電磁気学に関しては教科書は概ね,卑近な法則の説明から入り,後から原理としてMaxwell (マクスウェ ル)方程式を提示するというボトムアップ式の構成となっている.しかしながら本稿では5-0節として新たに オリジナルの節を設け,いきなり電磁気学の原理であるMaxwell方程式を書き下し,その説明も兼ねていく つかの諸法則を導く.次いで5-1節以降の教科書の記述に沿って電磁気学の基礎を概観する.なお5-0節では 付録Bの数学的知識を必ずしも断りなく全面的に用いる.
蛇足 電磁気学は本来的には電磁場の理論であるけれど,
高校の電磁気学ではその応用にあたる電気回路の理論にかなりの比重が置かれている印象を受ける.
5-0 電磁気学の原理
電磁場の定義
速度vで運動する電荷qが,電荷の位置での電場Eと磁束密度Bから受ける力は F =q(E+v×B)
と表される.これは
qが静止しているときに受ける力F0 → その点での電場E=F0/q,
qが速度vを持つときに受ける力F0+∆F → その点での磁束密度B(∆F =qv×B)
のように,試験電荷qに働く力から電磁場E,Bを求め,定義する式である.なお磁場(磁束密度)から受ける 力qv×BをLorentz(ローレンツ)力と呼ぶ.(電場から受ける力も合わせたF =q(E+v×B)をLorentz 力と呼ぶ流儀もある.)
注解 確かにLorentz力の表式は電磁場の定義式であるけれど,これは「U磁石の間を通過した電荷は軌道を
曲げられる」というような,ある種の物理法則を含んでいると言えるだろう.質量の定義について2-2 節で述べたように,一般に物理量の定義は物理法則の上に成り立っている.
ここで
真空の誘電率 ε0= 8.85×10−12C2/Nm2, 真空の透磁率 µ0= 1.26×10−6N/A2
を導入する(その定義については5-6節参照).磁場Hは物質中では磁束密度と概念的に異なるものだが,真 空中での磁場Hは磁束密度とH=B/µ0で関係付けられている(以上5-5節,p.203).
さらに電荷密度ρと電流密度jを導入しておく.電流密度とは電荷の流れの方向を向き,大きさが自身に 垂直な単位面積を単位時間に通過する電荷の総量に一致するようなベクトルである.ここから面積素ベクトル dSを持つ面積素を単位時間に通過する電気量はj·dSで与えられることが分かる.実際,図96より電流密 度jと角度θを成す面要素を単位時間に通過する電荷の総量は
j×(dScosθ) =j·dS となっている.
図96 電流密度ベクトル(電荷の流れの密度・流束)j
Maxwell方程式
電磁気学の原理はMaxwell方程式であり,それは初等的には以下の4つの式で表される.
∇·E=ρ ε0
, (24)
∇×E=−∂B
∂t , (25)
∇·B=0, (26)
∇×B=µ0j+ε0µ0∂E
∂t . (27)
以下,Maxwell方程式(24–27)について順番に説明する.
電場のわき出しの式(24)
Maxwell方程式(24):∇·E=ρ/ε0 はGauss(ガウス)の法則と呼ばれ,定性的には電荷の周りに電場がわ き出すように分布することを意味している.有限の体積Vにわたって両辺を体積積分しGaussの発散定理 (付録B.10参照)を用いると,積分形のGaussの法則
∫
S
E·dS= 1 ε0
∫
V
ρdV
に書き換えられる(SはVの表面,dSはその面積素ベクトル).これは任意の閉曲面Sからの電場のわき出し が,Sの外部の電荷分布とは無関係にSの内部の総電荷Q=∫
VρdV で決まることを意味している.
「電場のわき出し」という表現について 実際には電場に沿って物質が流れているわけではないので,「電場 のわき出し」と言ってもそれが何を意味するのか本来は不明瞭である.しかしながら電場ベクトルを流 体の速度ベクトルに読み替えれば,面積積分∫
SE·dSは表面Sを通過して単位時間に流出する流体の 体積を表す.そこでこの量を「電場のわき出し」と呼ぶ(付録B.10も参照).
微分形のMaxwell方程式と近接作用 上で見たようにMaxwell方程式の積分形の表現は微分形の表現と数学
的には等価であるけれど,物理的にはMaxwell方程式を式(24–27)のような微分形に書けることは,
それが場(物質場を含む)の近接作用であることを表している.
