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日本語の乳幼児期にみる美化語
キーワード:乳幼児語、乳児語、幼児語、美化語、育児語、婦人語
1.はじめに
本稿は、日本の乳幼児期に使われる接頭辞「お」付けの美化語を取りあげて、乳幼児の 成長段階を細分化し、それぞれの段階で用いられる美化語にはどんな語彙があって、その 特徴は何か、それに反復性言葉の「乳幼児語」との関わりも加えて追究するのを目的とす る。
まず、本稿では乳幼児の使う反復性の言葉をもって「乳幼児語」と呼ぶことにしたい。
例えば、子供の使う「アワアワ」のような語彙を意味する。従来の研究では、この「乳幼 児語」をもって<幼児語>としてきている。
<幼児語>に関しては多くの研究が行われてきたが、それらは主に音韻や音節に基づく 研究が中心である。早川勝広(1973)は、<幼児語>の擬声擬態語を中心にして、それら に反復性があるのを明らかにしている。そして、窪薗晴夫(2006)は<幼児語>について、
その特徴をいくつか取り上げているが、「2音節、3~4モーラの長さ、反復形が多い」こ とを指摘し、この幼い子供の使う言葉に対して「ワンワン」と言った反復性の言葉をもっ て<幼児語>としている。さらには、この<幼児語>をもって「育児語」や「母親言葉」
と言っている(1)。さらに、友定賢治(2006)も同じ用語を用いるが、その理由として幼児 における言葉の学習だけではなく、地域社会の一員として迎え入れるための人間教育の言 葉であるからと説いている(2)。
このように、<幼児語>に関しては多様な研究が行われてきているが、乳幼児期の「お」
付けの美化語に関する研究はほとんど行われていない。つまり、乳幼児期における言葉の 中で美化語の視点が欠落している。子供の言葉の出発点を<幼児語>に求め、反復性の言 葉がその出発点のすべてかのように見なしているのである。この見解は、従来の研究にお ける共通認識と言える。さらに、ここには子供の発達段階における乳児期という観念が抜 け落ちており、この時期の乳児語という用語も設定されていない。その背景には、乳児は 言葉を発することができないという固定観念があるためと考えられる。
しかし、人間の成長の営みにおいて乳児期を経ない人生はなく、たとえはっきりとした 言語駆使の能力が身についていない時期であっても言葉に触れないことはない。ことに、
この乳児期の子供は言葉が定着していないこともあって、親をはじめとする周りの人間が 必死で子供に言葉を身につけさせようとする。そのため大人たちは子供に繰り返し言葉を しゃべりかけ、子供に何らかの反応や言葉を発するよう促すものである。
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本稿では、乳幼児期という子供の発達過程を細分化して「乳児期」と「幼児期」に分け、
なお乳幼児の言葉をめぐる用語の定義も改める。そこで、先行研究においては欠落してい る乳児期という時期や概念を設定して「乳児語」とし、幼児期の言葉は「幼児語」という 用語を用いる。さらに、乳児期と幼児期にまたがる時期に対しては「乳幼児期」とし、こ の時期の言葉を「乳幼児語」と定めたい。つまり、子供の発達段階において使われる言葉 を細分化しながらも連続的に捉える。
詳細には、乳児期における「乳児の美化語」(以下、「乳児語」とする)と幼児期におけ る「幼児の美化語」(以下、「幼児語」とする)をそれぞれ個別に捉え、その違いを見据え ながらも、その間には乳幼児期の「乳幼児語」という乳児期と幼児期を繋ぐ連続的な語彙 も存在することにも目を向ける。
以下では、この「乳児語」や「幼児語」、そして「乳幼児語」を交えながら乳幼児期のこ とばの分析を行う。そこで、おおよその年齢をもって両者を区切ると、乳児期は0~2歳
(3歳の直前まで)、そして幼児期は子供が保育所や幼稚園に入って卒業する概ね3~5歳 になるまでとする(3)。年齢による区切りには個人差、そして保育所や幼稚園に通うかどう かによる差が介在するため、概ねの傾向であることを予め明記しておく。ちなみに、乳児 期や幼児期を経験した子供は小学校に入学する「児童期」(6歳~8歳になるまで)の「児 童語」に入るが、期間だけを提示して本稿では触れないことにする。
2.乳幼児の言葉をめぐる用語
乳幼児期の乳幼児を対象とする言葉に関する多様な用語やその意味合いについて、予め 明確にしておきたい。乳幼児の言葉は、概ね3つの基準でもって分けられよう。一つ目は 使用主体、二つ目は使用目的、三つ目は成長過程による区分である。その用語としては「育 児語」(4)・「母親言葉」・「母親語」(5)・「婦人語」(6)・「先生語」・「乳児語」・「乳幼児語」・
<幼児語>・「幼児語」・「児童語」が取り上げられる。
これらの中で使用主体による用語と見なせるのは、「母親言葉」・「母親語」・「婦人語」・「先 生語」・「乳児語」・「乳幼児語」・<幼児語>・「幼児語」・「児童語」である。乳幼児を育て る上で、誰が乳幼児の言葉を誘導していくのかの主体を表す用語は「母親言葉」・「母親語」・
