注解
力学的な波動と光(電磁波)を数学的な類似性に基づき「波動」と一括りにせず,物理的な観点からこれら を異なる現象として区別した結果,「力学的な波動」に1つの章が割り当てられているものと考えられる.そ うであるならば僭越ながら,この点は大変好感が持てる.
4-1 進行波の数学的表現
波動現象を学ぶにあたって
具体的な物理現象 ↔ 抽象的な数学的表現.
その上で「物理では,数学はあくまで道具であり,中心はやはり物理現象だから,[物理現象のイメージに対 する]直感的理解がより大切である.そして,現象が直感的に正しくつかめていれば,数学の理解もまた容易 になる」(p.142).
注解
そこで教科書では次節「波動とは何か」において力学的な波動に対する物理的・直観的なイメージが導入さ れ,次いでそれを数学的な表現と照らし合わせることになる.いずれにせよ5-1節では「媒質を波が伝播する としたら,それは数学的にどのように表現できるか」が論じられており,実際に個々の系に対して波が伝播す ることを決める具体的な物理は5-2節で見ることになる.
波動とは何か
x軸に沿ってピンと張った弦を伝わる波を例に力学的波動について説明する(以下,図72参照).ここでは 運動するもの(媒質)は弦を構成する各質点である.質点がy方向に変位する場合を考えよう.弦の一端Oを 上下に(y方向に)揺さぶると,となりの質点は張力に引かれて少し遅れて同じy方向の運動を行い,そのと なりの質点もさらに少し遅れて同様の運動を行う.このとき各質点は弦に垂直な方向に(y方向に)振動して いるだけであり,力学的波動においてはこのように有界な運動形態(運動のスタイル)が時間遅れを伴って隣 接する媒質に伝えられる.こうして弦は波の形を作り,各質点はその場で(位置xで)振動しているだけであ るにも関わらず,例えば波の山に注目すると,それはx方向に進行する.[ここで山の位置にある質点は時刻 によって異なるから,山に注目することは異なる質点に注目していることになる.]
横波 変位が波の進行方向に垂直な波.
縦波 変位が波の進行方向に平行な波.
縦波も変位を波の進行方向に垂直な方向に起こして,横波と同様に描くと見やすい(図73参照). 注解 慣習的に波の進行方向を縦(longitudinal),それに垂直な方向を横(transverse)と呼ぶ.
図72 弦を伝わる波動
図73 x軸に沿う縦波の変位(赤い矢印)を 横方向 に起こして描く(青い矢印)
波の数学的表現
位置xにある質点の時刻tにおける変位をy(x, t)と書く.ここで座標xは質点の名前の役割を果たしてい る.[流体力学の文脈では,このような座標はLagrange座標と呼ばれる.]x軸正の向きに速度V で伝播する 波を考えると,
• 原点の質点の運動をy(t,0) =f(t)とすると,
位置xの質点は時間x/V だけ遅れて同様の運動を行うからy(x, t) =y(0, t−V /x),すなわち y(x, t) =f
( t− x
V )
. (x <0やV <0に対しても正しい) – こちらの方が前節の物理的な直観に即している.
• 時刻tにおける波形y=y(x, t)は
初期時刻t= 0における波形y(x,0) =F(x)をx方向にV tだけ平行移動して得られるから y(x, t) =F(x−V t).
★ 関数f, F の関係をf(t−x/V) =F(−V(t−x/V))と考えれば,
2つの表現は確かに等価であることが分かる.
正弦進行波
媒質の1回きりの運動 → パルス波,
図74 曲面y=asin(ωt−kx+δ)(y方向にずらして描画)
媒質の周期運動 → 周期的な波.
本稿では既に2-6節の注解で指摘したように,「一般に周期的な運動は単振動の重ね合わせで表すことが可能 である.それゆえ,媒質の変位が単振動をする正弦波が重要である」(p.145).媒質の振幅a,周期T での単 振動が作る正弦(進行)波は
y(x, t) =asin {
ω (
t− x V )
+δ }
, ω≡2π
T = 2πν, ν≡ 1
T :振動数 と表される.
注解 これはt−x/V の関数となっており,
• xを任意に固定すると,
与えられた位置xにおける媒質が時間とともに単振動していることが見て取れる.
• tを任意に固定すると,
与えられた時刻tにおける媒質の空間分布が正弦波を成していることが見て取れる.
曲面y=y(x, t)のグラフは図74のようであり,x= constとt= constの断面形の各々が正弦曲線と なっている.
ここで三角関数の中身{· · · }は与えられた位置xと時刻tでの波の状態(山や谷など)を決めており,位相 と呼ばれる.与えられた時刻tにおいて決まった位相の状態にある,例えば山となる位置xは,位相が
2π T
( t− x
V )
+δ= (
2n+1 2
)
π, n= 0,±1,±2,· · ·:整数 となる位置
x=xn≡V t+ ( δ
2π−n−1 4
) T V なので,隣り合う山の間隔|xn+1−xn|は
λ=T V
となる.これは波長と呼ばれ,波が1周期Tのうちに進む距離となっていることが見て取れる.[このことか ら逆に上式λ=T V を説明できる.波長λを用いて逆に波の伝播速度V を表せばV =νλ.]