Gaussの法則に対する直観を得るために,興味ある1つの重要な場合として,原点に置かれた点電荷Qが 作る静的な(すなわち時間変化しない)電場(静電場)の分布を考えよう.系の球対称性より求める電場もまた 球対称であり,E(r) =E(r)ˆrと表される(ˆr≡r/rは動径方向の単位ベクトル).実際このとき原点を中心と して空間を回転しても電場分布は不変であり,球対称性が満たされている.ここで原点を中心とする半径rの 球面に対してGaussの法則を適用すると4πr2E(r) =Q/ε0 となるので,
E(r) = Q
4πε0r2, ∴E(r) = Q 4πε0r2 ·r
r
を得る.これはCoulomb(クーロン)の法則と呼ばれ,電場の強さは電荷Qに比例し,電荷からの距離rと ともに1/r2に従って弱まることを意味している.
出発点を成すMaxwell方程式は場の線形な方程式だから,重ね合わせの原理が成り立つ(付録C.7参照). したがって静止電荷分布が作る静電場は,電荷の各微小要素がCoulombの法則に従って作る電場の重ね合わ せとして得られる.
注意 以上の議論は場の球対称性を仮定しているため,点電荷が運動する場合には適用できない.実際,運動 する点電荷が作る電場はCoulombの法則に従う静電場とは異なったものになる(付録C.18.8参照) [1, pp.103–105,pp.181–183].実は荷電粒子間の相互作用をCoulomb相互作用によって記述するのは(し たがって磁場を無視し,相互作用を瞬時に伝わるものと仮定するのは),粒子の速度が光速に比べて非 常に小さい非相対論的な極限で成り立つ近似である [1, pp.186–189].ここで相対性理論は相互作用が 有限の速度で伝わるという前提(光速度不変の原理)の上に成り立っていることを思い出されたい(付録 C.16参照).
電場の渦の式(25)
Maxwell方程式(25):∇×E=−∂B/∂tはFaraday(ファラデー)の電磁誘導の法則と呼ばれ,定性的に は磁場の時間変化が周りに渦を巻くような電場分布を作ることを意味している.有限の曲面S(面積素ベクト ルdS)にわたって両辺を面積積分しStokesの定理(付録B.10参照)を用いると,積分形
∫
C
E·dr=−d dt
∫
S
B·dS
に書き換えられる(CはSの縁を成す閉曲線,drはその線要素ベクトル).ここで左辺の量∫
CE·drは閉曲 線Cに関する電場の循環または起電力と呼ばれ,右辺の量∫
SB·dS ≡Φは曲面Sを貫く磁束と呼ばれる.
上式は任意の閉曲線Cを貫く磁束の時間変化が閉曲線Cに起電力を生じることを意味している.仮に閉曲線 Cに沿って導線が置かれているとすると,導体名部の電荷が電場から力を受けて電流が流れる.ただしここで のCはあくまで空間に固定した仮想的な閉曲線であって,そこに導線が置かれているか否かに関わらず電場 のCに沿う周回積分はゼロでない値を持つ.
注意 Maxwell方程式(26):∇·B= 0によれば磁場はわき出さない.ここから磁束∫
SB·dSの値は閉曲線 Cを縁として共有する全ての曲面Sに共通であることが保証される.実際そのような2つの異なる曲 面S1,S2をとると,S1とS2から作られる閉曲面S = S2−S1からの磁場のわき出しはゼロになるため
0 = I
S
=
∫
S2
−
∫
S1
, ∴
∫
S1
=
∫
S2
.
図97 コイルCが単位時間にC′まで移動して作られる側面の要素v×dr
なお磁束密度B(r, t)は位置と時間の関数であるけれど,面積積分∫
SB·dSは時間だけの関数となっ ているため,常微分の記号d/dtを用いている.
