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第4章  高校生の自己愛傾向と学校生活満足感

① 各尺度における学校差と性差について

6.1.4 考察

 

本章の目的は,親の養育態度が,自己愛傾向と学校生活満足感へ関連すると仮定して検 討を行った.また,これらの関連は,学校間と男女間によってどのような違いがあるのか も検討した. 

(1) 各尺度間の関連

 

本研究における「対人過敏性」と「回避性傾向」は,対人関係における過敏さを示す自己 愛傾向を意味しており,「自己愛的な怒り」は,誇大的で傲慢な自己愛傾向を意味するもの

であった(Takahashi,2004,高橋,2006a).この自己愛傾向下位尺度と学校生活満足度尺度との

相関関係の結果,「被侵害・不適応」と「対人過敏性」,「回避性傾向」,「自己愛的な怒り」

で有意な正の相関を示していた.つまり,自己愛傾向得点が高くなるほど学校生活での「被 侵害・不適応」感が高くなるということが示された.また,「承認」と「回避性傾向」とは,

男女ともに有意な負の相関があった.さらに,「承認」と「自己愛的な怒り」とは,A校女 子のみで有意な負の相関があった.これは男女とも「回避性傾向」得点が高くなるほど,学 校生活での承認感は低くなるということが示されたのである.したがって,本研究では,

先行研究(Takahashi,2005,高橋,2006a)における誇大性を伴う過敏なタイプの自己愛傾向は, 学校生活における満足感を抑制する要因になるということを追試する結果になったといえ る. 

  また,学校生活満足感と親の養育態度との相関結果では,母親の受容的な養育態度と学 校での「承認」とは,全群で正の相関が示された.父親の受容的な養育態度と「承認」と は,A校女子とB校男子が正の相関を示し,「被侵害・不適応」とは,A校女子のみが負 の相関を示していた.これにより親の受容的な養育態度と学校生活満足感とが正の関連を していると考えられる. 

自己愛傾向と親子関係との相関結果では,「対人過敏性」と母親の受容的な養育態度が,

A校男子で弱い正の相関を示していた.父親の受容的な養育態度と「回避性傾向」では,

A校男女とB校男子で弱い負の相関を示し,「自己愛的な怒り」とは,A校女子で弱い負 の関連が示された.理論的な先行研究では,自己愛の障害が起きる要因として,親の養育

態度が関連することが論じられており(Kernberg, 1975;Kohut,1971,1977),最近の実証的研究 でも「親の暖かく受容的態度が自己愛傾向になるのを抑制する」という結果が示唆されて いる(宮下,1991).しかしながら,本研究においては,母親の受容的な養育態度が,B 校の 男子においては「対人過敏性」を助長することが考えられ,父親の受容的な養育態度は,

回避的な自己愛傾向を抑制することが推測された. 

(2) 親子関係と自己愛傾向および学校生活満足感との因果関係 について

  本研究では,親子関係が自己愛傾向を介在して学校生活満足感へ影響するという因果モ デル図を作成し検討を重ねた結果,Figure 6-1-2のようなパスモデル図が描かれた.

先行研究で,親が情緒的に安定して受容的な養育態度である場合には,自己愛傾向が抑 制されると指摘されている(宮下,1991).ところが,A校女子とB校男子において,父親か ら母親を介在した両親の「受容性」は,「対人過敏性」へ正の影響を及ぼしており,過敏な 自己愛傾向が助長されることが明らかとなった.

次に,この「対人過敏性」から「回避性傾向」を介在して「被侵害・不適応」と「承認」

へ及ぼす影響には,父親の「受容性」が「回避性傾向」を抑制する作用によって,「被侵害・

不適応」が抑えられる結果となった.同様に,父親の「受容性」は「回避性傾向」を介在 して「承認」を促すように作用していた.これは相関分析でも父親の「受容性」がA校女 子とB校男子のみにおいて「回避性傾向」を抑制する相関関係であった.ところが,パス 解析における父親の「受容性」は,全群で「回避性傾向」を抑制するように作用している のか,間接的には学校生活満足感にプラスの作用をしていることが明らかとなった.とく に,女子にとって,回避的な自己愛傾向を抑制させ学校生活を満足させるためには,父親 の受容的な養育態度が重要であることが示唆されたといえる.

これらの結果から,両親の受容的な養育態度は,過敏なタイプの自己愛傾向を助長する が,父親の「受容性」は,「回避性傾向」を抑制するように作用することが明らかとなった.

しかし,ここに「自己愛的な怒り」の強い正の影響が加わることで,過敏なタイプの自己 愛傾向は増長され,学校生活満足感が抑制されることが示唆されたのである. 

