2.1 緒言
鉄鋼業では、石炭埋蔵量に対するコークス用原料炭埋蔵量の少なさと世界的な原料炭需要の 高まりから原料炭の安定確保を目的とした乾燥炭操業を志向し1-5)、酸化は受け易い傾向にある
6, 7)が埋蔵量豊富な劣質石炭の使用量を増加させてきた8)。これまでの石炭の酸化に関する検討
は、乾留時の軟化溶融膨張性に及ぼす影響に焦点を当て研究が行われてきた9, 10。今後は、こ れに加えて劣質石炭のリスクと考えられる酸化発熱、発火についての研究が必要である。従来 なされてきた石炭の酸化に関する基礎研究は、少量の石炭を高い雰囲気温度条件下で酸化させ て石炭表面構造変化や発熱性など微小な変化に着目した緻密な研究が多く、多量石炭を取り扱 う鉄鋼業の石炭酸化の研究とは研究視点や試料規模といった点で乖離が大きい。鉄鋼業がより 科学的に多量な劣質石炭を安全に貯蔵管理していくためには、これら2つの研究を結びつける ことが重要であると考え、まずは少量の鉄鋼用劣質石炭を対象とした石炭低温酸化反応を行い、
酸化反応メカニズムを検討した。
本章では、石炭低温酸化の反応メカニズムを検討するにあたって、少量の試料で石炭低温酸 化試験を行うためのバッチ式試験装置を作製し、低温における石炭の比較的短期間の酸素消費 と発生ガス挙動を詳細に測定するための試験条件について検討することを目的とした。
2.2 実験
2.2.1 石炭試料
本研究では、鉄鋼業で使用されている石炭のうち石炭中に含まれる炭素含有量 (石炭化度) が低く劣質な部類に属する石炭を実験試料に使用した。使用した石炭の性状を表2-1に示 す。P炭はQ炭よりも酸素含有量の多い劣質な石炭である。これらを粉砕機で粒子径が1 mm 以下になるまで粉砕した。これまでに、粒子径が0.1 mmよりも小さくなると、酸素の吸収 速度に粒子径の影響が強く反映されるとの報告がされている11)。そこで、粉砕後の試料を篩
目0.1 mmの篩でさらに篩分け、粒子径が0.1~1.0 mmになるように調整した試料を試験に 供した。
表2-1 使用石炭性状
2.2.2 試験装置の特徴
試験には図2-1に示すような、側部に2つの分枝(分枝A, B)をもつ内容積320 mLのガラ ス製のバッチ式試験装置 (WTW社製BOD測定器 OxiTop○R法試験装置) を用いた。本装置に は系内の圧力測定が可能な専用圧力記録ヘッドが付属している。BOD OxiTop法は微生物が有 機物を分解するときに必要とする酸素の消費量を測定する手法である11)。分枝部分には、セプ タムで密閉できるように工夫をした。これは、後述するように、窒素、酸素および容器内ガス を吸引または注入するためのシリンジ針を抜き刺しするためのものである。
図2-1 バッチ式試験装置外観
ASH VM C H N diff.O S 合計
wt.%,dry wt.%,dry d.a.f % d.a.f % d.a.f % d.a.f % d.a.f %
P炭 5.8 43.6 78.1 5.5 1.9 13.9 0.6 100.0
Q炭 11.3 35.2 86.2 5.9 2.1 5.2 0.6 100.0
元素分析 試料名
工業分析
本試験は閉鎖系で試験を行うため、雰囲気中の酸素消費によって試験中のガラス容器内に強 い陰圧が生じる。オリジナルの装置は強い陰圧を想定していないため、図2-2に示すように、
陰圧化に伴うパッキンの変形によって系内の密封が破られることがあった。
図2-2 陰圧に起因するパッキン変形の様子
そこで、パッキンを厚くすることでパッキンの変形を抑制するとともに、容器分枝内側との 接触面積を増やすように構造を工夫することによってパッキンが容器内に引き込まれ難くし た。さらに、ねじ部をシールテープで巻いて外気混入防止を図り試験を行った (図2-3)。
