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第4章  高校生の自己愛傾向と学校生活満足感

4.1 高校生の自己愛傾向と学校生活満足感との関連(研究3)

4.1.4 考  察

 

本章の目的は,他者から承認されたいという承認欲求が,傷つきやすさを伴う自己愛傾 向を介在して,学校生活における満足感に影響するという因果モデル図を設定して検討す ることであった.

(1) 各尺度間の関係

 

自己愛傾向下位尺度のうち,「対人過敏性」は,他者から批判されることや嫌われるこ

とを恐れる内容を表し,「回避性傾向」は,感受性の鋭さから人とのかかわりを避けよ うとする内容で,ともに対人関係における過敏さを示す自己愛傾向を意味していた.また,

「自己愛的な怒り」は,自己愛が満たされないときの怒りを表し,誇大的で傲慢な自己愛 傾向を意味していた.この自己愛傾向下位尺度と「承認欲求」との相関係数をみると「対 人過敏性」は男r=.54,女r=.56,「回避性傾向」は男r=.39,女r=.32,「自己愛的な怒り」

は男r=.18,女r=.32であり,過敏な自己愛傾向のほうが高い値を示していた.つまり,他

者からの肯定的な評価を受けたいという承認欲求は,過敏な自己愛傾向を高める要因とな っていることが考えられる.そして,Kernberg(1975)やKohut(1971,1977)が「自己愛者は,

承認・賞賛を強く求める」と指摘しているように,本研究でも,自己愛傾向は承認欲求と 関連することが示唆された.

  自己愛傾向下位尺度と「被侵害・不適応」との相関では,「対人過敏性」は男r=.31,女

r=.18,「自己愛的な怒り」は男r=.19,女r=.40で有意な相関関係を示していた.しかし,

その中でも,「対人過敏性」の女子(r=.18)と「自己愛的な怒り」の男子(r=.19)の相関係数は 低く,回答者数の多さにより有意な相関関係を示していただけで,積極的な相関はなかっ たといえる.したがって,男子では,「対人過敏性」得点が高いほど,学校生活での不安や 緊張などの不適応感が高くなることが示されたのである.一方,「自己愛的な怒り」と「被 侵害・不適応」とは,女子が強い相関関係を示していた.また,学校での「承認」との相 関は,女子の値r=-.23も低く,男女ともに積極的な相関関係はなかったといえよう.した がって,女子においては,「自己愛的な怒り」得点が高くなるほど,学校生活で不安や緊張 感が高くなるという結果が示されたのである.

  「回避性傾向」と「被侵害・不適応」とは,男r=.28,女 r=.29 で正の相関関係にあり,

学校での「承認」とは男r=-.44,女r=-.41で負の相関関係にあった.つまり,男女とも,

「回避性傾向」得点が高くなるほど,学校生活での承認感は低く,不安や緊張感が高くな るという結果が示されたのである.

  以上の結果は,後述する自己愛傾向を介在する過程を反映するものと思われる.

(2) 自己愛傾向を介在する過程について

本研究では,承認欲求→自己愛傾向→学校生活満足感という因果モデル図を検討した.

Figure. 4-1-2男女のパス図では,「対人過敏性」と「自己愛的な怒り」は,他者からの肯定 的な評価を受けたいという承認欲求から強い正の影響を受けていた.そのうえ,「対人過敏 性」は「自己愛的な怒り」からも正の影響を受けていた.

これは,Table 4-1-5 の相関関係の結果や,先行研究(上地・宮下,2005;岡野,1998;小 塩,1998b,Takahashi,2004)からも予測される結果であった.したがって,本研究でも,承認 への強い欲求は,過敏な自己愛および誇大的な自己愛ともにもつ特徴であることが示唆さ れたといえる.以上のことから,男女を問わず自己愛者は,常に他者からの承認や賞賛に よって自己を定義づけようとしていることが考えられる.

  一方,Figure 4-1-2において男女両方のパス図では,「承認欲求」からの間接効果は,「自 己愛的な怒り」から「対人過敏性」と「回避性傾向」を通じて学校での「承認」にマイナ スの影響が示されていた.さらに,「被侵害・不適応」へも正の影響が示されていた.とこ ろが,承認欲求が直接的な影響を与えるときには,学校での「承認」にプラスの影響が示 されていた.したがって,これらの結果からいえることは,自己愛者の他人に認められた い,評価されたいという人一倍の欲求は,誇大的な自己愛から過敏な自己愛を介在するこ とによって,恥や傷つきやすさの意識を伴うことが推測される.それゆえ,男女ともに,「学 校生活における満足感」を抑制する要因となることが示されたといえる.

