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II. 脳神経救急・集中治療を要する疾患と病態(成人)

9. 遷延性意識障害と脳死

遷延性意識障害の同義語として遷延性植物状態(persistent vegetative state:PVS)が しばしば使用されるが、実際には minimally conscious state(MCS)も含まれる。非痙攣性 てんかん重積状態(NCSE)、精神的無反応状態(狭義 pseudo-coma)、閉じ込め症候群(locked-in syndrome)などとの鑑別が重要である。また病態として無動無言や失外套症候群を考える必 要がある。1994 年、米国神経学会を含む 5 学会は合同で、PVS を睡眠覚醒周期があるが自分 自身や周囲を認識している根拠がなく、刺激に対して合目的な反応がなく、脳幹と視床下部 の自律神経機能は十分保持された状態などと規定した。また外傷例では通常、PVS が 12 か月 以上持続すると恒久的、非外傷例では 3 か月以上持続すると恒久的と判断できるとした。MCS は、遷延する意識障害があるが、自己または周囲に対する認識を示す限定的ながら明瞭な根 拠があり、PVS の基準を満たさない状態である。MCS は PVS より意識回復の可能性が高く、遷 延性意識障害の鑑別は倫理的、治療的に重要である。以下、主に非外傷性の遷延性意識障害 について記載する。

ICU に入室した痙攣を伴わない昏睡例に持続脳波モニタリングを行った報告では、対象例 236 例中 19 例(8%)が NCSE であったとされ、昏睡の原因として NCSE が十分に認識されて

いないことが指摘された。

PVS 49 例の脳病理解剖所見に関する報告では、35 例が外傷性、14 例が非外傷性の脳障害 であり、いずれも皮質下白質および視床に著明な障害がみられた。急性脳障害から死亡まで の期間は 1 か月~8 年であった。非外傷例では 9 例(64%)で皮質のびまん性虚血を認め、

全例で視床障害を認めた。PET を用いた PVS 10 例と正常対照 10 例の比較検討では、PVS では 上行性網様体賦活系が代償的に機能亢進していることが示された。MRI 拡散テンソル画像を 用いた検討では、PVS 例で異方性(fractional anisotropy:FA)が大脳皮質と脳梁で低下し ており、その程度は聴覚刺激による機能的 MRI を用いた機能評価と相関していた。

PVS の成人例 603 例の解析では、生活自立まで回復する率は、PVS となって 1 か月経過した 場合は 18%、3 か月経過では 12%、6 か月経過では 3%と低下していく。発症 1 年後に意識 回復が得られる率は、1 か月経過で 42%、3 か月経過で 27%、6 か月経過で 12%と低下して いく。発症 1 年後に引き続き PVS が継続している割合は、1 か月経過で 19%、3 か月経過で 35%、6 か月経過で 57%と増加していく。視床障害をきたすと中枢性高体温、発汗過剰、ナ トリウム代謝と水代謝の障害が出現し、呼吸器易感染性などを介して転帰は不良であった。

一方、1 年後の死亡率は脳外傷例 33%、非脳外傷例 53%であった。長期転帰では、3 年後の 死亡率 82%、5 年後 95%であった。

PVS 12 例と MCS 39 例の 5 年の追跡調査では、PVS からの回復例はなかったが、MCS では 13 例(33%)が覚醒した。12 か月以上の PVS から意識を取り戻した 5 例に関しては、頭部外傷、

くも膜下出血、無酸素脳症などが原因で、最長 36 か月後、最高齢 61 歳であった。一方、PVS 50 例の追跡(平均 2 年)調査では、2 例が 12 か月以内に覚醒し、10 例が 1 年以上経過して から覚醒したことから、長期 PVS からの回復は例外的ではないとする指摘もある。

遷延性意識障害の鑑別診断と予後予測について神経生理学的検査の有用性が報告されてい る。電気生理学的検査による検討では、昏睡に陥った早期の段階で体性感覚誘発電位による PVS の予後判定がある程度可能と報告されている。1983~2000 年の文献 41 編のシステマ ティックレビューでは、体性感覚誘発電位が正常であった例で、その後覚醒したのは無酸素 脳症で 52%、脳内出血で 38%、外傷性脳損傷で 89%であった。346 例の昏睡例(非外傷性ま たは外傷性)を 12 か月以上追跡した報告では、覚醒を予測する因子としては対光反射

