第1節 目的
第 2 章では,居心地悪さの具体的な内容と居心地悪さが変化する契機に関する検討を行 った。しかしながら,それぞれ単独での検討であったため,相互の関連性が不明確であっ た。そこで,第 4 章では面接調査によって「居心地悪さ」体験に関する詳細なデータを得 ることで,「居心地悪さ」体験とその変容過程についてより詳細に検討を行う。質問紙調査 から得られた居心地悪さの具体的内容,及び変化のきっかけのカテゴリーを「居心地悪さ」
体験のプロセスに布置し,居心地悪さの変容過程を検討する。その際,どのような居心地 悪さに対してどのような対処方略がなされるのか,そのパターンについて検討を試みる。
また,第2章において詳細に検討することができなかった,「居心地悪さ」体験の変容過 程の中で「視点転換」がどのように用いられているのかについても再度検討を試みる。
第2節 方法 2-1.対象者
心理臨床活動を行う5名の初心者に面接調査を実施した。その内訳を以下に示す。なお,
対象者の臨床経験年数は半年~2年未満であった。
1 ) 大学院生(対象者A,B)
大学院において臨床心理学を専攻し,大学付設の相談室で臨床活動を行う大学院生 2 名
(男性1名,女性1名)。この2名は,第2章及び第3章の調査への協力も得ている。
2 ) 初心の心理臨床職(対象者C,D,E)
臨床心理学を専攻する大学院を修了し,心理臨床職に従事する臨床家 2 名,及び臨床心 理学を専攻する大学院を中退し,心理臨床職に従事する臨床家1名の計3名(女性3名)。
心理臨床職の経験年数はいずれも1年未満である。この3名は,第4章のみ協力を得た。
2-2.調査手続き
半構造化面接を実施し,「居心地悪さ」体験のエピソードを収集した。居心地悪さの定義 は,第2章の調査で用いた,「落ちついて面接に臨むことのできない状態」である。
対象者によって面接調査でのエピソードの抽出方法が若干異なっており,以下にその違 いを記す。
1 ) 大学院生
第 2 章で実施した質問紙に記載されていた,これまでの大学付設の相談室でのケース担 当において居心地悪さを感じたエピソードについて面接調査で語ってもらった。
2 ) 初心の心理臨床職
事前に記入用紙を配布し,記入されたエピソードについて面接調査で語ってもらった。
記入用紙には,1.院生時に大学付設の相談室でのケース担当において居心地悪さを感じた エピソード,2.職場での臨床活動の中で居心地悪さを感じたエピソード,の2つの設問を 設定した。記入するエピソード数の制限はしていない。この記入用紙は直接分析の対象と せず,当時のエピソードを想起しやすくする目的で用いた。記入用紙には,①その場面の 経緯,②その居心地悪さの具体的内容,③その後の展開,④居心地悪さが変化した場合に は,何がきっかけになっていたかを刺激文として提示し,エピソードの自由記述を求めた。
半構造化面接を実施するにあたり,各エピソードに対して以下の 6 項目を尋ねている。
質問項目は,1 ) 2 ) どちらの対象においても共通である。
ア) 面接の概要(そのクライエントとの間で主にどんなやりとりがなされていたか)
イ) 居心地悪さの生じた場面,その時のセラピストとクライエントの様子 ウ) 居心地悪さの具体的内容
エ) 居心地悪い場面,及びその後の面接におけるセラピストの注意・関心の対象 オ) その後の面接の展開
カ) 居心地悪さが変化するきっかけとして考えられること
面接のプロセスを把握するための質問項目としてア)・イ)・オ) の3つの質問項目を,居 心地悪さの内容について把握するためにウ) を,居心地悪さの変化のきっかけを捉えるため にカ) を,そして,視点転換の様相を探るための質問項目としてエ) を設定している。
面接内容は,許可を得てICレコーダーに記録した。
一人あたりの面接実施時間は,1時間20分~1時間40分であった。
2-3.分析方法
インタビュー内容をもとに,筆者が以下のa~fの6つの観点で各エピソードをまとめ,
エピソードを記述した。
a. 居心地悪いエピソード b. 居心地悪さの具体的内容 c. その後の展開
d. セラピストの注意・関心の変遷 e. 居心地悪さの変化のきっかけ f. 視点転換の様相
第3節 結果
3-1.「居心地悪さ」体験の変容過程
面接調査の結果,対象者から10のエピソードが得られた。考察に先立って,対象者の語 りをもとに前述した 6 つの観点でそれぞれのエピソードの概要をまとめた。その後,第 2 章で得られた居心地悪さのカテゴリーと変化のきっかけのカテゴリー,及び先行研究の知 見をもとに各エピソードの解釈と視点転換の様相について検討を行った。その際,第 2 章 で作成したカテゴリーは【 】で,今回新たに作成したカテゴリーは[ ]で示す。また,