  次に,Figure.4-1-2における男子のパス図で,「承認欲求」と「自己愛的な怒り」から「対 人過敏性」を通じた影響は,学校での「承認」へプラスに作用していた.これについて小 塩(1998b)は,「賞賛・承認欲求が強く,誇大的な自己愛を持つ男子は,自分への自信や優越 感などの肯定感覚を持ち,その感覚を維持したいという欲求がある.また,友人関係は比 較的によいと認識している」と報告しているが,過敏な自己愛傾向の男子も,同様の特徴 をもつことが示唆されたといえよう.

  一方,Figure.4-1-2における女子のパス図では,「承認欲求」から「自己愛的な怒り」への 影響は「被侵害・不適応」へプラスの作用を与えており,相関の結果と一致していた.こ の承認を欲する誇大的な自己愛は,「他者からの特別扱いや配慮が得られないと自己評価が 低 下 し傷 つ きや す く なり , 強い 恥 の意 識が 表出 さ れる 」 と示 唆 され て い る(岡 野,1998;Kohut,1971,1977).そのうえ,女子は「他者とのかかわりの中で自己評価を決定し ている」と指摘されている(山本ら,1982).つまり,誇大的な自己愛をもつ女子は,他者か らの承認欲求が得られない場合には自己評価が低下し,恥や傷つきの感情が強くもたらさ れ,学校生活での満足感が得られないと考えられる.

  以上の結果から,男女とも,承認欲求の強さは,傷つきやすさを伴う自己愛傾向を介在 して,学校生活における満足感に影響を及ぼすときには,マイナスの作用を与えることが 示唆されたといえる.

(3) まとめ

 

本章では,傷つきやすさを伴う自己愛傾向尺度を再構成し,信頼性・妥当性の検討を行 った.本尺度で測定される自己愛傾向とMPIの神経症的傾向および内向性とは,正の相関 を示したことから,一定の妥当性が確認された.また,信頼性も十分であった.そして,

本尺度は,対人関係で過敏な自己愛と誇大的な自己愛という自己愛の2側面の特徴を示し ていた.この尺度を使用した研究Ⅱでは,過敏な自己愛および誇大的な自己愛は,男女と も承認欲求からの影響を強く受けていることが示された.さらに,承認欲求は,傷つきや すさを伴う自己愛傾向を介在した場合には,学校生活における満足感にマイナスの影響を 与えることが明らかとなった.

この学校生活への適応には,他者とのかかわりが大きく関係しているといわれる.その うえ,青年期には,自己の不安定さを支えてくれる友人とのかかわりが必要である.とこ ろが,自己愛の傷つきを多く経験した場合には,その友人関係さえ難しくなることが予想 される.

そこで,次は,この対人関係に関連があるといわれる基本的信頼感と自己愛の関係につ いて,検討を行うこととする.

第5章       

高校生の自己愛傾向と学校忌避感情,

基本的信頼感との関連

   

さて,前章では,毎日登校している一般高校生の自己愛傾向と承認欲求,学校生活満足 感との関連を明らかにした.その結果として,承認欲求が強く誇大性を伴う過敏で傷つき やすい自己愛傾向者は,学校生活における適応が難しいことが認められた.

一方,先行研究でも同じように学校へは登校しているが,学校嫌い感情を抱いている不 登校潜在群(グレーゾーン)の生徒が増えていることが報告されている(古市,1991).そし て,いずれ不登校にいたるかも知れない生徒たちの抱える問題は,さまざまな要因が複合 的に関連していることが多く,われわれ教員は,その対応に苦慮しているのが現状である.

そこで次は,この要因の一つである基本的な信頼感と自己愛との関係を検討したい.

この信頼感とは,自分の能力や他人の存在の一貫性についての確信であり,個人の健康 なパーソナリティの発達と密接に結びついている.すなわち,安定した信頼感を持つ場合,

人は他者をより支持的であると感じられる(Grace & Schill,1986;Schill et al. 1980).そのうえ,

信頼感は,他人に対しての肯定的な概念を形成し,これはまた自己概念の発達にも有効的 な役割を果たすと考えられている.そして,一般的に,青年期になると人は自我同一性の 獲得という重要な時期に入るため,安定した自己への信頼感と他者への信頼感が必要であ る.ところが,自己愛者の自己信頼は,他者評価によって容易に崩れ去るような不安定な ものであると指摘されている.

そこで,本章では,学校には登校しているが,登校への忌避感情(回避感情)を感じたこ とのある不登校潜在群の生徒に焦点をあてて,彼らの自己愛傾向と基本的信頼感との関連 について検討する.