第5章 雑音の抑圧と測定例
図4-6の可聴音をターゲットにした光マイクロホンユニットを用いて、前章で指向特性を 測定した。この測定の際、2 kHzの正弦バースト波10波を音源として用いており、出力波 形から振幅が同じである連続した10波の振幅値を実測値とすることによって、理論どおり の指向特性が得られた。しかし、図4-9の出力波形を見ても分かるように、バースト波を受 波した部分以外の領域、つまり無音時においても出力が出ている。試作したマイクロホン を実用化するためには、このノイズフロアの改善が不可欠となる。そこで本章では、様々 なアプローチによりこのノイズの生じている原因を究明し、ノイズフロアを改善する。
また、前章のデータによって証明されたマイクロホンの鋭い指向性を、実際の音源を用 いることによって示す。
5−1 ノイズフロアの改善
ここでは図4-6の光マイクロホンユニット出力のノイズフロアの原因を究明し、ノイズフ ロアの改善を行う。
5−1−1 試作したマイクロホンのノイズフロア
図4-9で示した光マイクロホンの出力波形の一例を、再度、図5-1に示す。図5-1より、
バースト波を受波していない時間領域においても、出力が生じていることが分かる。
ノイズの測定は、図 4-7 に示した測定系を用いて行う。マイクロホン−音源間の距離 L は指向特性の測定時と同じ12 mに設定し、回転角
θ
は0°にする。FFTアナライザ((株)小野測器、CF-5220)によって、出力のパワースペクトルを観測 する。ここで、周波数レンジを5 kHz、解析データ長を2048点に設定する。この設定で、
図5-1 光マイクロホンの出力波形の一例
第5章 雑音の抑圧と測定例
CF-5220において周波数分解能は6.25 Hzとなる。
初めに光マイクロホンユニットのノイズ測定を行う。スピーカから何も発していないと き、スピーカから2 kHzの正弦バースト波10波を50 ms毎に発するときの音圧レベルの 周波数成分を、それぞれ図5-2、5-3に示す。ここで式(2-6)に、l=1530×24=36720[mm]
0 1 2 3 4 5
-20 0 20 40 60
SPL[dB]
Frequency[kHz]
図5-2 光マイクロホンのノイズ特性
0 1 2 3 4 5
-20 0 20 40 60
SPL[dB]
Frequency[kHz]
図5-3 光マイクロホンの2 kHzバースト波受波時の出力
第5章 雑音の抑圧と測定例
を代入して、LDV出力を音圧値に換算する。LDVの出力には、500 Hzのハイパスフィル タと5 kHzのローパスフィルタを通している。
図5-2の音圧レベルの値からも、このマイクロホンのノイズフロアが非常に高いことが分 かる。実際、図5-2において、
1 . 9 ≤ f ≤ 2 . 1
[kHz]の範囲のデータで音圧レベルを平均した ところ、17.7 dBとなる。また図5-3より、ターゲットとしている2 kHz成分以外の成分が大きく出ていることが 分かる。実際に光マイクロホンの出力をヘッドホンで聞いたところ、絶えずノイズ音が聞 こえ、2kHzのバースト波の音はほとんど聞き取れなかった。
5−1−2 使用したLDV自体のノイズレベル
図5-2、図5-3で示したノイズフロアの原因として、実験室の床面の固体伝播音や振動騒
音などが考えられる。そこで、それらの影響が全くない環境においてLDVのノイズレベル を測定する。
測定系を図5-4に示す。LDVのヘッドから出たレーザ光は、ミラーとの間を1往復して、
再びヘッドに戻ってくる。LDVのヘッドとミラーは定盤上に固定している。定盤上に機器 を固定することによって、振動の影響はほとんど無視することが出来る。またLDVは図4-6 の測定系と同じCLV-1000を用い、ミラーもそのときに使用した誘電体多層膜ミラーを用い る。
LDV head
Mirror 20 cm
LDV head
Mirror 20 cm
図5-4 LDV自体のノイズレベル測定
この測定系を用いて、LDVのノイズ特性をFFTアナライザで測定する。結果を図5-5に 示す。図5-4においてレーザ光長は20 cmであるが、出力を式(2-6)に代入して音圧に換算 する際、レーザ光長を光マイクロホンと同じl =36720[mm]としている。なお、LDV出力 信号にフィルタを全く通していない。また、図5-4のLDV出力信号に図5-2の測定時に用 いたフィルタを通した出力と、図5-2の出力を比較したものを図5-6に示す。図5-6のLDV 自体のデータを
1 . 9 ≤ f ≤ 2 . 1
[kHz]の範囲で平均してみたところ-15.7 dBと計算され、先程 計算した光マイクロホンのノイズレベルより33.4 dBも低い。第5章 雑音の抑圧と測定例
0 1 2 3 4 5
-60 -40 -20
SPL[dB]
Frequency[kHz]
0 1 2 3 4 5
-60 -40 -20 0 20 40 60
SPL[dB]
Frequency[kHz]
Optical Microphone
LDV
0 20
図5-5 LDV自体のノイズ特性
図5-6 光マイクロホンとLDVのノイズ特性比較
第5章 雑音の抑圧と測定例
5−1−3 ノイズフロアの原因究明と改善
この高いノイズフロアの原因として、次の5点が考えられる。
1. ミラーにおける反射
2. 床面の固体伝播音や振動騒音 3. ユニットのフレームの振動 4. 周囲の騒音
5. 開口面における空気の揺らぎ
これらの中から、確実にノイズに影響しているものを探し出し、その原因から対策を施 していく。
まず、ミラーにおける反射の影響が出ているかどうか確かめるための実験を行う。測定 系を図5-7に示す。図5-4の測定系にさらに1つのミラーを加え、くの字形にレーザ光を配 置する。この測定系による出力が図5-4の出力よりも高ければ、ミラーにおける反射がノイ ズに影響していると言える。
図5-4(レーザ光が1回ミラーに反射)と図5-7(レーザ光が2回ミラーに反射)の測定
系のFFTアナライザ出力を比較したものを図5-8に示す。これらは音圧値に変換せず、LDV 出力そのものを測定値とした。この2者の出力の大きさはほとんど同じである。よってミ ラーの反射の際、ノイズは増加していないと考えられる。
Mirror
200 mm 200 mm
LDV Head Mirror
Mirror
200 mm 200 mm
LDV Head Mirror
図5-7 反射回数の増加によるノイズ特性の影響
第5章 雑音の抑圧と測定例
0 1 2 3 4 5
0 0.2 0.4 0.6 0.8 [×10 -5 ] 1
LDV Output[arb.]
