第4章 分析3 ―三味線協奏曲―
第4節 長澤勝俊《三味線協奏曲》( 1967 年)の分析
長澤は、1948年に人形劇団「プーク」に入団、人形劇のための音楽を作曲しなが ら、民族派の作曲家・清瀬保二に師事して、次第に頭角を現した。1964年に日本音楽集 団を同人14人と旗揚げし、28年の長きにわたり代表をつとめた。その間、多くの個人・
グループから委嘱を受け、100を越える合奏曲、独奏曲など、日本の音楽界に多くの財 産を残した。長澤の作品は基本的に五線譜で作られたが、長澤の小アンサンブルのため の作品は、現在も人気が高いため、邦楽の演奏者が弾きやすいよう、数字譜にしたもの が何曲もある。
長澤の《三味線協奏曲》は、長澤の邦楽作品にとっては初期のものだが、現在の三味 線演奏者にもなお衝撃を与えている。例えば、長唄三味線の演奏者であり、現在の日本 音楽集団の三味線メンバーである杵家七三は、子供の頃から母の勧めで三味線を習って いたが、高校生の時に長澤の《三味線協奏曲》に衝撃を受け、初めて自分から三味線を 勉強したくなり、日本音楽集団に入りたいと思うようになった。《三味線協奏曲》の衝 撃とは、三味線の「格好よさ」に加え、曲がメロディアスで、口ずさめるところであり、
この作品は一人で演奏するためのカラオケバージョンが作られたほか、三重奏版に編曲 されるなど、あらゆるところで演奏されている103。
4-2.初演者の杵屋五三吉(杉浦弘和、1935〜2015)
長唄三味線の演奏者である杵屋五三吉(当時杉浦弘和)は、山田抄太郎104の門下であ り、師匠と同じようにチャレンジ精神が強く、三味線の可能性を広げるために、日本音 楽集団の創立メンバーになったと考えられる。ダイナミックな演奏が得意であったが、
五線譜はあまり精密に読むタイプではなく、弾きにくい所は音程を変えたり、音符を削 除したりする傾向があったという105。
日本音楽集団では全9回演奏した(http://promusica.or.jp/50th/history.htmlアクセス2016年10月21日)。こ 102
の他、野澤徹也は2回演奏し(CD『野澤徹也による長澤勝俊三味線作品集』Sion Records JASRAC R-0871726.2015年 野澤徹也三味線リサイタル~三味線音楽の極致に挑む~開催(平成27年度(第70回)文化庁芸術祭参加公演)、杵家 七三は日本音楽集団以外の場で3回演奏した(https://www.youtube.com/watch?v=SAQ0Bwq0dxgアクセス2016月10月 21日)。厳密なデータはないが、長澤の《三味線協奏曲》の再演回数を越える協奏曲はないと考えられる。
2016年5月7日に杵家七三にインタビュー。
103
三味線の技法を発展させる様々な新作品を作り、重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定された。1958年に 104
東音会を創設した。
2016年5月7日に杵家七三にインタビュー。
105
4-3.第一楽章の分析
長澤の《三味線協奏曲》の第一楽章106は、端的に述べると、三味線のソロを交えつ つ、音色やリズム、そして音量的なダイナミクスを強調する作りになっている。三味線 のソロは、中能島の三味線協奏曲と同様に、長唄で使われる小さい撥と駒で演奏される。
長澤の協奏曲は中能島のものよりは楽器の数が多いのだが、細棹三味線の響きが顕著で あり、独奏楽器の役割を十分に果たしている。そして、三味線が入る箇所では、箏や琵 琶などの弦楽器が伴奏で三味線と同時に同じようなリズムを弾くが、リズムは同じでも 三味線とは演奏する旋律を変え、三味線の動きを強調することに成功している。また、
篠笛や尺八がアクセントとなる重要なフレーズでのみ、三味線と併奏することで、この 楽曲特有の効果を生み出している。この尺八と篠笛が三味線と併奏する箇所を限定して いる背景には、二つの狙いが見て取れる。アンサンブルの中でリズム的な弦楽器と旋律 的な管楽器の音色を区別するのがその一つであり、もう一つは、こうすることで三味線 の打楽器的な技法を最も効果的に表現できるのである。尺八や篠笛が三味線と併奏する 箇所では、尺八と篠笛は短いフレーズを演奏することで、三味線の奏でるメロディーに 色彩を添え、楽章の全体的なメロディーを強調する役割を果たしている。それゆえ、第 一楽章で尺八と篠笛の演奏する箇所は極めて限定的である。
第一章ではメロディーよりリズム的なパターンを合わせることが大事なので、そのリ ズムを最も効果的に表現するために、初演者である杵屋五三吉は楽譜に変化を加えた。