(estimated probability 79.7%)が最良で、遅発性聴覚誘発電位(N100)、認知誘発電位

(mismatch negativity:MMN)がこれに続いた。遷延性意識障害の鑑別、意識障害の程度や回 復の評価、特に近年は NCSE の確定診断には、脳波検査が有用である。VS (vegetative state/unresponsive wakefulness syndrome)と MCS における波形の相違に関する検討では、

VS では MCS と比較してδ波が増加しα波が減少したと報告している。画像検査による検討で は、遷延性意識障害(外傷性または非外傷性) を対象に、(18)F FDG PET と funtional MRI に よる MCS の鑑別と予後予測を検討した結果、MCS の鑑別では、(18)F FDG PET の感度は 93%、

funtional MRI の感度は 45%で、MCS の予後予測では、(18)F FDG PET の感度は 73%、funtional MRI の感度は 56%であり、(18)F FDG PET は遷延性意識障害の鑑別と予後予測に有用である。

近年、遷延性意識障害例の意志疎通性に関する報告がみられる。PVS 5 例、MCS 6 例、閉じ 込め症候群 4 例に対して聴性脳幹誘発電位を評価した報告では、MCS と閉じ込め症候群の全 例、および PVS の 3 例でⅢ波が認められた。ただし PVS でⅢ波を認めた 1 例は、PVS 発症後 1 か月以内の時点における評価であった。機能的 MRI による最近の検討では、PVS 23 例と MCS 31 例を対象に運動を想起させる課題を命じたところ、PVS 1 例と MCS 3 例で覚醒や認知を反映 する結果が得られた。

治療については、バクロフェン持続髄腔内投与で投与開始 2 週間後から意識の回復をみた とする 5 例の報告がある。1 か月以上持続する PVS あるいは MCS 例 15 例に対し、催眠鎮静薬 と し て わ が 国 で も 頻 用 さ れ る 酒 石 酸 ゾ ル ピ デ ム 10mg を 投 与 し て Coma Recovery Scale-Revised にて評価した結果、1 例の PVS 例(6.7%)で臨床的に有意な改善がみられ、

MCS まで改善したという報告がある。また外傷性脳損傷例での検討ではあるが、頭部外傷後 の PVS と MCS 例 184 例に対して、アマンタジン (1 回 100 mg を 1 日 2 回、その後 1 日 400 mg まで漸増)を投与して Disability Rating Scale (DRS)の機能的回復を評価した結果、有意に DRS スコアの改善がみられた。その他、受傷後平均 104 日経過した PVS 8 例に対してレボド パ・カルビドパを投与した結果、7 例で平均 31 日後に覚醒したという報告や、apomorphine を 8 例の PVS または MCS 例に持続皮下投与した結果、投与開始 24 時間以降に 7 例で意識が完 全に回復したという報告がある。一方、発症後 3 か月を経過した PVS 例 20 例に深部脳刺激

(DBS)を行った報告では、7 例が PVS から離脱し従命に反応するようになり、聴性脳幹反応 や体性感覚誘発電位の波形改善が認められた。PVS に spinal cord stimulation を行った 1988 年からの文献 10 編のシステマティックレビューでは、308 例中 51.6%に臨床的改善が認めら れた。

遷延性意識障害の鑑別対象として、NCSE を含めた治療可能な可逆的病態の鑑別を行う べきである。MCS は PVS より意識回復の可能性が高く、その鑑別は重要である。

PVS の生命転帰と機能転帰はともに不良であるが、まれに回復例もあるので、きめ細や かな全身管理が勧められる。遷延性意識障害例の一部は潜在的な意志疎通性を有するた め、心理的な配慮を行うべきである。現時点では、遷延性意識障害からの回復に効果の ある十分に確立した治療法はない。

Knowledge Gaps

(今後の課題)

遷延性意識障害の治療について質の高いエビデンスが求められる。エビデンスが確立され るまでは、さまざまな治療を試みる際に、十分な経験がある専門家の助言が勧められる。

NCSE については、「I.脳神経救急・集中治療を要する症候(成人) 3.てんかん重積状態 2) 非痙攣性てんかん重積状態」を参照。

心停止後の機能転帰については、「第 2 章 成人の二次救命処置」を参照。

9-2.

