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美化語の先行研究とその定義
1.はじめに
本章は、日本語における美化語を敬語の範疇に入れ、尊敬語・謙譲語・丁寧語との関係 を見つめつつ、「話し手」と「聞き手」の対話における名詞レベルの語彙を中心に、従来の 研究では明らかになっていない、美化語とは何かを明確にしてその定義を行うことを目的 とする。
従来、日本語における美化語の研究は、美化語を敬語と見なすかどうかの議論はもとよ り、美化語自体を否定するなど複雑、かつ多岐に亘っている。その主な原因は、美化語と は何か明確にされておらず、その定義も曖昧で、かつ美化語と他の敬語(尊敬語・謙譲語・
丁寧語)との関係も定かではないためと考える。しかし、本章では美化語を敬語の1つと して認め、尊敬語・謙譲語・丁寧語・美化語という4つの分類に基づいて論を進めること にする。さらに、対話場面における「話し手」と「聞き手」の関係の中で、それぞれの敬 語がどのように用いられ、いかなる語彙が美化語なのかを論証していく。
まず、美化語に関する先行研究を整理して、従来の研究がどのような問題点を抱えてい るのか明らかにする。さらに、美化語と他の敬語がいかなる共通性をもち、美化語とはど んな特徴を持っているのかということも追究する。ひいては、美化語を敬語に含める議論 をする論拠を示し、美化語とは何か、その定義を行い、美化語の研究の課題を提示する。
但し、本研究では名詞レベルの美化語を中心に取り上げて論じることを断っておく。
2.美化語の先行研究
日本語には、他の言語ではあまり例を見ないほど美化語が発達している。一般的に名詞 レベルでは語頭に接頭辞の「お/ご」を付ける形で表されるケースが多い。実に、その作 り方は生産的であると言える。以下の先行研究では、美化語と他の敬語との関係を念頭に 入れて整理を行うことにする。
現代日本語における美化語に関する研究のきっかけを提供した先駆けとしては、松下大 三郎(1930)があげられよう。松下(1930)は、現在の美化語という用語ではなく「美称」
と名付け、「御茶」・「お花見」などは所有尊称の虚的用法であるとする見解を示している。
この「美称」の提唱以来、辻村敏樹(1963)は人物・事物・事柄に関する敬語を素材敬 語とし、その素材敬語のうち、尊敬語・謙譲語は話題の人物の上下・尊卑のあり方につい ての表現であるが、そのようなとらえ方ではなく、素材を美化していうことばを美化語と する。その名詞レベルの美化語として「お天気」・「お弁当」と言ったことばを取り上げて いる。さらに辻村(1976)は、美化語は「話し手」の品格保持に使われ、対者を予測しな
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い場合でも用いられることばとしており、美化語に関するさらなる補足説明を加えている。
ちなみに、辻村(1976)が丁寧語と区別する意味で用いた美化語という用語は、その後、
学会で広まって定着し、「上品語・品位語・品格語」とも言われている。
一方、宮地裕(1971)は、話題のものごとの表現を通して「話し手」が自分の言葉づか いの品位への配慮を表す敬語との見解を示している。つまり宮地(1971)は、美化語は事 柄の表現を通して「話し手」自身の言葉づかいの品位・上品さを示し、「話し手」の言葉づ かいの丁寧さを部分的に表すため、相対的に結果として「聞き手」への配慮を間接的に示 す言葉となることもあるが、「聞き手」への配慮だけのものではないとしている。
そして大石初太郎(1974)は、美化語について自分の言葉を上品・きれいにする語であ ると定義を行った。つまり、「お茶を飲む」、「ご飯にする」、「お手洗いはどちら?」
などの例をあげて、次のように述べている(1)。美化語は、話題の人や「聞き手」に敬意を 表す敬語とは違う。「聞き手」への意識がないとは言えないが、自分自身の言葉の飾りと使 われるものである。その意味で、尊敬語・謙譲語・丁重語とは、一線を画して区別される ものということができようとする。さらに美化語は、その性質上、一般的に男性に比べて 女性のほうが多く使う。例えば男性は「めしを食う」と言えるが、女性はふつうそうは言 えない。「ご飯を食べる」と言う。とくに「お」をつける言葉を女性が多く使う。ある程度、
男性より女性が「お」を多く使うのは、自然のこととして認められる、としている。
また菊地康人(1994)は、敬語を尊敬・謙譲・丁寧と三分する場合の丁寧語とされてき たものには「です・ます」、「お菓子・ご飯」などがあるが、実は「です・ます」と「お菓 子・ご飯」では性質が違う。「お菓子・ご飯」は、「菓子」や「飯」をいわばきれいに上品 に述べる表現で、「聞き手」がなくても日記や独り言、内心の思考にも使われることがある。
