5.1 緒言
石炭低温酸化反応は、ガス発生、石炭表面構造変化および発熱を伴う化学反応である1)。前 章までは、酸素消費とガス発生挙動および石炭骨格構造変化といった微視的な視点で研究をお こなってきた。3章では低温酸化条件において気相にある酸素分子は、石炭表面に化学吸着し より高温でCOおよびCO2として脱離することを明らかにした。4章では、80℃程度の低温条 件下で酸化した石炭の表面構造を解析した結果、僅かな脂肪族官能基の減少とO-Hピーク強度 の低下を確認し、これらの化学構造が酸素分子の化学吸着に関わっていること、そして充填層 中の試料温度が局部的に上昇していた可能性を示した。以上の結果より、石炭の酸化発熱と温 度上昇が雰囲気酸素の吸着熱とその蓄積によって生じていると考えた。このことは、酸化によ る石炭の温度上昇の程度が石炭種だけではなく、貯炭状態 (放熱の難易差) によっても異なる ことを示唆している。すなわち、多量の石炭が積層状態で貯炭されている場合、これまで見て きた発熱挙動とは異なる挙動を示す可能性もある。そこで本章では、試料量の多寡が酸化発熱 に及ぼす影響を把握することを目的とした。
これまで述べてきたように、鉄鋼業にとって資源対応力強化を目的とした技術力強化による 使用可能炭種の拡大は重要である。また、日に数千~ 数万トン規模の石炭を乾留してコーク スを製造しているコークス工程では、乾燥処理した石炭を屋内の石炭塔で安全に管理するため に、積層状態で貯炭される石炭の発熱特性を把握することは重要である。
石炭の酸化に関する既往の研究では、酸化反応現象の解明や貯蔵安全性に関する報告が多い
2-4)。石炭の酸化反応現象は、石炭表面に酸素が化学吸着した後に生成した不安定なラジカルや 過酸化物が分解し、COガスを発生させながら発熱すると考えられている5-11)。Clemensら12) は30 ~ 180℃の温度域で、石炭化度の異なる6種の乾燥した石炭 (C% = 68.6 ~ 85.4 %) と 酸素を接触させたときの発熱量を測定している。その結果、非微粘結炭程度の石炭化度の石炭 でも大きな発熱量を示すことが報告されている。石炭の貯蔵安全性に関する研究については、
断熱した系内で試料の温度変化を測定する方法13)や屋外貯炭を想定したストックパイルの試
験14, 15)、パイル内の発熱挙動のシミュレーションの検討16)などがある。しかし、数百kgレベル
の石炭を屋内に貯蔵して発熱挙動を直接観察した例はない。
そこで本章では、数千トン規模の石炭を貯炭できる石炭塔のような設備内での石炭貯蔵安全 性を評価するために、石炭試料量を数g程度、 数kg程度、 数百kg程度 の3水準と変え石炭自 己酸化発熱試験を行い、試料量や試験条件の違いが石炭の発熱特性に及ぼす影響を調査するこ とを目的とした。
5.2 実験方法 5.2.1 実験試料
本研究では一般的に鉄鋼業で使用されている配合石炭 (2章、3章で使用したP炭、Q炭や 非微粘結炭を含む瀝青炭) を実験試料とした。その代表的な石炭性状を表5-1に示す。
表5-1 使用石炭性状
5.2.2 自然発火試験装置
(Spontaneous-Ignition Temperature (SIT)試験装置)試験
SIT試験は少量の石炭試料で自然発火性を評価することができる標準的な方法として知られ ている17)。装置は株式会社島津製作所製のSIT-Ⅱを使用した。
図5-1にSIT-Ⅱの試験装置概略図を示す。試験は以下の手順でおこなった。まず、粒子径
0.25 mm以下に調整した石炭試料を1 g準備し、装置の試料セルに充填した。その後、試料セ
ルを試料ホルダー室に静置し、装置内を窒素雰囲気に置換した後、窒素雰囲気下で試料温度が 110 ℃になるまで昇温した。試料温度が110 ℃に到達したことを確認した後、試験開始温度ま で温度を下げ、試験開始温度到達後に装置内雰囲気を窒素から酸素 (流量 3 mL/min、湿分:
IM ASH VM FC C H N S diff. O
mass% mass% mass% mass% mass% daf, mass% daf, mass% daf, mass% daf, mass% daf, mass%
2.4 1.8 9.1 28.6 60.5 85.8 5.1 1.9 0.7 6.5
全水分 工業分析 元素分析
0 %) に切り替えた時点で試験開始とした。試験中は装置内雰囲気温度を一定とし、石炭温度 を最長3日間連続測定した。試験中に石炭温度が250 ℃に到達した場合、その時点で試験を終 了とした。試験の試験開始温度は80 ℃、90 ℃および100 ℃の3水準とした。
図5-1 SIT-Ⅱ試験装置概略図18)
5.2.3 円筒状鋼鉄製缶
(ペール缶)試験
数kgオーダーと石炭試料量を増加した場合の影響評価には、図5-2に示すような方法で、
円筒状鋼鉄製缶 (ペール缶) を使用した試験を実施した。
図5-2 ペール缶試験方法イメージ図
ペール缶 (寸法:φ300 mm×h200 mm) を用意し、缶内の底面に断熱材 (新日本サーマル セラミックス(株) 製 寸法:φ300 mm×h50 mm) を敷き、その上に約5 kgの粉砕した石炭