正弦波の別の表現
y(x, t) =acos {
ω (
t− x V )
+δ1
}
, (δ1=δ−π/2) y(x, t) =asin
{ ω
(x V −t
) +δ2
}
. (δ2=π−δ) やはり{· · · }が位相.
注解
■位相の別表現 時刻tの係数について
2π
T = 2πν=ω.
振動数νは単位時間当たりの振動回数であるのに対し,振動数ωは単位時間当たりの位相の変化である.
また波数k≡ 2πλ を導入すると
V =νλ= (2πν) ( λ
2π )
= ω
k, ω=V k, k= ω V なので,位置xの係数は
ω
V =k= 2π λ となる.この関係は
ω V = 2π
T · 1 V =2π
λ =k
としても得られる.本稿でも弦を伝わる波や音波,電磁波について学ぶように,しばしば波の伝播速度は物理 的に定まっており,これは与えられた速度V の下でのωとkの関係と見なされる.結局位相は,煩わしい付 加定数δを省くと
2π T
( t− x
V )
= 2π (t
T −x λ )
=ωt−kx
と書き換えられる.いずれも確かに無次元量になっていることが見て取れる(三角関数の中身は無次元でなけ ればならない).
■位相速度 正弦進行波に対して見たように,波の伝播速度は位相kx−ωtを一定にする位置x=ωkt+ const.
の時間変化率V =ωk として得られ,それ故に位相速度とも呼ばれる.同様の議論が円偏光の進行速度,また は床屋の前にある赤と青の螺旋の置物(サインポール)の縞模様の上昇速度にも当てはまる.
円偏光において電場Eと磁束密度Bは,座標系(時間の原点を含めて)を適当に選ぶと
E=a
cos (kz−ωt) sin (kz−ωt)
0
, B=a
cos(
kz−ωt+π2) sin(
kz−ωt+π2) 0
(12)
という形に表される[1, pp.130–131].よってz軸上の各点に分布する電磁場ベクトルE,Bの先端は図75の ように常螺旋を描く.そしてベクトルE,Bはz = constの水平面内で回転する.この様子は床屋のサイン ポールに似ている.
床屋のサインポールでは赤と青の螺旋が中心軸の周りに高さ一定の面内で回転しており,その結果として 赤と青の縞模様が上昇していくように見える.(これは弦の質点がその場で振動する結果,波動が弦の方向に
図75 円偏光と床屋のサインポール
沿って伝播することと比較される.)x軸正の方向をサインポールの正面とすると,より正確には図75に示し た正面の中心線と,螺旋との交点が上昇する.すなわち正面方向の方位角はϕ= 0であり,常螺旋の式(12) においてベクトルの指す方向の方位角が
kz−ωt= const(= 0), kz−ωt+π
2 = const(= 0) を満たすような座標(高さ)zが時間とともに増大する.ここで上昇速度は
˙ z=ω
k
であり,これは式(12)の位相が一定となる条件から得られたものだから,位相速度と呼ばれるのはもっとも である.
特に円偏光に対してはその時間発展(12)がMaxwell方程式に従うことから,上昇速度は ω
k =c
でなければならない.すなわち電磁波の位相速度は光速cである.
媒質の速度・加速度・エネルギー密度
正弦進行波に対して各質点mは変位がy=y(x= const, t)で表される単振動を行うことから明らかなよう に,単振動の方程式
m∂2y
∂t2 =−mω2y
を満たす(K≡mω2はばね定数に相当).[∂2/∂t2は位置xを固定した時間微分(付録B.8参照).] また各質点は振幅aの2乗に比例する単振動のエネルギー
ε=1
2Ka2= 1 2mω2a2
を持つため(2-6節),波のエネルギー密度もまた振幅の2乗に比例する.実際,x方向の単位長さ当たりの
• 粒子数をn (粒子数線密度)
• 質量をρ=mn (質量線密度)
• エネルギーをE=nε (波のエネルギー密度)
とすると,
E=1 2ρω2a2 となる(a2に比例).
重ね合わせの原理
2つの波y=y1(x, t),y=y2(x, t)がぶつかったときに作られる合成波は,これらの変位の重ね合わせ y=y1(x, t) +y2(x, t)
によって与えられる.
注解
次節で述べる予定であるが,波動現象は弦の変位などの物理量が波動方程式を満たすことから導かれる(付 録B.11参照).そして重ね合わせの原理は波動方程式
Ly= 0, L≡ 1 V2
∂2
∂t2 − ∂2
∂x2
が線形の方程式であることの帰結である.(したがってこれは原理というよりもむしろ法則と言える.)実際,
線形性は
L(y1+y2) =Ly1+Ly2
を意味する.よって2つの波y=y1(x, t),y=y2(x, t)が波動方程式に従って実現されるとき,合成波y1+y2
も波動方程式を満たし実現可能となる:
Ly1= 0, Ly2= 0 ⇒ L(y1+y2) = 0.
