第1章の先行研究レビューから、高校生期のアイデンティティ形成にかかわって、「① 自己の役割変化についての認識を促すこと」、「②友人関係(人間関係)を通して自己内省 を深め自己受容を促すこと」、「③異なる価値観を受け入れながら、自己の価値観を問い 直すこと(その際、自尊感情を低下させないよう考慮しながら自分自身との対話を深める)」、
「④社会的役割の自覚を促す『職業的アイデンティティ』を形成すること」の 4観点を学 習ポイントとして位置づけた。
本章では、「高校生期の同一性混乱を引き起こす要因は何か」、「それを抑制する要因 は何か」について、質問紙調査の分析を通して明らかにすることを目的とする。さらに、
高校生の道徳性について日本と中国、韓国の国際比較調査を行うことによって、各国の道 徳性の特徴や課題について検討し、それらの考察結果を道徳学習ポイントと関連づけなが ら、学習内容の枠組みとして構想することを目指す。
第1節: 青年期における同一性混乱要因の検証 第1項: 研究の目的
砂田良一(1979)が作成した青年期における同一性混乱尺度の研究1では、エリクソンが示 した 8つの部分症候を下位概念とする同一性混乱(identity-confusion)尺度を構成し2、これ と長島貞夫等(1967)3の Self-Differentialを応用して測定した自己の規範と、社会(家族・
市民社会・国家)の規範の間にみられるずれとの関係について検討が行われた。その結果、
砂田(1979)は、諸規範間のずれが同一性混乱を引き起こす一つの要因であることを示した 。 また、長尾博(1989)によれば、青年期において自我発達上の危機状態を意識しているもの の、不適応反応を示すまでには、個人の自我の強さや置かれている状況が影響すると指摘 されている4。
本節では、これらの研究を踏まえながら、青年期の同一性混乱要因にはどのような要素 がかかわっているのか、またそれらと「学校・家庭・地域との対人関係」及び「職業決定」
との間に、どのような関連がみられるのかについて明らかにする。さらに年齢別や性別に よる違いについても検証を行い、高校生期の進路指導や学習における留意点について検討 することを目的とする。
38 第2項: 方法
< 調査対象者 >
東京都の都立A高校、神奈川県の私立 B高校、新潟県の私立 C高校(通信制含む)の男女 709名、及び都内のD大学と E大学、神奈川県のF大学(いずれも私立大学)に在籍する男 女 469名の合計1178名分の質問紙を回収した。そのうち、回答の記入漏れ等の欠損値を 含むデータを分析対象外とし、高校生 620名(内訳は男性278名、女性342名)、大学生 423 名(男性163名、女性260名)の合計1043名を分析対象者とした。
< 調査時期 > 2010年 5~7月。
< 手続き >
各高校及び大学の授業担当者(調査協力者)に対して事前に調査手続きについて口頭で説 明を行った上で、質問紙を郵送した。調査協力者は、調査対象者に対し質問紙の調査手続 きについて実施前に口頭教示を行った上で、 授業および講義時間の一部を利用して調査を 集団実施後、質問紙を回収した。回答はいずれも無記名で行われた。
< 調査内容 >
本調査の質問紙を付録 1 に示す。質問紙はTable2-1に示すように、Qa.~Qo.および Q1.
~Q34.から構成されていた。
1. フェイスシート (a, b)
年齢、性別について尋ねた。なお、本調査にはフェイスシートの部分に部活動の内容に ついて尋ねた項目等も含まれていたが、今回の分析には用いていないため、記述を略する。
2. 対人関係尺度
道徳教育において重視される学校・家庭・地域との関係性について把握するために独自 作成した項目である。項目内容は、Table2-2 に示す。
2.1 家族に対する思い (e~g)
家族との関係性や家族に対する思いについて 3項目を4件法で尋ねた。例えば「家族 に対して感謝していることはあるか」という質問では、「1. 全く感謝していない」、
「2. それほど感謝していない」、「3. まあまあ感謝している」、「4. とても感謝して いる」のように、数字が上がればその質問項目に対して正の意味をもつように作成した。
2.2 現在及び中学校での学校生活に対する満足感 (i~l)
現在の学校生活や、中学校における学校生活に対する満足感について 4項目を4件法 で尋ねた。
2.3 地域に対する思い (m~o)
住んでいる地域(大学生は帰省地)に対する思いについて 3項目を 4件法で尋ねた。
39
Table2-2 対人関係尺度の項目 e.
f.
g.
i.
j.
k.
l.
m.
n.
o.