試料 (平均粒子径3 mm) を高さが100 mmになるように充填した。このときの石炭充填密度は
約0.8 g/cm3であった。石炭試料を充填後、表層から深さ60 mmの中心部に熱電対を配置し、
試験中の石炭充填層内の温度を測定できるようにした。
図5-3 ペール缶試験の様子
石炭試料を充填したペール缶を送風型恒温器内に静置し、室温から試験開始温度 (80℃) ま での昇温期間中は石炭試料の酸化を防止するため、系内を窒素雰囲気に置換した。石炭充填層 内温度が80℃に到達した状態で送風型恒温器内の雰囲気を窒素から空気 (湿分:大気湿度) へ
置換した時点を試験開始とした。空気置換後の系内は自然対流状態であり、石炭充填層への主 な酸素供給は表層からの拡散である。
試験では石炭充填層内温度を最長5日間連続測定した。試験中に石炭充填層内温度が300 ℃ 以上に到達した場合、その時点で試験を終了とした。試験条件は、送風型恒温器内雰囲気温度 を終始80℃一定に保った条件1と、実際の貯炭状況を考慮し、周囲への放熱量を抑制するため、
石炭充填層内温度の変化に応じて恒温器内温度も等しくなるように工夫し、恒温器の設定温度 を制御した条件2の2条件を設定し実施した。
5.2.4 固体燃料貯蔵安全評価装置による評価試験
図5-4 固体燃料貯蔵安全評価装置構成概念図
数百kg程度と石炭使用量の多い試験では、一般財団法人 電力中央研究所が木質ペレット の貯蔵安全性を検証することを目的に考案・製作した試験装置 (以下、固体燃料貯蔵安全評価 装置と記載) を使用した。本装置は外部への放熱を出来るだけ排除した均一な貯蔵場を模擬し た設計となっている19)。図5-4に装置の構成概念図を示す。
試験装置は主に ①石炭試料 (約300 kg) を充填する試験装置本体 (寸法:φ0.5 m×h2 m)、
②ガス供給部、③温度・排ガスデータ解析部(排ガスの連続分析計、石炭充填層内の温度データ 収集装置 (データロガー)、データ収録用PC から構成されている。窒素は窒素ガス供給ライン から、空気はブロワーから装置底部に供給され、装置本体の石炭充填層を通った後、装置上部 から排気される。
図5-5 固体燃料貯蔵安全評価試験の様子
図5-6に装置本体の概要および内部の温度計配置図を示す。供給ガス管の周囲にはガス用 ヒーターが装備されており、設定温度のガスが供給可能となっている。装置本体の周囲にも試 料用ヒーターを装備しており、装置内の石炭充填層内温度を設定温度に制御可能である。試料 用ヒーターは装置高さ方向に5段に分割されていて、試料用ヒーター温度を段毎に設定可能と なっている。本装置は試料用ヒーター外周を断熱材で覆うことで本装置周辺の雰囲気温度の影 響を受けにくくする工夫を施し、系内で発生した反応熱の外気への放熱を抑制できる構造とな っている。
図5-6 固体燃料貯蔵安全評価装置本体の概要および内部の温度計配置図
図5-6に示すように、5段ある試料用ヒーターのうち、上から2, 3, 4段目のヒーター高さ位 置の装置内中央部には温度計が格子状に配置 (5点/段) されており、石炭充填層内高さ方向の 温度および水平断面の温度分布を経時的に測定できる。装置上部から排出される排ガスのCO とO2濃度は連続分析計 (富士電機システムズ(株)製 赤外線式ガス分析計) で測定している。
試験は以下の手順でおこなった。石炭試料はSITおよびペール缶を使用した試験と同じもの を使用した(平均粒径3mm)。本装置内に石炭試料を約300 kg装置上部から充填した。このと きの石炭充填密度は約0.8 g/cm3であった。室温から試験開始温度 (60℃) までの昇温期間中 は石炭試料の酸化を防止するため、装置底部から窒素ガスを流し (流量 2 L/min)、窒素雰囲 気下において試料用ヒーターで各段の石炭充填層内温度が60 ℃に達するまで昇温した。60℃
の試験開始温度の設定理由は、ペール缶を使用した試験で急激な温度上昇に至らなかったた めである。
各段の石炭充填層内温度が60℃に到達したことを確認後、装置底部から供給するガスを窒素 から空気 (流量 2 L/min、湿分: 大気湿度) に変更した時点で試験開始とした。本試験では、
実操業で石炭が炭槽内に貯炭された状態を近似しようと考えた。実際に石炭を炭槽下部から排 出する際には排出口から空気が炭槽内に流入するが、それ以外のときに空気は流入し難い。そ こで、空気の流量については、本装置で制御可能な下限流量値 (2 L/min) とした。試験は10 日間実施した。断熱状態を再現するために、試験中は各段の全ての温度計の値を監視しながら 石炭充填層内温度平均値と装置壁面温度平均値が±1℃以内となるようにヒーター出力を調整 し、石炭充填層内の温度を制御した。
5.3 結果および考察 5.3.1
SIT試験SIT試験の結果を図5-7に示す。明らかに試験開始温度の違いによって試料温度の上昇に 大きな差異があることが確認された。試験開始温度が90℃と100℃の結果を比較すると、試験 開始温度100℃の方が、試料温度が短時間で温度上昇し始めることがわかった。対して、本試 験条件下では試験開始温度が80℃の場合は、3日間の測定中に試料温度の上昇は確認されなか