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長崎県福祉保健部 医療政策課

ドキュメント内 表紙/木下 平島 (ページ 89-104)

離島へき地医療政策

長崎県福祉保健部 医療政策課

大 塚 俊 弘 課長

私は1987年に長崎大学医学部を卒業しましたが、

本来は家族療法、心理教育といった認知行動療法 や集団精神療法を専門とする精神科医です。91年 には五島中央病院で1年間勤務しました。4年前 から県庁の福祉保健部医療政策課所属となり、救 急医療のシステムの構築、地域医療の医療計画の 立案、あるいはへき地で働く先生たちの県内での 育成方法などを考案しています。

本来の地域精神医療の分野では、佐世保に「NPO

法 人Team4×4(チ ー ム・フ ォ ー・バ イ・

フォー)」という精神障害者の支援ボランティア、長崎市内に「NPO法人長崎被害者支援センター」、 薬物依存症者の支援ボランティアである「ちゅーりっぷ会(長崎ダルクを支える会)」の3つの組織 を立ち上げています。

今回のセミナーでは、精神科医ではなく、現在所属している長崎県福祉保健部医療政策課として長 崎県の離島へき地医療政策についてお話いたします。他の先生と同じテーマになるところについては 補足のみといたします。

長崎県の島嶼には対馬、壱岐、五島列島、平戸 から宇久・小値賀の平戸諸島、長崎市周辺の西彼 諸島があります。

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市町村合併が進み長崎市が少し広くなったため、

平成16年末時点における長崎市の人口10万対の医 師数は若干減少したものの393人となっており、

全国平均を大きく上回っています。離島である五 島市では人口10万対で170人程度の医師数で全国 平均より少ないのですが、本土であっても北松地 域、西彼半島の北端の西海市、島原半島の島原市 以外の地域などは離島よりも医師が少ない状況に あります。離島と半島だけで成り立つ長崎県は、

離島のみならず本土の半島地域の医療過疎につい ても問題があることが判ります。

長崎県の医師数については明らかな地域偏在が認められ、大学病院がある長崎市には県の医師の46 パーセントが集中しています。他にも大村市や佐世保市といった昔からある市、長与・時津という長 崎市のベッドタウンには医師が集中しているのですが、その周辺部では少なくなっています。さらに、

北松地域や壱岐では医師が少なく、小規模病院が多いという特徴があります。

離島については全体的な医師数が少ないことから、長崎県としても離島での勤務医養成に務めてい て、離島医療圏組合の病院に勤務する医師の約4割に県の養成医が派遣されています。

長崎県の離島医療への取り組みを見てみると、

昭和20年代は保健船による巡回診療のみでしたが、

30年代にへき地の診療所が五島などに設置され、

大学病院の協力によって巡回診療の充実が図られ ました。そして全ての二次医療圏を同じレベルに しようという「医療圏構想」が昭和35年に生まれ、

昭和40年代に具体化されていきます。その主な内 容として、昭和43年に離島の地方自治体と県が一 体となって病院を経営する離島医療圏組合が設立 され、昭和45年には医師養成のための奨学金制度

(医学修学資金貸与制度)が開始され、そして昭和47年に自治医科大学への派遣が始められました。

医療圏構想により大離島の病院を中心とした医療政策が進められ、その結果、心臓血管外科、脳神 経外科、未熟児医療以外の2.9次医療までは全て島内で完結出来るようになったわけです。さらに離 島部の診療所では医師を確保しにくいということを勘案して、離島・へき地医療支援センターという 診療所の支援体制も平成16年度から始まっています。

また、離島のみならず、本土の周辺部地域の医師不足も深刻な問題となり、昨年度より大学病院と 連携してへき地における後期臨床研修システムが開始されました。

離島医療圏組合は、県と離島の市町が一体と なって一つの地方自治体を作り、病院を経営して いくものです。現在、5つの構成団体が9つの病 院を経営しています。

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離島医療圏組合病院は対馬、上五島、五島市に 3ずつあります。国立長崎医療センターが基幹病 院となって、ヘリ搬送や診療応援など様々な支援 を行っています。

