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II. 脳神経救急・集中治療を要する疾患と病態(成人)

7. 頭部外傷

7-1.

重症頭部外傷による頭蓋内圧亢進に対する集中治療

ICU

におけるモニタリング

頭部外傷は先進国の若年層における死亡・後遺症罹患の原因の第一位である。頭部外傷は、

外傷の直接作用による神経組織損傷(一次性脳損傷)と、受傷後、一次性脳損傷の周囲に経 時的に進行する二次的損傷に分類される。近年、二次的損傷伸展の背景にある主な病態、す なわち脳虚血や組織低酸素状態を代用的に観察するモニタリングの指標として、新たな生理 学的パラメータが提唱されている。

外傷性脳損傷は個別性が強く、多様な病態であり、治療の適否を考察する際には、各々の 病態に起因する多くの生理学的パラメータ同士の関わり合いを十分に理解しておく必要があ る。基礎研究段階では明らかな神経保護効果が証明されながら、臨床研究において有効性が 証明されないという translation の「失敗」に考察が加えられている。「外傷性脳損傷という 複雑な病態」が、臨床研究において治療効果を十分に証明出来なかった要因ではないか推測 されている所以である。

頭部外傷による頭蓋内圧亢進に対する内科的治療の対象は二次的脳損傷である。二次的脳 損傷の中でも、脳灌流および酸素化の不全により誘起される病態は進行性である。集中治療 の要点は、脳虚血と組織低酸素の指標となる生理学的パラメータを追跡し、適宜修正を図る ことにある。

1)

神経学的検査

神経学的検査は、重症頭部外傷患者の管理においても、極めて重要な生理学的モニタリン グである。神経学的所見、特に GCS スコア等を用いた意識レベル評価を繰り返し行うことは 最も重要である。そのほか対光反射、角膜反射、呼吸パターンの確認、運動機能評価も重要 である。多角的モニタリングが開発された現在も、神経学的評価は他のモニタリング以上に 重要であることに変わりはない。

2)

頭蓋内圧と脳灌流圧

重症頭部外傷の治療において、頭蓋内圧(ICP)と脳灌流圧(CPP)は、治療開始の閾値あ るいは補正の指標として従来から重要な位置を占めてきた。ICP 値が 20mmHg 以上を示す場合 が頭蓋内圧亢進と定義され、米国 Traumatic Coma Data Bank (TCDB)の後ろ向き研究によれ ば、予後不良と強く相関することが証明されている。ICP 値を測定し、平均動脈圧(MAP)値か ら差し引くことで CPP 値が算出できる。この CPP 値を、ICP 値同様至適な範囲に維持するこ とにより、良好な予後が期待できると考えられている。

ICP 値単独を指標として補正する治療の指針は、外傷性脳損傷の転帰改善をもたらさない 可能性がある(BEST TRIP trial)。この研究では、全ての頭部外傷の病態を一律に解釈し、

ICP 20mmHg を単一の治療閾値として用いるよりも、個々の病態や患者特性に応じて、治療選 択肢を適切に組み合わせた方が良いとしている。各種モニタリングにより、複数のパラメー タを用いると、ICP 値が正常値を示していても、脳組織低酸素や代謝不全を起こしている症 例は少なからず存在し、ICP 値のみの補正が、他の指標の補正に優先される根拠はない。

ICP 値単独では不十分であるにしても、ICP 波形・頭蓋内コンプライアンス・脳血流自動調 節能・脳血流検査・脳代謝検査などの指標と関連付けて治療指標として使用されることによ り、より良い治療判定の指標となることが十分に期待されている。

Brain Trauma Foundation(BTF)2007 年のガイドラインには、ICP モニタリングの適応に ついて以下のように示されている。

① 蘇生後の評価で重症頭部外傷(GCS3-8)であり、CT 異常所見を認める場合(血腫、脳 挫傷、脳腫脹、脳ヘルニア、脳槽圧迫を CT 異常とする)

② 重症頭部外傷で CT 所見が正常であり、以下のうち 2 項目を含む場合(年齢 40 歳以 上、片側または両側の異常肢位、収縮期血圧 90mmHg 以下)

