3-1 理想気体と絶対温度
固体・気体・液体
固体・気体・液体の性質を表2にまとめる.気体は容器全体に拡散するため,気体の体積とは容器の体積の ことである.なお「高校の熱学では……対象もほとんど気体に限られる」(p.2).
分子間距離と分子間力
分子間力はファン・デル・ワールス力と呼ばれ,そのポテンシャルは図58のような概形の距離r依存性を 持つ(r0はポテンシャルの極小値を与える距離,ポテンシャルと力の関係は2-10節参照).
• r < r0のとき
分子間には斥力が働く.これは量子力学の効果である.
– r=r0はそれ以上近づくと斥力を受ける距離であり,
分子を剛体球のように見なしたときの直径に相当する.
• r > r0のとき
分子間には分子内の電荷分布に起因する引力が働く.
分子全体は電気的に中性だから,分子のサイズより大きい距離(r→ ∞)では力はゼロになる.
表2 固体・気体・液体の性質(⃝は「有り」,×は「無し」または「ほぼ無し」) 気体 液体 固体
圧縮性 ⃝ × × 流動性 ⃝ ⃝ × 表面 × ⃝ ⃝
図58 分子間力のポテンシャル
注解
希ガスの原子間力はLennard-Jones (レナード-ジョーンズ)ポテンシャル u(r) =U0
[(σ r
)12
−(σ r
)6]
で良く近似できることが知られている[11, p.12].
分子間力と液体・気体のちがい
液体は表面を作る ⇐ 分子が内向きに力を受け,表面の外に飛び出すことができない (大きな運動エネルギーを持った分子は表面から逃げる(蒸発))
⇐ 分子間に引力が働いている
[r=r0で安定しているのではない.それは固体である.]
⇐ 液体ではr > r0,
液体は圧縮性が小さい ⇐ 液体ではrは斥力の働く距離r0とそれほど離れていない,
(実際,液体の密度は固体(分子はr=r0の周りに振動)の密度と ほとんど変わらない)
気体は表面を作らず,
圧縮性が大きい ⇐ 液体ではrが大きく,分子間力は事実上ゼロ.
実際に分子間距離を見積もってみよう.1molの水(18g)を考えると,体積は液体ではV液 = 18cm3(およそ ピンポン玉の体積),気体では標準状態でV気= 22.4l= 22.4×10−3cm3(およそバスケットボールの体積)だ から,
r気 r液 =
(V気 V液
)1/3
≃10, r液∼ (V液
NA )1/3
∼10−10m.
[r液は分子のサイズと同程度となっている.]
気体の特殊性
厳密には分子間力は物質の種類によって異なるけれど,気体については十分希薄で分子間力の影響を無視で きる限りで,物質の詳細に依らずに次の関係が成り立つ.
• Boyle(ボイル)の法則
気体の圧力P,体積V に対して
P V = const. (温度一定のとき)
• Gay-Lussac(ゲイリュサック)の法則 V沸点−V氷点
V氷点 = 0.366 = 100
273. (圧力一定のとき)
[圧力の一定値に依らない.]
• 氷点,1atmにおける1molの気体の体積
V氷点=V0≡22.4l.
[氷点は考えている気体の凝固点ではなく水の(1atmでの)凝固点であって,
すぐ後で定義される摂氏0◦Cである.0◦C,1atmは標準状態と呼ばれ,これは氷点に他ならない.]
■圧力について
• 大気圧 1atm = 1.013×105Pa = 76cmHg.
• 圧力の単位Pa(パスカル) = N/m2,1hPa(ヘクトパスカル) = 100Pa.
摂氏温度と理想気体
分子間力を無視することができ,それ故に上の関係が厳密に成り立つ理想気体を考え,1atmでのその体積 V を用いて摂氏温度θ◦Cを
θ= 100 V −V氷点 V沸点−V氷点
で定義する[θは温度から単位を除いた数値である].するとこれはCharles(シャルル)の法則 V(θ) =V0(1 +αθ), α= 1
273 :膨張係数 (1atmのとき) (7)
となる.[言い換えればシャルルの法則は理想気体を用いた摂氏温度の定義式である.]
シャルルの法則(7)の導出 摂氏温度の定義式を体積V について解くと V =V氷点+ 1
100(V沸点−V氷点)θ=V氷点
( 1 + 1
273θ )
となる.V氷点=V0なのでこれはシャルルの法則(7)に他ならない.
V0の定義に関する注意 ここでは氷点での体積V0は1molの期待に対する値v0= 22.4l/molでなくても良く,考えて いる気体の物質量がnならばV0=nv0である.これを状態方程式の導出の際に用いる.