家族(一緒に住んでいる人)とはよく話しますか。
家族に対して感謝していることはありますか。
家族のために、自分が何かを頑張りたいと思うことはありますか。
今の学校生活は、楽しいですか。
あなたの卒業した中学校での生活は、今、振り返ってみると楽しかったですか。
あなたが卒業した中学校の先生(担任、教科担任など)に対して、感謝の気持ち はありますか。
あなたが卒業した中学校の先生(担任、教科担任など)に対して、恩返ししたい 気持ちはありますか。
あなたが住んでいる地域(大学生で下宿などをしている人は、自分の帰省地)は 好きですか。
あなたは、自分が育ってきた地域に関して、感謝の気持ちはありますか。
あなたは、自分が育ってきた地域に関して、恩返ししたい気持ちはありますか。
Table2-1 質問紙の構成 1. フェイスシート [a, b]
2. 対人関係尺度 [e~o]
3. 職業決定尺度 [h]
4. 同一性混乱尺度 (砂田, 1979) [1~34]
40 3. 職業決定尺度 (h)
「職業的アイデンティティ」との関連をみるため、「将来なりたい職業を決めています か。」という質問について 4件法で回答を求めた。さらに、「1. 全く決めていない」を1 点、「2. あまり決めていない」を 2点、「3. ほとんど決めている」を 3点、「4. 決めて いる」を 4点として換算し、「職業決定度」として分析に用いることにした。
4. 同一性混乱尺度 (1~34)
青年期における同一性混乱度を測定するため、同一性混乱尺度(砂田, 1979)を用いること とした。砂田の尺度を用いたのは、本研究が先行研究として検討してきたエリクソンの尺 度を基盤として作成されたものであること、そして調査対象者を青年期の学生に限定して いたこと等の理由からである。
砂田(1979)による質問紙の内容は、下位概念ごとに6項目計48項目からなる質問項目 で構成されている。本研究では回答者の負担を考慮し、砂田(1979)が同一性混乱尺度の項 目として採用した 34項目のみを抜粋して使用した。その際、時代の経過によってわかり にくい内容があったこと、回答者に高校生と女性が含まれること等を考慮した上で、予備 調査における被調査者の意見を基に、語句を修正して用いた 。
なお、本論文で使用した同一性混乱尺度の項目は、Table 2-3に示した。砂田(1979)の質 問項目を改編した項目については※印を付してあり、質問の原文については脚注に示した5。 また、それぞれの項目について、「1. よくある」、「2. ときどきある」、「3. ほとんど ない」、「4. 全くない」等のように設定し、分析がしやすいように4件法で回答を求めた。
41
Table 2-3 同一性混乱尺度の項目
1.
2.
3.
4.
5.
6.
7.
8.
9.
10.
11.
12.
13.
14.
15.
16.
17.
18.
19.
20.
21.
22.
23.
24.
25.
26.
27.
28.
29.
30.
31.
32.
33.
34.