前述した通り、杵屋五三吉は弾きにくい所は音を変えてしまう傾向があり、最初のリズ ム的なパターン(D CD CDAの音程)の4小節の最後のAは、Cで弾くように変えた。現 在の楽譜にもCではなく、Aが書かれているが(譜例4-1参照)、その後の演奏者(野澤 徹也や杵家七三)も、杵屋五三吉と同じくCで演奏している。その理由は、Aを弾くこと は可能だが、弾きにくさから明確なリズム・パターンを効果的に表現できないためであ る。この楽句はメロディーよりも、リズム的な表現が重要なので、三味線にとってD
CD CDAよりも、D CD CDCの音程で演奏するほうが効果的である107。
譜例 4-1 長澤勝俊《三味線協奏曲》(1967)第一楽章 1-4小節 108
三味線と同時に演奏する箏、琵琶そして打楽器は、三味線の表現するアクセントやリ ズムに合わせて前後に揺れ動くような音響効果を演出し、結果として三味線の技法が際 立つ。同様に、三味線のカデンツァに注目すると、ダイナミクスとアクセントを主体と した演奏をしつつ、テンポ変化を頻繁に織り交ぜ、三味線の特性を強調している。実際 に演奏を聴くと、この楽章では、アクセントを強調するための技法ではないハジキ、一
長澤の楽譜には第一章、第二章・・・と記されているが、本章では第一楽章、第二楽章・・・と言及する。
106
2016年5月7日に東京にて杵家七三に行ったインタビュー 取材の記録に基づく。
107
日本音楽集団所蔵の長澤勝俊《三味線協奏曲》の楽譜から引用。以下の譜例も同じ。
108
つ撥、コキ、そしてスクイといった技が散見されるが、これらの技法は楽譜の中で指定 されているわけではない。演奏者は思い思いに得意の技法を織り交ぜながら、速度に重 きを置いて演奏することができるのである。杵家七三の場合、「カデンツァは、五三吉 先生がお弾きになったのを半分使わせて頂き、あと半分は自分のオリジナルで弾いてい る」109と述べており、三味線奏者によって、カデンツァをどのように表現するのかは異 なる。
この第一楽章は、ジャンルの異なる邦楽器を同時に演奏しながらも、ソロと伴奏の関 係性が成立し、大きな成功を収めている。三味線特有の表現方法でメロディーを演奏す ることで、三味線の存在感を際立たせ、同時に箏や琵琶などの弦楽器が同じようなリズ ムを弾くことで、曲に統一感が生まれているのである。
4-4.第二楽章の分析
長澤の《三味線協奏曲》第二楽章は、ABCBAのシンメトリカルな形式をとり、「沖 縄の蛇皮線風に」110 琉球音階を用いている。Aでは篠笛と尺八のみが演奏をする。篠笛 と尺八で始まるこの楽章の冒頭部分は、リズムやダイナミクスではなく、メロディー主 体の表現が強調されている。
Bから三味線やその他の弦楽器が入る。三味線の響きを明確にするため、Bの冒頭で は、篠笛と尺八は演奏せず、Bで奏でられる三味線のメロディーとAで篠笛の演奏したメ ロディーに関係性を持たせるため、Bの終盤は尺八と三味線が同時に演奏する。第一楽 章と同様に、箏や琵琶は三味線と殆ど同じリズムで演奏するが、三味線とその他の弦楽 器のメロディー自体が異なるため、弦楽器は三味線のサポート役として、三味線の響き の強弱や表現の幅を広げている。ここでは、三味線はAで篠笛と尺八の演奏したメロ ディーを主体に演奏するため、第一楽章と比較するとゆったりとしたリズムになる。し かし、三味線の駒と撥は変わっていないので、メロディーの中で長い響きを保つことは できない。その代わり、第二絃の開放弦とその1オクターブ上の第三絃を交互に弾くパ ターンをこの部分の中核に据えている(譜例4-2参照)。この二音は二上り(ここでは
DADに調弦)111という調子では特に響きの良い音であり、この音をメロディーの中心と
することで、地歌三味線のような音を長く保つ技法やスリを使用することなく、リズム の遅いこの楽章での問題点を避け、三味線に存在感を与えることに成功している。この 部分に使用されているスリやビブラートなどの技法は、初演後に、三味線でこのメロ ディーを最も効果的に表現するために三味線奏者が加えたという112。
譜例 4-2 長澤勝俊《三味線協奏曲》(1967)第二楽章 28-32小節
2016年5月7日に杵家七三にインタビュー。
109
日本音楽集団第6回定期演奏会のプログラム解説より(1967年11月7日)。
110
オリジナルの楽譜には、調子は明記されていないが、インタビューによって、演奏者は二上りで演奏しているこ 111
とが分かった。
2016年5月7日に東京にて杵家七三にインタビュー。
112