各エピソードをまとめたものを表4-1,表4-2,表4-3,表4-4,表4-5,表4-6,表4-6,表 4-7,表4-8,表4-9,表4-10に示す。
今回の調査において,大学院生時と就職後の違いを検討する目的で対象者C,D,Eには 院生時と就職後とを分けてエピソードを収集した。しかし,就職後のエピソードは2つ(エ ピソード⑤,⑧)しか得られなかったため,今回は院生時と就職後の両方を含めて検討を 行うこととした。
また,面接調査実施時に居心地悪さが継続しているエピソードが2つあった。
本編では,以下の(1)~(10)のそれぞれで,「1)エピソードの概要」を<a>~<e
>の5項にわたって詳述し,さらにエピソード内容をまとめた表4-1~表4-10を掲載して おりますが,守秘にかかわる部分があるため,「1)エピソードの概要」には項目名のみを
示し,表4-1~表4-10は掲載しておりません。詳細については,修士論文を所管する講座
までお問い合わせ下さい。
(1)エピソード①(対象者A)
1) エピソードの概要
<a.居心地悪い面接場面>
<b.居心地悪さの具体的内容>
<c.その後の展開>
<d.セラピストの注意・関心の変遷>
<e.居心地悪さの変化のきっかけ>
2) エピソードの解釈
エピソード①における「居心地悪さの具体的内容」は,積極的に話題を提供する初回面 接時のクライエントと,次に面接時の話すことを拒むクライエントとの明らかな違いに対 する戸惑いによるものであり,【前回とのギャップ】に属するものである。また,セラピス トは初回面接時のように話をしようとクライエントに気が急いて働きかけるものの奏功せ ず,戸惑っている部分は【うまくできないことへの否定的感情】に属するものである。さ らに,その後においても,自らの関わり方に自信がなく,再び以前と同じ状況に陥ること への不安(【セラピストの行動への疑惑】)や,そうなった場合の対処法がないことへの戸 惑い(【どうすればいいのか分からない戸惑い】)も見られていた。
「変化のきっかけ」に関しては,その後の面接においてクライエントの雰囲気に変化が 見られたことや,クライエントの想いが語られたことでセラピストが今後への希望を持て るようになっており,【クライエントの変化】として捉えることができる。クライエントの 変化の要因は高校中退による環境の変化に関連付けられていたものの,明確には述べられ ていなかった。また,他のスタッフとの関わりの中でクライエントの行動の捉え方が変わ ったことが報告されており,[見立ての修正]があったと考えられる。さらに,【スーパー ヴィジョン】での指摘や個人での[ふり返り]を経て,『クライエントを大事にする姿勢を 伝えよう』という関わり方をするようになったことも見られた(【セラピストの関わり方の 変更】)。
エピソード①では,セラピストがうまくクライエントの言語的な反応を引き出せなかっ た面接を経験し,セラピストは分からない戸惑いを抱えつつ,クライエントへの関わり方 をスーパーヴァイザーの指摘を模倣する形で模索し,試行している。このセラピストは,
SkovholtとRønnestadにおける「セラピストの発達段階」の「エキスパートを模倣する段
階」(金沢,1998)にあると考えられる。「エキスパートを模倣する段階」では,理論,ア プローチ,技法を,エキスパートのように上手にできるようになることが中心的な課題で あり,初期の不安や自信のなさは模倣によって方針と枠組みを得られることで一時的な安 心感と冷静さへとかわっていく(金沢,1998),とされており,スーパーヴァイザーの方針 を取り入れることで,戸惑いの安定化が図られたと考えられる。しかしながら,セラピス トはまだ関わり方に確信が持てずに模索しており,居心地悪さが変化するには至っていな
い。しかしながら,クライエントの雰囲気や様子の変化を受けてセラピストは,現在取り 組んでいる方向性に期待を抱いていた。
エピソード①における視点転換の様相は,クライエントに発言させることを重要視して いたがうまくいかず,スーパーヴァイザーの指摘を取り入れながら,面接の場でクライエ ントの存在そのものを尊重する関わり方に注意を払うように変更がなされていると考えら れる。この視点転換にはスーパーヴァイザーの影響が強く関与していると考えられ,第 2 章において示唆されたスーパーヴィジョンが視点転換の契機となっていることが示されて いる。