③ 減圧開頭術や急性脳内出血の除去など外科的処置の必要性が推測される場合 ICP 値は、脳室内圧または脳実質圧測定によりモニター可能となる。

脳室ドレナージは ICP 亢進の際急速に脳脊髄液を排出することが出来るため、モニタリン グと同時に治療効果も期待できる。

CPP 値は脳血流維持の指標として最も重要である。また、CPP 値は脳血管における自動調節 反応を誘発する因子でもある。以上のことから、ICP 値に CPP 値を加えて治療指標とした管 理のほうが、ICP 値単独を治療指標とした管理よりも優れた転帰をもたらすと考えられてい る。至適 CPP の維持は予後良好と強い相関がある。至適 CPP 値は、自動調節能の指標でもあ る pressure-reactivity index を用いて算出できる。

3)

脳血流(

Cerebral Blood Flow: CBF

脳血流測定法には経頭蓋超音波ドップラー法(TCD)、温熱拡散フローメトリー、レザードッ プラー等がある。TCD は非侵襲的で頻用されるが、検者間の測定誤差が生じやすく、側頭骨 の性状によって測定に限界がある。脳組織酸素分圧測定法として、頸静脈洞内静脈血サンプ リング、脳組織酸素分圧直接測定(PbtO2)、近赤外分光法(NIRS)法、O15-PET 法がある。

脳組織酸素分圧が PbtO2値 10mmHg 以下の場合、脳組織低酸素と定義される。これは重症頭 部外傷後の転帰不良と強く関連する。ICP/CPP のみを指標として治療した群よりも、PbtO2 を 指標に加えて治療した群の方が転帰が良好であった。PbtO2 probe の刺入位置は、患側と健側 の測定値間に著しい格差があるという説もあり一定の見解はなく、患側に入れるという施設

が多い。近赤外分光法は非侵襲性のモニターであり脳血流自動調節能の指標として期待され る。頸静脈洞内静脈血サンプリングによる SjvO2値は、PbtO2値に比して脳全体の酸素飽和度 を反映した指標となる。

4

) 脳代謝モニタリング

マイクロダイアリシス法はベッドサイドで実施される脳代謝モニタリングとして期待され たが、現時点では研究目的の使用に止まっている。マイクロダイアリシス法により測定され た指標の変化は、他の指標(例えば ICP 値)等に比し、先行して変化することが知られる。

乳酸や酢酸値の推移から、嫌気性脳代謝と好気性脳代謝の相対的な変化について観察するこ とが出来ると考えられている

5

) 脳波測定

非痙攣性てんかん発作は重症頭部外傷患者の 50%弱に発生するとされており、二次性脳損 傷の増悪にも深く関わる。異常波の形状は多様であり、痙攣発作の顕在化より前に捉えられ ることが多い。近年では持続脳波測定の有用性が報告されている。

6

) バイオマーカー

現時点では理想的なバイオマーカーは存在せず、いずれも神経細胞、神経膠細胞、ミクロ グリア細胞由来のマーカーとして分類されるものである。ApoE4 allele は神経転帰不良と強 い相関性を有した遺伝的因子であることが多くの基礎研究で示されている。

ICU

における神経集中治療

重症頭部外傷に対する神経集中治療の目的は、二次性脳損傷の防止にある。適正な脳環流 を維持するため、ICP 値と CPP 値を正常化させ、脳低酸素を防ぎつつ、同時に合併症の対応 と予防に努めることも重要である。

1)

頭蓋内圧

(Intracranial pressure: ICP)

の調節

従来 ICP20mmHg 以下、CPP50~70mmHg を治療指標とする判断が主流であった。近年、ICP 等 の測定値単独を指標として使用する治療指針よりも、ICP 亢進の原因となる個々の病態をよ り正確に把握し、治療対象を定めることが重視されている。

頭蓋内静脈血は、頭囲挙上によって減少させることが可能である。特に頸部を正中位とし て頭位 30~45 度の際に最も効率よく静脈血が排出される。また、内頸静脈へのカテーテル留 置は静脈灌流が妨げられるので避ける。

