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A Study of the Changes of Latin Name of “jo-zai” in Pharmacopoeias in Meiji Era and Its Etymon of the Word

3.  錠剤の定義

 「錠剤」の定義は 1 局では「其薬物ヲ乾燥セル白糖ニ密 和シ揑合シツツ稀酒精ヲ以ッテ濡ホシ適宜ノ錠剤塊ヲ得ル ニ至リ適当ナ方法を以ッテ之ヲ轉延シ定数ノ錠子ヲ作リ微 温ヲ與ヘテ乾燥スヘシ(中略)各錠子ノ重量大約一瓦蘭謨 ト為ルヘキ比例に於テ之ヲ取用スヘシ(後略)」であった.

現在のような打錠の工程は記載されていなかった.この製 造法は丸剤のそれに近いと考えられる.含有量に対して 1 錠 1 g の規定を設けており,含有量との関係が散剤における 倍散の考え方にならっている.つまりこの錠剤は“oo% 錠”

表 1 日本薬局方における「錠剤」の定義の変遷(初版から第六改正)および英国薬局方(1867)における「TROCHISCI ACIDI TANNI- CI」の定義

『日本薬局方(初版)』

(1887 : 明治 20)

錠剤 Trochisci (前略)其薬物ヲ乾燥セル白糖ニ密和シ揑合シツツ稀酒精ヲ以ッテ濡ホシ適宜ノ錠劑塊 ヲ得ルニ至リ適當ナ方法ヲ以ッテ之ヲ轉延シ定数ノ錠子ヲ作リ微温ヲ與ヘテ乾燥スヘシ

(中略)各錠子ノ重量大約一瓦蘭謨ト為ルヘキ比例に於テ之ヲ取用スヘシ(後略)

『改正日本薬局方』

(1892 : 明治 25)

錠剤 Trochisci 錠劑ハ特別に記スモノノ外ハ善ク乾燥セル藥物ノ細末ヒ乳糖又は白糖ノ細末ヲ混和シ,

稀酒精ヲ以テ濡ホシ適宜ノ錠劑塊ヲ得ルニ至リ一グラム(1 g)ノ錠子トナシ製スヘシ 其錠劑塊ノ粘合シ難シキ時ハ極メテ少量ノ「アラビアゴム」ヲ加フルコトヲ得

『第三改正日本薬局方』

(1906 : 明治 39)

錠劑 Pastilli 錠劑ハ特別に記スモノノ外ハ善ク乾燥セル藥物ノ細末ヒ乳糖又は白糖ノ細末ヲ混和シ,

稀酒精ヲ以テ濡ホシ適宜ノ錠劑塊ヲ得ルニ至リ一グラム(1 g)ノ錠子トナシ製スヘシ 其錠劑塊ノ粘合シ難シキ時ハ極メテ少量ノ「アラビアゴム」ヲ加フルコトヲ得

『第四改正日本薬局方』

(1920 : 大正 9)

錠劑 Pastilli 錠劑ハ藥物ノ細末ヲ或ヒハ之ニ乳糖,澱粉若シクハ適當ノ賦形藥ヲ混和シ錠子トナシ 製シタルモノナリ本剤ハ之ヲ約三十七度ノ水中ニ於テ時々揺動シツツ放置スルニ三十 分時間以内ニ全ク崩壊セサルヘカラス

『第五改正日本薬局方』

(1932 : 昭和 7)

錠劑 Tabulettae 1.錠劑ハ藥物ノ細末ヲ單味ニシテ壓縮シ或ヒハ之ニ乳糖,澱粉ソノ他ノ適當ナル賦形 藥ヲ混和シ水ハ稀アルコール」ヲモッテ濡ホシ微温ヲ以テ乾燥シタル後必要アラハ尚之 ニ成ルヘク少量ノ精製タルク」ヲ混和シテ壓縮シ錠子トナシ製シタルモノナリ 2.本剤ハ之ヲ水中ニ投シ時々揺動シツツ放置スルニ三十分時間以内ニ全ク崩壊セサ ルヘカラス

3.密閉シ貯フヘシ

『第六改正日本薬局方』

(1951 : 昭和 26)

錠劑 TABELLAE (1)錠剤は通例藥品をそのまま又は必要あれば賦形剤,結合剤又は崩壊剤を加え均等 に混合して粒状とし,滑沢剤を加えて圧縮し制したものである.

(2)本剤は必要に応じて着色料を加え又は白糖その他の剤皮を施すことができる.

