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韓国語「-겠-gess」に関する意味機能の考察

-敬語に付くケースを中心に-

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韓国語「-겠-gess」に関する意味機能の考察

-敬語に付くケースを中心に-

キーワード:「-겠-gess」の基本的意味機能、「-겠-gess」の多義性、「-겠-gess」の意 味強化機能

1.はじめに

韓国語の用言に使われる「-겠-gess」(1)に関しては、数多くの先行研究があり、「-

겠-gess」に様々な意味機能があることを明らかにしている(2)。その意味機能を整理して 示したのが、以下の(図1)である。つまり、「-겠-gess」のもつ意味機能は「意志」・

「推量」・「未確定」・「可能」・「予定」・「婉曲」・「未来」・「謙譲」と多くにわ たる。

ところで、先行研究における全恵英(1995)は「-겠-gess」に関して文法論に基づく 意味機能ではなく、語用論、つまり対話における機能を考察し、聞き手の談話状況で「未 確定」の場合、「恭遜」・「謙遜」の意味を持つとしている(3)。しかし、2人称が主語の 疑問文(聞き手の意向や現在の状況を尋ねる)の「-겠-gess」に「謙譲」ないし、「恭遜」

の意味合いがあるという氏の見解には、疑問が残る。なぜなら元来、「謙譲」または「恭 遜」という意味機能は、話し手(1人称)主語の平叙文、つまり話し手自身に関する発話 に現れ、聞き手(2人称主語)に関する発話に見られるものではないからである。一般的に

「謙譲」・「恭遜」は、話し手自身(1人称主語)がへりくだる場合に用いる表現なので ある(4)

このような問題点に気づいていたのか、すでに張京姫(1985)は2人称主語(聞き手)

の疑問文に「-겠-gess」が「恭遜」の意味合いとして使われるのは、聞き手が尊敬の対 象である場合に話し手が使う「特殊な用法」であるとしている(5)。張京姫(1985)の研究 は、話し手自身がへりくだる表現としての「-겠-gess」の「謙譲」や「恭遜」を、話し 手が聞き手(2人称主語)にも使うことがあることを説明している点でより進んだ分析で あると言えよう。しかし、氏の分析も卓見ではあるものの、話し手が聞き手(2人称)を 主語にした発話に使う「-겠-gess」の意味機能の解明には至ってない。

そこで本稿では、先行研究の成果を踏まえつつ、明らかになっていない、対話における

「-겠-gess」の意味機能を、ことに敬語と関連づけて考察する。すなわち、「-시-si」

(尊敬)・「尊敬用言」、そして「謙譲用言」に「-겠-gess」を付けたケースの発話を中心 に分析をする。対話における話し手と聞き手の関係は、話し手が「-ㅂ니다-bnida/-습 니다-seubnida」(格式体)や「-아요-ayo/-어요-eoyo」 (非格式体)、そして「-십니 다-sibnida/-으십니다-eusibnida」(格式体)や「-세요-seyo/-으세요-euseyo」

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(非格式体)を使う間柄、つまり聞き手が目上で話し手が目下であることを想定して論を 進める(6)。そして、対話は話し手が聞き手に発話する3つのケース、つまり1人称の主語、

2人称の主語、3人称の主語に分けて考察する。

2.韓国語における「-겠-gess」の多義性と敬語

先行研究において、「-겠-gess」が「時制範疇(未来・現在・過去)」、「推量(推測・

推定)」、「意志(意図)」、「予定」、「可能」、「未確定」、「婉曲」、「謙譲」などの 多義性をもっていることについては、すでに触れてきた。「-겠-gess」の多義性は、次 の(図1)のように示すことができよう。

(図1)「-겠-gess」の多義性

ここで、「-겠-gess」のそれぞれの意味機能を楕円で結んでいる理由は、「-겠-ges s」の多様な意味機能はそれぞれ別個のものとして現れるわけではなく、場合によっては複 数が絡んで現れるからである。これから取り上げる対話の中の「-겠-gess」は、実現さ れていない「非現実性」を帯びている。

ところで、韓国語の敬語は用言の語幹に一定の終結語尾を結合して、話題の人物、主体 や聞き手を高めたり、話し手がへりくだったりする。この敬語は、日本語と同様に「尊敬 語」・「謙譲語」・「丁寧語」の3つに分けられるが、それぞれの終結語尾について簡単 に触れておくことにする。