その日のうちにすべきことを翌日まで延ばすことがある なんでも物事をはじめるのがおっくうだ
「一人前の人間になろう」とする希望を失いそうになる ※ 待たされるととてもいらいらする
私は十分に自分を信頼している
やれる自信があっても、人が見ているとうまくできない
私は自意識過剰だ
将来の職業についてたびたび目標を変えた ※ 私は怒られることばかりしてきた ※
どうしてよいか決心のつかないことがよくある 何かしているより、空想にふけっているほうがよい
時々ぼんやりして、どうでもいいことを考えていることがある ※ 今までの生き方は間違っていた
勉強していても、今までのようには、よく理解できない ※ 注意を集中するのに、他の人よりも苦労する
ときどき頭の働きが鈍く(にぶく)なる 一つの仕事に打ち込むことができない 今の自分は本当の自分でないような気がする
私には相反する二つの性格があるように思える 気が変わりやすい
自分が何者であるか分からない
異性の友達はほとんどできない 私を本当に理解してくれる人はいない 自分と違う性[男/女]に生まれればよかったと思う※
よい友達をたくさんもっている 周りの人は私を一人前に扱ってくれない
機会があっても私はよい指導者にはなれないだろう 本当に尊敬できる人が自分にはいない
威張っている人が言うと、言っている事が正しくてもわざと反対したくなる 困ったときには相談する大人がいる
私は政治についても関心があり、自分なりの意見をもっている※
私は安定した人生観をもっている 世の中の動きがときどきわからなくなる 悪いことが何か、分からなくなることがある
※ 砂田(1979)による同一 性混乱尺度を改編 して作成した質問項目である6。
42 第3項: 結果
1. 対人関係尺度の因子分析
対人関係尺度の調査項目e~o (ただし、項目hは除く)の10項目については、最尤法・
Promax回転による因子分析を行った。スクリープロットの結果と解釈可能性から 3因子
を抽出し、その際十分な因子負荷量を示さなかった 1項目を削除し、再び最尤法・Promax 回転を行った。最終的な因子分析結果を Table 2-4に示す。
第Ⅰ因子は、自分が育ってきた地域に対する感謝や報恩の気持ちといった3項目で構成 されていることから「地元報恩感謝」因子と命名した(3項目,α=.82)。第Ⅱ因子は、中学 校時代の教師に対する感謝や報恩、学校生活に対する満足感といった内容の 3項目で構成 されていることから、「中学報恩感謝」因子と命名した(3項目,α=.77)。第Ⅲ因子は、家 族のために頑張ろうとする気持ちや、家族への感謝といった 3項目で構成されていること から「家族関係良好」因子と命名した(3項目,α=.71)。第Ⅰ因子のα係数は信頼性が十分 であったが、第Ⅱ因子と第Ⅲ因子については許容範囲とみなし、合計得点をそれぞれ算出 し、今後の分析に用いることにした。
Table 2-4 対人関係尺度の因子分析 (最尤法、Promax 回転)
Ⅰ Ⅱ Ⅲ 共通 性
平均 値
標準 偏差 第Ⅰ 因子 地元報恩感謝 ( α= .82 )
n. あなたは、自分が育ってきた地域に関して、感謝の 気持ちはありますか
.95 -.05 -.01 .86 2.95 .78
o. あなたは、自分が育ってきた地域に関して、恩返し したい気持ちはありますか
.78 .06 -.05 .62 2.63 .80
m. あなたが住んでいる地 域(大学生で下宿などをして いる人は、自分の帰省地)は好きですか
.59 .05 .06 .41 3.26 .74
第Ⅱ 因子 中学報恩感謝 ( α= .77 )
k. あなたが卒業した中学校 の先生(担任、教科担任など) に対して、感謝の気持ちはありますか
-.07 .94 .02 .74 3.20 .87
l. あなたが卒業した中学校の先生(担任、教科担任など) に対して、恩返ししたい気持ちはありますか
.05 .84 -.03 .83 2.82 .92
j. あなたの卒業した中学校での生活は、今、振り返って みると楽しかったですか
.15 .40 .01 .24 3.23 .88
第Ⅲ 因子 家族関係良好 ( α =.71 )
g. 家族のために、自分が何 かを頑張りたいと思うことは ありますか
.01 -.03 .82 .53 3.19 .67
f. 家族に対して感謝してい ることはありますか .05 .05 .68 .65 3.52 .60
e. 家族(一緒に住んでいる 人)とはよく話しますか -.05 -.01 .54 .26 3.30 .70
因子間相関 Ⅰ Ⅱ Ⅲ
Ⅰ ― .46 .44
Ⅱ ― .35
Ⅲ ―