(3)本剤の形状及び主成分の分布は均等でなければならない.

(4)本剤の主成分の含量又は原料藥品の含量は,別段の規定のあるものの外,表示量 の 5% 以上の差違があってはならない.

(5)本剤は別段の規定あるものの外,1 錠を 100 cc の三角フラスコにとり,水 50 cc を加え,37°に保ちながらときどき搖動するとき,30 分以内に原形を全く失わなけれ ばならない.

(6)密閉容器に貯えなければならない.

『英国薬局方』

(1867)

TROCHISCI ACIDI TANNICI

Dissolve the tannic acid in the water ; add, first, the tincture of toln, previously mixed with the mucilage, then, the gum and the sugar, also previously well mixed.

Form the whole into a proper mass ; divide it into 720 lozenges, and dry these in a hot-air chamber with a moderate heat.

Each lozenge contains half a grain of tannic acid.

であるという考え方であった.

 2 局から定義は本文条文中に書かれた.2 局では「1 g の ものを温所に置き乾燥」させて製する旨の記載がみられた.

この条文で初めて「錠剤」の添加物についての規定が薬局 方に規定され,またこれ以降の薬局方にも記載されるよう になった.条文上はトラガントゴムを規定し,アラビアゴ ムではなかった.

 3 局では定義も大きく変わった.2 局までは乾燥は最終 工程であったが,3 局ではあらかじめ乾燥してある原薬を 固化するだけの定義であった.ラテン名に表されるように ペーストを思わせる剤形であった.

 4 局では崩壊試験が定義された.

 5 局になって「圧縮」の工程が定義された.崩壊試験に 加え,保管方法が定義された.

 6 局では「製剤総則」が設けられその中に「錠剤」が定 義された.定義は 6 項目で構成されており,それぞれ(1)

製造方法,(2)着色料及び剤皮,(3)均一性,(4)含量の 差違の範囲,(5)崩壊試験および(6)保存方法であった.

 4. 「錠剤」の語源

 以上の事項をもとに,「錠剤」の語源を考察する.1872(明 治 5)年に『海軍薬局方』を編纂した奥山虎炳,前田清則 はこの英語名の lozenge を翻訳するにあたって,この固形 の小さな菱形の名称を「錠」とした.1867 年版の英国局 方 で は タ ン ニ ン 酸 錠(TROCHISCI ACIDI TANNICI:

Tannic Acid Lozenges.)の製造方法として,「全量を 720 個の lozenges に分割し,温風容器で乾燥させる」(著者訳)

と記されている.この表現および前述の日本薬局方解説書25)

からは,この時代の医薬品としての lozenge の製造方法は 丸剤の製造方法に近いものであることがわかる.この時点 での製法は,型に入れて形成するような錠前と鍵の関係の ようなものではなかった.したがって“錠前”は語源では ない.中国語において医薬品を意味する tablet に相当す る語は“薬片(药片 yàopiàn)”であり,「錠」の語は用い られない.

 1 局では「錠剤」の製造法として「錠子」を作るとある.

“錠子”には銀貨の意味がある28, 29).1872(明治 5)年当時,

わが国で lozenge に似た形状の重要なものとして定位貨幣

(一分銀,二朱銀等)がまだ現存していた.またこの額型 の貨幣の名称および古典的な計数方法として“枚”ととも に“錠”の語が用いられていた.したがってこの lozenge を錠剤と訳したものであると筆者は考える.当時貴重な物 品である西洋の医薬品を,おなじく重要であり同じ菱形で ある貨幣と同列に並べ,同じ語を使用したものである.

さ い ご に

 今回は 19 世紀広範に欧州から伝わった「錠剤」について,

そのラテン名の変遷とその背景について考察を行った.ま た「錠」の語の翻訳事情について考察をおこなった.

 当時のわが国にあって未知の学問である薬学,さらに広 い範囲としての化学(舎密)関連用語を日本語に翻訳する 過程は,従来あまりかえりみられなかったとおもわれる.

 明治時代初期の薬学者はわが国の医療の近代化(西欧化)

をめざし,その新しい知識の吸収と啓蒙を行った.その普 及の中での外国語の日本語への翻訳する過程を調査するこ とは,衛生化学を含む薬学をわが国に根づかせるという高 邁な目的に向かった当時の薬学者のこころざしを知ること につながる.これは現代の日本の薬剤師,薬学関係者が,

6 年制薬学教育の開始に代表される 21 世紀の新しい薬学 を創り出そうとする心情に近いものであると思われる.

