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語りから浮かび上がる生きがいの諸相6-1-1 生きがいの一つのモデル
第4章 高齢者の語る生きがい、第5章 高齢末期がん患者の語る生きがいから得られた 知見をふまえて、ここでは生きがいの一つのモデルを提示したい。図1がそのモデルである。
人々に生きがいを感じさせるものとして、次の5つが示唆された。
① 連帯感
② 充実感・満足感・幸福感
③ 達成感・追求感
④ 有用感
⑤ 価値
これら5つはそれぞれ独立して分かれているわけではなく、相互に関連しあいながら生き がいというものを構成していると考えられる。6-2-2 で詳しく述べるが、これらには過去、
現在、未来へという時間の流れが関係している。また 6-1-3で詳述するが、これらと大きく 関わるものとして自己および人生の肯定が抽出された。
伝承 誠実
⑤ 価値
愛
自立 自 由
希望
感謝
より良い死
信 仰
挑戦 社会
家族
自然
他者
神 仏 先祖
① 連帯感
コミュニティ 友人 組織 家庭円満
健康 生存
現在の生活
経済 今までの人生
② 充実感・満足感・幸福感
平穏
社会
他者
家庭
地域
友人
④ 有用感 図 1
③ 達成感・追求感
趣味活動
健康維持
自己向上
創造的活動
仕事
奉仕活動 スポーツ
それぞれに関して若干の説明を加えることにする。
① 連帯感は、自分が自分以外の何かと連帯しているという感覚である。それは、家族(子 供、孫、配偶者、親族を含める)、社会、友人、他者、コミュニティ、神・仏・先祖、自然、
組織などとの関係性を通して得られるものである。多くの事例から、生きがいとして人や社 会との交流が挙げられていた。特に、趣味活動、デイケアへの参加、ホーム内のクラブ活動 への参加は、参加そのものよりも、むしろ参加により得られる人との交流に意義が見出され ていた。人間というのは誰かとつながっていたい、コミュニケーションをとりたいという欲 求を強く持ち、それらが人に生きていくという喜びを与えるものだと示された。
② 充実感・満足感・幸福感は、生活全般から得られる安定や充実を示している。健康を享 受できていること、生きていることそのもの、現在の生活、経済的状況、家庭が円満である こと、平穏であること、今までの人生などへの満足感・幸福感である。
③ 達成感・追求感は、何かを達成するまたは追求しているという感情・感覚である。自己 の向上を促すような学習、趣味活動、奉仕活動、創造的活動、スポーツ、仕事、健康維持な どにおける達成・追求を行うことである。これらの種々の活動から得られる充実感も指摘さ れてはいたが、多くはそれらに取り組む姿勢やプロセスなどが重要と考えられているので、
③ 充実感・満足感・幸福感ではなく、③ 達成・追求感の領域に含めた。健康維持に関して は、通所リハビリテーション・デイケア対象者にみられるような、障害の克服や維持、また 新老人の会対象者の多くに見られた運動や栄養管理などであり、健康への充実感というより、
健康維持の追求を意味している。
④ 有用感というのは自分の能力を発揮して、何ものかのために役に立っている、貢献して いると思える感情・感覚である。それはすなわち、家族、社会、友人、他者、コミュニティ などに対して、自分が必要とされていると感じさせるものである。
⑤ 価値は生きていく上で何を大切にして暮らしているのか、そなわち個人の生き方に関係 する領域である。その人の信念や生活信条にかかわるものと言える。対象者の多くは、生き がいに関する語りの中で自分はいかに生きるのか、どうやって生きてきたのかという人生の 指針や哲学を語っていた。愛、信仰、感謝、希望、自由、自立、伝承、誠実、より良い死、
挑戦などが抽出された。伝承というのは、今まで自分たちが培ってきた文化を若い世代に伝 える、また若い人に自分達の生き方を伝えるという形で表現されていた。自立に関しては、
迷惑をかけたくないなどの表現とともに身体的な自立に焦点が置かれていた。
それぞれの対象者の属するグループによって、特徴的な違いも抽出された。4-6-3 で詳し く示したが、どのグループにおいても生きがいとして① 連帯感、② 充実感・満足感・幸福 感は共通して表現されていた。
新老人の会対象者においては、③ 達成感・追求感や④ 有用感がより重要であると示され ている。自分の楽しみを追求することや人の役に立つことが生きがいであると考えられてい る。
通所リハビリテーション・デイケア対象者に関しては、家族と暮らしているということが 大きな影響力をもっていると 4-4-2においてすでに指摘しているが、家族や通所施設におい て得られる① 連帯感と、家族とともに暮らすという② 充実感・満足感・幸福感が重要であ
ると考えられていた。
特定有料老人ホーム対象者は、毎日の生活を大切に生きていくことが重要であると考えら れており、③ 充実感・満足感・幸福感がより重要とされていた。