理想気体による絶対温度
よってボイルの法則P V = const.における一定値を,大気圧P0= 1atmでの体積V(θ) =V0(1 +αθ)を 用いて評価すると
P V =P0V0(1 +αθ) =αP0V0(273 +θ) となる.そこで理想気体を用いて定義した絶対温度を
T = (273 +θ)K
で導入すると(単位:K(ケルビン)),絶対零度T = 0(−273◦C)で気体の体積はV = 0となる.理想気体では 理論的にこうならざるを得ない.
理想気体の状態方程式
以上より理想気体の状態方程式
P V =nRT, R= 8.31J/mol·K :気体定数 (8)
を得る.これは現実の気体に対しても常温以上・常圧以下では良く成り立つ.
図59 剛体球ポテンシャル
状態方程式(8)の導出 ここではどうしても文字と数値の混在した式を書かざるを得ない.
P V =αP0V0
T
1K=nRT, R≡αP0v0
1K = 1
273(1.013×105N/m2)(22.4×10−3m3/mol)K−1
=8.31J/mol·K.
注解 状態方程式においてT = const.とおくとボイルの法則P V = const.が,P = const.とおくとシャルルの法則 V ∝Tが再現される.
理想気体についての若干の補足
理想気体は分子間力を無視した気体と言ったが,直ぐ後で見るように熱平衡が達せられるためには分子間の エネルギーのやり取りを要するから,[r=r0における]衝突までも無視することはできない.ここでr0= 0
[と考えれば,これ]は理想気体の分子の大きさを無視することを意味する.
注解
直径r0の剛体球の間に働くポテンシャルは図59のようである.すなわちr > r0では力が働かないのに対 し,r=r0のところではポテンシャルの勾配は無限大だから,無限に大きな力が働く.剛体球どうしの接触時 間は一瞬なので,剛体球に働く力積は,したがって衝突前後の運動量変化は有限の値に留まる.
3-2 気体分子運動論
物の熱さと熱運動
「前節では,物質の特殊性に左右されない温度として分子間力の働かない理想気体を導入することによって
『絶対温度』を定義した.」他方,分子運動論的立場では「物が熱いとは物体を構成している分子の熱運動が激 しいことを意味する.ここで熱運動とは」流体の重心とともに動く座標系に対する「分子の無秩序な運動をさ す」.「そして温度とは,熱運動の激しさを表す量である」(以上,p.122).
• お風呂のお湯は全体としては静止しているけれど,個々の分子は激しく熱運動をしており,熱い.
• 川の水や風は全体としては勢い良く流れていても,
その重心系で見た分子の熱運動が激しくなければ熱くはない.
熱運動と温度
熱運動が無秩序な運動であるならば,各座標軸i方向への運動に対応する運動エネルギーmvi2/2は,全分 子について平均をとると等しくなる.[ただしviは流体の重心系で見た速度であり,それ故に分子の熱運動の 速度を表していると考えられる.]すなわち全分子についての相加平均を⟨· · ·⟩で表すと
⟨1 2mvx2
⟩
=
⟨1 2mvy2
⟩
=
⟨1 2mvz2
⟩ .
この量は熱運動の激しさの指標となっているから,その単調増加関数は何であれ温度に用いることができる.
温度と熱平衡
実際,例えば熱い鉄塊を冷水に入れた場合を考えると,平均的には水分子は熱運動の激しい鉄から運動エネ ルギーを受け取る.これは鉄から水への熱の流れがあることを意味している.最終的に鉄と水とで運動エネル ギーの平均値が等しくなったとき(熱平衡),[経験的に]両者の温度は等しくなっている.このことからも運 動エネルギーの平均値⟨mvi2/2⟩が温度の資格を持つことが裏付けられる.
気体分子運動論
気体分子運動論によれば,質量mの気体分子の集団について気体の圧力Pは,分子数密度ν,分子の平均 の(並進)運動エネルギーε=⟨mv2/2⟩を用いて
P = 2
3νε (9)
と表される.これを状態方程式P =νkT(kはBoltzmann定数)と組合せると ε= 3
2kT となり,エネルギー等分配則
⟨1 2mvx2
⟩
=
⟨1 2mvy2
⟩
=
⟨1 2mvz2
⟩
=1 2kT を得る.式(9)の説明に先立って,いくつか注意を述べる.
注解 示強変数 本稿では諸関係式を,圧力や温度,分子数密度のように空間の各点ごとに局所的に定義され た量(示強変数)だけを用いて,各位置ごとに成り立つ関係として表現した.特に状態方程式
P=νkT
について,体積V の気体に対する表現P V =nRT との等価性を見るには ν =nNA
V , k= R NA
, ∴νk=nR V を用いれば良い.