なお基礎方程式の線形性と重ね合わせの原理についてのより一般的な議論は付録C.7参照.
5-2 波の伝播のメカニズム
本節では
• 弦の振動が波として伝わること
• 空気の密度変化が音波として伝わること
を物理法則から説明する.それに伴って波の伝播速度が導出される.
弦を伝わる波
まずは前節で見た弦を伝わる波について,本稿オリジナルの議論を展開する.弦の微小振動を仮定し,弦を 伝播する波動が運動方程式に従って実現されることを説明する.微小振動の仮定により弦の伸びは小さいた め,弦の張力は弦に沿って一定の値T を持つものと考える.図76のように弦の横幅∆xの部分に注目する と,仮定により図76の角度θ(x), θ(x+∆x)は微小なので,ここに働く力のy成分は
T{sinθ(x+∆x)−sinθ(x)} ≃T [∂y
∂x ]x+∆x
x
≃T∂2y
∂x2∆x
図76 弦の微小振動
と書ける(∂/∂xは時刻tを固定した微分(付録B.8参照),∂y/∂x= tanθ).よって運動方程式 (ρ∆x)∂2y
∂t2 =T∂2y
∂x2∆x は波動方程式
1 V2
∂2y
∂t2 −∂2y
∂x2 = 0, V ≡
√ T
ρ :波の伝播速度 になる(付録B.11参照).ここから弦を波が伝わることが説明される.
波の伝播速度V の次元解析 伝播速度V =√
T /ρは確かに速度の次元を持っている:
[V] =
(M L/T2 M/L
)2
= L T.
逆に弦の張力T と質量線密度ρから速度の次元を持つ組合せを作ると√
T /ρとなることから,伝播速 度は無次元の数係数を除けば,√
T /ρに比例することがあらかじめ期待できる.
微小振動を仮定しない場合 微小振動の仮定を外しても,同時に弦の張力の非一様性を考慮すれば同じ波動 方程式を得ることができる(教科書p.147欄外の註を参照).実際,各位置xで弦の伸びにより張力は T(x)になっているとすると,x方向の力のつり合い
0 =T(x+∆x) cosθ(x+∆x)−T(x) cosθ(x)
よりT(x) cosθ(x)は位置xに依らずに一定となり,その値は波のないときの弦の張力T0に一致する (θ(x)→ 0のときT(x) cosθ(x)→ T0).よってこの場合にも幅∆xの弦の微小部分に働く力のy成 分は
[T(x) sinθ(x)]x+∆xx = [T(x) cosθ(x) tanθ(x)]x+∆xx =T0[tanθ(x)]x+∆xx ≃T0∂2y
∂x2∆x となる.こうすれば角度θ(x)が微小であることを仮定する必要はない(近似に用いたのは横幅∆xが 微小であることだけである).
なお教科書ではパルスと正弦波の伝播速度を,パルスの先端と正弦波の山の各々が運動方程式に従うことか ら導いている.導出は以下のようなものであり,面白い.
図77 パルスの先端 図78 正弦波の山
パルス 図77のようにパルスの先端に注目すると,時間∆tのうちに弦の幅V ∆tの部分は何らかの速度のy成分uを得 る.運動方程式(運動量変化と力積の関係)
ρ(V ∆t)×u= (Tsinθ)∆t≃Tu V∆t より波の伝播速度
V =
√T ρ を得る.
正弦波 波の伝播速度V で波と一緒に動く座標系から見ると,図78のように正弦波の山の位置を占める質点は時々刻々 と入れ替わり,質点は弧に沿って速度V でx <0の方向に移動する.山の頂点での曲率半径をrとすると,曲率 中心から見た中心角θの範囲に切り取られる弦の部分に関する運動方程式
ρ (
2rsinθ 2
)
×V2
r = 2Tsinθ 2 から再び波の伝播速度
V =
√T ρ を得る.
縦波──音波
縦波の例として音波を取り上げる.よく知られているように,音は空気の(一般には弾性体の)密度変化が 波(疎密波)として伝播する現象である.これに対する直観的なイメージから初めて,物理法則に基づき音波 の存在がどのように説明されるかを概観しよう.
■音波に対する直観 まず空気の塊に注目し,その体積が増大したとする.空気の塊の持つ質量は変化しない ため,このとき空気の質量密度は薄まる.通常,質量密度の低下は圧力の低下を意味するので,空気の塊は周 囲に比べて相対的に低い圧力を持つことになる.以上より空気は膨らむと,周りの空気からそれを押し戻すよ うな 復元力 を受けることが分かる:
膨張 → (質量)密度減少 → (周囲より)圧力低下 → 収縮.
同様に収縮した空気には元の大きさに戻ろうとする力が働くことが結論される.するとこのような復元力によ り,各位置にある空気の塊がその場で膨張と収縮を繰り返している状態が考えられる.ここである空気の塊が 膨張して低密度の状態にあるときには,隣接する空気の塊は収縮して高密度の状態にあるだろう.次の瞬間に