特別養護老人ホームに関しては、入所者同士のかかわりあいや、過去の人生の満足などが 生きがいとして捉えられ、① 連帯感と③ 充実感・満足感・幸福感が現在の生きがいとして 考えられていた。先にも指摘したが、それらの領域に関してすでに満足感を得られていると いうよりも、むしろ誰かと連帯したい、毎日を充実させたいという欲求が見られている。
一方、末期がん患者は死と直面することによって、①から④のすべてが、自分にとって身 をもって感じられない状態であり、さらに⑤においては価値体系の崩壊がみられた。そうい う生きがい喪失の中で、彼らはそれらのどれかに自分の生きる意味や目的を見出そうと模索 する傾向があった。
6-1-2 生きがいの喪失の諸相
第4章では、新老人の会、通所リハビリテーション・デイケア、特定有料老人ホーム、特 別養護老人ホーム対象者の語り(ナラティヴ)を通して、高齢者の生きがいというものを検 討してきた。第5章においてはがんという病におかされた高齢の末期患者の語り(ナラティ ヴ)を通して、生きがいがどのように表出されるのかをみてきた。同じ高齢であっても、臨 死期にある者とそうでない者では、生きがいの表出のされ方が違うことが示された。
高齢末期がん患者4人の語り(ナラティヴ)から、自らの病状を認識しているといないに かかわらず、死が近いことを直面し自分の生きる意味を求めていた。死に直面することによっ て、否応なしに生きる意味を求める渇望が湧き上がっている。フランクル(1999)のいう自 分の存在が無意味であるという実存的空虚と言ってよいだろう。自分の生存目標であったも の、今まで価値があると思っていたことなど、つまり自分を支えていた価値体系の崩壊であ る。先に繰り返し述べてあるが、この末期患者の意味を求める欲求はソンダースの指摘する
Spritualニーズと言える(Saunders, 1988)。死を目の前にして、すべてのものが音をたて
て崩れ去り、まさに生きがいの喪失の真っ直中にいる。しかし、彼らは生きがいの喪失状態 の中でも、強い生きがいへの欲求が見られるのである。
臨死期にない高齢者の生きがいの喪失に目をむけてみよう。「生きがいがない」と回答した 人が半数におよんだ特別養護老人ホームの対象者の場合を考えてみる。そのように回答した 人すべてが、必ずしも生きがいの喪失状態であるとはいえないが、語り(ナラティヴ)の内 容から生きがいの喪失の一端が垣間見られるのである。注目すべき点は「生きがいなんても うこの年なんだから考えない」「もう生きがいなどあるはずがない」「施設に入所しているの だもの、生きがいなんてないよ」「ここでの生活でそんな喜びや楽しみを感じないよ。手芸や 書道クラブも単純に喜びや楽しみじゃないよ。だって、やることないんだから、しょうがな い。それしかないという気持ちもあるよ」「もうこの年で、身体も悪くなって、私なんてこの 世でたいした存在じゃない」などの言葉であろう。ここからは、あきらめ、逃避、生きがい など考えることの意味のなさが感じられる。実際の語り(ナラティヴ)にはあまり表現され
ていないが、筆者がボランティアを通した継続的なかかわりの中から得られた、次のような 言葉を考察のために付け加えたい。
「もうここで暮らしていくことしか自分には残されていない」
「施設をでられるわけじゃない、死ぬまでここで暮らす」
「生きがいや生きている意味なんて考えないで生きていくしかない」
「自由がないでしょう」
これらの言葉からは、現在自分の置かれている状況では、到底生きがいなど感じ得ないし、
生きがいを求めたくても求められないんだという思いが伝わってくる。現在の生活に適応し て生きていくしかない状況が求められており、そこからはみ出し、生きがいを見出そうとす れば自分が苦しいだけなのを彼らは知っているのである。現に生きがいを見出そうとして、
もがき苦しんでいるのが事例 82である。特別養護老人ホーム対象者の入所歴の平均は 6年 であり、23年に及ぶ対象者もいた。
臨死期にある末期がん患者は、生きがいの喪失の中でも、自分の存在する意味、つまり生 きがいを積極的に見出そうという強い生きがい欲求があった。しかし、特別養護老人ホーム にみられるような生きがい喪失者にはそれは見られない。ホーム内で行われるクラブ活動は、
毎日の生活の中での一つの変化であり、ささやかな喜びや楽しみを感じさせるものになって いることは自明である。何かを作り上げる楽しさ、みんなと一緒に何かをする喜びは、人間 にとってかけがえのないものである。しかしそれらが個々人の真の生きがいであるとは、対 象者の語り(ナラティヴ)からは導き出されない。
これらのクラブ活動は、個人の自主性に発したものではなく、受動的で提供された活動で あることが大きな要因であろう。施設に入所して暮らすことそのものが、主体性、自由、選 択などということからは程遠いと感じさせるものであり、そこに適応して暮らすことがいま の自分に課され、そういう中では生きがいなど今の自分にはありもしないことであると認識 させている。そのため、生きがいを感じられない、喪失している状況でも、生きがいを求め ようという欲求が抑えられてしまっている。高齢者の語り(ナラティヴ)から、介護が必要 であること、施設に入所していること、自立できないなどが生きがいを阻害する要因として 表現されていた。