第4章では、日本の道徳教育およびそれにかかわる教育課程がこれまでどのような変遷を遂げ てきたのかについて、戦後の高校社会と特別活動との変遷について整理しながら、高校生期の道 徳教育における残された課題について指摘した。
本章では、この課題解決に向けて、実践的な体制づくりやプログラム開発を行うことを 目的として、高校生期を中心に、道徳教育が諸外国でどのように行われているのかについ て、特徴的な内容を焦点化しながら考察を行う。その上で、それぞれの国における道徳教 育の良例については、今後の道徳学習の学習内容や指導体制に導入することも検討する。
序章の研究の限定でも取り上げたが、日本の高校生期における道徳教育を研究するにあ たって、日本以外では、アメリカ、中国、韓国における道徳教育のカリキュラムや学習内 容について考察を行い、現地視察も実施した。この理由として、アメリカはキャラクター・
エデュケーションやサービス・ラーニング、 リストラティブ・ジャスティス等の先鋭的な 道徳カリキュラムを実施しているため、参考にすべき点があると捉えたからである。
また、中国と韓国に関しては、日本と同様に東アジアの文化圏に属し、政治や経済面に おいても世界的に注目を集めている三国であるため 、そこで行われている学校教育につい ても関心が高くもたれている。したがって、本研究においてこの三国間での質問紙調査を 含めて、それぞれの国の教育内容や道徳性の違いを明らかにすることで、新たな教育的論 点が見いだせると考えたからである。また、序章でも述べた通り、日本は中国と韓国との 関係性も密接であり、日本の高校では英語以外の外国語で最も多く学ばれているのが中国 語、次いで韓国・朝鮮語であり、中国と韓国と姉妹校提携を結んでいる高校が多いという 実態がある。これを踏まえると、各国との国際交流を深めていくためには、それぞれの国 の政治や経済、文化だけでなく、教育内容についての違いも理解しておく必要があると考 えられる。こうした点を考慮し、それぞれの国との国際交流を深める観点から 、これらの 国を調査対象国として位置づけた。
そのことを踏まえて、本章では以下のように考察をすすめていくものとする。
第1に、アメリカを取りあげる。アメリカでは、子どもの道徳的実践意欲と実践行動力 を高めるため、学校教育におけるキャラクター・エデュケーションとサービス・ラーニン グを通して、州レベルでの取り組みを行っている。 また、近年、大きな注目を集めている リストラティブ・ジャスティスについての実践事例を取りあ げながら、学校が家庭や地域 とどのように連携しながら道徳教育を行っているのかに着目して考察を行う。
第2に、中国と韓国を取りあげる。中国や韓国においては、本研究の調査結果(第2章参 照)からは、中国では「真面目さ」や「正義感」、韓国では「誠実さ」等、個人の資質を極 めることに重点が置かれている教育がなされている可能性を指摘した。 中国の高校(高級 中学)では、道徳教育は主に「思想政治」の中で理論学習として組み込まれており、 韓国 では教科として小・中学校段階で「道徳」が存在している。ここでは、中国と韓国の道徳
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教育にかかわる学習カリキュラムがどのように構成され、授業で行われているのか等に焦 点をあてながら考察していきたい。
第3に、日本における高校の「道徳」授業やキャリア教育の取り組み等について、現地 で視察した考察を含めて、その実態を明らかにしていきたいと考える。その上で、これか ら道徳教育の充実をはかるために検討すべき課題について述べていきたい。
第1節: アメリカにおける道徳教育
第1項: アメリカのキャラクター・エデュケーションの特徴と実際
<キャラクター・エデュケーションと学力向上>
1983年に出された連邦報告書『危機に立つ国家』1では、アメリカの教育が建国以来の 危機に晒されていることが指摘され、これを機に教育改革運動が国内全土に広がっ た。そ れ以降、アメリカの教育改革は子どもにいかに高い学力を身に つけさせることができるか、
ということに重点を置きながら進められてきた。2008年のオバマ・バイデン教育計画
(Obama Biden Education Plan)2にもみられるように、学力テストで生徒にハイスコアを
あげることができる学校や教員養成に財政援助を行う等、学力向上に向けた取り組みが現 在も続いている3。実際、アメリカにおける唯一の国家的学力調査である NAEP(The
National Assessment of Progress)4の読解・数学の成績は近年、上昇傾向にある5。この結
果から、学力重視の教育政策が一定の効果をあげていることが推測できる。