昭和45年に全国のモデルとなる長崎県医学修学 資金貸与制度ができました。これは授業料や生活 費などを最大で6年間県が貸与する代わりに、貸 与年数の2倍の期間を県の指示するところで働き、

うち半分以上の期間を離島医療圏組合病院で勤務 するシステムです。現在は定員が年間6名となっ ています。

この医学修学資金貸与制度と自治医科大学派遣 制度で卒業された方たちは、長崎県の養成医とし て、学生時代から夏はワークショップ、冬はウィ ンターセミナーを合同で行っています。卒業後も共に国立長崎医療センターで2年間のスーパーロー テート臨床研修が行われます。これは全科に対応できるような総合医を作るというプログラムで、昭 和51年の第1期生の卒業時から始まった歴史あるプログラムです。

県の養成医が始めて卒業したのは昭和51年ですが、その先生方が2年間の臨床研修を終えて離島医 療圏組合病院での勤務を開始するのが昭和53年からになります。この養成医派遣によって、離島医療 圏組合病院の常勤医師数は昭和53年より増えていきます。

平成15年、国の計画により、各都道府県は主に へき地診療所を対象とした代診医派遣システム作 りを目指して「へき地医療支援機構」をそれぞれ 設置しました。しかし、長崎県の問題は常勤医の 確保であったため、国のスキームでは事足りず、

県独自のシステムを考えました。それが「長崎県 離島・へき地医療支援センター」と「離島・へき 地医療学講座」の2本柱です。前者は診療所に常 勤の医師を派遣して支援をするというもので、後 者は離島の医師が働きやすい環境づくりや地域医 療に関しての教育を行うものです。

長崎県離島・へき地医療支援センターは私が在 籍している長崎県福祉保健部医療政策課の班の一 つですが、県庁内に設置していても機能的には動 けないため、国立長崎医療センター内に置いてい ます。支援センターでは全国から公募した医師を へき地診療所に常勤医として派遣するとともに、

代診医を派遣したりITを活用した医療支援を行 うなど様々な支援を行っています。

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常勤医師は2年間県職員として採用し、2年を 一単位として派遣されます。

支援センターから派遣される医師は全国公募し ます。この制度の主なポイントは、給与をある程 度保障することと、県の職員という公務員の資格 を与えることです。また2年間を1単位としてい ますが、1年半勤務したら残り半年間は有給の自 主研修が保障されており、例えば、1年半長崎の 離島診療所に勤務した後、途上国医療に興味を 持っている人はアフガニスタンなどでの国際医療 に貢献することも可能です。現在センターより5 箇所の診療所に医師を派遣しています。

離島・へき地医療学講座に寄せる我々長崎県の狙いは主に3つあります。1つ目は、離島・へき地 をプライマリ・ケアのトレーニング及び臨床疫学研究等のフィールドとしてアピールしていくことで す。私は平成3年に五島中央病院での勤務を経験しましたが、その時の経験は現在の私の財産だと思っ ています。離島の地域医療にまみれると色々なことを覚えます。

2つ目は、長崎大学の先生方に地域医療に目を向けてもらうことです。従来の長崎大学はへき地医 療などの地域医療には力を入れてはいませんでした。けれども、丁度、総合診療科の大園教授を中心 として地域医療に対する関心の芽が出始めており、これを機会にもう一度大学の先生方にも地域医療 が非常に重要なことだと再認識して頂けると考えました。

3つ目は、離島・へき地での研究活動の可能性とその重要性を理解してもらうことです。私自身が 大学院を休学し、五島中央病院で1年間臨床に従事することで研究に必要なサンプルを集めることが 出来ました。離島・へき地で勤務する医師でも、診療をしながら立派な研究が出来る筈であり、また 生涯学習の観点からも非常に重要なことだと思います。もちろんそのためには研究を行う環境整備も 重要となってきます。

この3つが狙いであり、この講座には5年間で五島市と県で合わせて2億500万の寄付を行うこと になっています

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ドキュメント内 表紙/木下 平島 (ページ 89-104)