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長崎大学 公衆衛生

ドキュメント内 表紙/木下 平島 (ページ 128-137)

高 村 昇 助教授

離島・へき地医療学講座

中 里 未 央 助手

133 このセッションではエコーを活用した頸部の診 察、特に甲状腺と頸動脈の診察法について学んで いきます。後ほど頸部エコーの操作法を実際に実 演し、皆さんにも操作を体験してもらいたいと思 いますが、紹介されて来院された患者さんでもな い限り、診察や血液検査をせずに、いきなりエコー 検査をするということは殆どありませんので、今 回は診察の仕方から話を致します。

私は公衆衛生学を専門としていますが、他にも 国際医療協力の仕事を続けています。皆さん方は 20年前のチェルノブイリ原発事故を御存知でしょ うか?旧ソビエト連邦(現在のウクライナ)にあっ たチェルノブイリ原子力発電所が事故を起こして、

周辺のみならず、上空に吹き上げられた放射性物 質によって広い範囲が汚染され、この影響で、事 故当時小児だった世代における甲状腺がんの発生 が劇的に増加したのですが、私はこの甲状腺疾患 について国際医療協力と研究を続けています。

さて、甲状腺の疾患は、決して稀ではありません。内科外来や家庭医療外来といった日常診療の中 でも非常によく遭遇します。同時に、見落とすことがとても多い疾患でもあり、注意が必要です。

このグラフは、実際に私が行っているチェルノブイリ周辺地域におけるスクリーニングで、甲状腺 自己抗体陽性頻度がどのくらいあるのかを示しています(Yamashita Y, Shibata S ed. Chernobyl. A Dec-ade)。5歳から17歳(いわゆる幼児期から学童期)の男女計12万人程の採血をして、年齢ごとに抗サ イログロブリン抗体陽性頻度をみているのですが、これによると、5歳までは男女とも1パーセント 程度の陽性頻度ですが、17歳の女性になると約3パーセントに上がっていて、だいたい30人に1人ぐ らいは既に抗サイログロブリン抗体が陽性であることが判ります。

抗サイログロブリン抗体の陽性率は加齢とともに増えていきます。つまり小児であっても、甲状腺 自己抗体が陽性で将来に慢性甲状腺炎を来す可能性のある、いわゆる予備軍が既に存在しており、加 齢と共にこの頻度は増えていくことがわかります。慢性甲状腺炎では高率に甲状腺ホルモンの低下を 来し治療が必要となりますので、年齢とともに甲状腺の疾患が多くなっていくことを覚えておいてく ださい。

グラフでは、白が男性、青が女性の陽性頻度です。ご覧のとおり、7−8歳という極めて早期から 女性のほうが甲状腺の自己抗体陽性率が高くなっています。従来から甲状腺自己抗体の陽性化には性

ホルモンの影響があるのではないかと考えられていますが、このグラフでは、7歳〜10歳の明らかに 初潮前の年齢層で男女を比較しても、明らかに女性の陽性率が高くなっています。ですので、甲状腺 自己抗体の陽性頻度は単純に性ホルモンの影響だという発想だけでは説明がつかないと言えそうです。

次に、日本の甲状腺機能低下症の頻度を年齢別 に示しています(浜田昇、日本医事新報2004より 抜粋)。加齢とともに甲状腺機能低下症の頻度は 高くなることがわかります。軽度の慢性甲状腺炎 を含めると、女性では15人から20人に1人程度が 甲状腺機能低下症となると考えられていますので、

日常診療でも可能な限り見逃さないようにするこ とが大切です。

一方、甲状腺機能亢進症(バセドウ病Basedow’s diseaseまたはGraves’ disease)ですが、日本人全 体では大体700人から1,000人に1人程度の頻度です。しかし、甲状腺機能亢進症は特に若い女性は頻 度が高いため、見逃さないように注意する必要があります。甲状腺機能亢進症患者の中には、疲れや すい、体重減少などの症状が先行し、手指振戦などの典型的な症状が出てくるまで見落とされている 場合がありますので注意が必要です。

甲状腺が輪状軟骨の中央から、第5−6気管軟 骨に至る位置にあるのは皆さんご存知かと思いま す。男性と女性では、男性のほうが若干喉頭の位 置が低くて前方に突出しているため、甲状腺が女 性より低い位置にあるため、一般的な話として、

甲状腺は男性のほうが女性よりも触診しにくくな ります。

まず問診をする場合の最初のポイントは、疼痛 や嗄声があるかどうか、腫瘤があった場合、増大

135 亜急性甲状腺炎の可能性があり、ステロイド剤投与の適応となります。したがって、特に子供さんが 言う場合の「喉が痛い」は喉の中だけではなく外も必ず触ること、そして痛みがある場合は亜急性甲 状腺炎を疑うこと、それを見逃さないようすることが大切です。

甲状腺は数少ない表在臓器ですので、触診は診 断する上で非常に重要なインフォメーションを与 えてくれます。

正常人の甲状腺重量は大体15〜20!ですが、倍 の30!ぐらいを超えた時、あるいは硬くなった場 合は容易に触診をすることが出来ますので、きち んと触診をすることが甲状腺疾患の発見では大き なポイントです。

結節が存在する場合も、慎重に触れれば判りま す。始めはなかなか判りにくいと思いますが、甲 状腺のエコー検査をして所見があった人に、実際に触らせてもらうことで勉強していくことができま す。そして、経験を積み重ねていくことによって、だんだん触診テクニックが上達していきます。そ うすると腺腫様甲状腺腫(adenomatous goiter)のような疾患でも触診で推察することが出来るように なります。