■運動する導体内に発生する起電力 これに対して閉曲線C が実際に導線(コイル)でありこれが磁場 の中を動く場合にも,導体内部の電荷がLorentz力を受けるため実効的に起電力Vemf が生じる(emfは electromotive forceの略,教科書p.213).しかしこれは上記の電磁誘導とは異なる現象であり,このときの 起電力は磁場が時間変化しない場合にも生じ得る.ところが奇しくも,この場合の起電力も電磁誘導の場合と 全く同じ形
Vemf =−dΦ
dt (28)
に表される(導出は下記).これは「現在のところ偶然のいたずらとしか考えようがない」[8, pp.209–212]. 起電力の式(28)の導出 一般にはコイルCを貫く磁束の変化への寄与は,コイルの運動だけでなく磁場自身の変化から
も来る.しかし本稿では磁束密度Bが時間変化しない場合に話を限定する.速度vで運動する導線の素片dr内 の電荷qに働くLorentz力は,その位置での磁束密度Bを用いてqv×Bと表される.そこで実効的な電場を E=v×Bと同定し,コイルCの起電力を
Vemf =
∫
C
(v×B)·dr=−
∫
C
B·(v×dr)
と考えると,最右辺のB·(v×dr)は図97のようにCが単位時間のうちに移動して作られる側面の要素v×dr を貫く磁束になっている.ところで単位時間後のコイルの位置をC′とすると,磁場はわき出さないから(Maxwell 方程式(26))C′を貫く磁束を計算するのにC′を縁とする任意の曲面を選んで良い.そこで
(C′を貫く磁束) = (Cを貫く磁束) + (側面を貫く磁束) とすると,(側面を貫く磁束) =∫
CB·(v×dr)は単位時間当たりの磁束の変化dΦ/dtに一致していることが分 かる.以上より起電力の式(28):Vemf=−dΦ/dtを得る.
磁場のわき出しの式(26)
Maxwell方程式(26):∇·B = 0は空間の各点における単位体積からの磁束密度Bのわき出しがゼロにな ることを意味している.有限の体積Vにわたって両辺を体積積分しGaussの発散定理(付録B.10参照)を用
いると,積分形 ∫
S
B·dS= 0
図98 磁石全体を取り囲む閉曲面 図99 N極だけを取り囲む閉曲面
に書き換えられる(SはVの表面,dSはその面積素ベクトル).これは以上の数学的操作の意味レベルでの解 釈からも理解されるように,任意の閉曲面Sからの磁場のわき出し(磁束)はゼロになることを意味している.
磁場がわき出さないことの意味は,それによって磁石のN極またはS極が単独で存在すること(磁気モノ ポール)が禁止されるということの中に含まれている.実際,例えば磁石のN極を単離できたとすると,それ を取り囲む閉曲面からは磁場がわき出すことになり,Maxwell方程式(26):∇·B= 0に矛盾する.現実には 図98のように磁石のN極とS極は必ずペアで現れ,磁石を囲う閉曲面からのN極側での磁場の 流出 とS 極側での 流入 は相殺するため,わき出しはゼロになる.実は棒磁石内部にはS極からN極に向かう磁場 が分布しているため,図99のようにN極だけを囲う閉曲面をとってもやはり磁場のわき出しはゼロになる.
磁場の渦の式(27)
Maxwell方程式(27):∇×B=µ0j+ε0µ0∂E/∂tはAmp`ere-Maxwell(アンペール・マクスウェル)の 法則と呼ばれ,定性的には「電流密度j」と「電場の時間変化∂E/∂t」が周りに渦を巻くような磁場分布を作 ることを意味している.有限の曲面S(面積素ベクトルdS)にわたって両辺を面積積分しStokesの定理(付録 B.10参照)を用いると,積分形
∫
C
B·dr=µ0
∫
S
j·dS+ε0µ0d dt
∫
S
E·dS
に書き換えられる(CはSの縁を成す閉曲線,drはその線要素ベクトル).右辺の第1項における∫
Sj·dS≡I は曲面Sを貫く全電流であり,第2項の∫
SE·dSは曲面Sを貫く電場の束と呼ばれる.電場の束の時間変化 ε0d
dt
∫
SE·dS は電流Iと同様に磁束密度の循環(周回積分)∫
CB·drをもたらすので,これを1種の電流と 見て変位電流と呼ぶ.