  この親の養育態度と過敏な自己愛の関連について,町沢(1998)が「子どもたちが過保護 のもと特別扱いされ養育されてきたことが,自己愛者を生み出す要因である」と述べてい る.さらに,自己愛と関連する対人恐怖症患者の親子関係を調査した先行研究では「その 多くが,親の養育態度に対して,愛情に欠ける一方で過保護であるとの印象を持っている」

と報告されている(Paker et al.,1979).したがって,親の受容的な養育態度が,じつは過保護 なだけで愛情に欠けるようであるならば,Kohut(1971,1977)のいう早期幼児期に,親から誇 大的な自己愛を承認されることなく養育されており,自己愛的憤怒を秘めることになる.

このような自己愛者は,他者から特別扱いされることを期待するが,これが得られない場 合には極端に軽視されたと感じ,これを恥として捉えるといわれる(岡野,1998; Gabbard,

1994).つまり,彼らは,自己評価の保持を他者に依存しているために,過敏で傷つきやす

くなっていることが学校生活満足感を抑えることになると考えられる. 

一方,父親の受容的な養育態度は,回避的な自己愛傾向を抑制することから学校生活満 足感にプラスの作用が示されていた.これについて谷井・上地(1994)が,親の支持的な関 係に支えられた子どもは,そうでない場合に比べて心理的に安定しやすいことを指摘して いる.すなわち,他人や外的環境と折り合いをつけて生きていく志向性を,父親から提示 される機会が多いと思われる.ゆえに,子どもも対人場面などから回避するのではなく,

適応に関するスキルを見につける可能性が高いことが考えられる. 

また,谷井・上地(1994)が,父親の受容は男子の適応感へプラスの作用を与えることを 報告しているが,本研究において,父親の受容性は,女子のほうが学校生活の適応に対し て強い正の影響を与えることが示唆されたのは大きな成果である. 

以上のことから,本研究では「誇大型」と「過敏型」の混合した自己愛傾向は,過敏で 傷つきやすいことから適応性が低い(中山・中谷,2006)という見解を支持する結果になった といえるのである. 

  本研究における男女間の相違としては,「自己愛的な怒り」から「被侵害・不適応」への 正の影響が女子のほうが男子より有意な数値であった.先行研究(高橋,2006a)では,誇大的 な自己愛をもつ女子は,他者からの承認欲求が得られない場合には,自己評価が低下し, 恥や傷つきの感情が強くもたらされることが報告されている.これについては先に記した ように,他者関係の中で自己評価を決める傾向が女子にはみられ(山本ら,1982),他者から

「誇大的な自己愛」を認めてもらえないことが外的評価と内的評価間において葛藤を生じ させることになり,これが学校生活での満足感を抑制するように作用すると考えられる.

  次に,父親と母親を介在した両親の「受容性」から「承認」への正の影響は,男子のほ うが女子より有意な数値であり,性差の結果と反対であった.これについて谷井・上地

(1994)が,高校生における親役割と学校適応感の研究のなかで,「分離不安は母娘間に通常

見られる情緒的に安定した関係の中で伝達される場合には間接効果により,適応感にマイ ナスの作用をしないが,情緒的に不安的な関係ならば,マイナスの影響を与える」ことを 示している.すなわち,自己愛傾向の母娘間では,情緒的に安定した関係と捉えられない ので,母親の「受容性」のなかに「分離不安」が潜んでおり,これが学校生活満足感を抑 制することになると考えられる.その反面,母親から理由もなく避けられることからくる 不安を感じることなく育ってきた男子は,安定した母子関係を築いているのであろう.そ の場合,母親をサポート源として捉えられることが学校生活満足感を促すことになると考 えられる(鈴木ら,1995). 

  A 校と B 校との学校間の相違はほとんど見られなかったが,「自己愛的な怒り」から「回 避性傾向」を介在して「被侵害・不適応」へは,A 校より B 校のほうが,より有意な正の 影響が及ぼされていた.そして,性差の結果でも「回避性傾向」得点の数値は,B 校の生 徒のほうが高く,また,「回避性傾向」と「被侵害・不適応」との相関関係の結果も,B 校 のほうが有意な正の相関が示されていた.つまり,A 校の生徒より B 校の生徒のほうが,

自己愛の怒りを伴う傷つきやすい自己愛傾向が高いことが考えられる.このような自己愛 者は,人から注目されたいという欲求や有能であるという誇大感を認識することで対人恐 怖的な心性を増長させるといわれている(清水・海塚,2002).また,彼らは,自分自身の内 面に目を向けることを回避し,自分自身の葛藤にも目を背ける傾向があることも指摘され ている(岡田,1993).それゆえに,A 校の生徒より B 校の生徒のほうが,集団内において積 極的な対人関係を持つという行動が困難となり,学校不適応へ傾斜するということが懸念 されるのである. 

  以上のことから,両親の受容的な養育態度は,過敏な自己愛傾向を介在する場合には,

学校生活満足感へマイナスの作用を与えることが明らかとなった.また,両親の受容的な 養育態度が直接的な影響を及ぼす場合には,学校生活満足感にプラスの作用を及ぼすこと が示されていた.さらに,回避的な自己愛傾向を抑制し,学校生活へ適応させるには,女 子では父親の受容的な養育態度が重要であることが示唆された.