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II. 脳神経救急・集中治療を要する疾患と病態(成人)

4. 神経・筋疾患

4-1. Guillain-Barrē

症候群

Guillain-Barrē 症候群(GBS)は、自己免疫機序によると考えられる急性発症の炎症性多 発根ニューロパチーであり、4 週以内に極期に至る対称性の四肢運動麻痺と腱反射消失で特 徴づけられる疾患である。また外眼筋麻痺、腱反射消失と失調を呈する Fisher 症候群などい くつかの臨床的 variant も知られている。その臨床経過は極期においても歩行可能な軽症例 から後遺症が残存するあるいは死亡するような重症例まで多様である。現在急性期治療とし て一般的に行われている免疫グロブリン大量点滴静注療法(IVIg)や血液浄化療法が導入さ れたあとの調査においても、海外では人工呼吸器による管理を必要とするものが 16.4~

23.1%、死亡率が 4.1~6.3%あり、1 年後に歩行に介助を要したものが 16.5~19.7%あった

とされており、重症例は稀ではないとされる。

わが国での転帰は海外に比べると良好で、症状固定時点の独歩不能が 6%、死亡率 0.3%と 報告されている。診断・治療全般に渉るわが国でのガイドラインが日本神経学会より 2013 年 に出されているが、ここでは急性期の管理を対象とする。

GBS はその極期に呼吸筋麻痺や肺炎合併のために人工呼吸管理を要する場合がある。人工 呼吸器を要することは年齢や治療開始の遅れとともに死に関連する危険因子とされている。

呼吸管理が必要となるかどうかを予測する因子としては、発症から 7 日以内の入院、咳や立 位不能、肘や頭部の挙上不能、顔面や球麻痺があるなどの項目が挙げられている。呼吸機能 についての具体的な因子としては vital capacity (VC)<20ml/kg、最大吸気圧<30cmH2O、最 大呼気圧<40cmH2O またはこれらの因子が経時的に 30%以上減少する場合などが挙げられて いる。また Erasmus GBS respiratory insufficiency score (EGRIS)が提唱されており、脱 力発症から入院までの日数(7 日以上: 0 点, 4~7 日: 1 点, 3 日以下: 2 点)、顔面及び球麻 痺の有無(いずれかが入院時にみられれば 1 点)、四肢の筋力による MRC (Medical Research Council) sum score(60~ 51: 0 点、50~41: 1 点, 40~31: 2 点, 30~21: 3 点, 20 以下:

4 点)に基づいて 0 から 7 にスコア化し、人工呼吸器が必要となるのは 0~2 点が low risk で 1~6%、3~4 が intermediate risk で 19~30%、5~7 が high risk で 54~76%としてい る。また Peak flow(PF)が 250 L/分未満に低下するかが人工呼吸器を要するかの指標とし ている報告もあった。肺胞低換気が進行すると、通常、挺舌が困難となってくる。これらの 指標はベッドサイドで測定できる項目からなっており、繰り返し測定することが重症化の予 測に有用かもしれない。後ろ向きの検討であるが、GBS の死亡例を検討した研究で年齢と人 工呼吸器管理がそのリスクであり、死亡はむしろ集中治療室での急性期治療を終えた後の一 般病棟で多いとされており、管理上注意を要する点である。

GBS 患者において急激な血圧な変動、致死性不整脈と行った自律神経症候がみられること がある。病態としては軸索障害型よりも脱髄型に多いとされるが、GBS の自律神経症候につ いて前向きに検討した大規模調査はなく、その頻度や危険因子について未だ確定的なものは ない。90 例の GBS の検討で 34.4%に何らかの自律神経症状がみられ、自律神経症候の存在は また人工呼吸器管理を要する危険因子となっていたことが報告されており、稀ではなく、重 症化に注意を払うべき症候の可能性がある。症例報告レベルでは重症脱髄型 GBS で突然の徐 脈から心停止へ至った例があり、自律神経障害は運動障害が高度な患者にみられることが多 いとされるが、歩行可能な軽症患者に生じることもあり、どのような患者において起こるか を予測することは現時点では困難で対応が難しい。収縮期血圧の高度な日内変動(85 mmHg 以上)がみられた患者がとくに危険な不整脈を続発しやすいことは示されている。血圧の変 動が大きい例では、吸引処置や体位変換でも急激な血圧低下を起こすことがあり注意が必要 である。一方で 24 例の検討ではあるが、内訳として起立性低血圧(35%)、洞性頻脈(33.3%)、 高血圧症(33.3%)、徐脈(8.8%)、また神経因性膀胱も 20.8%でみられたが、長期予後への 影響は否定した報告もある。