パッキンの正常な設置状態
試験中の陰圧でパッキンが ガラス容器内に吸込まれた状態 ①
試験中の陰圧でパッキンが ガラス容器内に吸込まれた状態 ②
図2-3 外気混入防止対策後の試験装置の様子
2.2.3 試料調製方法
以下の装置への試料の装填は図2-4に示すような乾燥窒素ガス流通下のグローブボック ス内で全て行った。
図2-4 試験準備用グローブボックス内の様子
まず、試料を磁性坩堝 (外径×高さ:φ39×29 mm、内容積:15 mL) に入れ、130℃に設 定した専用の電気炉で加温することで、試料を乾燥させた。乾燥作業は、試料の乾燥むらが生 じないように撹拌をしながら、JISの石炭水分測定で定められている108℃以上の温度を維持 するまで継続した。乾燥後の試料は坩堝から金属製のバットに移して冷却をした。次に、冷却 した試料をガラス容器内に収めた。試験で使用するガラス容器は、容器内の湿気を除くことを目的と して、容器内にシリカゲルを充填し、130℃に設定した恒温器内で事前に空焼き乾燥してから使用した。
ガラス容器内に充填していたシリカゲルを金属製のバットに移し、空になったガラス容器内に 秤量した試料を収めた。
2.2.4 試験装置の健全性確認試験方法
本試験装置が石炭低温酸化試験に使用可能か確認するための健全性確認試験を、以下の手順 で実施した。まず、2.2.3項で準備した試料を30.0 g秤量し、ガラス容器内に装填した後、
ガラス容器を振とうさせて残存酸素を無くし、窒素ガスで容器内を十分に置換した。置換後に 圧力測定部で封をして系内を密封した (系内のガスはN2のみ)。次に、密封した装置をグロー ブボックスから取り出し、50℃に設定した送風型恒温器内で5日間 (7200 min) 静置した。系 内圧力は、グローブボックスから装置を取り出した時点の圧力を基点とし、試験期間の圧力変 化を測定した。
2.2.5 石炭低温酸化試験方法
石炭低温酸化試験では、2.2.3項で準備した試料を1.0 ~ 30.0 g秤量し、ガラス容器 内に充填した。充填後はガラス容器を振とうさせて石炭充填層内に残存している可能性のある 残存酸素を無くし、窒素ガスで容器内を十分に置換した。異なる雰囲気温度で容器を密栓した 場合には、容器内のガスの物質量が試験毎に変化してしまう。そこで、ガラス容器内のガスの 物質量を統一させるため、前述の専用ヘッドによる密栓は全て容器内の雰囲気温度を測定しな がら、標準環境温度の25℃になった時点で密栓した。
密栓した試験装置はグローブボックスから取り出しシリンジで試験ガスを注入した。ガスの 注入は以下の手順で行った。まず、装置の分枝Aにデジタルマノメーター (GLサイエンス製、
PM-222) を刺し、マノメーターの絶対圧力値を注視しながら、分枝Bから装置内の窒素ガス
のうち20 vol%分をシリンジで吸引した。次に、吸引した窒素ガスと等量の酸素を注入し、窒
素ガス吸引前の絶対圧力値と等しくなるようにした。酸素を注入した時点を試験開始とした。
試験開始と同時に圧力記録ヘッドで装置内雰囲気の圧力測定も開始した。その後、装置を試験 温度に設定した送風型恒温器内で直ちに静置した。
2.2.6 発生ガス分析方法
試験時間経過後、恒温器内から試験装置を取り出し発生ガスの分析を行った。ガラス容器か らのガスのサンプリングはシリンジで行った。シリンジによるガス採取によってガラス容器内 部が大気に対して陰圧となること、さらに、石炭低温酸化試験後のガラス容器内は陰圧となる ためガラス容器から単純な形状のシリンジでガス採取した場合、ガス採取中のシリンジ筒内の ガス分圧も陰圧となり、ガラス容器からシリンジを抜き出した瞬間に筒内のサンプルガスに大 気が混入することが判明した。そこで、ガス採取後に大気と隔離可能な、コック付きのシリン ジを用いて大気の混入を避けるようにした。分枝セプタム部からサンプルロック式シリンジ