Once Reflection Twice Reflection
Frequency[kHz]
図5-8 反射回数によるノイズ特性の影響
次に、床面の固体伝播音・振動騒音の影響を調べる。マイクロホンユニットのキャスタ ーの下に防振材を敷くことで床面の振動の影響を無くし、FFT アナライザでその出力を観 測した。防振材を敷いた場合と敷かない場合の出力を比較したものを図5-9に示す。ここで、
LDVの出力信号に500 Hzのハイパスフィルタと5 kHzのローパスフィルタを通している。
明らかに防振材を敷いた方が、敷かない場合よりもノイズレベルが低減していることが 分かる。床面の振動は、確実にノイズに影響している。床面の振動が測定系全体の振動を もたらし、ノイズを増加させていたと推測できる。
そこで、マイクロホンユニットのキャスターを空気入りのものに変え、ミラーを固定し ているアングルとミラーとの間に O-リングを装着することによって、床面からの振動の影 響を低減する。防振の措置をする前のもの、空気入りキャスターを装着したもの、空気入 りキャスターとO-リングを装着したものの出力を比較したものを図5-10に示す。空気入り キャスターだけのものと、O-リングを追加したものの出力はほとんど一致している。また、
O-リングを装着することには、ミラーがしっかり固定できなくなり、光軸がずれやすくな るという欠点がある。そこで、今後は空気入りキャスターのみを装着したものを測定に用 いる。
第5章 雑音の抑圧と測定例
0 1 2 3 4 5
-40 -20 0 20 40 60
SPL[dB]
Frequency[kHz]
Without Insulator
With Insulator
-20 0 20 40 60
SPL[dB]
Without Insulator With Air-in Caster
With Air-in Caster and O-ring
図5-9 防振材の有無によるノイズ特性の比較
0 1 2 3 4 5
Frequency[kHz]
-40
図5-10 空気入りキャスターとO-リングによるノイズフロアの低減
第5章 雑音の抑圧と測定例
次に、ユニットのフレーム振動の影響を調べる。マイクロホンユニットのキャスターを 固定してあるアングルの150 mm上方からテニスボールを落として振動を付加したときの 出力をFFTアナライザで観測する。振動を付加しない場合の出力において強く出ているス ペクトル成分が、振動を付加したときの出力にも共通して表れていれば、フレームの振動 の影響はあると考えられる。
振動を付加した場合、付加しない場合の出力を比較したものを図5-11に示す。ここでは 両者は出力信号にフィルタを全く通していない。両者において、強く出ているスペクトル 成分は一致していないことが分かる。よって、フレームの振動の影響も少ないと考えられ る。
0 1 2 3 4 5
0 50
100 Without Vibration With Vibration
Frequency[kHz]
SPL[dB ]
図5-11 振動を付加した場合のノイズ特性
実験室内の機器のファン音等による騒音の影響についても検討した。この検討のための 実験系の上面図を図 5-12 に示す。光マイクロホンユニットの真横にスピーカを設置し、2 kHz の正弦連続波を発する。この測定は、音量の小さい場合(機器のファン音程度の大き さの音)、大きい場合(耳障りな音)の2つのパターンにおいて行った。実験室では、音源 から音を発しない限り耳障りな音はしないので、音量が大きい場合にのみ2kHz成分のピー クが目立つようならば、ファン音などの影響は少ないと言える。
図5-13に、これらの結果と光マイクロホンのノイズそのものを比較したものを示す。デ ータを採取する際、フィルタを全く通していない。2 kHz成分におけるピークは、大きな音 を発したときのみ出ていることが分かる。この結果より、少なくとも本実験における環境 においては、騒音の影響は少ないと考えられる。
第5章 雑音の抑圧と測定例
図5-12 周囲の騒音のノイズに対する影響
770 mm
770 mm
0 1 2 3 4 5
0 50 100
Without Sound With Small Sound With Loud Sound
Frequency[kHz]
SPL[dB]
Optical Microphone
LDV Head
Speaker Optical Microphone
LDV Head
Speaker
図5-13 ユニット横の騒音の有無によるノイズ特性比較
さらに、機器のファン等から生じる空気の揺らぎの影響を調べる。実験系を図5-14に示 す。光マイクロホンの開口面の手前にファンストーブを置くことで、微小な空気の揺らぎ を発生させる。
その測定結果と光マイクロホンのノイズを比較したものを図5-15に示す。両者の出力に はフィルタを全く通していない。この2つの特性にはほとんど差が無いことから、多少の 空気の揺らぎではノイズに影響しないと考えられる。