 薬史学研究は一次資料に直接あたって調査することが理 想である.しかし今回の報告は,公的機関がインターネッ ト上で公開している資料の利用を中心におこなったもので ある.この手法については異論もあると思われる.しかし 2013 年現在,複数の公的機関あるいは信頼するに足る団 体が国内外の史料をパブリックドメインとして公開してい る現状がある.したがってこれら公開品を研究資料として 積極的に活用していくことは,今後の薬史学研究において 重要かつ効率的な研究方法のひとつとなると考えられる.

この手法を利用する場合,出典の明示や著作権の確認等の 手順の明確化が必要となるであろう.

 謝  辞

 本稿を作成するにあたり,下記の団体から画像使用の許 可をいただいた.ここに謝辞を述べる.

 ・国立国会図書館

引用文献 1)薬価基準,2013 年 2 月 22 日.

2)第十六改正日本薬局方製剤総則.

3)日本薬局方,官報第 894 号,1886 年 6 月 25 日,65-66.

4)局方薬品協議会技術委員会 : 日本薬局方収載日本名変遷一覧 表(1983).

5)三宅康夫 : 日本製剤技術史,初版,じほう,東京,pp. 3-8(2001).

6)日本薬局方百年史委員会 : 日本薬局方百年史,東京,pp. 216-218(1987).

7)石黒忠悳,軍医寮局方,島村屋利助,東京(1871).

8)奥山虎炳,前田清則,官版薬局方海軍軍医寮,和泉屋市兵衛,

東京,116 丁表 -123 丁裏(1872).

9)陸軍病院薬局方 第二版,陸軍文庫(1878).

10)日本薬局方,官報第 894 号,1886 年 6 月 25 日,65-66.

11)音釋附日本薬局方,小池孫六,東京,pp. 386-389(1886).

12)音釋附日本薬局方,小池孫六,東京,p. 417(1886).

13)改正日本薬局方,英蘭堂,東京,pp. 240-242(1892).

14)第三改正日本薬局方,内務省衛生局,印刷局,pp. 291-298(1906).

15)第四改正日本薬局方,印刷局内朝陽会,和光堂,東京,pp. 217-220(1920).

16)第五改正日本薬局方,薬業時報社,東京薬業新聞社,東京,pp. 382-338(1932).

17)第六改正日本薬局方,日本薬剤師協会,東京,p. 626(1951).

18)第六改正日本薬局方,日本薬剤師協会,東京,pp. 754-755(1951).

19)PHARMACOPOEA DANICAMedliorani, Sumptibus Editoris

(1826).

20)BRITISH PHARMACOPŒA,SPOTTISWOODE,LONDON,

pp. 346-351(1867).

21)PHARMACOPŒA GERMANICA EDITIO ALTERA,APUD R DE DECKER MAKQUARDT & SCHENCK.,BERLIN, pp. 290-291(1882).

22)BRITISH PHARMACOPŒA, SPOTTISWOODE, LONDON, pp. 437-442(1885).

23)日本薬局方沿革略記 : 第十六改正日本薬局方,廣川書店(2011).

24)新譯英和辭典,神田乃武編,三省堂書店,p 589(1902).

25)第十六改正日本薬局方解説書,A-37,廣川書店(2011).

26)第六改正日本薬局方 : 日本薬剤師協会,東京,p. 14(1951).

27)日本薬局方百年史 : 日本薬局方百年史委員会,東京,p. 93

(1987).

28)漢語大詞典 : 漢語大詞典出版社,上海(1993).

29)大漢和辞典 : 大修館書店,東京(1968).

Summary

 “Jo-zai” or tablet is a most popular form of pharmaceutical dosage in modern Japan. The term “jo-zai”

first appears in the Japanese Navy Pharmacopoeia, First Edition (1872). Its Latin name was translated as

“torikisuki” and was written in Japanese katakana characters. “Jo-zai” translated as “trochischi” can also be found in the Japanese Pharmacopoeia, First Edition (JP1) (1897).

 Its Latin name and definition have changed several times : trochisichi ; pastilli, JP3 (1906) ; tablettae, JP5 (1932) ; tabellae : JP6 (1951), etc.

 The etymon of the word “jo-zai” is based on the English word, “lozenge”. Its square-shaped form is similar to old Japanese silver coins. During Japanʼs Edo era (1603-1868) and in ancient China, silver coins were called

“jo”. Therefore the word “lozenge” was translated into Japanese as “jo-zai”, combining the character for

“coin” with the one for drug, “zai”.