美化語とは、「上品」という「待遇的意味」をもつ待遇表現ということになり、「話題の敬 語」である尊敬語や謙譲語とも異なる。人によっては、ある種の美化語は使うのが当たり 前のようになっている場合も多く、家族間でも使い、親が子にと怒鳴るような場合も用い る、とする。
最近、国立国語研究所(2007)は、美化語について「ものごとを、美化して述べるもの」
としつつ、その該当語例として「お酒」・「お料理」を取り上げている(2)。さらに、その解 説では、例えば「お酒は百薬の長なんだよ」と述べる場合の「お酒」は、尊敬語である「お 導き」・「お名前」などとは違って、「行為者」や「所有者」を立てるものではなく、謙譲語
Ⅰの「(立てるべき人物への)お手紙」などとも違って、「向かう先」を立てるものでもな い。謙譲語Ⅱや丁寧語とも違って、「相手」に丁重に、あるいは丁寧に述べているというこ とでもない。上記の例文に用いられているような「お酒」は、「酒」という言い方と比較し て「ものごとを、美化して述べている」と見られる、とする。
さらに国立国語研究所(2007)は、この「お酒」のような言い方は、その意味で狭い意味 での敬語とは、性質の異なるものである。だが、「行為者」、「向かう先」、「相手」などに配 慮して述べるときには、このような言い方が表れやすくなる。例えば、「先生は酒を召し上
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がりますか」や「先生、酒をお注ぎしましょう」の代わりに、「先生はお酒を召し上がりま すか」や「先生、お酒をお注ぎしましょう」と述べる方がふさわしい。こうした点から,
広い意味では,敬語と位置付けることができるものであり、この種の語は、一般に「美化 語」と呼ばれていると記す。
一方、外山映次(1977)は、美化語とは何かという問題より、美化語があるという前提 の上で、その使う担い手に関して、大石初太郎(1974)の見解を継承している。また、美 化語の歴史を鎌倉時代や室町時代にまで遡って、女性が接頭辞「お」付けの言葉を使って いたと述べている。接頭辞「お」については、やはり女性語との関係が深い。「お」と女性 語というと、鎌倉時代、禁裡の女官の間から発生してきたとされる女房詞を無視するわけ にはいかない。室町時代では、おおむね「おん」に代わって「お」が勢力を得ていたよう である。女房詞関係資料には貴人の生活(飲食・器物など)に関することばが多いため、
当初は尊敬語としての性格が強かったと思われるが、一般庶民の言語生活に入りこんでい くに従い、次第に丁寧語(美化語)化していったと思われる。江戸元禄時代の『女重宝記』
(1692 年成)の言葉は、女房詞の影響を受けつつも、女性特有の丁寧語(美化語)として 受けとめられていった。これは、「お」の使用過多という現象として現代にもひきつがれる ことである。女性が過度に「お」をつける傾向は、すでに室町時代末期から、江戸時代初 期にかけて、相当に一般化した、としている。言い換えれば、歴史的に見て美化語の使用 主体は女性が牽引役を果たしており、それが今日まで至っているとのことであろう。
しかし、このような先行研究の見解とは対立して、もう一方では美化語を全く認めない 研究もある。萩野貞樹(2005)は、美化語の用語や存在自体を否定し、従来の研究におけ る美化語は尊敬語であると見なしている。萩野(2005)は美化語の先行研究に対して、尊 敬語と言わないし、丁寧語とも言わない、そして謙譲語としても言わず、ただ自分の言葉 を上品に飾るための言い方に過ぎない。従来、美化語と言われるのは、尊敬語である。「お」
付けの例えば「お米」、「ご飯」と言ったものは、感謝の念をもっていただいており、まず は父母の恩、お百姓さんへの感謝、流通や販売と言った会社組織、また天地自然の恵み、
さらに神仏の加護、こうしたものがあって初めてご飯は私たちの口に入るという思いは、
別に宗教とは関係なく共通する感覚である。だから美化語ではなく、尊敬語と見なすべき と強く主張している。
3.問題の所在
美化語に関して、これらの多岐に亘る先行研究を有してはいるが、未だに美化語とは何 か、明確ではなく他の敬語との相違点も曖昧である。但し、美化語の存在を否定する見解 以外の諸研究では、美化語は品位を表す言葉であるという認識だけは共通していると言え る。以下では、美化語とは何か明確にされていない問題の所在を把握して行くが、この試 みは問題点を克服するために欠かせないことと考える。