者が語る生きがい

ドキュメント内 語りからみる高齢者の生きがい.doc (ページ 105-127)

 

  ここでは、筆者がボランティア活動を通してかかわりをもった4事例から、高齢末期がん 患者の生きがいを検討する。その前に死の臨床(Care of death and dying)、つまりターミ ナルケアへの関心がむけられるようになったきっかけや、その実際について簡単にまとめて おく。

5-1

  死の臨床の歴史と実際 31

医学のゴールは病気を治し、命をできるだけ長く保つこと、そのような治療中心、延命主 義の傾向が加速され、死にゆく人々や治癒不可能な病を抱えている人々への関心が薄れ、患 者と家族を、孤独と苦しみの中に閉ざしてしまうことになっていった。病院で死を迎える人 が多い中、愛する人の臨終さえも、多くの器機に囲まれ、死にゆく人の傍らであたたかく看 取ることができない、言わば「死の医療化」が助長されてきた。

1967年、ロンドン郊外において、イギリスの女医シシリー・ソンダースは、末期がん患者 を収容した聖クリストファー・ホスピスを創設した。これが現代のホスピスのはじまりである。

Saunders(1978)は、過度に高度化した医療の流れに対して、死は誰にも避けられない自 然な出来事として敬意をはらい、できるかぎり苦痛を緩和し、死にゆくプロセスを共に向き 合うという理念のもと、病める者を最期まであたたかく看取るという徹底的なケア(Care)

の実践を説いたのである。それは、患者を全人的にとらえる、全人的医療(Holistic Medicine)

の提起でもある。また同時期に、スイス生まれの精神科医キューブラー・ロスが、On Death and Dying(邦題:死ぬ瞬間)を発表し、死にゆく患者がどのような心理的プロセスをたど るのか、末期患者へのインタビューを通して明らかにした(キューブラーロス, 1971)。

これらを大きな契機として、現代医療への批判と反省から、死の臨床(Care of Death and Dying)、言い換えればターミナルケアが注目されることになっていったのである。とくに米 国におけるホスピス運動は、尊厳と希望のあるいのちの終わりを迎えたいという末期患者の 人権を求める草の根的な運動を通して展開していった。

ホスピスのプログラム 

ホスピスというのは、単に設備や施設のみを指すのではない。主として末期がん患者のた めのさまざまな援助プログラムを提供しようというケアのコンセプト、および実践の総称で ある。ホスピスケアの特徴をあげてみると、まず患者と家族は一つのケアのユニットとして 捉えるということである。このような患者と家族の様々なニーズに対応するためには医師や ナースの他に、ソーシャルワーカー、カウンセラー、チャプレン(病院つき牧師)、栄養士、

音楽療法士、ボランティアなど、各分野の専門職が協力してチームケアを行う(デーケン他, 1991)。

また重要なことは、患者のクオリティ・オブ・ライフを高めることであるが、ターミナルケ

アにおいては、生命の質や人生の質といわれることが多い。患者のクオリティ・オブ・ライフ を高めるためには、適切に症状マネージメントを行うことや、環境面への配慮、たとえば、

ホスピス内における雰囲気の明るさ、希望にあわせた入浴や食事時間、面会時間の確保など も必要とされる。

わが国の現状 

わが国の施設としてのホスピスの誕生は、1981年、聖隷三方原病院(静岡県)の院内独立 型のホスピス棟開設をはじめとする。その後、院内病棟型として 1984 年に淀川キリスト教 病院ホスピス病棟(大阪府)、独立型として 1993年にはピースハウス病院(ホスピス)(神 奈川県)が設立されている。現在わが国の緩和ケア病棟承認施設は、105施設 1971病床と なっている(2002年8月1日現在)。緩和ケア病棟とホスピスは、ほとんど同じ意味で使用 されているが、わが国では緩和ケア病棟が公式の名称になっている。

ホスピス誕生以前の1970年代から、わが国でも死の臨床へ関心が向けられてはいた。1973 年、淀川キリスト教病院の精神科医の柏木哲夫がOCDP(the Organized Care of the Dying

Patient)と呼ばれる末期がん患者へのチームアプローチを開始し(柏木 1977)、1974年には

河野胃腸科医院の河野博臣による『死の臨床―死にゆく人々への援助』(医学書院)(河野  1989)が出版された。なおわが国では死の臨床という言葉を最初に用いたのは河野である。

1977 年、鈴木内科医院の鈴木荘一は在宅で患者を看取るミニ・ホスピスを開始し(鈴木

1985)、1978年には日本大学の岡安大仁と季羽倭文子を中心に、日本大学付属板橋病院にお

いてターミナルケア検討会が開始されている(岡安 2001)。

末期がん患者の Spiritualの側面 

Saunders(1988)は、その数多くの臨床経験から、末期がん患者には、身体的痛み、心 理的痛み、社会的痛み、Spiritualの痛み(Spiritual Pain)の4つの痛みがあり、それらは 複雑に絡み合っており、全体的苦痛(トータルペイン:total pPain)として捉えるべきであ ると強調した。

特に末期患者は、不公平な現状や過去の事象への激しい怒り、自分自身に価値が見出せな くなったなどの深い苦悶、言わば人生の意味を求める―Spiritual―苦痛を経験し、それに対 処するための助けを必要としているという(Saunders 1988)。Spiritualの苦痛に含まれる 意味、重要な感情として、不公平感、無価値感、絶望感、罪責感、孤独感、脆弱感、遺棄感、