(内容積:2.5 mL) で装置内雰囲気のガスを吸引し、発生ガスの分析を行った。発生ガスの分
析には赤外吸収分光法 (infrared absorption spectrometry, IR) を用いた。本試験で使用した IRのCOおよびCO2の測定感度下限値は約100 ppmである。
2.3 結果と考察
2.3.1 装置健全性確認試験
試験装置の系内圧力変化推移を図2-5に示す。試験開始直後に系内圧力が約140 hPa上昇 した。これは、系内の温度変化 (外気温 (約10℃) → 50℃) に因るものである。状態方程式に
よれば、40℃の温度変化によって系内圧力は143 hPa上昇するはずなので、測定値はほぼ妥 当であると判断された。
図2-5 試験装置内の圧力変化推移
圧力上昇後、系内圧力は試験終了まで一定で推移した。この結果、本バッチ式試験装置の密 封性を確認できた。
以上の結果から、本試験装置は密封性が高く、系内の圧力変化を計測できる装置であると判 断した。
2.3.2 石炭低温酸化試験 2.3.2.1 石炭銘柄の影響
石炭低温酸化試験における系内圧力変化推移を図2-6に示す。P炭、Q 炭ともに系内の圧 力が減少した。また、炭種によって圧力低下幅が異なることもわかった。
系内にN2のみを充填した装置の確性試験では圧力低下が観測されなかったことを考慮する と、この圧力低下は系内のO2が石炭と物理吸着または化学吸着 (化学反応) した結果と考えら
れる。また、炭種による圧力低下幅の差異は炭種毎のO2との反応の難易差に起因するものと 考えられる。
図2-6 石炭低温酸化試験の系内圧力変化推移
7200 min (5日間) 経過後に系内のガス分析を実施した。P炭のガスサンプルから得られた
特定波数におけるIRスペクトル強度の時間変化を図2-7に示す。COは2186cm-1をCO2
は2341cm-1の吸収を調べた。
図2-7 P炭の石炭低温酸化試験のIRスペクトル強度
Q炭 P炭
時間 [s]
CO2
CO
-0.002 0.000 0.002 0.004 0.006 0.008 0.010 0.012 0.014
400 600 800 1000 1200
CO2
大気Air
Sample gas
IR ス ペ ク ト ル強 度 [- ]
COのピー クは 検出されず
測定時間 [sec]
図中には比較のため大気 (CO2濃度:約400 ppm) のIRスペクトルも併記 (図中、大気Air と表記) している。サンプルガスのスペクトルにはCOとCO2の明確なピークを確認できる。
大気のスペクトルにはCOのピークが見られないが、これは大気中のCO濃度 (CO濃度:約
0.1 ppm) がIRの検出限界を下回っているためである。スペクトル面積から得られたCOおよ
びCO2の濃度はそれぞれおおよそ1000 ppmと4000 ppmであった。
Q炭のガスサンプルから得られたIRスペクトル強度を図2-8に示す。COのスペクトル に変化が見られなかったため、図中にはCO2スペクトルのみ記載した。サンプルガスのスペク トル強度は大気中のCO2スペクトル強度と同程度であった。得られたスペクトルから算出され たCO2濃度は350 ppmであった。
Q炭に比べてP炭の方が多くのCO、CO2を発生させていることから、P炭の方が多くの O2と反応したと考えられる。これは先述した系内圧力変化の傾向と一致した。
図2-8 Q炭の石炭低温酸化試験のIRスペクトル強度 時間 [s]
CO2