頭蓋内動脈血は、過換気・平均動脈圧の調節・鎮静による脳代謝抑制・低体温等により減 少させ得る。過換気は血中二酸化炭素濃度(PaCO2)を低下させ毛細血管収縮を誘発する。その 結果、脳血流(Cerebral Blood Flow: CBF)が低下し、その後、脳血液量(Cerebral Blood Volume:

CBV)が減少する。高度な過換気(PaCO2<28mmHg)では毛細血管収縮が強まり、脳血流が虚血 レベルに低下するので注意が必要である。ICP 亢進に対し、PaCO2値を 34~36mmHg に設定する ことが好ましいが、無効な場合に 28~32mmHg まで低下させた報告もある。

SjvO2や PbtO2等のモニタリングを併用すれば、25~30mmHg まで許容でき、有効であるとの

報告もある。呼気終末 CO2 (ETCO2) 値の持続モニタリングが有用な場合もある。過換気は可 及的早期に漸減することが好ましく、特に受傷後 24 時間は漫然と行わない。長期の過換気は 予後を改善しない。

適切な鎮静は脳代謝を低下させ、脳血流を抑制することで ICP 降下が期待できる。バルビ ツレート療法が歴史的に行われてきたが、1)ICP 亢進に対する他の内科的治療が無効、2) 脳 血流自動調節能が正常、3)血行力学的に安定、4)心機能が正常、 5)びまん性脳損傷がない等、

以上の項目を満たす患者を対象とする。

軽度低体温療法は、他の内科的治療法が無効な場合 ICP 亢進に対する治療の一選択肢であ る。体温 35℃の軽度低体温を 48 時間~5 日間実施した場合、転帰良好の報告がある。軽度低 体温療法では、復温の速度が重要であり急激に温度を上昇させない。

脳脊髄液の排出は強い ICP 降下作用を有する。脳室ドレナージは圧測定デバイスと連結さ せ ICP モニターとして使用できる。

マニトール等の高浸透圧利尿剤や高張食塩水は白質からの水分除去による脳浮腫の改善効 果がある。マニトールの予防的投与は低血圧や循環血液容量の低下を来す恐れがあり行わな い。高張食塩水による ICP 降下作用はマニトールに比べて長時間持続する。

頭部外傷による ICP 亢進に対しステロイドは使用しない。

減圧開頭術は元来、外傷性脳内出血のための開頭術として実施されていたが、適応が拡大 し、びまん性脳腫脹に対する積極的な ICP 降下の方法として使用されるようになった。DECRA trial の結果、ICP 降下作用、重症びまん性脳損傷患者の ICU 入室期間の短縮が証明されたが 転帰改善には至らなかった。

2)

脳灌流圧

(Cerebral Perfusion Pressure: CPP)

の補正

CPP の補正は ICP 降下あるいは MAP 上昇により得られる。収縮期血圧 90mmHg 以上に維持し、

低張輸液製剤や膠質輸液製剤を過剰投与することのないように気を付ける。MAP 上昇が輸液 負荷により得られなかった場合に昇圧剤を使用する。頭部外傷患者においてはドパミン製剤 よりもノルアドレナリン製剤の方が CPP/CBF の調整においてより効果的であるという研究が ある。

3)

脳組織酸素化の改善

頭部外傷後の急性肺障害(Acute Lung Injury: ALI) を予防する目的で、一回換気量と呼吸 回数を低めに設定する。PbtO2値低下の独立因子である。

4)

合併症の管理など

体温管理

頭部外傷後急性期の高体温と持続期間は急性外傷性脳損傷の転帰と強い相関がある。発熱 予防により転帰が改善するかは明らかでない。頭部外傷急性期の低体温療法により、ICP 降 下作用は確認されているが、転帰の改善は現在のところ認められていない。今後、冷却機器 の開発により、精度の高い温度管理が可能となれば、異なる臨床研究結果をもたらす可能性 もある。

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