IVIg と単純血漿交換療法(PE)は GBS の回復を早め後遺症の頻度を下げ効果は同等である ことが示されている。また治療後一旦症状が改善した後、治療効果が低下することで症状が 再増悪する治療関連性変動がみられるが、これも IVIg と PE で差はないとされている。IVIg、

PE、PE+IVIg 併用で治療効果に有意差はみられなかったことが報告されており、PE 後に IVIg

を行う根拠は乏しい。また IVIg 後に PE を行うとその効果を減弱させる可能性がある。有害 事象発生率も同等であるが、IVIg のほうが治療を完遂できる率が高かった。歩行が不可能な 重症例では積極的に治療を考慮し、反応がみられない例では再度治療を行うことを考慮して もよい。実際には特別な準備や装置が不要で直ちに施行できることから、最近では多くの施 設で IVIg が第一選択として用いられる傾向にある。後ろ向き研究であるが、人工呼吸器管理 を要する GBS では PE や免疫吸着法より IVIg、さらに複数回の IVIg の方が効果が勝ったとし たものがある。またわが国とは用量設定が異なっているが、治療前の血清 IgG に比して治療 後の IgG の上昇(ΔIgG と称する)が少ない場合は予後不良に関係するとした報告があり、

繰り返し IVIg を行う症例の選択に参考になるかもしれない。副腎皮質ホルモンの単独投与は 経口投与でも静脈内投与でも効果はなく、回復を遅らせる可能性がある。GBS の一部 Campylobacter jejuni感染例ないし抗 GM1 抗体陽性例ではメチルプレドニゾロンの併用が回 復を早めることを示唆する報告があるが、IVIg にメチルプレドニゾロンパルス療法を併用し ても IVIg 単独療法以上の効果は示されておらず、GBS 全体に推奨できる根拠はなく、日本神 経学会のガイドラインでも推奨グレードのない「重症例に対する選択肢の一つ」として挙げ られるに止まっている。種々の自律神経症候への対症療法についてはまとまったものはなく、

個々の症例ごとに対応を検討する必要がある。

すべての GBS 患者の急性期、および呼吸器が装着された重症 GBS 患者においては、脈拍 と血圧のモニタリングを行って、生命にかかわる自律神経障害の出現がないかを監視す る。酸素飽和度のモニターに加えて、ベッドサイドで PF、VC などの呼吸機能を頻回に 測定し、PF<250 L/分、VC<20 ml/kg 以下の場合や進行性に 30%以上の低下がみられ る場合に気管挿管、人工呼吸器管理を考慮する。入院時の EGRIS は参考になる可能性が あるが、あくまで予測因子である。自律神経症状がみられる症例では身体的な刺激や薬 剤に過剰に反応する可能性があり、慎重に管理を行う必要がある。

重症化が予測される発症から入院までが短期間の症例や、顔面神経麻痺や球麻痺を伴う 症例、頸部筋力低下のみられる症例、発症 2 週以内での歩行不能症例や症状が進行する 症例、2 週以降 4 週での歩行不能症例に対しては大量免疫グロブリン静注療法(IVIg)

あるいは PE を行う。また PE に代えて、二重膜濾過法、免疫吸着法を用いてもよい。

Knowledge Gaps

(今後の課題)

軽症の GBS において治療を行うべきかには十分なエビデンスがない。IVIg などの治療はよ り早期に行うほど治療効果は高いと考えられるため、とくに進行が急速な例では、歩行不能 などとなるのを待たずに治療開始するべきというのは理にかなっており、多くの施設では実 際にはそのような方法が選択されている可能性がある。日本神経学会ガイドラインでもその ような初期軽症例への治療もかなり認められるようになったが、この点についてのエビデン スの確立が望まれている。

臨床的に発症早期に軸索障害型、脱髄型を適確に分ける指標がない。免疫血清学的、また は電気生理学的な指標の確立が GBS の治療選択、予後予測をする上で有用かどうかについて のさらなる検討が望まれる。

4-2.