丁寧は用言の語幹に「-ㅂ니다-bnida/-습니다-seubnida」(格式体)、「-아요-ayo

/-어요-eoyo」(非格式体)を付けて「です・ます」という日本語訳になる。本来なら前 者の「格式体」は「-でございます」、後者の「非格式体」は「-です/ます」と訳さな ければならない。しかし、両者は日本語の「-でございます」と「-です/ます」ほどの 差がないため、両者とも「-です/ます」と訳すのが一般的である。

婉曲

意志 未確定

謙譲 未来

可能

予定

推量

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そして、尊敬(7)は用言の語幹に「-시-si/-으시-eusi」を付ける。すなわち、「格 式体」は語幹に「-십니다-sibnida/-으십니다-eusibnida」、「非格式体」は語幹に「-

세요-seyo/-으세요-euseyoseyo」をつけて、「お・ご-する/お・ご-になる」とい う日本語訳になる。特別に「尊敬用言」が存在している語もあり、例えば「드시다deusida・

잡수시다jabsusida」 (召し上がる)、「계시다gyesida」(いらっしゃる) 、「안 계시다 an gyesida」(いらっしゃらない)、「주무시다jumusida」 (お休みになる)、「돌아가시다 dolagasida」(お亡くなりになる)、「별세하시다byeolsehasida」(世を去られる)、「서거 하시다seogeohasida」(逝去なさる)が上げられる。

一方、謙譲は用言の語幹に「-겠-gess」を付けて、「-겠습니다-gessseubnida」とな る。また、特別な「謙譲用言」としては、「드리다deurida」・「바치다bachida」(さし あげる)、「말씀드리다malssumdeulida」(申し上げる)、「여쭈다yeojjuda」(伺う)、「뵙 다boebda」(伺う・お目にかかる)、「모시다mosida」(お供する)、現在は殆ど使わない「아 뢰다aroeda」・「사뢰다saloeda」(申し上げる)がある。

このような韓国語の敬語を理解した上で、「尊敬用言」・「謙譲用言」に「-겠-gess」

を付けた「格式体」、「非格式体」の意味機能を分析していくが、必要に応じて「-겠-g ess」を加えない用言も取り上げて比較を行う。

3.1人称主語における「-겠-gess」の機能

1人称主語の用言に「-겠-gess」が付いた場合は、話し手(1 人称)自身のことに関す る発話である。ここでの例文は、聞き手(2人称)が話し手より目上を想定している。

繰り返しになるが、1人称主語の用言における「-겠-gess」の意味機能を分析するた め、終結語尾は以下のように分けて考察する。

(g) :「謙譲用言」の「格式体」に「-겠-gess」を付ける。

(g’):「謙譲用言」の「非格式体」に「-겠-gess」を付ける。

(h) :「謙譲用言」の「格式体」のみ。

(h’):「謙譲用言」の「非格式体」のみ。

(i)(i’):「謙譲用言」に(-ㄹ-l/-을-eul)を付ける。

(j) : 一般用言の「格式体」に「-겠-gess」を付ける。

(j’): 一般用言の「非格式体」に「-겠-gess」を付ける。

(k) : 一般用言の「格式体」のみ。

(k’): 一般用言の「非格式体」のみ。

(l)(l’): 同じ意味の一般用言に(-ㄹ-l/-을-eul)を付ける(8)

これらの終結語尾をもって比較を行い、「-겠-gess」の意味機能を明らかにしていく ことにする。ここで、文法的に正しくない「非文」(不成立・不具合)は*印、一定の場面 で相応しくなく使わない「不適切文」(不適切)は、印で示す。

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<一般用言+「-겠-gess」>

●場面:教室の掃除をめぐって、話し手の学生(1人称主語)と聞き手の先生(目上)

との間で交わされた対話である。

(1) 이거 누가 할 거야? igeo nuga hal ggeoya これ誰がするの。

(j ) 제가 하겠습니다. jega hagesseubnida 私がいたします。

(j’)제가 하겠어요. jega hagesseoyo 私がいたします。

(k) 제가 합니다. jega habnida 私がします。

(k’)제가 해요. jega haeyo 私がします。

(l) 제가 할 겁니다. jega halggeobnida 私がします。

(l’)제가 할 거예요. jega hal ggeoyeyo 私がします。

(1)の(j)(j’)における「-겠-gess」は「-いたします」と訳しているが、日本語 の「-させていただきます」のニュアンスが強く、(l)に比べて、目上の聞き手を意識した