「婦人語」・「先生語」であろう。つまり、乳幼児の言語を母親(夫人)、そして先生が主体 的にリードしていくということである。「乳児語」・「乳幼児語」・<幼児語>・「幼児語」・「児 童語」とは、言葉を発する主体が乳児・幼児・児童という意味である。但し、「乳児語」の 使用主体である乳児は、実際に言葉を駆使することができないため、乳児を言葉の主体と 見なすにはやや問題点があると言えよう。
次に、使用目的に基づく用語は「育児語」と言える。つまり、乳幼児の言葉は乳幼児を 育てるという意向が強いからである。実際、一般的に乳幼児語の研究において「育児語」
というのは、反復性のある言葉やモーラ性のある言葉の意味合いとして使われる。しかし、
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乳幼児期のみならず児童期におけるすべての言葉も乳幼児の子供を育てるという機能を果 していることを鑑みると、「育児語」が含みうる対象時期や対象の子供の幅が広すぎる。そ の意味で、もう少し育児の時期を厳密に分けて使用目的による名づけが必要であろう。つ まり、「育児語」とは乳幼児から児童に至るまで使う言葉は、すべてが育児を目的とする言 葉なのである。
最後に、成長過程による用語は「乳児語」・「乳幼児語」・「幼児語」・「児童語」である。
これらは乳児期に使う「乳児語」、乳幼児期の「乳幼児語」、幼児期の「幼児語」、そして児 童期の「児童語」と理解できよう。しかし、すでに見てきたように、これらの用語は使用 主体の観点から考えることもできる。なお、従来の研究では「乳児語」という概念が設定 されていない。これらの用語の諸問題について新たな概念を提示しながら、論を進めてい く。
3.乳児語
日本語には美化語が発達しており、とりわけ乳児期(0~2歳<3歳の直前まで>)こ の子供に対してよく用いるのが乳児の美化語の「乳児語」である。この「乳児語」にはど のような言葉があるのか調べて取りあげ、その使用主体や言葉の特徴について分析を行う。
(1)「乳児語」(0歳~2歳<3歳の直前まで>)
①お乳 ②お寝んね ③お目々 ④お手々 ⑤お耳 ⑥お口 ⑦おへそ ⑧おしっこ ⑨お腹
上記の「乳児語」は個人差はあるものの、この時期の乳児を育てる家庭では聞くことが できる言葉である。ところで、子供は生まれて即座、言葉を発するわけではなく、片言を 口にしたりするのは約1歳頃であると言える。したがって、この乳児期の子供はほとんど 言葉を発することができないため、子供自身が①~⑨の語彙を主体的に用いることはない。
また実際に子供が言葉を駆使することは、2歳になるまでは難しい。子供が1歳までは、
子供は主に喃語をしゃべるのである。
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では、この「乳児語」を用いる主体は誰であろうか。それは主に親が子供に対して繰り 返し口にする言葉であり、発する主体はほとんど母親である。多少の言葉を真似ることが できる1歳以降の子供も「乳児語」を用いるが、やはり能動的ではなく受動的である。
ところで、これら①~⑨は、乳児が聞いて理解するかどうかは別にして、絶えず母親が 一方的に子供に語りかける語彙である。例えば、0歳児の子供はしゃべることはもとより 理解もしていないが、母親は子供に乳を与える時に「お乳、飲もうね」、寝かせる際は「お 寝んねしよう」、排尿時は「おしっこしたね」、風呂に入れながら「お口、拭こうね」など の言葉を発する。さらに、母親が0歳児に語りかける場面を取り上げると、以下のような 具合である。
母親(話し手) :おみみ、かわいいね。
0歳児(聞き手):・・・
母親(話し手) :ママのおみみと一緒だね。
0歳児(聞き手):・・・
つまり、生まれてから片言を発することができる1歳頃まで、母親が繰り返し子供に話 しかける「乳児語」はほとんど母親の独り言に近い。ここで、「聞き手」の0歳児はまだ話 せないため、ここには「話し手」と「聞き手」がともに同じ語彙を用いる双方向性がない ように見える(7)。「乳児語」は乳児が能動的に使うのではなく、日本語を取得させるため 母親が用いる語彙である。
しかしここで留意したいのは、たとえ0歳児の「聞き手」が言葉を発していなくても「話 し手」の母親の「ママのおみみも一緒だね」という場面からは、その双方向性が間接的に 読み取れる。
0歳児が片言を話せる1歳くらいになると、子供は母親が発する「乳児語」を真似て言 語の学習をしていく。しかし、あくまでも乳児期の子供が美化語を用いるのは能動的な主 体としてではない。主に母親が用いる言葉に対して子供は受動的に反応し、ほとんど自主 的に乳児語を使うことはないのである。つまり、「乳児語」は乳児のモチベーションではな く、乳児に接する大人の態度を反映するものである。
次は、母親が手の汚れている2歳児くらいの子供に語りかけて、手を洗うよう促す際、
母親が子供に話す会話を取り上げよう。
母親(話し手) :お手々綺麗にしようね。
2歳児(聞き手):うん!お手々きれいにする。