「気体分子運動論」「状態方程式」「熱運動のエネルギーと温度の関係」の関係 理想気体を用いて温度 T を定義する代わりに,熱運動の平均のエネルギー⟨mvi2/2⟩が温度の指標になるという前節まで の議論に基づき, ⟨
1 2mvx2
⟩
=
⟨1 2mvy2
⟩
=
⟨1 2mvz2
⟩
= 1 2kT
図60 「気体分子運動論」「状態方程式」「熱運動のエネルギーと温度の関係」の関係
によって温度T を定義すれば,これを気体分子運動論の結果(9):P = 23νε=ν⟨mvx2/2⟩と組合 せて逆に状態方程式P =νkT が導かれることになる(図60参照).これは気体分子運動論から状 態方程式が基礎づけられたことを意味しており,ここから逆にボイルの法則などの経験則が説明さ れる.またこの温度T は理想気体を用いて定義した絶対温度に一致する.
式(9)の導出 そこで本稿では教科書のように,一辺Lの立方体の箱に封入した理想気体を考える代わりに,空間の各位 置ごとに局所的に成り立つ関係として式(9)を導く.今,図61のように微小面積∆Sを持つx軸に垂直な壁面を 考え,ここに衝突する分子(質量m)が壁に及ぼす圧力Pを調べよう.ただし弾性衝突を仮定する.これは分子の エネルギーが減らないような断熱壁を考えることに対応している.各時刻tに分子の位置がx周りの微小体積d3x に含まれ,速度がv周りの微小な範囲d3vに含まれる分子数をν(x,v)d3xd3vと書いて状態空間(x,v)の粒子数 密度ν(x,v)を定義する.以下では位置xと時刻t依存性を省略して,これを単にνvと書く.微小時間∆tのう ちに面積∆Sに衝突する,速度範囲d3v(ただしvx>0)に含まれる分子は図61の柱の体積vx∆t∆Sに含まれて いなければならないから,その個数は
νv(vx∆t∆S)d3v
である.1個の分子は弾性衝突の際,壁にx成分2mvxの力積を及ぼすから,壁の受ける力積は P ∆S∆t=
∫
vx>0
2mvxνv(vx∆t∆S)d3v と表される.よって圧力は
P =2m
∫
vx>0
vx2νvd3v=m
∫
vx2νvd3v (等方性ν(−vx,vy,vz)=ν(vx,vy,vz))
=ν⟨mvx2⟩: (9),
ν=
∫
νvd3v:分子数密度, ⟨mvx2⟩=
∫
vx2νvd3v
∫ νvd3v となる.
図61 気体分子のもたらす圧力
図62 分子の進行方向に軸を持つ底面の半径r0の円筒
平均自由行程
分子を直径r0[半径ではない]の剛体球と見なして,その平均自由行程lを考えよう.平均自由行程とは分 子が他の分子に衝突せずに進むことのできる平均の距離のことである.図62のようにある分子の進行方向に 軸を持つ底面の半径r0の円筒を考えると,分子は中心が円筒に含まれる他の分子と衝突する.分子の数密度 をν とすると,円筒の長さlごとに1個の分子が含まれること
πr02l×ν= 1 から平均自由行程は
l= 1 πνr02
と表される.[これは分子のサイズr0と数密度νの減少関数となっており,定性的にもっともな結果である.] 例──気体の平均の速さと平均自由行程
気体分子の平均の速さとして
√⟨v2⟩=
√3kT m
を用いることができる.空気の約80%を占める窒素(分子量28)の分子質量mを用い,27◦C(T = 300K)で
これを評価すると √
⟨v2⟩ ≃5×102m/s となる.
一方,平均自由行程
l= 1 πνr02 は,この温度での分子の数密度
ν = 6.02×1023
22.4×10−3m3×300K273 K = 2.45×1025/m3 を用い,r0をr水= 3×10−10m(3-1節)で代用すると
l≃1.4×10−7m と見積もることができる.
以上より平均自由行程l は分子直径r0 の約500倍[そして分子間距離 r気 = 3×10−9m の約50倍]
であるにも関わらず,単位時間当たりの衝突回数は√
⟨v2⟩/l ∼ 109/sに上る.このため気体分子は速度
√⟨v2⟩ ≃5×102m/sで飛び交っていても,1秒後に500m先まで到達することは期待できず,実際には1秒 後にも比較的近くにいる.
注解
気体分子の速さの目安にはここで見た速度の2乗平均
vs=
√3kT m の他にも,速さの分布関数
N(v) = 4πv2×( m 2πkT
)3/2
exp (
−mv2/2 kT
)
から求まる以下のものがある[12, pp.31–39].
速さの最確値 vm=
√2kT
m , (速さの分布関数N(v)を最大にするv) 速さの平均値 v≡
∫ ∞
0
vN(v) N dv
√8kT
πm. (速さの分布から求めた平均値)
ここでkT は(運動)エネルギーの次元を持つので kT /m は(速度)2 の次元を持つ.よって共通の因子 (kT /m)1/2は速度の次元を持っている.いずれも(kT /m)1/2程度であり,音速
c=
√γkT
m (理想気体に対して,4-2節参照) と同程度である(音速の典型的な値は約300m/s).