「謙譲」の現れと言える。なお、これから掃除をするという「意志」、未だに掃除が実現で きていない非現実であるため「未来」・「予定」の意味合いが含まれていると考える。(l’) は、「未来」・「予定」・「意志」の意味が含まれており、丁寧な表現であるが、(l)に比べる と、丁寧度は低い。一方、(l)(l’)の意味とほぼ同じであると言えるが、丁寧度は(j)(j’) に比べて、かなり下がる。

ここで、「-겠-gess」の表す「未来」とは、実現していない非現実のことであるが、

実現までのタイム・スパンについて考えてみたい。(1)における先生の掃除に対する問い かけに話し手の学生が反応として発話をしている。そこで、学生が話し手になり、先生が 聞き手になっているが、実際、学生の発話から掃除に取り掛かるまでの時間がタイム・ス パンである。つまり、学生が答えるや否や掃除を実行に移したら、そのタイム・スパンは 1秒、その実行が明日になれば 24 時間である。例えば、「내년,대학원에 진학합니다naen yeon daehagwone jinhaghabnida/진학해요 jinhaghaeyo」(来年、大学院に進学します)

のような事柄であれば、発話から進学の実現までのタイム・スパンは1年である。対話に よっては、未来、つまり発話から実現までのタイム・スパンが 10 年以上になることもあろ う。

このように、対話における「-겠-gess」の意味機能が未来であれば、その実現までの タイム・スパンは、対話の内容によってまちまちである。

一方、一般用言の「格式体」(k) 、一般用言の「非格式体」(k’)は未来の意味はなく、

現在ないし現在進行の意味合いが強い。(k)(k’)だけでは説明しにくいため、ほかの対話 を取り上げてみよう。

お母さんと子供の対話の中で、「미영아! 뭘 하고 있어? miyeoga! mwol hago isseo」

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(ミヨンちゃん、何をしているの)に対し、「밥 먹습니다bab meogseubnida/먹어요meog eoyo」(ご飯食べます)という子供の発話を耳にする。ここでは「먹습니다mogseubnida/

먹어요mogeoyo」を文字通りに日本語に訳すと「食べます」であるが、実は「食べています」

という訳がより韓国語のニュアンスに近い。つまり、一般用言の「格式体」や「非格式体」

において時制が現在の場合、そのニュアンスは現在ないし、現在進行である。

<一般用言+「-겠-gess」>

●場面:話し手の後輩(1人称主語)と聞き手の先輩(2人称)が話をしている途中、

後輩のほうが、約束があると言いながら先に席を立つ時の対話である。

(2)선배님!그럼 약속이 있어서 seonbaenim geuleoum yagssogi isseoseo 先輩、それでは、約束があるので

(j) 먼저 실례하겠습니다. meonjeo sillyehagess-seubnida お先に失礼いたし ます。

(j’) 먼저 실례하겠어요. meonjeo sillyehagess-eo-yo お先に失礼いたします。

(k) 먼저 실례합니다. meonjeo sillyehabnida お先に失礼します。

(k’) 먼저 실례해요. meonjeo sillyehae-yo お先に失礼します。

(l) *먼저 실례할 겁니다. meonjeo sillyehal geobnida お先に失礼する予定で

す。

(l’) *먼저 실례할 거예요. meonjeo silyehal geo-ye-yo お先に失礼する予定で す。

(2)の(j)~(l’)は、話し手(1人称主語)の意図するそれぞれの場面で使える対話 である。しかし、(j)(j’)の「-겠-gess」は「意志」を表し、また聞き手に配慮してへ りくだっている謙譲表現でもある。目上の人に対してへりくだる場合、(j)が一番丁寧な表 現と言える。

ここで、失礼な行動(先に席を立つ)に移る時間について考えることにしよう。話し合 っている途中、発話と同時にすぐ席を立つ場合、(j)~(k’)まではいずれも使える発話で ある。たとえ(j)(j’)の「-겠-gess」に未来という意味機能があっても、先に失礼する という場面では違和感なく使える。(k)(k’)は、発話から失礼な行動までが1秒もかから ないため、「-겠-gess」に未来の意味機能があっても現在や現在進行と同じく見なすこと ができる。しかし、(l)(l’)は辞去(いとまごい)の行動が明らかに未来に伴ってくると いうことを意味する。つまり実現までに要する時間が、(j)(j’)・(k)(k’)の辞去よりも はるかにかかるのである。要するに、(j)(j’)・(k)(k’)が辞去と同時か、あるいはすぐ というニュアンスがあるのに対し、(l)(l’)は、1人称主語が発話をしてからずいぶん時 間が経過してから席を立つという意味合いになるため、「非文」である。