重症筋無力症

重症筋無力症(MG)は,骨格筋の神経筋接合部が抗体を介して破壊される自己免疫疾患で あり、日内変動・易疲労性を伴う筋力低下を主症状とする。日本神経学会の重症筋無力症診 療ガイドラインが 2014 年に 11 年ぶりに改訂され,変更点として病型を胸腺腫非合併の 50 歳 未満の早期発症 MG(early onset GM;:EOMG)、胸腺腫非合併の 50 歳以上発症の後期発症 MG

(late onset MG: LOMG)、胸腺腫関連 MG(thymoma-associated MG;:TAMG)の 3 つに分類し たこと、IVIg が治療として公式に認められたことの 2 つが大きな変化である。およそ 7 割の 患者で、アセチルコリン受容体(AChR)に対する自己抗体が証明され、抗 AChR 抗体陰性患者 の約 1/3 が筋特異性チロシンキナーゼ(MuSK)に対する自己抗体が陽性である。筋無力症ク リーゼは、呼吸筋麻痺ないし球麻痺のために気道確保が必要となった状況で,わが国では MG 患者の 10~15%が生涯に一度はクリーゼを経験する。抗 MuSK 抗体陽性 MG はとくに球症状が 強く重症な傾向があり、クリーゼに陥る率も高いので注意が必要である。

筋無力症クリーゼ治療において十分なエビデンスレベルをもった質の高いエビデンスの臨 床研究はなされていない。一般には早期の気管挿管と人工呼吸が推奨されるが、BIPAP など の非侵襲的換気法が挿管を避け換気が必要な期間を短くできる可能性も示されていたが,

PaCO2 45~50 mmHg 以下の段階に限定して導入すべきとされている。急速進行性、唾液分泌が 多い場合、もしくは、PaCO2 50 mmHg 以上の高 CO2血症に陥っている場合には、安全のために、

挿管を優先すべきである。また気管切開については、呼吸筋クリーゼからは必ず離脱できる ので,気管切開術に伴うリスク、縦隔感染のリスクも高まることも考えて、極力避けること と明記されている。

クリーゼが疑われる、あるいは補助呼吸中の患者では、抗コリンエステラーゼ薬を一時的 に中止することが一般に推奨されている。クリーゼ時の診断手段としてテンシロンR(エドロ フォニウム)を用いるべきではない。これは過剰投与により“コリン性クリーゼ”をきたす 可能性を除くためと,コリン作動性の気道分泌刺激を避けるためである。ただしこのような 一般的な見解に対し、クリーゼ患者への治療法で、抗コリンエステラーゼ薬、副腎皮質ホル モン、血漿交換療法(PE)の三者の間で差がなかったとする比較試験がなされている。しか し抗 MuSK 抗体陽性 MG では、抗コリンエステラーゼ薬で増悪する頻度が高いことが示されて おりとくに注意が必要である。

PE はクリーゼ時に短期的改善をもたらす治療法として推奨されている。IVIg も RCT でプラ セボに比べて重症例ほど有効であることが示されている。PE と IVIg との比較では両者同等、

ないし PE がやや優れているとするものもあるが、いずれの研究でも副作用は IVIg のほうが 少ない。これらをもとに IVIg を第一選択として推奨する意見が近年では有力である。PE や IVIg の効果は短期的なので、これらの開始後すみやかに大用量の副腎皮質ホルモン(プレド ニゾロン 1mg/kg/日)を開始することが推奨されている。

筋無力症クリーゼは早期に認識し積極的な治療を行う必要があり、ICU 管理が望ましい。

感染症対策、電解質バランスの補正、MG を増悪させる薬物使用の中止など、誘因の除 去と補正が合理的である。

気道の状態,痰の喀出や呼吸努力の状態などの臨床徴候を注意深く評価する。血液ガス や酸素飽和量のモニターだけでは不十分であり、ベッドサイドで肺活量(VC)、陰性吸 気圧(NIF)などの呼吸機能を頻回に評価し、VC<20 ml/kg、もしくは、NIF<30cmH2O

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