刑罰感、困惑感、無意味感が挙げられている(ケイ, 1994)。

がん患者の Spiritual ニーズに関しては「人生の意味や目的への必要性(the need for meaning and purpose in life)」「愛を与える必要性(the need to give love)」「愛を受ける必 要性(the need to receive love)」「希望や創造性の必要性(the need for hope and creativity)」

(Highfield, et al, 1983)、また「意味への探索(search for meaning)」「許しの感覚(sense of forgiveness)」「愛の必要性(need for love)」「希望の必要性(need for hope)」「宗教性

(religious)」などとされている(Schoebeck, 1994)。

  これらを見てくると、Spiritualニーズは人生の意味や目的への求めとされ、生きがいと大 きく関係してくると言えよう。

欧米においては、医師、ナース、チャプレン(病院つき牧師)、ソーシャルワーカーなどさ まざまな立場から、Spiritualケアに関する研究が行われ、どの領域でもSpiritualケアの重 要性が強調されている(鶴若他, 2001)。それは祈りや聖書を読むなどの宗教的ケアだけでは なく、傍らに寄り添う、コミュニケーション、尊敬の念をもって接するなどが基盤とされて

いる(Saunders, 1988)。筆者が1996年に訪問したアメリカのノーザン・バージニア・ホスピ

スでも、当ホスピスが求める目的として、患者のSpiritualの側面をサポートする、Spiritual ケアがあげられていた。

わが国でも、臨床を中心とした全人的ケアのあり方をさまざまな立場から追求するために、

1977年に発足した日本死の臨床研究会などを通して、医療従事者を中心に、末期がん患者の

Spiritualの側面やそれらへの対応が検討されてきた(鶴若他, 2000)。  

 

5-2

  調査目的および調査方法 

第4章では、さまざまなグループの高齢者の語り(ナラティヴ)をもとに、高齢者の生き がいについて検討してきた。特に5-1で末期がん患者のSpiritualの側面を取り上げたが、

これらはまさに人生の意味や目的にかかわるので、生きがいと大きくかかわってくる概念と 言えよう。そこで、筆者のホスピスでのボランティア活動の中で得られた、高齢末期がん患 者 4名の対話記録から、末期がん患者のSpiritualニーズはどのように表現されるのか、ま た臨死期にある人の生きがいとはどのように表現されるものなのかを検討することを目的と する。

筆者は1998年8月より週2日、都内の緩和ケア病棟でボランティア活動を行っている。

以下は特に面接場面を設定せず、筆者が一ボランティアとしての役割を果たす過程において 得られた患者との対話記録32である。患者との対話のすぐ後メモをとり、できるだけ正確な 記録が残せるようにと、その日のうちに対話を記録した。これらは対話記録の全てではない。

場面は時間の経過に従っている。患者の詳しいプロフィールについてはプライバシーの観点 から公表するのを控えた。なおこの対話記録は國枝欣一牧師・カウンセラー(東京新教会)

に指導を受けた(以下の対話記録のA, B, C, Dは患者、Vは筆者)。

5-3

  調査対象者の基本属性 

表 7  高齢末期がん患者の基本属性 

 

事例 性別 年齢 対話日数

A 女 85 46日

B 女 89 47日

C 女 85 48日

D 男 63 49日

5-4

  高齢末期がん患者の事例

A

   

【場面A-1】(99/05/19)

A1:痛いよ、痛いよ。

A2:こんなのもう嫌だ、早くここからでたい!でも迎えに来てくれないと帰れない。支度す るから手伝ってよ!

V :今まで住んでいた自宅に帰りたいのですね。

A3:そうだよ。もう!殺しちゃえば、いいんだよ!生きていたってしょうがない!

V :Aさん……。

A4:何〜にもできなくなっちゃった!どうする?どうするよ!

A5:私だけがいつも辛い目にあっている、自分だけが苦しい思いをしている。もう世の中に は戻れないんだ。

V :戻れないんですね……。

A6:そうだよ、戻れないんだよ。ああ〜!観音様に抱かれたい……。

V :観音様はどんな感じですか?

A7:奈良の大仏みたいな、大きいの。

V :私も奈良の大仏見ましたよ。大きくて包容力があって。

A8:そうだよ。ああ、死んでも生きていても同じ。私は、何もかもやってきた。私の身の上 はあんたにも役に立つからよく聞くんだよ。

【場面A-2】(99/05/31)

A9 :ここはどこなのよ?どうなっちゃっているの?何も説明されてない!ここへ連れてこ られちゃった。

V :Aさん、大丈夫ですか?。

A10:普通に歩きたいよ!。

A11:何なの、私!こんなになっちゃって!どうするよー!。

A12:私には自由がないんだよ!

車椅子で院内を散歩する。

A13:今日は兄さんと弟がきたけど、どうなっちゃっているの!

【場面A-3】(99/06/10)

午前中、ナースと買い物に出かけ、稲荷寿司とオレンジジュースを購入した。最近は一階の喫 煙所でたばこを吸うことと、売店で買い物することがAさんの楽しみになっている。午後車椅 子で一緒に売店へ行く。

V :(買い物の後)たばこを吸いますか?

A14:もちろん吸うよ   この後外に出ると、

A15:やっぱり気持ちがいいね

女性  85歳 

ドキュメント内 語りからみる高齢者の生きがい.doc (ページ 105-127)

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