脳死

脳死(全脳死)は、「脳幹を含む脳全体のすべての機能が不可逆的に停止した状態」と定義 される。これは器質的脳障害により深昏睡および無呼吸をきたした症例の一部で起こり、そ れに対し行い得るすべての適切な治療をもってしても、回復の可能性がまったくないと判断 されるような例である。1995 年 American Academy of Neurology(AAN)は、脳死の臨床的な 基準を、脳死と類似した状態になり得る症例(急性薬物中毒、低体温、代謝・内分泌障害)

が除外されていることを前提条件として、①昏睡であり、②脳幹反射が消失し、③無呼吸で あることとし、2010 年にはエビデンスの検証が行われた。わが国では、1985 年に厚生省の脳 死に関する研究班による脳死判定基準、いわゆる竹内基準が提出された。これは脳死の概念 としては全脳死を採用し、同じく全脳死の立場に立つ米国の基準に準拠するものであるが、

脳死判定基準(竹内基準)における判定のための諸検査は後述のようにより厳密であり、上

記に加えていわゆる平坦脳波が必須とされており、1997 年の臓器移植法成立に伴い、法的脳 死判定においては前記の脳死判定基準(竹内基準)に従うことと定められ、臨床現場での対 応の指針として役立つような詳細が補足された「法的脳死判定マニュアル」も公表されてい る。2009 年に臓器移植法が改正されて家族の同意のみでも臓器提供が可能となり、小児から の臓器提供も可能となったが、修正齢 12 週未満は虐待の可能性のある小児と同様に除外され ている。

AAN の定義以来、これをもとにした数多くの研究がなされている。脳死患者を対象とした 大規模な研究ではないが、9 件の研究によると、これらの基準を満たした後に神経学的改善 を認めた症例はないとしている。

脳死基準を満たした患者でも、脳機能が残存しているかのような身体の動きがみられるこ とがあり、約 40~50%の脳死患者で自発性もしくは反射性の運動反応が見られ、最も多いの は、足趾の波打つ動き、三重屈曲反応(脊髄自動反射)などであったとされている。また、

顔面のミオキミアや自然開眼、一過性の手指振戦、手指の jerk や足趾のうねるような屈曲運 動、ラザロ徴候、下肢の反復性運動、その他さまざまな脊髄レベルの反射と考えられる運動 が記載されている。対光反射がないにもかかわらず周期的に瞳孔が収縮・散大を繰り返すこ とがあるという報告もある。足底反射は 55%に認められ、32 時間持続した報告もある。一方、

自発呼吸がないにもかかわらず人工呼吸器が高感度であるために自発呼吸があるかのように 誤作動することがある。そのため無呼吸の確認は、人工呼吸器を外して行う必要がある。

228 例の脳死患者を対象にした研究によると、対象症例の 30%が発症から 24 時間以内に、

62%が 3 日以内に脳死の臨床的基準を満たした。無呼吸テストに関しては次の 5 件の研究が ある。ある研究では 10 分間の 100%酸素投与後に無呼吸テストを行った場合、7%が循環動 態や酸素化障害のため無呼吸テストを行うことができず、3%が低酸素状態や低血圧となり中 断したとしたが、のちに同じグループから、無呼吸テストへの神経集中治療医の参加、事前 の十分な酸素化により、実施不能が 4.3%、中断が 1.6%まで減少したと報告された。一方、

脳死基準を満たした 20 例に対して人工呼吸器を用いて CPAP モード(CPAP:continuous positive airway pressure, 10cm, 酸素投与 12L/分)を併用することで、すべての患者に無 呼吸テストを行うことができた。経皮的 CO2モニターは、PaCO2>60mmHg をよく反映するが、

無呼吸テストの有効性と安全性については十分なデータがない。また、動脈内にセンサーを 留置する方法はコストが高く、経皮的 CO2モニターと比較しても利点がない。

脳死判定の補助検査について検討がなされているが[日本救急医学会、脳死判定における補 助検査について、2015 年 5 月 29 日]、脳波はわが国の基準において必須であることに加えて、

全脳死を脳死とするという定義からも実施が要求されるので、特別な位置づけとなる。脳波 が残っていることは、脳のもっとも重要な機能である意識の座として大脳皮質活動が残存し ていることを意味するので、そのような状態を、「脳全体のすべての機能が停止した」と呼ぶ ことはできない。平坦脳波は脳死の十分条件ではないが、米国脳波学会の平坦脳波を示した 1,665 例中、回復がみられたのは薬物中毒の 3 例のみであり、脳死診断における特異性は十 分に高いことが示された。

聴性脳幹反応(ABR)は橋から中脳にかけて存在する脳幹の聴覚伝導路の機能をみるもので あり、脳幹機能の評価方法として有用である。わが国の脳死判定基準においてもその施行は 必須ではないが、強く推奨されている。また体性感覚誘発電位(SEP)において、延髄楔状束 核や内側毛帯起始部起源であることが示された N18 成分、P13/14 成分(耳朶基準)は、延髄

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