電場の時間変化(変位電流)が周りに磁場の渦を作ることは,磁場の時間変化が周りに電場の渦を作るとい う電磁誘導の法則と対称的な関係にある.それだけでなく,変位電流の項は電荷保存則が成立するために是非 とも必要とされる.実際,電荷保存則を表す連続の式(付録C.12参照)は変位電流の項を考慮して初めて満た される:
∂ρ
∂t +∇·j=ε0∇·E+ 1 µ0∇·
(
∇×B
−ε0µ0
∂E
∂t )
(Maxwell方程式(24),(27))
=0. (恒等式∇·(∇×B) = 0,付録B.10参照)
さらに言えば,変位電流の項を含む正しいMaxwell方程式はLorentz変換に対して共変的である(付録C.18).
表4 Maxwell方程式まとめ
電場E 磁束密度B
わき出し 式(24):∇·E= ρ ε0
式(26):∇·B= 0 渦 式(25):∇×E=−∂B
∂t 式(27):∇×B=µ0j+ε0µ0
∂E
∂t
注意 電荷保存則は変位電流も含めた電流の密度がわき出さないこと
∇· (
j+ε0
∂E
∂t )
=∇·j+∂ρ
∂t = 0
を意味している.ここから積分形のAmp`ere-Maxwellの法則における面積積分 µ0
∫
S
( j+ε0
∂E
∂t )
·dS
の値が閉曲線Cを縁として共有する全ての曲面Sに共通であることが保証される.
Maxwell方程式まとめ
以上でMaxwell方程式に対する説明を1通り行った.今一度Maxwell方程式とそのイメージを表4と図 100にまとめておこう*26.
参考 電束密度D≡ε0Eを導入すると
式(24) → ∇·D=ρ, 式(27) → ∇×H=j+∂D
∂t と簡略化される.
電磁ポテンシャル
本節では要点・結論を1通り先に述べ,後からまとめて式の導出や補足説明を行う.
まずMaxwell方程式(25),(26)によれば,スカラー・ポテンシャルϕとベクトル・ポテンシャルAを導 入して電磁場を
E=−∂A
∂t −ϕ, B=∇×A (29)
と表すことができる.ϕとAをまとめて電磁ポテンシャルと呼ぶ.逆に電磁場はポテンシャルから上式(29) に従って導かれると言えば,Maxwell方程式(25),(26)は恒等式として自動的に満たされるため,電磁気学 の原理としては残りの電荷を含む式(24),(27)だけで充分である.
ところで同一の電磁場E,Bを与える電磁ポテンシャルは無数に存在する.実際,任意関数χ(r, t)に対し てゲージ変換と呼ばれる置き換え
ϕ → ϕ′=ϕ−∂χ
∂t, A → A′=A+∇χ (30)
*26図100におけるBiot-Savartの法則についてはこの後で説明する.そこで見るようにBiot-Savartの法則の導出には,厳密には
∇·B= 0も用いることになる.
図100 Maxwell方程式まとめ
を行っても,得られる電磁場は不変である.そこでこの自由度を利用して,Lorenz条件 ε0µ0
∂ϕ
∂t +∇·A= 0 (31)
を満たす電磁ポテンシャルϕ,Aをとることができる.
この電磁ポテンシャルϕ,Aに対してMaxwell方程式(24),(27)は源付きの波動方程式 (
ε0µ0
∂2
∂t2 −∆ )
ϕ= ρ ε0
, (
ε0µ0
∂2
∂t2 −∆ )
A=µ0j (32)
になる(波動方程式については付録B.11参照).
以上より電磁気学の原理を改めて次のように述べることができる.すなわち電磁場は場の方程式(32)から 決定される電磁ポテンシャルから式(29)に従って導かれる.
■導出・説明
式(29)の説明 Maxwell方程式(25):∇·B= 0より磁束密度をB=∇×Aで与えるようなベクトル・ポテンシャル Aが存在する(付録B.10参照).これをMaxwell方程式(26)に代入すると
∇× (
E+∂A
∂t )
= 0
となるので,渦無し場E+∂A∂t をE+∂A∂t =−ϕで与えるようなスカラー・ポテンシャルϕが存在する(付録C.3参照). ゲージ変換(30)の説明 ゲージ変換(30)によって得られる新しい電磁ポテンシャルϕ′,A′から導かれる電磁場はもと の電磁場(29)と変わらない:
E′=−∂A′
∂t −ϕ′=−∂A
∂t −ϕ=E,
B′=∇×A′=∇×A=B. (恒等式∇×∇χ= 0(付録B.10参照))