アメリカではこのように学力向上を目指す一方で、キャラクター・エデュケーション(人 格教育)にも力を入れながら、子どもの望ましい道徳性発達を促している。もともとアメリ カのキャラクター・エデュケーションは、18 世紀には他の教育と並んで、伝統的に家庭や 教会を中心に盛んに行われていたが、20 世紀に入ると宗教の衰退、公立学校の地位の向上 によって、それは次第に学校で行うものへと移行していった6。だが、学校教育ではキャラ クター・エデュケーションの成果を十分にあげることも、生徒の学力低下を食い止めるこ ともできないまま、『危機に立つ国家』にみられるような深刻な教育危機へと陥ってしま ったのである。
そうした中、レーガン政権下で最後の教育長官を務めたベネット(Bennett, W.J.)が、
1988年に初代G.ブッシュに提出した『アメリカの教育』7の中で、学力向上には子どもの
望ましい人格形成が必要であり、道徳教育の推進が重要であることを主張して 大きな話題 となった。さらに、彼が「思いやり」、「責任」、「友情」等、10の徳目について解説を した著書『The Book of Virtues』8は、全米で大ベストセラーになり、アメリカ人として 共有するべき価値を教え、内面を耕しながら 学力向上をはかろうとする機運が一気に高ま ったのである。
<リコーナのキャラクター・エデュケーション>
1990年代に入ると、ニューヨーク州立大学のリコーナ(Lickona,T.)らが提唱するキャラ クター・エデュケーションが注目され、大きな支持を得ることとなった。リコーナは、キ
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ャラクター・エデュケーションを学校教育にどのように取り入れるべきかについて、1980 年代初期にメイン州ポートランド学区で行われた、道徳を中核とした学習カリキュラムを 例としてあげ、具体的な方法について以下のように説明している。
1)まず、学区内において六つの道徳的価値概念(「尊重」・「勇気」・「誠実」・
「正義」・「勤労意欲」・「自己訓練」等)を中核とした道徳教育プログラムに取りか かる。
2)各学校では、カリキュラムと授業がある日にはできるだけ、 六つの道徳的価値概 念をあらゆる方法によって、盛り込むことを義務づける。
3)毎年、「その年度の道徳的価値概念」として六つの価値概念の一つを取りあげ、
その価値を重点的に深める取り組みを行う。(「自己訓練の年」には、芸術や音楽のイン ストラクターは、偉大な芸術家や作曲家の生涯を自己訓練の手本として吟味する、等。)
4)教員は、六つの道徳的価値概念と自分の教科で教える項目がどのように関連する かについて検討し、独自の道徳的価値探求カリキュラムを作成する。
5)教員が道徳的価値探求カリキュラムを作成できるようになると 、次の段階では、
その価値概念を扱う効果的な授業、単元を計画する。これは適切な教材 の選択に繋がる。
6)適切な教材が選択できたら、ゲスト・スピーカーを招いて話を聞く、グループ討 議等をして道徳的価値を深めるための効果的な授業方法の選択を行う9。
このように、リコーナは生徒が日常生活を通して、道徳的価値概念を常に意識させるよ うな道徳教育を行うことを推奨し、アメリカにおける新たなキャラクター・エデュケーシ ョンのスタイルとして確立させたのである。
<キャラクター・エデュケーションの取り組み事例:ニュージャージー州 >
アメリカの学校では、学力向上を目指すこと、道徳的価値概念を教えることで望ましい 道徳性を育むキャラクター・エデュケーションが、積極的に行われていることについて 、 これまで述べてきた。ここでは、キャラクター・エデュケーションの実践事例としてニュ ージャージー州が取り組んでいるプログラムについてみてみる。
ニュージャージー州におけるキャラクター・エデュケーションの取り組みについては、
「New Jersey Alliance for Social, Emotional and Character Development (NJASECD)」
10という、組織のホームページで確認することができる。NJASECDは、その前身である CSCD(The center for Social and Character Development at Rutgers University)11が開 発したプログラムや組織を、2011年度から引き継ぐことからはじまっている。NJASECD は、それ以来、EIRC(Educational Information and Resource Center)12のサポートを受け ながら、現在の活動を続けている。
NJASECDが行っている主な活動の一つに、キャラクター・エデュケーションの優秀校
を表彰し、それらの学校の実践事例について会議を通じて報告し、情報公開を積極的に行