教科書には甲状腺の触診法として、前方からアプローチする場合と後方からアプローチする場合と が載っていますが、実際に診療する場合は、前方からのアプローチが基本になります。一番大事なの は指、特に親指の腹の部分で触診をすることですから、普段からこの「親指感覚」を研ぎ澄ましてお くことが重要です。

甲状腺の一般的な触診ですが、触診は左葉と右 葉の間の狭部(isthmus)から始めて、徐々に範 囲を拡げていきます。甲状腺に腫瘤がある場合に は、その形状がびまん性か限局性か、大きさはど うか、硬さはどうか、圧痛があるか、周囲に癒着 しているか、あるいはリンパ節が種大しているか、

を診ることが大切です。

日本人の場合、甲状腺の悪性腫瘍は、9割が乳 頭癌ですが、甲状腺がんを触診すると、硬くて表 面がごつごつしています。その一方、バセドウ病 の患者さんの場合、触診するとびまん性に柔らかく腫張した甲状腺を触知し、橋本病では、びまん性 に腫脹していますが、やや硬い甲状腺を触知することが多いといえます。

甲状腺が腫脹しているのではないかという疑い が出た場合、次には何をすべきでしょうか。もち ろん甲状腺の場合、まずは採血によってホルモン その他について検査するといったことが必要にな ります。

一般的な甲状腺の検査項目は、Free T4、Free T3、T4、T3、TSH、甲状腺自己抗体(甲状腺 ペルオキシターゼ抗体・抗サイログロブリン抗 体・抗TSH受容体抗体)、サイロ グ ロ ブ リ ン と いったもので、スライドのカッコ内の数字は現在 の保険点数を示しています。170点でしたら金額に換算すると1,700円ですので、3割負担の患者さん であれば510円の負担ということになります。しかし、例えば甲状腺が腫大しているからといってこ れら全部の検査をしようとすると、患者さんの負担が大きくなってしまいますから、患者さんの負担 も考えつつ、なるべく効果的にエビデンスに基づいて測定することが望ましく、そのためにどうする のかが大切になります。

慢性甲状腺炎の疑いがある場合、甲状腺自己抗 体が診断の目安になりますが、この場合、抗サイ ログロブリン抗体と抗TPO抗体(抗マイクロゾー ム抗体)のどちらを測ればよいのでしょうか?

グラフはチェルノブイリの子供の甲状腺自己抗 体の陽性頻度をみたものです。これは子供のデー タを出していますが、大人のデータでも欧米では 抗マイクロゾーム抗体と抗サイログロブリン抗体 の頻度を比べると、全体として抗マイクロゾーム 抗体の方が高いのが一般的です。ですので、現在 の欧米では抗マイクロゾーム抗体(抗TPO抗体)を測った方が慢性甲状腺炎を発見する確率が高い とされています。

137 その一方、日本では、大規模疫学調査があまり 行われていないのが現状です。これは数少ない、

長期間追跡しているデータの一つで福岡県の久山 町の自己抗体の陽性頻度を調べたものです。

男性、女性それぞれの自己抗体陽性者の頻度に なりますが、欧米と同じく抗マイクロゾーム抗体 の方が抗サイログロブリン抗体よりも基本的に高 いという結果が出ています。そのため、これだけ を見ると、どちらを先に測るべきかについては、

やはり抗TPO抗体を選んだほうがいいように思 われます。しかし、日本ではむしろ抗サイログロブリン抗体のほうが高いという意見もあります。で すので、今のところ日本では、抗マイクロゾーム抗体と抗サイログロブリン抗体のどちらを先に測る かについての回答はまだ出ていないと考えてよいのではないかと思います。

まとめますと、触診などで甲状腺機能の異常、

特に慢性甲状腺炎などの甲状腺機能低下症を疑う 場合、まずはTSHの測定、それにプラスして測 るものとしては、甲状腺自己抗体になります。こ の結果、TSHが高値で自己抗体が陽性というこ とであれば、次に甲状腺ホルモンを測ります。

そして、ホルモン補充のタイミングですが、明 らかな甲状腺低下の症状があってホルモンが低下 している場合は当然補充の適応になります。しか し、高齢者の方などの中には、症状が出にくい方 がいらっしゃいますので、その場合はやはりTSHの測定結果で補充の適応を判断することになりま す。一般的に日本ではTSHが3.5µIU/mlというのがカットオフの大よその目安ですが、TSHが10µIU

/mlを超えるような方であれば、少量のT4投与を考慮します。高齢者の場合、投与量は通常の半量 ぐらいの1日25!ぐらいから開始するとよいと思います。

機能亢進症を疑う場合は、これもTSHが抑制されているかどうかをまずチェックするためにTSH の測定、さらに甲状腺ホルモン(Free T4、Free T3)の測定を行います。この結果、TSHが抑制さ れて、甲状腺ホルモンが上昇しているということを確認できれば、次の段階として抗TSH受容体抗 体を測定します。教科書的には、放射性ヨードの摂取率を測定すると書かれていますが、測定できる 施設が限られているため、実際問題として日常の診療では難しいものがあります。ですから家庭医レ ベルでは、抗TSH受容体抗体の測定で十分だろうと思います。抗TSH受容体抗体が重要なのは、定 期的に測定することによって、抗甲状腺剤の減量や中止のタイミングを知る目安にもなるということ です。

ドキュメント内 表紙/木下 平島 (ページ 128-137)